表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

003


ゴブリンソードが光の粒子となって消えるのを、私とコウタはじっと見つめていた。討伐に一枚噛めなかった周囲の野次馬が残念そうな声を上げているが、そんなの気にしていられる状態ではなかった。


「…………帰ろう」

「…………うん」


感情を押し殺したようなコウタの呟きに小さく頷いて踵を返す。そう言えば剣を持ったままだと思い出し、光が消え去るタイミングで保管庫にしまった。これでゴブリンソードと一緒に消えたと思われるはずだ。ついでに棍棒も同じタイミングで収納しておいた。

血を流して倒れたままの人をどうしようかと逡巡したのは一瞬で、救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきたことで目を逸らす。今はとにかくこの場から離れたかった。ここには野次馬達がたくさんいることだし、私達が消えても問題はないだろう。どうせ動画も撮られてしまったのだから説明の必要もあるまい。


<<ボスモンスターの討伐を確認。一週間のインターバルが発生します>>


突如頭の中に響いた声。顔を見合わせる私達の背後で野次馬達も「何だこれ!?」なんてざわめいている。彼らにも今の声が聞こえたようだ。


「ボスモンスター、だったんだな……」

「どうりで……」


武器も違うし生命力も半端なかったわけだ。もう疲れたから早く帰ろうと歩き出したその時、再び頭の中に声が聞こえてくる。


<<地球における最初のボスモンスター討伐者として、ステータス操作、熟練度上昇率UPを授与します>>


「えっ」


コウタが驚いたように声を上げる。私は咄嗟にコウタの手を掴んで駆け出した。その間も声はずっと続いている。


<<レベルが上がりました>>


<<日本における最初のボスモンスター討伐者として錬金を授与します>>


「な、なぁ、何がどうなってんだ!?」


戸惑うコウタの腕を引っ掴んだまま私の家に駆け込んだ。玄関で息を切らす私とコウタに、リビングから出て来た母が驚いて声をかけてくる。


「おかえり、大丈夫? さっき変な声とサイレンが聞こえたけど、まさか――」

「出たけど倒した! 椎名ちょっと来て!」

「倒したって! ちょっとケイ!? コウタ君!?」

「話は後で! 二人にして!」

「すんません、お邪魔します!」


母を残して階段を駆け上り私の部屋に入ると、椅子をコウタに勧めて私はベッドに倒れ込んだ。


「なぁ、さっきの何だったんだ? レベルアップとかステータスとか言われたってことは、あれが例の声ってやつだろ? でも、じゃあ特典がどうとかってのは?」

「……やっぱり聞こえた?」

「聞こえた。蓮見も?」

「聞こえた……」


ベッドに座り直すと椅子に座ったコウタがバッグを置いて徐に「ステータスオープン!」と声を上げる。


「おぉ! 見える! 俺のステータス!」

「声に出さなくても念じれば出てくるよ」

「お、おう……あ、ホントだ。消えた……で、これ……称号? そんなのネットに書いてなかったけどな」

「最初じゃなかったからでしょ」


あぁそうかと納得するコウタを尻目に私もステータスを確認する。


====================

 蓮見ケイ 17歳

 Lv.3

 HP 72/90

 MP 20/20

 STR [ + - ] 20

 DEF [ + - ] 20

 AGI [ + - ] 21

 LUC [ + - ] 19

 【Skill】

 鑑定 [ 1 / 10 ]

 錬金 [ 1 / 10 ]

 保管庫

 ステータス操作

 【称号】

 地球初討伐者

 日本初討伐者

 地球初ボス討伐者

 日本初ボス討伐者

====================


ステータスがどんどん豪華になっていく……。


「なぁなぁ、この称号かっけぇな! 地球初だってよ! 俺らが一番最初!」

「うん……」


その称号、私二つ持ってるよとは言わなかった。コウタは興奮した様子で自分のステータスを確認している。

ふと気になってコウタを鑑定してみると、コウタのステータスが出てきた。


====================

 椎名コウタ 17歳

 Lv.2

 HP 87/100

 MP 10/10

 STR  22

 DEF 20

 AGI  20

 LUC  15

 【Skill】

 錬金 [ 1 / 10 ]

 ステータス操作

 熟練度上昇率UP

 【称号】

 地球初ボス討伐者

 日本初ボス討伐者

====================


全体的に私より初期ステータスが高い。運動神経とかそういったものも関係してくるのかもしれない。そう考えると帰宅部で運動が得意ではない私よりコウタの方が初期ステータスが高いのは当然だ。運だけは私の方が高かったけれど。


「しっかし、この錬金っての何なんだろうな。何か作れるってことかな?」

「さぁ……でも、これ誰にも言わない方が良いよ」

「分かってるって。さすがにこれは言えねぇよ。このステータス操作ってのは……ステータスのとこのプラスマイナスを弄ればいいんだよな。何かほんとゲームだよな」

「この熟練度上昇率アップってやつ、何なのか分かる?」

「この錬金のところじゃないか? この1ってのが今のスキルレベルで、10が最大。熟練度ってのはスキルの経験値みたいなもんだろ。んで、俺と蓮見はそれが上がりやすくなった。これってレベル上げてったらすげー武器が作れるようになるってことだよな!?」

「でも、そんなの使ってモンスターと戦ってたら絶対バレるよ。モンスターの武器でしか倒せないって言われてるんだから」

「あ、そっか……もし作れたとしても、使ってんの見られたら俺らのスキルがバレちまうってことか」


なーんだと肩を落とすコウタの腹が鳴る。静まり返る部屋の中、顔を見合わせた私達は同時に吹き出した。


「腹減った!」

「あそこで言う!? 死亡フラグじゃん!」

「しょうがねぇだろ! あーでも良かった……俺ら生きてるよな」

「……うん、生きてる。…………ありがとね」

「何が?」

「最後」

「あぁ……そりゃ、巻き込んだの俺だしな。おかげで俺も特典もらえてラッキー! あいつらに奪われなくて良かったぜ」


からりと笑うコウタに私もちょっとだけ笑った。


「ところで椎名君」

「うわっ、何だよ気持ち悪ィ!」

「……ちょっと試そうと思ってることがあるんだけど」

「? 何?」

「気持ち悪いって言われたから一人で勝手に試すわ。解散」

「わーちょっと待て! 悪かったって! で、何? 何試すの?」


慌てて謝ってくるコウタを手招きして顔を寄せる。内緒話をするように手を添えて私はそっと囁いた。


「宝くじ買わない?」

「買う」


即答だった。しかも真顔だった。


「ステータス操作して運に極振りすれば、一等とまではいかなくても当選率上がると思わない?」

「思う! めっちゃ思う! お前天才かよ!!」

「でしょう!? ……ちょっとズルいかもしれないけど」

「何でだよ! 俺ら命懸けで戦って手に入れたんだぜ? それで得たスキルなんだから、どう使おうが俺らの勝手だろ。後で行ってみようぜ!」

「あ、でも同じ場所で買って二人同時に当たったら怪しまれちゃうよね?」

「何箇所か回れば良いよ! うっわ、すげー楽しみ! そんじゃ三時になったら集合な! 腹減ったから帰るわ!」


玄関までコウタを見送り、リビングで母のお小言を聞きながら昼食を食べた。

三時になると再びコウタと合流し、自転車であちこちの宝くじ売り場を回ることにした。各自家でステータスを運に極振りしてきたからあとは試すだけだ。


「ワクワクするね……!」

「俺なんか貯めてた小遣い全部持ってきたぜ」

「スクラッチ十枚お願いします」

「こっちも十枚で」

「それじゃあ、この中から選んでね」


差し出されたいくつかの十枚束を鑑定する。一等はなかったがかなり良い当たりがある。コウタが取ったのは3千円が当たる束だ。


「じゃあ、私はこれで」


運を試すなんて言っておいて自分だけ鑑定で当たりを引く私って性格悪い。そんなことを考えながら隣で意気揚々と削り始めるコウタに倣う。


「うおおおぉぉ! 3千円!」

「私も当たった」

「いくら?」

「5万」

「マジかよ!?」


売り場のおばちゃんは二人揃って当たりを引いたことに凄く驚きながら「おめでとう!」と当選金を渡してくれた。


「やべぇな……いきなり大儲けじゃんか」

「出された束に当たりがいくつも入ってるってこと自体、運良かったよね」


たくさんあるスクラッチ束から、5万円と3千円が当たるスクラッチが入ったものを選んだおばちゃん。これもきっと私とコウタの運が関係しているはずだ。運良く当たりが混ざった束が差し出されて、運良く当たりくじを引いた。私はズルをしたけれど、差し出された束の中に当たりが入っていたこと、コウタが二番目に当たりのものを選んだのは私の運の方が数値が高かったからだろう。


「どうする? これでやめにする?」

「いや、行く。死ぬ気で頑張った自分へのご褒美だ!!」


文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際だったからコウタの言い分は理解できる。私達は自転車を走らせて次の宝くじ売り場へ急いだ。その次の売り場で買ったスクラッチも、コウタは3万を当てて大喜びだった。


「お前の言う通りにして良かった……!」

「コウタが買おうとしてた方は3千円だったよ」

「それも充分すげぇけどな! つか良かったのかよ? お前がこっち買ってりゃもっと稼げたのに」

「最初の方でかなり稼いだしね。私だけ大当たり引くのも何か気が引けるし」

「蓮見……! お前って奴は……!」

「お礼はゴディバのチョコでいいよ。あとスタバ」

「お前って奴は……」


感動から落胆へと急降下させたコウタは、それでも私の要望通りスタバを奢ってくれた。ゴディバは近くに店がないからネットで取り寄せてくれるそうだ。意外と律儀な男である。

その後に向かった宝くじ売り場では一人ずつミニロトを購入することにした。さすがに一等が億を超えるものを買うのは気が引けたのだ。おそらく現在私とコウタほど運の良い人間はいないだろうし、二人同時に当選した時に親に何と言ったら良いのか分からない。それでもミニロトの一等が1千万前後だということを考えると大差ないのかもしれないが。


「来る前に調べたんだけどさ、当選金が5万円を超えたら銀行振り込みになるんだって」

「へー……俺らみたいな高校生が当たったらどうなんの?」

「親に手続きしてもらうみたいだよ。贈与税とかかかるから、誰かに分けるなら最初から決めておいて、振り込みの依頼をする時にちゃんとお願いして振り込んでもらわないといけないんだってさ」

「つまり、俺と親二人とアカリの四人それぞれの口座に振り込んでもらえってこと?」

「分けるならそうなるね。私もお父さんとお母さんと私の三人に振り込んでもらう予定」

「当たったらの話だけどな」

「スクラッチとはわけが違うからね。でも当たるといいなぁ」


次の売り場ではコウタが、その次の売り場では私がそれぞれ購入した。互いに選んだ番号を教えはしなかったけれど、私の購入が終わった後に同時に見せ合うことにした。

適当な公園に移動して互いに財布から取り出したくじを見せ合う。


「うわ、見事に同じ……ではないね」

「一個だけ違うな」


驚くことに私とコウタの選んだ数字は四つが同じものだった。一つだけ違っているというところで運の差をまざまざと見せられている気がする。


「確かミニロトって全部当たりで一等だよな?」

「そう。ボーナス数字があって、それと四つ当たりで二等」

「うわぁ……うわぁ」


うわぁしか言わないコウタがおかしくて「悪いね」と言うと「まだ分かんねぇだろ!」と吠えた。いや分かる。私のが運の値高いのだから。


「二等でいくらだっけ?」

「今回は12万弱」

「一等は?」

「750万」

「差がありすぎんだろ……!」


頭を抱えるコウタを励ますように肩を叩いてステータスを元に戻す。コウタにも促すと渋々とステータスを戻し始めた。


「いやあ、楽しみだなぁ! ねっ、椎名!」

「がっかり感が半端ねぇな……まあでも12万弱でも充分だよな。今日だってスクラッチで3万も儲けたし」

「私も6万儲けたよ」

「くっそー! 何で俺のが値低いんだよ……!」

「それこそ運だよ。マックでも行かない? 奢るよ」

「1万分くらい食ってやる!」

「千円以上だったら差額は自分で払ってね」


そんなやり取りをしながら、私達はマックへと向かった。


***


翌朝、起き抜けに顔を洗って着替えを始めた頃に突然インターフォンが鳴った。朝早くに誰だろうかと思いながら制服に袖を通していると、階下から母の呼ぶ声が聞こえてくる。


「なーにー」

「コウタ君来たよ! 早くしなさい!」

「は?」

「もう! 約束してたんならもっと早く起きなさいよ!」

「いやいや、してないって。何で?」


昨日だって「また明日学校で」と話して別れたのだ。コウタの所属するバスケ部の朝練がある日は不定期で、前日の夜になって突然「明日朝練な」と連絡が来ることも少なくないらしく、朝練のない日でも一緒には行かないことにしている。それなのにどうしたのだろうか。

着替えを終えてバッグを引きずるようにして階段を降りて行くと、玄関には母の言った通りコウタの姿がある。


「おはよ。どうしたの?」

「はよ。動画見た?」

「動画? ――まさか!」

「はは、そのまさか……」


朝から疲れたような声で差し出されたスマホには、ゴブリンソードと対峙する私とコウタがばっちり写っている。そりゃあれだけ近くで撮られていたんだから顔だってしっかり写っていることだろう。でも、それでも言いたい。


「モザイクかけろよ!!」

「俺に言うなよ!」


野次馬滅べ。


とても朝食を食べる気にはなれなかったので、憂鬱だがこのまま学校に行くことにした。マスクを付けてコウタと共に家を出ると風邪でも引いたのかと首を傾げられる。何を言っているのだこいつは。


「こんだけ顔バレしてんのに顔隠さずにいられるわけないじゃん」

「そこまでバレねぇだろ」

「最初の動画だけで他の学年の人達まで私のとこ来たのに?」

「え、マジで……? あんなぼやけてたのに?」

「父さんが私のこと名前で呼んでたからね。服の色も似てるから、ケイちゃん探して学校中を回ってる猛者もいたみたいだよ」


ケイ、ケイコ……他にケイが付きそうな名前は何だろうか。

とにかく学校中のケイちゃんを探している人がいるという話を友達から聞いてドン引きした。そんなことするヒマがあるなら勉強しろと言いたい。


「マジかよ……うわ、俺名前も顔もばっちり……」

「私もだよ。ついでに椎名がうっかり私を下の名前で呼んだから、最初の動画と同じ奴だってバレたかも」

「ほんと悪かった! 俺あん時無意識で! 動画見て自分でびびったもん!」


駅に近づくにつれて人が増えていくが、視線を感じるようにもなってきた。主にコウタが見られているのだろうが、一緒にいる女が動画の女だと考える者も少なくないはずだ。

ホームでは他校に行った同中の生徒に声をかけられるし、電車内でも知らない学生から声をかけられた。主に声をかけられたのはコウタだったが、私だって何度も声をかけられた。


「人違いです」


そう言って切り抜けていたが、コウタはそうもいかず愛想笑いで誤魔化していた。私もマスクがなかったらもっと声をかけられていたかもしれない。コウタからの恨めしげな視線はスルーした。


「俺もマスク付けてくりゃ良かった……っ」

「どんまい」


駅について学校まで歩いている間もじろじろ見られたし、同学年の生徒達からは何度も話しかけられた。対応してくれるコウタに任せて逃げようかと思ったが、察したコウタにバッグを掴まれてしまい叶わなかった。コウタ許すまじ。


学校に着いたら着いたで、仲のいい友達から「何危ないことしてんのおおぉぉ!!?」と肩をガックガク揺さぶられたし、殆ど話したこともないクラスメイトからもひっきりなしに話しかけられて大変だった。やはりというか他学年の人達も来たし、休み時間なのに休めなかった。

レベルやステータスについて聞いてくる人達もいたけど、そこはきっぱりと「話したくありません」と言ったら引いてくれた。多分コウタの所に行ったと思う。どんまい。

動画を見たらしい先生達からも授業の最初に「あれ蓮見だよな?」だとか「あまり危ないことをするなよ」なんて言われた。何で先生まで動画を見ているのか。

早速返却されたテストの結果はまぁまぁだった。


昼休みにも人が殺到するのは目に見えていたので、どうしたものかと途方に暮れていたらコウタが教室にやって来た。「旦那が来たぞー」なんて茶化す友達の脳天に手刀を食らわせてドアのところまで行くと、徐に手首を掴まれて連行された。どこへ行くのかと思ったら食堂だった。


「財布教室なんだけど」

「奢るよそれくらい! もう俺限界!」


一人でいるととにかく周りが凄いのだとコウタは言った。部活の仲間達やその友人、クラスメイト、とにかく沢山の人達がやって来て、携帯もひっきりなしにメールやメッセージが届いて仕方ないのだと言う。顔が広い者の宿命というやつだろう。


「大変ですねぇ……」

「俺もお前みたいにコミュ障になりたかった」

「私別にコミュ障じゃないから。普通に話せるから」


嫌なことをノーと言える人種なのだ、私は。

食堂に入るとまたたくさんの視線を感じたが、それらを全て無視して受付に並んだ。食事中にわざわざ立ち上がってこっちに来る人はいないみたいだから、それだけは良かった。


「俺唐揚げ弁当。お前は?」

「ハンバーグ弁当とからポテ」

「デブるぞ」

「からポテ五つで」

「すみませんでした」


結局、唐揚げ弁当とハンバーグ弁当とからポテ二つを買った私達は、外の自販機で飲み物を買うと人気のない校舎裏へと移動した。


「こんなとこで飯食う日が来るとは思わなかった」

「私だって初めてだわ」


人通りの少ない場所だというのに何故か置いてあるベンチに座って弁当を食べ始める。話の種はコウタの愚痴だ。顔が広いというのも大変である。


「明日からもこれが続くのかと思うと……」

「顔がしっかり見えてるからね……あいつら名誉毀損とか著作権とかで問題にならないの?」

「なるだろ。俺らが訴えれば」

「面倒だしお金もかかるもんね。せいぜい動画サイトに削除依頼出すくらいか」

「これだけ注目されてる動画じゃ消してくれるかも分かんないけどな」

「そのうち顔にモザイク入れてニュースとかで扱われたりね」

「……お前ほんと大変だったんだな」

「あの時は顔なんて分からない動画だったからまだ良かったけどね」


今回は顔も名前も声もばっちりだ。改めて二人で動画を見てみると、私がゴブリンと戦ってるところまでしっかり映ってる。再生回数がとんでもないことになっている。


「わーすごーい、私有名人だー」

「ははは、奇遇だなー俺もー」


現実逃避を試みてみたけれど、結局逃避できずに私達は顔を見合わせて溜息をついた。


「テレビで言ってたろ、対策チーム作ったって」

「言ってたね」

「……まさか来ないよな?」

「だからフラグ建てないでってば」


一級建築士でも目指してるのかこの男は。


昼休みが終わって五時間目が始まった。午後の授業は眠気との戦いだ。今日は食べ過ぎたせいか、まだ授業が始まって十分ほどだというのにとてつもない眠気に襲われている。何とか五時間目を乗り切ったものの、続く六時間目の授業では先生の抑揚のない声と射し込む陽の温かさについうとうとし始めてしまう。

窓の外からは校庭で体育の授業を始める声が聞こえてきて、ランニングの号令の声も何故だか眠気を誘ってくるのだ。


もうこのまま一眠りしてしまおうか――そんなこと考えていた私の耳に届いたのは、穏やかな日常を引き裂く悲鳴だった。窓際の生徒達が一斉に窓の外を覗き出す。


「ゴブリンだ!!」

「うわっ! 本物!?」

「何で校庭に入ってきてるの!?」

「お、おい、あいつらやばくねえか!?」


あっという間に教室中が窓にかじりついていた。先生まで一緒になって外を見ている。私も窓に寄って外を見下ろし、息を呑んだ。

校庭には剣を振り回しながら生徒達を追いかけ回すゴブリンソードがいたのだ。


「な、何で……」


インターバルは? やはりエリア内だけだったのだろうか。そういえば誰もあの声について何も言っていなかった。聞こえていなかったのだ。


「蓮見!」


勢いよくドアが開いてコウタが駆け込んできた。びっくりした。一応授業中なんだけど。


「何で昨日のあいつが……っ、インターバルは!?」

「多分、エリアが違うってことなんだと思う……」

「じゃあ何で敷地内に入って来てんだよ!? 入って来れねーって話は!?」

「そういえばスーパーの時も駐車場には入ってきてた……もしかしたら敷地内じゃなくて建物内に入ってこれないってだけなのかも」

「ね、ねぇ……それってつまり、家でも庭までは入ってくるってこと?」


横から割ってきた友達の質問に私は沈黙を返す。私もそれが気になっていた。でも敷地が境界じゃないのだとすれば、彼女の言う通りなのだろう。


「庭で遊んでたら入って来るってことか!? くそっ、早く家に電話しねえと!」

「まさかアカリちゃん……!?」

「あぁ、あいつ公園に行ける時間まで庭で遊んでんだよ!」

「わ、私もお母さんに電話!」

「俺も!」


慌てて家族に電話をかける生徒達に先生は何も言わなかった。むしろ先生も自宅に電話をかけていた。緊急事態だから仕方ない。私も父と母の両方にメールを入れた。


「よし……じゃ、行くぞ」

「……は?」

「は? じゃねえよ。あいつどうにかしねぇと」

「ちょ、ちょっと待った。何考えてんの?」

「何って、あいつ倒すんだよ」


コウタの発言に俄に教室がざわめきたつ。急いで撮影の準備を始めている人もいた。


「このままじゃやられちまうだろ」

「校舎に逃げれば良いんだよ。警察呼んだ方が――」

「俺らのが強いだろ。警察来たって銃も効かないんじゃやられちまうじゃねえか」

「ちょっと待ってよ。椎名、昨日のことは運が良かっただけなんだよ? 私らが死ぬ可能性だって――」

「他の奴らよりは少ないだろ」


何を言っても無駄だった。コウタはすっかり行く気になってしまっている。躊躇う私を誘っているのだ、一緒に行こうと。だが「オッケー! 行こう!」なんて言えるほど無謀ではない。昨日はたまたま他にもゴブリンがいて、武器となる棍棒を手に入れることが出来たから何とか戦えた。でも今日はゴブリンソードが一体だけ。私達にどうしろと言うのだ。


「とにかく、俺は行くからな」

「あっ、ちょ、椎名!」


止める間もなくコウタは行ってしまった。取り残された私に教室中の視線が集まったのが分かるが、私にどうしろと言うのだ。運が良かっただけだ。今回も切り抜けられるとは限らない。腕を斬られるかもしれない。足を斬られるかもしれない。後遺症で生活が大変になってしまうかもしれない。


「――あぁ、もうっ!」


それでもここでコウタを見捨てるのは、きっと一番駄目な選択だ。

机の横に掛けていたバッグを引っ掴んだ私は、友人や先生の呼び止める声を無視して教室を飛び出した。


廊下を走りながらステータスを操作する。防御力よりも運と速さを上げる方が良いだろう。あまり上げ過ぎるとステータス操作のことば知られてしまうかもしれないから、ほんの少しだけ。本心ではとにかく素早さと運に振りたいのだが仕方ない。

昇降口を通っていては時間がかかりすぎる。上履きのままだけれど直接外に向かった方が良いだろう。きっとコウタもそうするはずだ。外へと続く道を走っていると、校庭から逃げてきた生徒達が校舎内から外を覗き込んでいるのが見えた。安全なところから携帯を取り出して撮影している者もいる。


「すげー……」

「でも大丈夫なのかな?」

「動画でも倒してただろ」

「ちょっと通して!」


生徒達の間を割って入ると、私に気付いた女子生徒が「あっ」と声を上げて道を開けてくれた。生徒達の間すり抜けるようにして外に飛び出すと、一足先に校庭に出ていたコウタが傘を持ってゴブリンと対峙している。


「椎名!」

「おっ、やっぱ来たな」

「だってアンタが行っちゃうから!」

「悪ィな、付き合わせちまって。んで、とりあえずコレ持ってきたんだけどよ、全ッ然効かねぇんだよ」

「誰のだよその傘!」

「知らん! 玄関にあったの取ってきた!」


大きく踏み込んでコウタが傘を振り下ろす。ゴブリンソードはそれをあっさり避けた挙げ句にカウンターで攻撃をしてきた。既の所で躱すコウタを見ているとハラハラして仕方ない。


「そこにも一本落ちてっから! お前の!」

「これで戦えって!? 全然効かないのに!?」

「しょうがねえだろ! 武器ねぇんだもん! ――あっ、なぁ、あっち! ゴブリン来る!」


コウタの言うとおりだった。向こうから棍棒を振り回すゴブリンが二体やって来る。こいつらはセンサーでもついているのだろうか。バッグをその場に放り、落ちていた傘を引っ掴んだ私は即座にそっちに向かって走って行った。


「武器の調達頼んだ!」

「スタバ! トッピング増々!」

「任せろ!」


コウタの返事を背中に受けながらひた走る。速さを上げておいて良かった。先手必勝だ。傘の先端でゴブリンの顔を思い切り突き刺すと、怯んだその隙に棍棒を持つ手を蹴り上げて武器を奪い取る。背後で棍棒を振りかぶるゴブリンの攻撃を横に躱して、すれ違いざまに思い切り顔面を棍棒で殴ってやった。これで一体目。光と共に消えそうになる棍棒を拾って、砲丸投げの要領でコウタの方へぶん投げた。


「椎名ーー! そっち行ったよ!」

「サンキュー!!」


武器を失った残りのもう一体もすぐに殴り倒して応援に駆けつける。私もうゴブリン倒しのプロって言えるかもしれない。自分が怖い。


「お前いじったの?」

「ちょっとだけね。力下げて速さと運を2ずつ上げた」

「俺もそうしよ。ちょっと頼むわ」

「もっと下がってやって!」


その場で操作を始めようとするコウタに文句を言って駆け出す。ゴブリンソードの気を引かなければ。私は何でこんな事をしているのだろうか。こんなの警察の仕事じゃないか。昨日も、この前も、何故か私ばかりがモンスターと戦っている。解せない。

私はコウタみたいに器用ではないし力もない。ゴブリンソードの攻撃に合わせて棍棒を振るうなんて無理だ。避けて、避けて、ひたすら避けてゴブリンソードが疲れるのを待つしかないのだが、一向にその様子がない。まさか体力が無尽蔵だなんてことがあるのだろうか。


「うわっ」


何度目かの攻撃を避けた時、グラウンドの砂で滑ってバランスを崩してしまった。片膝をつく私にゴブリンソードがグギャと嗤いながらと目を細めたのが見える。大きく振りかぶった剣が振り下ろされる――思わず目を瞑った。


「お、らぁっ!」


剣は私を斬りつけることはしなかった。頭上で聞こえた鈍い音におそるおそる目を開けると、背後から割り込んできたコウタが棍棒で剣を受け止めてくれていたのだ。


「今だ! 行け!」


ゴブリンソードの剣はコウタの棍棒に深々と突き刺さっていて、一向に抜ける気配がない。すぐさま立ち上がった私はステータス操作で防御をいくらか力に回すと、棍棒でゴブリンソードの腹を思い切り殴った。

一メートルほど吹き飛ばされるゴブリンソード。コウタが口笛を吹いた。


「おっかねえなぁ」

「火事場の馬鹿力で通せると思う?」

「通すしかねえだろ。ほら」


棍棒から剣を引き抜いたコウタが差し出してくる。ゴブリンソードに向かって歩きながら、私はコウタの手に自分の手を重ねた。


「いくぞ」

「――うん」


そして一緒にゴブリンソードにとどめを刺す。光と共にゴブリンソードが消え、ほどなくして声が頭に響いた。


『ボスモンスターの討伐を確認。一週間のインターバルが発生します』


「……嫌な感触だな」

「……そうだね」


校舎のあちこちから贈られる歓声に、私達は顔を見合わせて苦笑し合う。


「この傘、弁償しますって書いて貼っておこうか」


さすがにゴブリンの顔面を突いた傘を「ありがとう」なんて返すわけにはいかない。コンビニで売ってそうなビニール傘だから誰のか分からないが、名乗り出る者はいるだろうか。


「レベル上がった?」

「上がった。そっちは?」

「3になった。またスクラッチ買いに行こうぜ」

「そのうち出禁にならないかな」

「帰りにこっちで買ってくか」

「部活でしょ?」

「いやあ、今日はなくなるんじゃねえか?」


そんな話をしながら私達は校舎に戻って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ