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005


学校にゴブリンソードが出てから数日の間は平穏が続いていた。私達の家の近くと学校付近は出現時間内でもモンスターが出てくることはなく、やはりあのインターバルはこういうことだったのだと分かった。

案の定、校庭で戦った時の動画もしっかり動画サイトに投稿されており、事態を重く見た校長が臨時で全校集会を執り行い生徒達に指導をした。その日の内に動画は削除されたようだが、それまでの間にコピーした誰かが再度投稿したため、結局私とコウタの顔も名前もばっちり広まることとなってしまった。

ネットの掲示板では人物特定までされていて、住所も電話番号も書かれていたそうだ。私がスーパーで戦った時の動画に触発されてゴブリンに挑み、返り討ちに遭ったらしい人達からの苦情や悪戯電話もかかってきたため、家の電話線はずっと外したままにしてある。


「ごめんなさい、私のせいで……」

「ケイのせいじゃないよ。だからそんな顔しないの」

「でも……」

「こうなったら思う存分やっちゃいなさいよ。でも作戦は『いのちだいじに』でね」

「もちろん危険な目に遭ってほしくないっていうのは変わらないからな。とにかく、怪我だけは気を付けるんだぞ」


こんな状態になって、親からの愛情を改めて感じた。


***


「私、腹を括ろうと思う」


金曜日の夜、部活を終えて帰ってきたコウタに連絡を取って家に行くと、出迎えてくれたコウタに開口一番そう言った。風呂上がりらしく上半身裸に首にタオルを掛けただけのコウタが目を瞬いている。


「何の話?」

「この間の鏑木さん達のこと。全部話して首突っ込んじゃおうと思って」


目を見開いたコウタは「とりあえず上がれよ」と招き入れてくれた。確かに玄関口でこんな格好でいたら通行人に変な目で見られてもおかしくない。ただでさえコウタも私も有名人になってしまったのだから。

リビングを通らずにコウタの部屋に入ると、部屋を出て行ったコウタは二人分の麦茶とアイスを持って戻ってきた。一応お邪魔する時に挨拶をしたけど返事はなかったなと思い返していると、今はおばさんがアカリちゃんをお風呂に入れているんだと教えてくれた。おじさんはまだ帰ってきていないらしい。

棒折りアイスを真ん中で半分に割ったコウタが、そのうちの片方を差し出してくれたのでありがたく受け取る。だがちょっと待てと言いたい。


「アイスの前に服着て」

「スケベ」

「私がスケベになるほど色気ないじゃん」

「うっせーな……これからだ、これから」


いずれは色気たっぷりのイイ男になるのだと言いながらよれよれのTシャツを着るコウタ。多分一生無理だろうなと思いながらアイスを齧った。


「んで、どういう心境の変化?」

「そっちはどんな感じ?」

「何が?」

「イタ電とかかかってきてない?」

「あー……たまにあるって言ってたかな。あとは俺宛のファンレターとか入ってたりした」

「おめでとう。こっちは私の動画で触発されて返り討ちに遭った奴らからのイタ電とか苦情の電話とか不幸の手紙ばっかだよ」

「うわ……うわぁ……マジか……そこまでか……」


それは考えてなかったとコウタは引きつった顔で呟いた。せいぜい自分のところと同じような状況なのだろうと思っていたらしい。


「最初の動画に加えてテレビでも取り上げられちゃったからね。私が悪いみたいな言い方してたから、全部こっちに苦情来てるみたい。電話線外してるから専ら手紙ばっかだけど」


家への落書きとかがないだけマシだろう。されたら平静でいられる自信がない。


「そんで、どうすんの? あの人達に協力すんのか?」

「協力っていうか、取引する」

「取引?」

「椎名さ、錬金使ってみた?」

「いんや。だってやり方分かんねぇし……お前分かったの?」

「作りたいものを思い浮かべるんだよ。そんで”錬金”って言うの」


試しに作ってみせたのはネットで見つけたありふれたサバイバルナイフだ。スマホに映し出した写真を見ながらスキルを発動すると、手のひらに生まれた淡い光が徐々に形を成していく。数秒も経たずに写真と同じサバイバルナイフが手のひらに現れた。


「おぉ……! すげぇ!」

「一回の錬金でMPを2消費するから、私が作れるのは一日に15個まで」

「俺は今MP20だから、10個か……考えてみたらそれじゃ全然足りねぇよな。だって警官全員に配るとしたって、二人合わせて一日に25個しか作れねぇんだぜ? 俺らのレベル上げ必須じゃん」


そうなのだ。コウタの言う通りMPやHPはステータス操作で変動することが出来ないので、レベルを上げていかなければならない。一日25個なんてどこぞの行列飲食店の限定メニュー並だ。ちっとも足りない。


「だからね、考え方を変えてみたの」

「どんな?」

「これ見て」


スマホを操作して次の写真を映し出す。予めネットで調べて保存しておいたものだ。この国の警官が使う拳銃の弾で、38スペシャル弾というやつらしい。写真には3発の銃弾が映っている。


「”錬金”」


再び光が生まれ、今度は3発の銃弾へと形を変えた。


「あ、成功した」

「一度に複数個作れるってことか!」

「昨日の夜に家で試してたんだけど、こっちのナイフは同時に何個も作るのは無理だったよ。だからもしかしたら出来るものと出来ないものがあるのかもね。銃弾は出来る」

「でもこの画像からじゃ作れても3発だろ? やっぱ全然足りなくねぇか?」

「うん。だからもう一回”錬金”」


テーブルには合わせて6発の銃弾が転がった。


「それで、これを見ながらもう一回”錬金”」


再び生まれた光が凝縮し、6発の弾丸が手のひらに現れた。いくつか溢れ落ちた弾がカーペットの上を転がっていく。それを拾い上げたコウタが感心したように弾を見つめた。


「拳銃自体は警官ならみんな持ってるんだから、私達は弾だけ用意すれば良いんだよ。それなら毎日たくさん作れるでしょう?」

「蓮見、お前頭いいな」

「知ってた」

「やっぱ嘘」

「冗談だって」


これでテーブルの上には12発の銃弾がある。そして更にそれを錬金していけば、ねずみ算式に増やせるはずだ。


「何か、こういうのあったよな。えーと……マルチ商法」

「人聞き悪いことやめてよ」


確かにそこからアイディアを取ったのだけれど。咳払いをしてテーブルから落ちそうになる銃弾を鑑定した。


====================

 38スペシャル弾


 錬金によって作られた弾

 モンスターに効果あり

====================


「確か銃弾は効かないんじゃなかったっけ? 錬金で作ったもんなら効くの?」

「大丈夫。ちゃんと効くよ」

「何で分かんの? 使ってもないのに……使ったのか?」

「まさか。鑑定したんだよ」

「は?」

「鑑定したの」

「……は?」


ぽかんと間抜けな顔で首を傾げるコウタに苦笑する。


「錬金は日本で最初のボスモンスター討伐の特典としてもらったでしょう?」

「あ、あぁ……」

「鑑定は日本で最初のモンスター討伐特典でもらったの」

「マジか……!!」

「びっくりだよね」

「え、え!? じゃあお前使えんの!? 何でも分かんの!?」

「分かるよ。例えばスクラッチでどれに当たりが入ってるかとか」

「あれかよ!! ズリィなおい!!」

「だから二回目はちゃんと一番当たりのやつあげたじゃん」

「ありがとう!! それはすっげー感謝してる!!」

「どういたしまして」


興奮冷めやらぬ様子のコウタを眺めながらまたアイスを齧る。


「うあーマジかー……あの夢の鑑定持ってんのかぁ……」

「夢? 何で?」

「馬鹿野郎! ゲームで鑑定って大事だろ! 宝箱だと思って開けたらモンスターだった時のやられた感……! え、今ここで敵かよ!? 回復してないのに! うわあ全滅……鑑定さえしていれば!!」


その時の絶望を思い出して悶絶するコウタを冷めた目で見る。アイス美味い。あっという間に食べ終えてゴミを捨てる間もコウタは悶絶している。

コウタがこんな反応をするのなら、公になれば更に妬まれそうで嫌だ。やはり内緒にしておいた方が良いのかもしれない。


「話戻すけど、鑑定でちゃんとモンスターに効くって書いてあるから大丈夫だよ。コウタはこれをそのまま錬金すれば良いんだから簡単でしょ?」


テーブルを指すと、恨めしげな目で私と銃弾とを見たコウタが溜息をつく。


「俺も欲しかった……」

「私に言われても……別に欲しくなかったし」

「分かってるよ。ごめん、もう言わない。つまり、あの対策班の人達からしたら蓮見は喉から手が出るほど欲しい人材ってわけだ」

「椎名もでしょ。たぶん他の国では錬金持ってるの一人だけだろうし」

「確かになぁ……なぁなぁ、じゃあさ、地球初のモンスター討伐は? それは蓮見じゃねえの?」

「私だよ」

「だよなー、さすがにそれは他の――お前なの!?」


ノリツッコミなんて出来たのか。思わず笑ってしまったのが悔しい。笑いを堪えられないまま頷けば、身を乗り出してきたコウタがどんな特典だったのかと聞いてくる。


「ゲーム脳なコウタの言葉で言うと……うーん、えーと……あぁ、アイテムボックスかな」

「アイテムボックス!? マジで!? 何でも入んの!?」

「うん。ほら」


何もない空間から棍棒を取り出してコウタに渡す。受け取ったコウタは驚いた顔で棍棒と私と棍棒を取り出した辺りとを見た。


「ど、どっから……どうやって?」

「しまいたいって念じればしまえるし、出したいって念じれば出せるよ。姿が見えないものはしまえないし、出せる場所も離れすぎてるとダメだったから制限あるけどね」

「マジか……お前すげぇな……チートじゃねえか」

「誰よりも先に命懸けで戦って手に入れただけだもん。チートじゃない」

「いや、分かってるけどよ……すげぇな……うわ、マジか。ガチでゲームじゃねえか」


ほんとだよね。頷く私をコウタがじっと見てくる。居心地の悪さに身じろぐと、ほうと溜息をこぼしたコウタが徐にテーブルに向かって手をかざした。


「”錬金”!」


手のひらから光が生まれ、そこから現れた24発の銃弾がぽろぽろとテーブルにこぼれ落ちていく。


「うおおおおぉぉ!! 俺もすげぇ!!」

「…………良かったね」


興奮するコウタに、私はそれしか言えなかった。


それから私達は順番に”錬金”を続けることにした。

ねずみ算式にひたすら増え続けてくれれば良かったが、さすがにそれは無理だったようでスキルを発動しようとしても発動しなかった。コウタの助言で自分の錬金スキルを鑑定してみると、一度に錬金出来るのは30個までと表示された。


「”一度に30個まで錬金可能 ※複数錬金できる物には限りがあります”だって」


結局私達は30個ずつ錬金していき、早々にテーブルに収まらなくなった銃弾は資源ごみの日に出そうと取ってあったダンボールを組み立てて詰め込んだ。


「えぇと、私が錬金した数が……」

「なぁ、これさ、お前のアイテムボックスにしまえば個数とか分かるんじゃねぇの?」

「……その発想はなかった」


言われてみれば、保管庫に棍棒いくつあるだろうかと考えただけでぱっと視界の端に出てきていた気がする。試しに銃弾を全て保管庫にしまい、数を確認してみた。


「あ、すごい! 出てきたよ! 私が作った分が348個。そっちの椎名の箱も貸して――294個」

「次からは一度に30個ずついけるだろうから、俺が300でお前が450か」

「レベルが上がればMPも10増えるだろうから、そしたらまた変わってくるけどね」


銃弾入りのダンボールはガムテープで封をして保管庫に押し込んだ。


「それで、取引するって言ってたよな? どう考えてんの?」

「うん、錬金したこの銃弾を売ろうと思って」

「金額は?」

「向こうの出方を見て考えようかなって思ってる。コウタは?」

「んー……俺もいくらが相場か分かんねえしなぁ」

「とんでもなく貴重だよ。だって普通の銃弾じゃモンスター倒せないんだから。銃なら近づく必要もないしね」

「チートアイテムだな」


まさしく。それだけに値段を付けるのは難しい。相手に希望の価格を提示してもらって、私とコウタが納得出来る値段で売れば良いだけだ。


「あんまりぼったくるのもな……」

「かと言って無償で提供しろなんて言われたら断るからね」

「そりゃそうだろ。俺らだって命懸けで――って、あれ……? 何か……」


立ち上がりかけたコウタの体が傾ぐ。ベッドに倒れ込んだコウタに慌てて駆け寄ろうとすると眩暈がした。こみ上げる吐き気にうずくまり、何が起きているのかと自分に鑑定をかける。


====================

 蓮見ケイ 17歳

 ※状態異常:魔力欠乏

 Lv.4

 HP 43/100

 MP 0/20

 STR [+ -] 25

 DEF [+ -] 25

 AGI [+ -] 26

 LUC [+ -] 21

 【Skill】

 鑑定 [ 1 / 10 ]

 錬金 [ 1 / 10 ]

 保管庫

 ステータス操作

 【称号】

 地球初討伐者

 日本初討伐者

 地球初ボス討伐者

 日本初ボス討伐者

====================


何だこの一番上の表示……状態異常?


「椎名、だいじょうぶ……?」

「んー……だるい、だめ」

「魔力欠乏の状態異常だって……」

「MP切れでこうなってるってことか……?」

「そーみたい……帰ってねるわ……」

「おー……気ーつけ、て……」


最後まで言うことなくコウタは落ちた。まさかMP切れにこんな弊害があるなんて思ってもみなかった。HPまで減っているではないか。覚束ない足取りで何とか階段を下りて玄関へ向かう。


「おじゃましましたー……」


小さな声で挨拶をして、ふらふらと家に帰った私も何とかパジャマに着替えてすぐに落ちた。


***


翌朝、起きた時にはMPも回復して私の体調もすっかり元通りになっていた。今日からは寝る直前に錬金しようと心に決め、ベッドから起き出してスマホを手に取る。コウタからメールが来ていた。


『スキルの恐ろしさを目の当たりにした』


コウタの言う通りだ。便利なだけかと思っていたのに、まさか魔力欠乏であんな辛い目に遭うなんて思いもしなかった。今のところ錬金以外でMPを使うことはないから良いが、もし他にもMPを使うスキルを手に入れることがあれば気を付けなければ。

今日は出かける予定もないので、パジャマのまま顔だけ洗ってリビングへ下りていった。父も今日は休みのようで、朝からやってるワイドショーを見て難しい顔をしている。


「おはよう。どうしたの?」

「あぁ、おはよう。またモンスターについての特集をやっててな」


モンスターが現れてからというもの、毎日ニュースやワイドショーで取り上げられている。仕方のないことだが、レベルやステータスなんてものを報道するから馬鹿な連中が挑むのではないだろうか。私のせいにする前に自分達の非を認めろと言いたい。


「ここ数日、この辺りはモンスターが出ていないだろう?」

「うん、あと学校のところも。私と椎名がボスモンスター倒したからね」

「不公平だって喚き立てる輩がいるんだよ。他の地域にも倒しに行けってな」

「自分が行けばいいのに」


こんないたいけな高校生達に何を求めてんだと鼻で笑ってしまう。

母が用意してくれた朝食のパンとサラダをもしゃもしゃと食べているとインターフォンが鳴った。最近では悪戯で鳴らす人もいるので、家族三人揃って顔を顰めてしまう。


「出なくて良いんじゃない? こんな朝っぱらから来る奴なんて嫌がらせだよ」


立ち上がりカメラを確認する母の背にそう言ったが、返ってきたのは「でもスーツ着てるよ」という言葉で。


「眼鏡かけたスーツの女の人」

「えー……」


のそりと立ち上がり母の隣に並んでカメラを見る。見覚えのある女の人だった。どうしてこんな時間にと溜息をついたのと二度目のベルが鳴ったのは同時で、渋々通話ボタンを押す。


『朝早くにすみません。私、警視庁の鏑木と申しますがケイさんはご在宅でしょうか?』

「……少々お待ちください」


首を突っ込むと決めたものの、朝早くは勘弁してほしい。何だってこんな早いんだとブツブツ言いながらドアを開けると、相変わらずにこにこ微笑む鏑木さんが「朝早くにごめんなさいね」とちっとも心の篭らない声でそう言った。


「貴方達に話があって。出来ればご両親にも立ち会っていただきたいんだけど、ご在宅かしら?」

「はぁ……まぁ、いますけど……」

「良かった。今片桐が椎名君の家に行ってるから――あぁ、戻ってきた」


鏑木さんの視線を追うと、ちょうど椎名の家から出てきた片桐さんと目が合う。会釈されたので私も返しておいた。


「ケイ? 大丈夫なのか?」


奥から父と母が出てきてしまった。鏑木さんと片桐さんが挨拶をすると両親も戸惑いながらも会釈を返す。


「実は椎名さんと蓮見さんの両方のお宅に同じ要件の話がありまして。出来ましたらどちらかのお宅にお邪魔させていただきたいのですが……」

「え? あ、あぁ、はい……それは構いませんが……じゃあ、良かったらうちでどうぞ」

「ありがとうございます。片桐、椎名さんを呼んできてちょうだい」


頷いた片桐さんが椎名の家へ戻る。外に顔を出すと向こうの玄関におばさんが立っているのが見えたが、あちらも戸惑いを隠せずにいるようだった。


「では、先にお邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ――あ、ケイ。お皿だけ下げちゃってちょうだい」

「はーい」


まだ食べ途中だったんだけどな。一足先にリビングに戻り皿を下げてテーブルを拭く。椎名の家族もみんな来るって言ってたけど、テーブル小さくない? ……まぁいいか。

父が先に戻ってきて鏑木さんがすぐ後に続いた。少し後に母と椎名家がぞろぞろリビングに入ってくる。


「けーちゃん!」

「おはよーアカリちゃん」

「ふふ、けーちゃんパジャマだ」

「あ、忘れてた」

「もう。早く着替えて来なさい」


母に睨まれながら慌ててリビングを出る。最後に入ってきたコウタと目が合うと挨拶よりも先に「家族総出って怖くね?」と言われた。


「超怖い。先にリビング行ってて。着替えてからダンボール持って下りるわ」

「手伝う?」

「ありがとう。助かる」


コウタと共に部屋に上がり、ドアがしまったのを確認して保管庫からダンボールを二箱取り出すと、コウタはすぐに二箱まとめて持ち上げた。


「んじゃ、先に持ってくな」

「廊下に置いといて。今日の話の中で必要なかったらまたしまうから」

「おー」


開けたドアを押さえながら階段を下りていくコウタの背を見送る。結構重いはずなんだけど凄いな。

私も急がなければと慌ててパジャマを脱ぎ捨て、クローゼットにかかっていたワンピースを手に取った。コーディネートも考えなくていいしお手軽でいい。滅多に着ないけど。

サバイバルナイフを入れたバッグを片手にリビングに戻ると、人の多さに思わず「うわ」と声を出してしまった。鏑木さんと片桐さんが一番奥に座り、手前に椎名家のおじさんとおばさん、一番手前にうちの父母が座っている。昔ながらのちゃぶ台には五人分のお茶とアカリちゃん用のジュースが置いてある。父母はそれぞれ手元に湯呑を持っていて、振り返った母が自分でお茶を入れるようにと声をかけてきた。

壁際のソファにアカリちゃんとコウタが並んで座っていて、こっちに座っていいよとアカリちゃんが声をかけてくれたので、お茶を入れてからお言葉に甘えてソファに座ることにした。


「朝早くに申し訳ありませんでした。両家のご家族全員とお会いしたかったものですから。事前連絡が出来なかったこともお詫び致します」

「それで……今日はどういったご用件でしょうか?」


父が硬い口調で尋ねる。


「まずはご挨拶を。私は警視庁モンスター特別対策班主任の鏑木と申します。こちらは補佐の片桐。以前、ケイさんとコウタさんの学校でモンスターが出た際に彼らには一度お会いしたんですが、聞いておられますか?」

「えぇ、まぁ……」

「あの時は、またモンスターに遭遇したら会いに来るって言ってませんでしたっけ?」


コウタが言うと鏑木さんがにこりと笑って私達を順に見た。


「私達がここに来た理由は、貴方達が一番よく分かってるんじゃないかしら」


いきなり踏み込んでこられたことに意表を突かれて目を瞬かせてしまった。そんな私達を微笑みながら観察する鏑木さんの隣で、片桐さんがタブレットを操作してテーブルに置く。促されて椎名のおじさんが手に取り、おばさんと覗き込んだ。


「これは……どこの国のものですか?」

「アメリカです」


椎名の両親から私の両親へとタブレットが渡る。覗き込んだ母が首を傾げた。


「確か、モンスターの持つ武器じゃないと倒せないって……」

「こんな武器を持ったモンスターがいたんですか?」


父母が鏑木さんと片桐さんに尋ねるのを聞いて私とコウタは顔を見合わせた。鏑木さん達の要件が判明した。どうやら廊下に置いたダンボールを使う時が早速やって来てしまったようだ。


「その映像は先日、君達と別れた後に入手したものだ」


父から渡されたタブレットをコウタとアカリちゃんと覗き見る。アカリちゃんはすぐに「うぎゃあ!」と可愛らしい声を上げて目を隠してしまった。可愛い。本当に可愛い。


「見ての通り、その映像ではモンスターの武器ではないものを使って倒している」

「蓮見さんが仰ったように、モンスターの武器ではないと倒すことは出来ませんでした。今までは」

「武器が効くようになったということですか?」

「いいえ。武器を作れる人間が現れたということです」


椎名の両親と私の両親の頭上にクエスチョンマークが飛び交っているように見える。


「そこに映っている男性は警察官で、アメリカ国内で最初にボスモンスターを討伐した方です。その時に声が聞こえたそうです。最初にボスモンスターを倒した特典として錬金というスキルを授与する、と」

「特典……スキル……?」

「おかしな話でしょう? 私達も本当に驚きました。けれど実際に彼がそのスキルを使って武器を生み出す映像も私達は見ています。合成かと思いましたが、交渉の末にどうにか武器を一つ譲ってもらえたんです。実際にそれを使ってモンスターが倒せることも確認しました。それが昨日のことです」


両親ズの顔が私達を見た。その顔には戸惑いと困惑がありありと浮かんでいる。「つまり」コウタの父がおそるおそる口を開いた。


「つまり、コウタとケイちゃんがそのスキルを持っていると……?」

「私達はそう考えています」


即答した鏑木さんが私達を見る。両親ズも私達を見た。こてんと首を傾げたアカリちゃんが私とコウタを順に見てまた首を傾げる。


「こーくん、すきるってなーに?」

「んー、そうだなぁ……スキルってのは、すっごいことができるようになるんだよ」

「何その説明」

「だって難しいだろ」


思わず笑う私をコウタがじとりと睨みつけてくる。不貞腐れたように下唇を突き出しながらアカリちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、悲鳴を上げて笑うアカリちゃんがおばさんの元へ逃げていった。髪を整えてくれとねだるアカリちゃんマジ天使。


「国内で投稿された動画で、貴方達より先にボスモンスターを倒している人はいなかったわ。掲示板でも一番最初は貴方達のことだった」

「コウタ、そうなのか?」

「ケイ……本当に?」


おじさんと母が心配そうに尋ねてくる。私はタブレットを鏑木さんに返しながら聞いた。


「それ、聞いてどうするんですか?」

「どうする、とは?」

「仮に持ってるって答えた場合、私達をどうするのかって聞いてるんです」


息を呑んだのはおばさんだった。


「ま、まさかどこかに連れて行く気ですか!? まだ未成年なんですよ!?」

「椎名さん。ご存知だと思いますが、現在この国は――いえ、この世界は未曾有の危険に晒されているんです。日本の各地でモンスターが現れ人を襲っています。警察がどうにかしようにも、銃が効かない上に奴らは凶悪な力と武器を持っています。我々は絶滅する恐れさえあるんです。何が何でも生き延びる術を見つけなければなりません。使えるものは何でも使います。未成年だろうと、高校生だろうと」

「そんな……」

「良いんですか? 俺らまだ持ってるって言ってないのにそんなこと言って」

「持ってない人は勿体ぶったりしないわよ」

「まぁ……確かにそうですよね」


表情を強張らせた父の手が伸びてきて私の手を強く握った。安心させるように「大丈夫だよ」と微笑みかけるが、父も母も表情が和らぐことはない。おじさんとおばさんも心配そうに私とコウタを見つめていた。


「持っているのよね?」

「持ってます。あと日本で最初にモンスターを倒した特典として鑑定のスキルももらいましたよ」

「あれ、それ言っちゃうの?」


思わずと言った様子でコウタが口を挟む。私は肩を竦めた。


「いいよ別に。手間が省けるでしょ」

「鑑定……」

「鑑定スキルについては聞いてないですか? じゃあ新しい情報が手に入って良かったですね」


それで鏑木さん。私は続ける。


「私、この家を出る気はありません」

「俺もありません」


続いてコウタも意思表明をすると鏑木さんが困ったように笑った。


「貴方達の気持ちは分かるわ。でも――」

「錬金についてどこまで知ってるのか分からないので言いますけど、一度の錬金で作れる数は30です。でも複数錬金できる物には限りがある――実際、ナイフを同時に何個も錬金することはできませんでした。MPが0になると魔力欠乏の状態異常になり、眩暈、吐き気、倦怠感……とにかく苦しくて気絶しました」

「は!? ケイ、アンタそんなこと一言も――」


聞き捨てならないとばかりに身を乗り出す母を父が制止したのが視界の端に見えた。鏑木さんと片桐さんは眉を寄せて苦い顔を隠しもしない。


「今の私達が一日に作れる量なんてたかが知れてます。しかも気絶するから寝る直前にしか使えない。それ以外の時間、私達を拘束でもするつもりですか?」

「拘束なんてしないわ。でも分かってる? 貴方達は今や閣僚と同じくらい重要人物なのよ。誰よりも安全な場所にいてもらわないと――」

「嘘ですよね。だってその動画だって錬金持ちの警官が戦ってたじゃないですか。私達はレベルが低くてMPが少ない。MPを増やすにはレベルを上げるしか――戦うしかない。何時間もひたすらレベルを上げ続けて、夜になったらMPが枯渇するまで錬金して気絶して睡眠を取る。朝になったらまたひたすらレベル上げ――そう考えてるんじゃないですか?」

「私はそんなこと――」

「鏑木さんは違っても、その上は?」


鏑木さんはぐっと黙り込んだ。両親が不信感を隠さずに鏑木さんと片桐さんを睨んでいる。


「未曾有の危機っていうのはちゃんと分かってます。一番最初に襲われて命懸けで戦ったんですから。それに、動画のせいで嫌な思いも沢山してます。だから貴方達と取引をするって決めてました」

「……その取引の内容を聞かせてもらえるかしら?」


頷いた私はバッグから一本のサバイバルナイフを取り出してテーブルに置いた。


「これ、もしかして――?」

「錬金で作りました。実際に使ってはいませんが、モンスターに効果があると鑑定で確認できています」


手に取っても構わないかと聞かれたので頷くと、鏑木さんはまるで壊れ物を扱うかのようにそっとナイフを手に取った。色々な角度からナイフを眺める鏑木さんと片桐さんの前にスマホの画面を差し出す。このナイフを作る時に参考にした画像だ。


「これ、同じものよね?」

「この写真を見て作ったんです。両側の写真が載っていたので、実物とほとんど変わらないと思います」

「もし片側の写真しかなかったらどうなるの?」

「試してませんが、たぶん両側ともその形状になるんじゃないですか?」


鏑木さんの疑問は私も持った。だが、せっかく作っても使い物にならないというのは嫌だったから試さなかったのだ。両側からの写真があるのならそれを使うのが確実だと思ったし、わざわざMPを無駄に消費することもないだろうと考えたのもある。

バッグから同じナイフをもう一本取り出してテーブルに置くと二人の視線が二本目のナイフに移った。


「これも錬金で作りました。とりあえずその二本を無償で差し上げるので、どうにかして上を説得してください。私と椎名を家から連れ出さないように」

「蓮見さん、それは……」

「レベル上げは私達が勝手にやります。貴方達の手助けは要りません。信頼出来ない人達と一緒に戦うなんて、そっちの方が死亡確率上がりますよ」

「でも、」

「それから、今後錬金で作ったものは適正価格で販売します。無償提供なんて冗談じゃない」


話は終わりとばかりに立ち上がりキッチンに向かう。目を閉じて考え込む鏑木さんと片桐さんから両親ズへ視線をずらす。心配そうにこっちを見ている四人に「大丈夫だよ」と口パクして笑いかけ、食べ途中だったパンにかじりついた。お腹が空いて仕方なかったのだ。もう少しで腹が鳴るところだった。


「蓮見も言ったけど、ほんと辛かったんすよ。錬金でMP使い切った直後。俺らはこれから毎日それをしなきゃなんないんでしょう? それを拒否するつもりはないです。俺らだって出来ることはするつもりです。でも、無償でそれをするのは納得がいきません。労働に見合った適正な報酬が欲しいだけですよ。奴隷になった覚えはないんで」

「……えぇ、分かってるわ」

「悩ませちまってるのは……すんません」


コウタが頭を下げると鏑木さんが苦笑を浮かべて首を振る。


「いいのよ。無理を言ってるのはこっちだもの。ただ、貴方達に護衛をつけないわけにはいかないわ。仮に上を説得することが出来てこれまで通りここで生活してもらうことになった場合でも、護衛をつけることだけは納得してもらうしかないわ」

「良いですよ、よっぽど変な人じゃなければ。私も腹を括ったので。平日は学校に通うしこの家で家族と暮らしますけど、休みの日ならある程度は付き合います。あ、私だけですからね。椎名は部活あるからダメです」

「おい、蓮見!」

「いいの。決めてたから」


軽く手を洗ってからリビングの戸を開け、戸のすぐ横に置いてあるダンボールを一箱持ってテーブルへと向かう。


「ごめんお父さん、ちょっと通らせて」

「おいおい、大丈夫か? 持つよ――意外と重いな」


テーブルに置いてもらったダンボールのガムテープをべりべりと剥がしていく。蓋を開けると鏑木さんと片桐さんが息を呑んだ。


「これは……」

「まさか銃弾!? ケイ! あんた何でこんなもの……っ」

「錬金で作った」

「これを全て……?」

「これ、モンスターに効く銃弾です。ここには348発分あります。これ、いくらで買ってくれます?」

「……希望価格は?」

「そっちが提示してください。納得いけばその値段で売りますよ」


弾丸を一つ手に取った鏑木さんが真剣な表情で色々な角度から確認している。やがて疲れたように溜息をついた。


「モンスターに効くのよね?」

「必ず」

「…………消耗品な上に膨大な数が必要になることを考えたら、そんなに高い額を出すことは出来ないわ。――椎名君も同じものを?」

「え? あぁ、はい。俺のはえーと……何個だっけ?」

「294」

「だそうです」

「合わせて642発……とりあえず1000万で手を打ってくれないかしら?」

「ぶっ」

「げほっ、ごほっ」


母が入れた茶を啜っていた父とおじさんが同時に噴き出した。


「600万で良いですよ」

「ケ、ケイ!」

「ありがとう。それからこのナイフだけど……次からはこれも有料でしょう? いくらで売ってくれる?」

「いくら出せますか?」

「……一本300万が限界ね」

「じゃあ一本50万で手を打ちます」


驚愕に目を見開く鏑木さんににっこり笑いかけてやる。


「破格の値段で済んで良かったですね。上の説得、お願いしますね」

「…………怖い子ね、本当に」

「あ、椎名とは別なので改めて価格交渉してくださいね」

「は!? 面倒くさいから同じでいいよ! 文句ないし! その代わり説得ほんと頼みます」

「さ、話は終わりですね。それ全部持って帰って良いですよ。廊下にもダンボールがもう一箱あるのでそっちもどうぞ」

「契約書を書かなくて良いの?」

「どっちでも構いません。ちゃんと録音してるので」


ICレコーダーを見せると虚を突かれた鏑木さんが目を見開いた後、堪えきれないといった様子でくすくす笑った。


「ほんと、怖い子ね」

「支払いは振り込みでお願いします。はいこれ、私の口座番号」


口座番号を書いた紙を差し出すと、母が驚いた顔をした。


「いつ通帳取ったの!?」

「取ってないって。お母さんに預けてるやつは使ってない。通常貯金の方で新規開設してもらったの」


お年玉貯金として母が私名義で作ってくれたのは通常貯蓄貯金。滅多にお金を引き出すことがないので利息が高い方にしたのだと前に聞いたことがあった。今回私が開設したのは通常貯金の方の口座だ。高校生でも自分で開設できるということをネットで調べ、つい昨日開設してきたのだ。カードが届くのはもう少し先となるが、今は口座番号さえ分かれば問題ない。


「抜け目ないわね」


鏑木さんは引きつった笑みを浮かべていた。


「マジかよ俺にも言ってくれりゃ良かったのに」

「メール入れとかなかったっけ?」

「きてない」


そうだっけと首を傾げながらスマホを確認すると、メールの下書き画面に書きかけのメールが保存してあるのを見つけた。


「下書きの段階で止まってたわ。”振込先作った方が良いよ”」

「今言われてもなぁ……母さん、俺使ってない口座ってあったっけ?」

「家に帰ってみないと……」

「あー……じゃあ、とりあえず蓮見のとこに纏めて振り込んでもらって、後で俺のとこに移してくれよ」

「大金移すと贈与税かかるらしいけど良いの?」

「やっぱナシで。口座作って番号送るんで連絡先教えて下さい」

「本当にしっかりしたお子さん達ですね……」


苦笑交じりの鏑木さんの言葉に、両親ズは顔を見合わせて首を傾げていた。ちょっと。思わず抗議の声を上げてしまった私は悪くない。いや、多少は悪いかもしれない。もう少し勉強を頑張ろう。

寝耳に水の話ばかりでまだ追いつけていない両親からは後で質問攻めとお説教をくらいそうだと思わず遠い目をしてしまう。


その後、私とコウタと鏑木さん、片桐さんの四人で連絡先を交換し合った。念の為にと両親も二人と連絡先を交換してもらうと、疲れた様子で顔で鏑木さん達は帰って行った。


「お母さん、もうちょっと何か食べたいんだけど何かある?」

「あ、俺も遅刻だけど部活行こうかな」

「ストップ!」

「二人共そこに座りなさい!」


あ、これ逆らったらアカンやつ。腕を組んで仁王立ちをする母とおばさんの命令で正座をした私とコウタは、予想通りそれから三十分近く二人からお小言とお説教を頂戴することとなった。

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