008
「ここのこと、やっぱ鏑木さん達に話した方が良いんかなぁ」
ダンジョンに潜り始めて十数分。素早さと運に多めに振り分けた私達はダンジョンの中を駆け抜けていた。道中出会すゴブリン達は瞬殺し、ゴブリンソードが出た時も素早さを上げているおかげで敵が構える前に瞬殺している。コウタが嬉しそうに「こんにちは、死ね!」と倒していたが、彼の精神状態が少々心配である。
「そりゃ、いつかはね。でも今すぐじゃなくて良いんじゃない? 封鎖されたら入れなくなるし。きっとダンジョンがあるのここだけじゃないだろうから、その内どこかで見つかるよ。たぶん。理想は誰にも知られないままここを攻略して潰しちゃうことだけど」
「人んちの庭だからなぁ、このダンジョン」
同じ町内なので母に聞いてみたところ、どうやら家主は施設に入ってるらしい。だからしばらくはダンジョンの存在が発覚することはないだろうが、その家族がいつここを見つけるかも分からない。出来る限り早く攻略して、別の場所――出来れば民家の庭とかじゃない方がいい――のダンジョンを探した方がいい。
今日はダンジョンに潜り始めた時から常に鑑定を発動している。MP消費がないのはありがたいが、視界が鑑定結果で溢れかえってごちゃごちゃするから常時発動はあまりしたくないのだ。今もひたすらダンジョンの壁、ダンジョンの壁、土壁、ダンジョンの――
「土壁!」
「は!?」
思わず叫ぶとコウタが驚いた顔で足を止めた。
「ここ! ダンジョンの壁じゃない! 土壁だって!」
「確かに……ここだけ壁が違う。全然気付かなかったな」
色こそ同じだが材質が違う。注意して見れば気付けたはずだ。昨日は浮かれて見落としていたらしい。
「よっしゃ! 任せろ!」
コウタが作り出した水球が土壁を砕いていく。土壁の向こうは小部屋だった。『宝部屋』と表示されている。部屋の奥に小さな宝箱がぽつんと置いてあるのが見えた。
「宝箱! ここ宝部屋だって!」
「マジかよ! 入って大丈夫、なんだよな? 罠とかないよな?」
「そういう表示はないけど……でも気を付けて」
おそるおそる小部屋に入っていくコウタの後に続くと、部屋には宝箱一つしかなかった。
「あ、開けるぞ」
「うん」
「モンスターとかじゃねえんだよな? 擬態じゃないんだろ?」
「そう書いてあるよ。アイテムが入ってるって書いてある」
「よし!」
緊張しながらコウタが宝箱を開けた途端、漏れてきた光に思わず目を細めた。
「な、何? 眩しい……」
「紙……? 鑑定出来るか?」
光が弱まってきたので、目を凝らして鑑定をする。息を呑んだ。
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ダンジョンマップ
光が消えるまでに触れた者だけが
ダンジョンのマップを入手できる
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「ダンジョンマップ! 光が消えるまでの間に触れた者だけが手に入れられる――って」
「い、急げ! 触れ!」
同時に手を伸ばしてマップに触れる。光はもうほとんど消えかかっていたから慌てて保管庫に収納した。
地球初のモンスター討伐者としてもらった保管庫はとんでもない優れもので、亜空間に収納するからバッグを持つ必要もないし、容量制限もない。亜空間は時間経過もないから、作ったばかりの料理を数日後に作りたてのまま取り出すことだって出来る。
ダンジョンのアイテムにまでそれが適用されるかは分からないが、試す価値はある。上手くいったら父二人もダンジョンマップを手に入れられるはずだ。
「おぉ! マッピングできてる!」
「どうやって出すの?」
「念じたら出てきた。俺らが通ったとこは緑になってて見やすくなってるぜ」
言われるままマップを表示させると、コウタの言った通り通ってきた道やこの小部屋が緑で色づけられていた。マップを見ると、この道をそのまま進んでいくと突き当たりで道が左右に分かれるらしい。その先もまだまだ道が続いているようで、マップのすべてを緑色に染めた状態を100%とした場合の現在のマップ達成率は40%くらいだろうか。
「これ、普通の奴が一回で全部回るのはと無理があるよな。セーフティゾーンがあるわけでもねぇし」
「確かに……ステータスを操作した私達が気配察知を使いながらここまで来るのに30分はかかってるし、全部マッピングしてたら家に着くの何時になるか……」
「今日中に回り切るのは無理そうだな。取り敢えずこの先で道が二手に分かれるだろ。今日と明日で分けようぜ」
「どっち行く? 迷路とかで迷った場合は左に行くってのがセオリーらしいけど」
「じゃあ右で」
即答だった。私はどちらでも構わなかったので、突き当たりまで辿り着いた時コウタの希望通り右に曲がることにした。
「それにしても、このマップ見ても階段ないね。書いてないだけなのか、存在してないのか……もしかしてこのフロアだけのダンジョンなのかな?」
「どうなんだろうな。ま、とにかく全部埋めてみようぜ。また宝箱あるかもしれないし!」
意気揚々と先へ進むコウタの足取りは軽い。こんなに薄暗くて気味の悪いダンジョンだというのに。だが、そのおかげで私も恐怖が薄れているので、この先もずっとこの調子でいて欲しいものである。
***
私達がダンジョンを出た時には時計は既に八時を周っていた。慌てて家に連絡を入れ、急いで家路につく。既に二人とも疲労困憊だったけれど、家に帰ると更なる試練が待ち構えていた。
「こんな時間まで! 心配するでしょう!」
「ちゃんと時間配分を考えて行きなさい!」
「二人だけで先に進むなんてずるいじゃないか!」
「そうだぞ! 俺達だって行きたいのに!」
「お父さん?」
時として母の顔は般若より恐ろしい。
平謝りを続けてようやく怒りを鎮めてもらうと、私とコウタは父二人を引っ張ってコウタの部屋へと駆け込んだ。
ダンジョンで土壁を見つけたこと、宝箱からマップを手に入れたこと、マップは光を放っていて、その光が消えるまでに触れなければマップを手に入れることが出来ないこと。最初は興奮気味に聞いていた父達は、話し終えた頃にはすっかり意気消沈して項垂れてしまっていた。
「じゃあ俺達はマップを手に入れられないのか……」
「いいな、お前達は……マッピング楽しいんだろうなぁ……」
「そんな二人に、実は話さなきゃならないことがありまして」
あからさまに肩を落とす二人に呆れながら言うと、恨めしげな四つの目が私を見る。目は口ほどに物を言うというのは本当のようだ。
「ダンジョンに入った時、声が聞こえたでしょう?」
「あぁ……日本初とか地球初とかな」
「あれって、実はボス討伐とモンスター討伐に対しても同じように地球初があってね」
目を瞬く二人。コウタが手を挙げた。
「はーい、俺、地球初のボス討伐者。特典でステータス操作もらった」
「私もー」
「ステータス、操作……?」
「それって?」
「例えば力を少し下げて、その分を素早さとか運に割り振れるってこと」
「……めっちゃ強くないか?」
「強いよ」
「……何だそれ! 俺も欲しい!」
「いいだろー。でも蓮見はもっと凄いぜ」
自慢気なコウタの言葉に、四つの目がぐりんとこっちを見る。怖い。ニヤニヤ笑うコウタを恨めしく思いながらおそるおそる手を挙げた。
「地球初のモンスター討伐者。特典で保管庫もらった」
「保管庫って?」
「この間のマジックバッグみたいなやつか?」
「それの上位互換だよ。俺らがもらったマジックバッグは容量制限あるし、中に食いもんとか入れても時間が経過して腐ったりするだろ。でも蓮見のは容量無限で時間経過もない。亜空間に収納するからバッグすらない」
「チートか」
「チートだな」
「おばさんとアカリちゃん守ったご褒美に良いものもらった」
「その説は本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるおじさん。コウタも倣うと父まで「スーパーで助けてくれてありがとうございました」と頭を下げてくる。本当にやめて欲しい。
「話戻すけど、マップを手に入れた時に光が消える前に保管庫にしまったの。こういうアイテムに対しても保管庫の設定が適用されるのかは分かんないけど、とにかく今から出すから、光確認する前にまず触って」
「ケイ……!」
「ケイちゃん……!」
目を輝かせる父二人からのハグは丁重にお断りした。さっさとテーブルに寄らせて構えてもらう。声をかけてからマップをテーブルに現すと、二人はすぐさまマップに触れた。物凄い音が鳴ったがテーブルは大丈夫だろうか。コウタも心配そうに「俺のテーブル」と呟いてる。あと階下のおばさんから苦情がきそうで怖い。
「椎名見えた? 光ってた?」
「多分……あんまよく見えなかったけど」
「ま、マップ出てこないぞ!」
「ダメだったのか……?」
「いや、ここダンジョンじゃないじゃん。ダンジョンでしか見えないよ」
結果は週末までお預けのようだ。すっかり光を失っているマップを保管庫に戻しながら今日のダンジョン攻略について話をする。
道が二手に別れていたこと、右側を攻略してきたこと。小部屋はモンスターハウスになっていて棍棒ゴブリンだけが延々と湧き出てきたこと。
「モンスターハウスまであるのか……」
「二人とも怪我はないんだな?」
「ないよ」
「棍棒ゴブリンじゃもう怪我する心配はないよな。ゴブリンソードだったらちょっと危なかったかもしんねぇけど」
「レベル差とステータス操作のおかげでかなり楽だったけど、父さん達二人だとやばいかも。ないとは思うけど、私達がいない時にダンジョンに行っても隠し部屋は入らないようにね」
「そうだな。四人でいる時だけにした方が良さそうだぜ。まぁ、俺と蓮見は二人で行くけど」
「くっそー……!」
「絶対お前達より強くなってやる……!」
「もー! 椎名! 面倒くさいんだから煽らないでよ!」
笑うコウタ、大人気なく悔しがるおっさん二人に溜息をついた私は一足先に帰ることにした。階段を下りてる間も上の部屋からコウタの笑い声と悔しげな声が聞こえてくる。
「あいつらは……ケイちゃん、ごめんね付き合わせて」
「ううん。私も遅くなっちゃってごめんなさい」
「ケイちゃんや私達の為にも必要なんだってことは分かってるけど……でも、本当に気を付けてね。怪我なんてしないで」
「うん、ありがとう。アカリちゃんは? もう寝たの?」
「ちょっと前にね。だから静かにしてもらいたいってのに、あの男共は……」
「はは……」
そろそろおばさんの雷が落ちそうだと、そそくさと家に帰って行った。
父が帰ってきたのはその十分後のことで、やはりというか雷が落とされた上に、母にまで「いつまでお邪魔してるの!」と更に雷を落とされていた。父どんまい。
***
翌朝、学校へ向かっている途中でコウタから昨日の放課後に話していた内容が投稿されていたと聞いた。
「映像は教室の天井の隅っこを写してただけで顔とかなかったけど、音声はばっちり入ってたぜ。見る?」
「やめとく」
「一晩ですげー再生回数稼いでるみたいだぜ。動画のタイトルが『噂の高校生二人に聞く、ゴブリンとの戦い方講座!』だもん」
「講座だってんなら金払えよって話だよね」
「それな。しかも、最後の部分だけカットしてあったんだぜ。だから俺らが自慢気に戦い方を教えてる風な動画になってて、コメントでもアンチがめっちゃ荒れてた」
「またゴブリンに挑んで返り討ちに遭った奴らの怒りが私達に向くわけね。ほんとムカつく」
「まったくだぜ」
投稿者は分かっている。帰り際にどうしてモンスターと戦うのかと聞いてきた他クラスの男子生徒だ。あれだけ明らかに動画のための質問だった。コウタも気付いているようで、シメてやろうかなんて言ってたから止めておいた。面倒はごめんだ。
昨晩に投稿されたこの動画は物凄い反響を呼んだようで、鏑木さんからも注意を促すメールが来たし、昼のワイドショーでも取り上げられたようで午後一番の担任の授業で注意された。こういった講座を動画に投稿するのは良くないと言われたが、投稿したのは私じゃない。投稿を許可した覚えもない。そう言い返そうとすると、私より先に他の男子生徒達が言い返してくれた。一番最初に注意点を教えてくれと頼んできた三人だ。
「蓮見は動画なんか撮ってないっすよ!」
「俺らが教えてくれって頼んだから教えてくれたんです!」
「そしたら他のクラスの奴とかも集まってきて、勝手にこっそり動画撮ってた奴がいたみたいで……蓮見、ほんとごめん」
「蓮見は許可してないのか?」
「してません。やめた方がいいって言ったって挑むかもしれないし、それならせめて死なないようにって注意点を教えてただけです。いつの間にか人が増えちゃって」
「でもあの動画かなり悪意あるよな。だって最後にちゃんと言ってたんだぜ。好きで挑んだわけじゃない、逃げられなくて仕方なく戦っただけだって。学校に出た時だって、あのボスゴブリンが他の場所に移動して誰かを傷付けるかもしれないって思ったから戦ったんだって。それなのに勝手に動画で顔も名前も晒されて、住所も特定されてイタ電かかってきたり、嫌がらせの手紙届いたりって……」
「動画上げられたせいで受けた被害も全部話してたのに、あえてその部分だけカットして戦闘講座なんてタイトルつけて動画アップされててさ。マジでクソ野郎だよアップした奴」
教室中がざわめく。「酷い」だとか「マジでクソだわ」とか、私に同情的な意見ばっかりなのはホッとしたけど少しだけ不安を覚えた。
「誰が投稿したか分かってるのか?」
「さぁ……あの中の誰かってのは確かだけど……」
「あいつじゃねえの? 最後にどうしてモンスターと戦うのかって聞いてた奴」
「思った。あの話の流れでよくあんな空気読めないこと聞くなって思ったんだよ」
「誰? 誰?」
「何組?」
話はどんどん盛り上がっていった。悪い方向に空気が流れていっていることを察した担任が手を叩いて話を終わらせたけど、授業が終わるとまたすぐに動画を投稿した犯人探しが行われていった。
「なぁ、蓮見は誰だと思う?」
「犯人見つけて文句言ってやろうぜ!」
「ありがとう。でも別に探さなくてもいいよ。削除されてもどうせもう誰かが保存しちゃってるだろうし、そしたらまた投稿されるだけだから……あんな風に編集されて投稿されるって考えなかった私達にも落ち度はあるだろうし」
このままでは制裁という名の盛大なイジメが始まってしまいそうで怖い。だからそう答えたけど「俺達だって利用されたのムカついてんだよ」と怒り心頭の彼らには届かなかった。自業自得だとは思うけど、私やコウタも関係者なだけにモヤモヤする。
「なぁ、蓮見のクラスの奴らが犯人探ししてるんだって?」
駅へ向かう道中、コウタがそう尋ねてきた。頷く代わりに私の口から溜息が漏れる。
「昼のワイドショーで取り上げられたみたいで、先生達が見たらしいの。それで、五時間目の授業の最初に何であんな講座なんて開いたんだって言われて……最前列でメモ取ってた三人いたでしょ? あの人達が自分達が頼んで教えてもらったんだって言ってくれてね。だから誤解は解けたんだけど、そこから犯人探しが始まっちゃって……犯人見つけて動画を削除してもらったって、前みたいに別の誰かがまたアップしちゃうだろうし、だからそんなことしなくてもいいよって言ったんだけど」
「暴走しちまってるってわけか」
「自分達は真剣に注意点を聞いてたのに、それを利用されたのがムカつくって……あの三人が怒るのも無理ないと思うし、そこは私が口を出すことじゃないけどさ……ちょっと心配だなって」
「まあなぁ……帰る時に隣のクラス覗いてみたんだけど、すげー真っ青だったぜ」
「隣のクラスなの?」
「体育の授業が合同なんだよ。話したことはねーけど」
「イジメとかになんないと良いんだけど……何か怖くて」
「かなり怒り狂ってたもんなぁ……」
どうしたものかと溜息をつきながら電車に乗り込むと、朝よりもあちこちから視線を感じた。これまでの好奇心とか興味津々といったものとは明らかに違う、悪意のある視線が多いように感じたのは気のせいではないと思う。
「お! 俺らにもしてくれよ、戦闘講座!」
「あれっていくら取んの?」
見知らぬ他校の生徒達まで絡んでくるし本当に勘弁して欲しい。ずっと無視してたけどいつまでもしつこくて、いよいよコウタがキレそうになったその時、近くに座っていた中年のおじさんが「いい加減にしなさい」と口を挟んできた。
「電車の中では静かにしなさい。他の人達の迷惑も考えられないのか? それから君達も。テレビを見たよ。あんなものを自慢気に話してどうする。そうやってまた化け物に挑んで返り討ちに遭う連中を作りたいのか?」
車内はすっかり静まり返っていた。物音一つ聞こえない。不躾に見てくる人もいたし、手元の携帯や本に視線を向けたままの人も、ほとんどがこちらに意識を向けていることはすぐに分かった。
このおじさんが言ってることはたぶん間違ってない。端から見ればあの動画はそういうものに見えたことだろう。でも私達にとっては全く違う。さもそうであるかのように決めつけられて叱られるのは納得いかない。
「じゃあどうすれば良いんですか?」
ハッと息を呑んだ。隣で聞き返したコウタの声は明らかに不機嫌だった。
「ゴブリンに挑みたいから、気を付けなきゃなんないことを教えてくれって言われたんすよ。俺らがやめろって言って、それで素直に聞くと思ってるんですか? 聞くならいくらだってやめろって言いますよ。でも聞かずに挑んだら? それで怪我したら? 死んだら? 俺達が何も教えなかったからってことになるんじゃないんすか?」
「それは……」
「だから教えました。気を付けた方がいいことを全部。同級生に死なれたら俺らだって嫌ですもん。でももちろん、逃げられるなら逃げた方が良いってことも話しましたよ。俺達だって好きで戦ったわけじゃない。逃げられる状況になかったからそうしただけだ。うちの近所で戦った時は今にも死にそうな人がいた。学校に出た時だって、あのまま俺達が隠れ続けてあいつが他の場所に移動して誰かを襲ったら? 戦う力を持ってるのに、俺達が戦わなかったことでおじさんの家族が怪我したり殺されたりしたら、その責任は絶対に俺達にないって言ってくれますか?」
ぐっと押し黙るおじさん。この頃には車両中の視線が集まっていて居心地の悪さを覚えたが、コウタの言ったことは私の言いたいことと同じだ。だから私は俯いてはいけない。コウタの隣で胸を張っていないといけない。背筋を伸ばすと隣でコウタが微かに笑ったのが分かった。
「講座なんて大袈裟なものじゃありません。友達に聞かれたから答えただけです。挑むのは自己責任って政府が発表している以上、私達に出来ることは友達が死なないようにアドバイスすることだけです。それにあの動画は勝手に撮られたもので、私達が撮影をお願いしたわけじゃありません」
「俺らはいつだって、逃げられない状況の中で命懸けで必死に戦ってただけです。最初のスーパーの動画だって、蓮見は他の人を守りたかっただけだ。警察の人にだって言われましたよ。どうして途中で逃げなかったのかって。でも逃げられない状況だった。蓮見が狙われてるのをいいことに、奥のドアから何人も逃げてたから。蓮見を囮にして、見殺しにしようとして、自分達だけ逃げてたんですよ。その中には小さい子どもを連れた親だっていた。だから蓮見は逃げられなくて戦うしかなかった。自分が逃げて子どもが襲われたら死んでしまうと思ったから。あんな棍棒で殴られたら子どもなんて即死だ。それなのにテレビは蓮見が悪いって言う。勝手に撮られて投稿された動画を見て、勝手に真似して挑んだ奴らが返り討ちに遭って、それも全部蓮見の責任だって言ってくる。嫌がらせの電話や手紙が届く。じゃあ、どうすれば良かったんですか? 蓮見を囮にして身勝手に逃げようとする奴らになすりつければ良かったんですか? 子どもを見殺しにすればよかったんですか!?」
静まり返る車内で電車の走行だけが聞こえる。
驚いた。コウタがこんなに怒ってるところなんて初めてみた。思わずコウタの制服の袖を引くと、ぐしゃりと髪を鷲掴みにした椎名が苛立ちを押し出すかのように息を吐く。
「…………でかい声出してすんません。でも納得いかないんですよ。俺らはいつだって真剣に、生き残るために必死で戦ってるのに、ただ目立ちたいから悪ふざけしてるみたいに言われるのが。俺らのせいでモンスターに挑む奴が増えたって言うくせに、ボスモンスターを倒して一週間出現しないことが分かったら今度は不公平だから他の地域にも出向いて倒せって言う。俺らがいつ動画に撮ってくれって言ったんだよ。言うわけねえだろ。俺達が心底怖い思いしながら命懸けで必死に戦うのを、カメラ向けて笑ってんだぞ。俺らがどんなに危ない状況になっても助けてくれない。ただ撮るだけ。剣で殺すのを躊躇ってたら文句言われました。さっさと殺せって。出来ないなら俺がやるって。そうすればステータス手に入るだろうからって。何なんだよ、本当に。本当……胸クソ悪ィ」
それきり俯いて黙り込むコウタに私は何も言えなかった。何と声をかけたらいいか分からなかったし、今声をかけたら私もコウタも泣いてしまうような気もした。それは嫌だと思った。これだけ弱音を吐いて、これ以上見られたくもなかった。俯いたままのコウタをドアの隅の方に押しやって、おじさんに向けてただ一度深く頭を下げた。ずっと絡んできていた他校の男子二人と目が合ったけれど、バツが悪そうに目を逸らされた。
それから駅に着くまで私達に声をかけてくる人はいなかった。他校の連中も、おじさんも、他の人達も。ただ私達が電車を下りる時に、さっきのおじさんが「ありがとう。頑張ってくれ」と声をかけてくれた。謝られなくて良かった。私もコウタも下手くそな笑いを返して電車を下りた。
「…………あー、クソ」
「かっこよかったよ」
「勘弁して……ほんとダサい」
「かっこよかったって。……ありがとね」
「…………おう」
小さく返事をするコウタに笑って肘打ちを一つ。「痛えよ」って言いながら肘打ちを返されたのでもう一発お見舞いしてやった。
「だから痛えって」
コウタはいつもと同じように笑っていて、私も嬉しくなって笑った。
「ねえ、覚えてる?」
「んー?」
「今日だよ。結果が分かるの」
「あー……あの微妙な金額の宝くじな」
「だから今日は早めに帰らないとね。時間そんなにないけど行くんでしょ?」
「そうなぁ……家帰っても好き勝手言うテレビ見てムカつくだけだしなぁ」
「それとも外を回ってボス倒す? どっちでもいいよ」
「んー……じゃあ、今日は外回ろうぜ」
「お、珍しい。いいの?」
「多分何言われてもムカつくから、こうなったらお手本動画撮らせてやる」
どうせ野次馬が出てくるんだろうしと吐き捨てるコウタに声を上げて笑った。
「そうだね、そうしよっか」
「んじゃ、一回家帰ろうぜ。近場はある程度倒しちまってインターバルあるし、着替えてチャリで行こう」
「分かった」
家へと向かう私達の足取りは、少しだけ軽くなっていた。
その夜の宝くじの当選発表では、見事に私が一等を当て、コウタは二等を当てていた。発表の直後にコウタから送られたメールには「運のバカヤロー!」と書かれていた。