007
<<ダンジョンへの入場を確認しました>>
ちょっと待て。今何と言った?
「い、今の……聞いた?」
「聞いた」
「ダンジョン……?」
「おいおい……」
空耳ではなかった。みんな聞こえていたらしい。
意味が分からない。フェンスのせいで奥行きなんてゼロに等しかったはずなのに。道幅だって私達四人が横に並んでも余裕なほど広い。入り口はあんなに狭かったのに。
<<日本における最初のダンジョン入場者としてマジックバッグを授与します>>
<<地球における最初のダンジョン入場者として経験値上昇率アップを授与します>>
「ちょっと待って……待って」
「何がどうなってんだ……?」
状況についていけない。混乱する私達の前に淡い光と共に四つの袋が現れた。鑑定したらマジックバッグ<特大>と表示される。特大って何だ。サイズでもあるのか。
「と、とりあえず落ち着こう。深呼吸だ深呼吸」
父の言葉に私達は頷いて深呼吸をした。よし、落ち着いた。状況の確認だ。
「ここ、ダンジョンって言ったよね?」
「言った。聞いた」
「日本で最初に入ったからマジックバッグを授与……これか?」
「そうみたい。マジックバッグ<特大>って出てる」
「サイズがあるのか」
「それで、地球で最初の入場者とか言ってなかったか?」
「言ってた。経験値上昇率アップって」
「私もそう聞いた。つまり、他の人達より早くレベルが上がるようになるってことで良いのかな?」
「チートかよ」
「チートだな」
「そういうのは二週目からってのが鉄則なんだが」
「そこのゲーム脳三人は黙って」
ここはダンジョンらしい。ゲームによくあるあのダンジョン……なんだろうなぁ。ゴブリンといいダンジョンといいスキルといい……この世界はゲームと融合でもしてしまったのだろうか。
「ダンジョンってことは、モンスターが出てくるってことだよな?」
「だろうな。各々武器構えて」
「じゃあ、さっき私が見たのは子どもじゃなくてここから出てきたゴブリンだったってこと?」
「でもいなかったじゃないか」
「でも、確かに見たんだよ!」
「そうは言ってもなぁ……あ、インターバルがあるから出て来れなかったとか?」
おじさんの言葉に私達は息を呑む。
「つまり、ゴブリン達はダンジョンから外に出てきてるってこと?」
「ダンジョンの入り口がある庭までは出てくることが出来たけど、それより先はインターバルのせいで外に出て来れなかったから消えた……もしくは、あのフェンスを超えた瞬間に別の場所に移動したとか?」
「それあるかも。だって突然現れるだろ? そんで突然消えるんだぜ。ダンジョンから出てあちこちに瞬間移動してるってことじゃねえの?」
「じゃあ……このダンジョンを攻略したら永久に出てこなくなる……?」
私がそう言うと男三人は目を輝かせた。嫌な予感がする。
「よし、攻略しよう」
「そうだな、日本の為だ」
「こんな近所にダンジョンなんてあったら心配だもんな。行こう」
「本気で言ってんの!? ゴブリン以外が出てきたらどうすんのさ! 私らまだレベル一桁なんだよ!? しかも5以下!」
万が一とんでもなく強いモンスターが出てきたらどうしろと言うのだ。必死に訴えたけど三人は「危なくなったらすぐに逃げよう」なんて楽天的なことを言っている。
「本気で行くの……?」
「安心しろ。ケイは父さんが守ってやる」
「私より弱いくせに何言ってんの!」
「あ、ケイちゃんそれは駄目だ。そいつ泣くから」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「うぉいストップ! 蓮見が煩ェからゴブリンきちまっただろうが!」
コウタの指す先には棍棒ゴブリンとゴブリンソードがいて、こっちに向かって駆けてきている。
「もう! 帰ったらお母さんとおばさんに言いつけるから!」
「待て、それだけは……!」
「ケイちゃん後生だから……!」
「うっさい! 椎名! ちょっと時間稼いで! その間に二人に武器作るから!」
「オッケー!」
警棒を構えたコウタが駆け出すと同時に急いで錬金をする。出来上がった警棒を父二人にも渡すと、嬉しそうに受け取った二人もゴブリンに向かって駆け出した。三対二だし、片方は棍棒ゴブリンだから何の問題もなく倒せるだろう――そんなことを考えたのがいけなかったのだろうか。暗がりから更にゴブリンソードが現れた。
「ゴブリンソードが来てる! 気を付けて!」
「蓮見! 俺達二人で相手取るぞ!」
「ヘマすんなよ!」
棍棒ゴブリンを倒した父二人が意気揚々とゴブリンソードに向かっていく。コウタも難なくゴブリンソードを倒してレベルが上がったようだ。
「奥に行くか?」
「もう止めないけどさ……素早さと運を上げておこうよ。運を多めで」
「そうだな。安全第一だもんな」
ステータスを操作して攻撃力と防御力を少し落とし、代わりに速度と運を上げた。運を多めに振ったから多少はマシになるだろう。
「おーい! レベルが上がったぞ!」
「4になった! コウタに並んだな!」
「残念。俺さっきので5になった」
盛り上がる三人に溜息を漏らしながら辺りを鑑定する。ダンジョンの壁、ダンジョンの壁――敵が隠れてたら教えて欲しいんだけどなぁ。索敵とかそういうスキルが欲しい。
「ちょっとだけ進んで、危なくなったらすぐに逃げようね。それから静かに進もう。不意打ちされたら嫌だし」
「そうだな」
「しっかし、家の近くにこんなもんが出来てたなんてなぁ」
「他のとこにもダンジョン出来てんのかな?」
小さな声で囁き合いながら慎重に奥へと進む。途中曲がり角を曲がったけど、道は相変わらず一本道だ。マップとかそういうのは宝箱で拾えないんだろうか。
「宝箱とかあるのかな」
「ロマンだな」
「探すか」
「探すっつったって、この一本道じゃなぁ」
「でもこういうのって壁の一部分だけ土壁とかあるだろ?」
「ケイの鑑定で分からないのか?」
「……ダンジョンの壁、ダンジョンの壁、ダンジョンの壁――ないね。全部ダンジョンの壁」
「やっぱそう上手くはいかないか」
項垂れる父が本当に落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「でも宝箱はありそうだよな、ダンジョンなんだし。そんですっげー防具とか拾ってさ! ダンジョンのボス倒したら強力な武器とか拾ったりさ!」
「ゲーム脳……」
「んだよ、良いだろ別に。お、またゴブリンきたぜ!」
「次は私の番だからね。一番レベル上げなきゃなんないのは私と椎名なんだから」
「おっさん二人は見学な。一応後ろも警戒しといてくれよ」
快諾する二人を残して駆け出した私とコウタは、それぞれゴブリンソードと対峙した。素早さを上げているおかげで危なげなく攻撃を避けてカウンターを仕掛けることが出来、あっという間に倒してしまった。
<<レベルが上がりました>>
「ゴブリンソードの経験値ってどれくらいだろう」
経験値上昇率アップというスキルを手に入れたから、もう少しくらいは上がるだろうか。このダンジョンにどんなモンスターがいるのかは分からないけど、外に出てるモンスターが棍棒ゴブリンとゴブリンソードだけということを考えるとここも同じだろうか。
====================
蓮見ケイ 17歳
Lv.6
HP 110/120
MP 34/40
STR [ + - ] 32
DEF [ + - ] 27
AGI [ + - ] 39
LUC [+ - ] 33
【Skill】
鑑定 [ 2 / 10 ]
錬金 [ 2 / 10 ]
保管庫
ステータス操作
熟練度上昇率up
経験値上昇率up
【称号】
地球初討伐者
日本初討伐者
地球初ボス討伐者
日本初ボス討伐者
地球初ダンジョン入場者
日本初ダンジョン入場者
====================
鑑定した自分のステータスを見ると、鑑定と錬金のスキルレベルが上がっていた。錬金は一度に作れる数が30から50に増えている。使えば使うほどスキルレベルが上がるのだろうから、錬金はともかく鑑定はもう少しこまめに使うことにしよう。
それから更に奥へと進み、道中で出会すゴブリンやゴブリンソードと戦い続けた。このダンジョン内ではゴブリンソードはボスではないが、ステータス自体は外で出てくるゴブリンソードと同じくらいのように思える。
経験値上昇率アップのおかげで、私達四人のレベルはどんどん上がっていった。そのおかげか一撃で倒せるようにもなってきたので、試しに棍棒でゴブリンソードと戦ってみたが、今度は棍棒でも倒すことができた。
さすがに一体倒しただけでは上がらなくはなってきたものの、次から次へとひっきりなしにやって来るから経験値稼ぎ放題だ。
「あ、レベル10になった」
一番最初にレベルが10になったのは私だった。四人の中で一番レベルが高かったのだから当然だ。
<<レベルが10を超えたのでスキルを解放します>>
「は?」
「どした?」
「なんか……また変なこと言ってる」
「何だって?」
「レベル10超えたからスキルを解放とかなんとか……」
<<ステータス画面から入手したいスキルを選んでください>>
「ステータス画面から入手したいスキルを選べって」
「マジかよ!」
「それも最初の奴だけの特典か?」
「それは言ってなかったから、多分誰でもだと思う……ステータス」
====================
蓮見ケイ 17歳
Lv.10
HP 150/160
MP 74/80
STR 45
DEF 45
AGI 51
LUC 58
【Skill ▼】
鑑定 [ 2 / 10 ]
錬金 [ 2 / 10 ]
保管庫
ステータス操作
熟練度上昇率up
経験値上昇率up
【称号】
地球初討伐者
日本初討伐者
地球初ボス討伐者
日本初ボス討伐者
地球初ダンジョン入場者
日本初ダンジョン入場者
====================
スキルの横にある▼を開けと念じると、ずらりと出てくるスキル名たち。思わず口元が緩んだ。
ゲームじゃないと分かっているのについニヤけてしまった。気を付けなければ。
====================
<<Skill>>
・風魔法 ・気配察知
・水魔法
・火魔法
・土魔法
====================
「なぁなぁ、どんな感じだ?」
「魔法が使えるようになるみたい」
男三人から歓声が上がった。
「風、水、火、土の四種。あと気配察知だってさ。この中から選べるみたいだけど……」
「それだけ? 意外と少ないな……」
残念そうなコウタは放っておく。私が最初に取るスキルはもう決まってる。気配察知と念じるとスキル選択画面の気配察知の文字がグレーになった。二度同じものは選べないということなのだろう。スキル選択画面を閉じてステータス画面に戻ると、スキルの欄に気配察知の文字がついていた。
「何のスキルにしたんだ?」
「気配察知」
「えー!? ここは普通攻撃魔法だろ!」
「次に選べる時はそうするよ。安全第一。取り敢えず私が気配察知を取ったからみんなは好きなの取っていいよ。その代わり、気配察知取らないんなら一人で勝手にダンジョン入らないでね」
元気よく返事をするおっさん二人と同い年の男一人。でも満面に笑みを浮かべて目をキラキラ輝かせて、期待を前面に出してるその様子はアカリちゃんと変わらない。五歳児か。
その後も順調にレベルを上げていき、二番目にレベル10に上がったコウタは水魔法を、同時にレベルを上げたおっさん二人はそれぞれ風魔法と火魔法を習得した。本当に誰も気配察知を取らなかった。こいつら大丈夫だろうか。
ステータスを確認したところ、やはりそれぞれの魔法や気配察知にもスキルレベルが存在していた。気配察知のスキルは常時発動型のようで、意識しなくても周囲の気配が分かるようになった。曲がり角の向こうにいるゴブリンに気付けるようになったのは大きい。
「この先に四体! 全部ソードだよ!」
「おう!」
「一人一体ずつだな」
「油断しないでよ!」
「ケイこそ気を付けろよ! お前だけ攻撃魔法使えねぇんだから!」
最初に攻撃を繰り出したのはおじさんだった。いくつもの小さな風の刃がゴブリンソードを容赦なく切り裂いていくと、今度は父の放った小さな火球がゴブリンソードに直撃して次々に煙を起こす。あっという間に視界が悪くなってしまった。
「何も見えないじゃないか!」
「すまん! 風で何とか出来るか?」
おじさんがそよ風を起こして煙を払うと、飛び出してきたゴブリンソードがコウタに斬りかかる。手のひらの辺りから噴出した大量の水がゴブリンソードを押し返すと、私はもう一体のゴブリンに駆け寄り警棒で思い切り殴りつけた。
「お父さん! まだ生きてるよ!」
「それじゃ、もう一丁――」
「おじさん! 先に俺にやらせて!」
また煙を起こされたら堪らないとばかりに進み出たコウタが警棒を握りしめてゴブリンソードに殴りかかる。現時点で水魔法で倒すのは難しそうだ。ひたすら水攻めにして酸素を奪ったら死ぬのだろうか?
トリを任された父がもう一度火球を放つ。瀕死の状態だったゴブリンソードはとどめの一発で光となって消えた。完勝だ。
「よっしゃ!」
「レベルは……上がってないね」
「蓮見の魔法は敵が複数の時には使い勝手が悪いな……」
「そうだなぁ……思ってたより威力も少ないしな」
「MPの消費はどれくらいだったの?」
私が尋ねるとステータスを確認したコウタが「3だ」と返す。
「俺も6減ってるから3だな」
「もっとMPが増えるまでは節約しないとダメか」
「俺なんて夜に錬金もしなきゃなんないから、もっと節約しねぇと」
「MPがゼロになったら動けなくなるから、そこだけは気を付けてね」
「ここぞという時以外はこれまで通り警棒で戦った方が良さそうだな」
「ダンジョン内ならコウタ達が作った武器を使えるから良いな!」
気のせいだろうか。私とコウタよりも父二人の方がノリノリである。けれどそろそろ家に連絡を入れなければ母達が心配しているはずだ。スマホを取り出したけれど、お約束と言うべきか圏外で電波はなかった。時計が正常に動いているだけありがたいと思うべきか。
「もう三時間近く経ってるよ。帰りにも同じ時間がかかるんだから、もう帰り始めないと」
「えー……」
「まだまだ道は続いてるし、意外と深いんだな。ダンジョンって」
「階段見つからなかったよな。ダンジョンっていったらいくつもの階層があって、5階とか10階ごとに中ボスが出てくるもんだろ?」
まだまだ先に進みたがる男三人をじとりと睨み、スマホの画面を突き出した。時計を見ろという私の無言の訴えに怯んだ三人は、未練たっぷりに先へ続く道を見て、それから大きな溜息と共に帰ることを承諾した。
「あぁ……」
「またここまで来るのに三時間かかって……またここで引き返して……」
「待てよ……俺と蓮見だけなら平日学校終わってから来れるよな。あぁ、でも部活もやりてぇし……」
「それなんだけどさ、ちょっと椎名思いっきりジャンプしてみて よ」
「ん? 何で?」
首を傾げながらもコウタが思い切りその場で跳び上がる。天井まで4~5メートルほどありそうな高い天井だが、コウタは尋常じゃないほどの跳躍力で半分ほどまで跳び上がった。
「うおっ!?」
「お、おいコウタ! 何したんだ今!」
「とんでもなく跳んだぞ!?」
「お、俺も分かんねぇけど……何でだ!?」
「ステータスのせいじゃないかな。レベルアップでかなり上がったでしょ」
私でさえ力が50以上あるのだ。今は素早さと運にいくつか振り分けているけど、それでも最初に比べたら倍以上も上がっている。ステータス画面には力、防御、素早さ、運の四つしか項目がないけど、力があるということは攻撃だけじゃなくて重いものを持てるということだし、防御だってつまりは体が頑丈になったということだ。素早さが上がれば瞬発力も上がる。膝に力を入れて飛び上がれば高く跳べるに決まってるのだ。
「え……じゃあ俺、バケモン並になっちまったってことか!?」
「あー……それだと部活はなぁ……」
「コウタ君並に動ける子なんていないだろうしな……ドーピングと見られたりはしないかもしれないが……うーん……」
帰りの道中は項垂れるコウタを慰めながら進むこととなった。
これまで通り部活をすることが出来ないと知って落ち込んでいたコウタだが、それでも帰りの道中でゴブリンが現れた時にはしっかり戦えていたし、漸くダンジョンを出る頃にはすっかり元気を取り戻していた。
「しょうがねえな。バスケは好きだけど部活は諦める」
「良いのか? あんなに頑張ってたのに」
「俺のせいでチームの輪を乱したくねえし……いざとなったら父さん達に付き合ってもらってやれば良いしな。それに、部活辞めれば学校終わりに蓮見とダンジョン来れるし」
「ズルいぞコウタ!」
「俺達だって仕事さえなければ……っ」
「……学校帰りにダンジョン来ることは決定なんだ……」
しかも私もか。呟くと「だって俺、気配察知持ってねえもん」と悪びれずに笑うコウタ。
「さっさと強くなって、俺らの価値どんどん高めねえとな!」
「……そうだね」
もう言い返す気も起きなかったので、私はただそう答えて笑った。
「どこで何してたの!!」
「連絡くらいしなさいよ!! 心配したでしょう!!」
怒れる母達を前に四人並んで正座させられることになったのはその十数分後のことである。
***
休みが明け学校がまた始まった。
欠伸をかみ殺しながら駅へ向かう道中、隣を歩くコウタが「それにしても」不満げな声を漏らす。
「なーんでレベル上がんなくなっちまったんだろうなぁ」
「昨日あんなに頑張ったのにね……」
そうなのだ。平日は仕事があるためダンジョンに入れないおっさん二人の再三の要請により、昨日もダンジョンに行った。朝早くに家を出てダンジョンに入り、昼前に一度家に帰って昼食。午後は出現時間は外でボスモンスターを討伐し、合間の時間をまたダンジョンで過ごした。
それでも誰一人としてレベルは上がらなかった。
「ゲームによってはレベル上限があるから、それなのかもな」
「10が最大ってこと?」
「そうじゃなくて。例えば、ゴンクエとかだとエリアによって経験値をもらえるレベルってのが決まってるんだよ。このエリアではレベル20までしか経験値をもらえないとか、このエリアなら99までもらえるとか。そういうことなんじゃねえかなって」
「あぁ、そういう……確かジョブ経験値とかでもあったよね、そういうの」
「そうそう。弱すぎるモンスターじゃジョブ経験値稼げなくて何時間も無駄に……って知ってんのかよ。ゲームなんてやらないと思ってた」
「ちょっとはやったことあるよ。お父さんがいっぱい持ってるし」
何もすることがなくてヒマだなーと思った時など、不意に目に入った父のゲームを何度かやったことがある。ゴンクエは6だけ楽しくて進めたのだ。父は私がゲームをしたのが嬉しかったのか「どこまで進んだ?」と毎日聞いてきたし、母は呆れていた。
「全クリ出来た?」
「ラスボス手前まで行った時にもういいかなって思ってやめた」
「そこで!? そこまで進んどいて!? あとボス倒すだけなのに!?」
「だってジョブ全部制覇してなかったし、レベルも99になってなかったし……それなのにラスボス倒したらもう二度とやらない気がして」
まぁ、結局ジョブ制覇もレベル上げも面倒になって辞めてしまったんだけど。
「あーいるいる、そういう奴。もったいねえなぁ。ゴンクエはラスボス倒しても裏ボスがいるんだぞ」
「私の代わりにお父さんが倒してたよ」
「美味しいとこ取りかよ!」
「全体的にレベルが低くて大変だったって文句言われた」
声を上げて笑うコウタにつられて私も笑う。ホームや電車では相変わらず声をかけられたけど、私もコウタもマスクをすることはやめた。腹を括ったらもうどうでも良くなってしまったのだ。
「そう言えば、明日だよ」
「何が?」
「宝くじの結果が分かるの」
「忘れてた! でもなぁ……一等で750万だっけ? 俺らつい最近300万稼いだばっかじゃん。だから何かなぁ……」
昨日の夜に鏑木さんから連絡があり、月曜日に代金を振り込むと聞いた。銃弾の代金として300万ずつ私とコウタの口座に振り込むそうだ。
錬金のスキルレベルが上がったことで一日に作れる銃弾の数がかなり増えた。私達は一日で物凄い大金を稼ぐことになる。だから一等が750万の宝くじが当たってもそこまで喜べないというか……。金銭感覚ってこうやってずれていくんだろうか。
「二等だと12万くらいだろ? 何かなぁ……」
「まぁ、当たるとは限らないんだけどね。もし当たったら親に譲ることにするよ」
「俺はアカリの口座にでも入れてやろうかな」
「じゃあ私はアカリちゃんにケーキいっぱい買う」
「張り合ってんじゃねえよ。あとケーキは虫歯になるから一つでいい」
意外としっかりしてるな、コウタ。可愛い動物を模したケーキ、どこかで売ってないかななんてスマホを操作しながら学校へと向かった。
放課後、コウタから少し待っててと連絡が入ったので教室に残っていると、クラスの男子数名が私の所にやって来た。
「あのさ、ゴブリンと戦う時の注意点とか教えてくんない?」
「戦うの?」
「やっぱステータス欲しいじゃんか! 今度また学校に出たら、その時は俺らがやっつけるから!」
意気込む彼らに苦笑を浮かべ、とにかくゴブリンの動きをよく見ることが大事だと教えてあげた。
「その内パターンが読めてくるよ。棍棒のゴブリンは上から思い切り振り下ろすか、横に振ってくるかしかなかったから。たまに二回連続で攻撃してくるけど、ちゃんと距離を取ってれば充分避けられるよ。それに、こっちが二人いるなら一人が注意を引いて、もう一人が後ろから殴るなり蹴るなりしてバランスを崩させられる。そうすれば棍棒奪いやすくなるよ」
真剣な顔で私の話を聞きながらメモを取る男子三人。始めはそれを遠巻きに眺めてた人達まで次第に集まり始めて、コウタがやって来た頃には私の周りには10人以上も集まっていた。
「な、何やってんだ?」
「ゴブリンと戦う時の注意点を教えてくれって言われて……いつの間にかこんなことに」
「なぁなぁ、じゃああのボスのゴブリンは? あいつはどうやって倒すんだ!?」
「あいつは素早いから……棍棒ゴブリンが近くにいたらそっちを優先して倒して武器を奪って戦えるけど、いない時は逃げた方が良いよ」
「じゃあ、もし棍棒を奪えたら? そしたらどうするんだ?」
「そうは言っても、俺らもあいつと戦う時はいつも二人だったしなぁ……最低でも二人いないと。片方がボスの気を引いている間にもう一人が棍棒ゴブリンを倒して武器を奪う。あいつと戦うのはそっからだな」
コウタが答えると最前列の男子たちは即座にメモを取った。顔を見合わせて苦笑を浮かべ、どうしたものかと頭を掻く。
「動画も見たんだろ? ボスの気を引いた一人はひたすら避け続けて、もう一人がボスに不意打ちを食らわせるといいよ」
「でもお前らは不意打ち食らわせてなかっただろ? 攻撃受け止めてたよな?」
「校庭の時は私が滑っちゃってバランス崩したのを狙われたんだよ。大振りだったから椎名が受け止めてくれた」
「最初の時も、避け続けて疲れちまったからなぁ俺。その隙を狙われて大振りの攻撃がきたから受け止められたんだよ」
「ボスの剣を棍棒で弾き返すか、もしくは棍棒に斬り込ませて簡単に抜けなくさせると武器を奪いやすくなるよ。失敗すると斬られるけど」
「それ考えると俺らは運が良かったよな」
「あの時は必死だったからね……戦わずに済むならその方がいいよ」
いつ死んでもおかしくなかった。レベルやステータスで過信していた部分もあったのかもしれない。慢心良くない、絶対。
「あ、あと武器を奪っても体当たりされるとこっちのダメージ大きいから。暫く痣出来るから」
「え、体当たりされてたっけ?」
「動画で撮影されてない時にね。……スーパーの動画も見たんでしょ? 私の前に戦ってた男の人……当たりどころ悪いとすぐに起き上がれなくて同じことになるから気を付けて」
「あの人、無事だったのかな……」
「重傷だけど無事だってさ。前に警察の人が話聞きに来た時にそう言ってた」
コウタが答えた途端、何人かが身を乗り出してきた。警察との話を聞きたがったが、だいぶ時間も押してしまったからと断り立ち上がる。帰ろうとすると一人の男子生徒に呼び止められて「どうしてモンスターと戦うの?」と聞かれた。
「俺らは別に面白がって戦ったわけじゃねえよ。最初は逃げられなくて仕方なくって感じだったし。ボスが学校に出た時とかは、戦える俺らが行かなきゃって思ったけど……それで蓮見を巻き込んだのは悪かったと思ってる」
「それはもういいって言ったじゃん。……戦うのは自己責任だから止めはしないけど、最悪のこともちゃんと考えた方がいいよ。私はスーパーでの動画をアップされて、そのせいで無謀な人達が挑んで返り討ちに遭ったってテレビで言われた。ネットで名前とか住所とか全部特定されて、嫌がらせの電話とかしょっちゅうかかってきてる。返り討ちに遭った人とか、その家族とかからお前のせいだって手紙とかもね」
「そうなの!?」
「私のせいって何なんだろうね。私は自分の家族を守りたくて戦っただけ。私が命懸けで戦ってるのを面白がって撮影して投稿されて、それで嫌がらせまで受けるのも全部私。嫌になるよ。必死にボスモンスター倒したら今度は不公平だから他の地域のボスも倒すべきだなんて言われてさ」
「学校でボスが出た時のことも正直後悔してるよ。あいつが他のとこ移動して誰かを襲ったらって考えたから、戦える俺らがやんなきゃって思った。でも楽に倒せるなんて思ってなかったし、あの時だって俺らは生き残るために必死だった。それもうちの学校の誰かに動画アップされて、削除しても手遅れで拡散されてた。モザイクなしで顔は映ってるし、俺らの名前だってばっちり聞こえてるし。ほんっと意味分かんねえ」
吐き捨てたコウタが「行こうぜ」と言ったので私も頷いて歩き出す。もう声をかけてくる者はいなかった。
「今日のも動画アップされんのかなぁ」
「あ、気付いてた?」
「そりゃあな。こっちに向けてなかったから顔は映んないだろうけど……それにしても、蓮見だって気付いてたのによく付き合ったな」
「言いたいこと言えたし。怒りは収まんないけどね」
「ほんとにな。……くそっ、マジで胸クソ悪ィ」
苛立ちを隠しもしないコウタの背をぽんぽん叩く。
「今日も行くんでしょ?」
「行く」
「しょうがないから付き合ってあげるよ」
幾分か機嫌を直したコウタと二人、急ぎ足で駅へと向かった。