第104話 ドンキホーテは答えない。
「お母さん!! お母さん!」
そう叫び体を揺らす少女をみてドンキホーテはただ唖然とするしかなかった。
なんで、ここに子供がいるのか。俺は一体誰を殺したのか。
悪人を殺したはずだ、兵器を売る悪人を。
フラッシュバックする。
この光景はどこかで見たことがある。そうだ、ドンキホーテは思い出した。
ジェーンが、アルベルトのこと切れた冷たい体を揺さぶっている光景がなぜか、重なる。
今の光景と。
「違う、俺は……そんな、つもりじゃ……!」
「何が違うんだぁ??」
ドンキホーテは手元を見るダンスフロアの窓から月明かりに照らされる剣の側面は鏡のようにドンキホーテを写し、やがてドンキホーテの顔はぼやけて、見覚えのある男に姿を変えた。
デリメロだ。
剣に映るデリメロはニタニタと笑い問いかける。
「なぁ……! 何が違うんだよ! 俺と! お前は! えぇ?!」
──ギャハハ、ギャハ、ギャハハハ!
デリメロの声がドンキホーテの頭の中に響き渡る。
「なぁんにも違わないさ! 何にも! 何にも!!!!!! 晴らししたかったんだよなぁ!! ジェーンを守れなかった自分の不甲斐なさも! 胸を貫く理不尽も! でもそんなもんはただのエゴだ! 不満の解消に過ぎないんだよ!
そんなエゴを! お前は! 正義で包んで人を殺した!!!!!!」
笑う、奴は笑う。
「お前は俺とおんなじだぁ!!」
「ちがう!!」
否定の言葉と笑い声がフロアで踊るように反響し合う。
そのせいでドンキホーテは気がつかなかった目の前に光と熱が迫るのを。
「ファイアボール!!」
その詠唱で、敵意で初めてドンキホーテは自己嫌悪から覚める。目の前にまで迫った火球は彼の胸で炸裂し、壁まで吹き飛ばした。
不意を食らったドンキホーテの意識はそのまま失てしまった。
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──どこだ、冷たい、冷たい、俺は、死んだのか。
──の……声が……える?
──誰だ。
──ああ、やっと届いた。
──あんたは誰だ?
──私は……
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少年、カインは城の廊下を走る、妹のチャルの手を引き、浮遊魔法で、浮かせ体重を軽くした姉のマーシーを抱えて。
「姉様! もう少しです! もうすぐで城の外に!」
息を切らしながら走る、カインにマーシーは心配そうに言う。
「カイン、平気? 私も降りて──」
「ダメです姉様! お腹の子のことを第一に! チャル泣くな! 走れ!!」
涙を流しながら幼い妹チャルは走る、まだ母、ローザの死を少女は割り切れてはいなかった、だがそれでも、走らなければならない。
泣いたままでは殺される。そんな予感がカインはしていたからだ。
それに何より以前、遠くから響く戦いの音の木霊はローザの最後の言葉の説得力を増していた。
──どうか逃げて、私達だけではもう抑えられない。
その、どうしようもない定められた結末にもはや、カイン達兄弟はどうしようもなかった。
故に走る。生きるために走るのだ。
「チャルいいぞ! もうすぐだからな!」
妹を励ましつつ、カインは走り続ける。だが一番挫けそうなのはカイン自身であった。励みの言葉が欲しいのはカインの方なのだ。
今、カインは3つの命を持っている、妹のチャル、姉のマーシー、そして生まれても名付けられてもいない、姉のお腹の子供だ。
この三人を何としてもカインは守らなければいけなかった。
それがその責任がカインに恐怖心と使命感を覚えさせる。
少しでも、心のバランスが崩れれば狂ってしまいそうなほどの心理状態の中カインは、必死に冷静を取り繕っていた。
最も姉のマーシーにはそのことを見抜かれていたが、マーシー自身も身重のため何もできないことを自覚していた。
三人の命はたった一人の少年に託すことしかできない、それがいかに酷なことであったとしても身代わりをしてくれるものなどここにはいなかった。
やがてカイン達は階段を降り戦場とは反対側の城の中庭のへと到達した。
「ここから、外に通じる門があります! 姉様少しお待ちを!」
「カイン……うん、わかった、大丈夫、チャルのことは見ておくから」
「ありがとうございます!」
ありがとうはこちらの方だ、そう感じながらも足早に去ってしまったカインになにも答えられずマーシーは罪悪感を抱く、そしてそれをかき消すように、まだ泣いているチャルの頭を撫でた。
──ザリ
そんな時、誰かの足音が響く。
「おやこんなところに残党か」
それは槍を持った男だった。目は血走り腰には手柄の証明なのか、生首をぶら下げていた。
その首の中に明らかに知っている者がいた。かつての仲間たち、灰色のホウキの同士、友人達が首に下げられていた。
「……みんな!」
男はニタリと笑う。
「お知り合いかな? 会わせてやろうか? あんたの友達によう!」
「待って!」
マーシーは男の言葉を遮る。男は「あ?」と怪訝そうな声を出し、振り上げかけていた槍をぴたりと止めた。
「お願い、お腹に赤ちゃんがいるの! それに私のそばにいる子も、幼い! お願い見逃して!」
「そりゃあダメだな」
──ニタリ
男は笑う。
「例外はない、どのような者であろうと殺せと言うのが仕事なんでね!」
そして槍を振り上げて男は突進していく、マーシーに向かって。
「させるか!」
瞬間、その言葉と共に何もない空間から少年が現れる。カインだ。
──透明魔法か!
男はそう見抜き唐突に現れたカインに対して、怯みもせずに突撃していった。
「ファイアボール!」
カインの詠唱は、戦闘時だと言うのに研ぎ澄まされ、最高の状態で魔法を放つまでに研鑽されていた。それにより火球の魔法の威力は人を屠るには十全の威力を備えたまま、男に向かってカインの両手から放たれる。
最もただの人ならの話だが。
「初級魔法じゃなあ!!!」
男は槍を薙ぎ払い風圧で火球をかき消す。
「な……!」
驚くカイン、そのまま男はカインの首を片手で掴み締め上げた。
声も出せぬまま、締め上げられたカインは苦しそうにもがくが男の膂力には敵わない。
「やめて! お願い!」
「兄様!」
マーシーとチャルは叫ぶが男はまるで気にしない。
「だから、死ななきゃいけないんだってテメェらは!
それにしてもお前いい顔だな、坊主、売ればいい金になりそうなのにもったいねぇ」
「でも仕事なんでね」男はそう言ってカインの心臓を刺すべく槍を構え槍を繰り出そうと力を込める。
マーシーは目を瞑り、チャルの目を塞いだ。
その時だった。
──ドン!
突如、マーシー達から見て城側の二階の壁が爆発した。そしてその煙の中から青い残像が飛び出す。
その青の残像は一直線に、槍を構えたまま呆然とする男の元に一瞬で近づき、カインを捕らえた男の手首を切り落とした。そしてそのまま残像の主は槍の男を蹴り飛ばす。
「ぐっ、ぎゃあああ!!」
「ゲホ、ゴホ」
男は手首を切り離された痛みで悶絶しただひたすらに叫び続けていた。
カインは咳き込みしながら顔上げ残像の正体を見た。ソイツは今、カインが最も憎んでいる男だ。
「何で……お前が!」
カインの問いかけに残像の正体、エヴァンソ・ドンキホーテは答えない。




