お姉ちゃんだぞ
「それじゃあ、進のこと、お願いするわね。貴方なら、どんなことがあっても大丈夫だと信じているわ。ほら、典明さんも」
「あ、あぁ……ジュリ、進と家のこと、頼んだぞ。万が一何かあったら、すぐに連絡しろよ。私だって親だ、仕事くらい何とかして帰ってくるから」
「旦那様……奥方様……」
オレと進は搭乗口へと向かう典明さんと桃子さんを見送る。ここに来たときには、こんなに穏やかに見送りができると思っていなかったから、本当に嬉しい。
「解りました、旦那様、奥方様、それでは……」
「待って、ジュリ」
桃子さんが、オレの言葉を遮る。
「ジュリ、私達は、これからは貴方にも貴方が好きなようにしてほしいの。だから、まずはその話し方、止めましょう? 私達、本当の貴方に見送ってほしい。お願いできる? ジュリ」
あぁ、そうか。オレは今までに、典明さんにも、桃子さんにも、本当の自分で接してこなかったんだよな。
主人を敬う気持ちは大切だが、腹を割って話すことも大切だったってことだ。まったく、オレ、本当に不器用だよ、自分でも飽きれちまう。
「ああ、解ったよ。それじゃあ、行ってきなよ、典明さん、桃子さん。心配しなくたってもう大丈夫だ、オレも進と同じように強くなる、いや、強くなっていくから。もちろん定期的に連絡はする。だから、安心して進を預けくれよ」
「はい、私達、貴方に進を預けます。これからも、進の側にいてあげてください。それじゃあ、もう時間だから、そろそろ私達は行きます。じゃあね、進、ジュリ」
「連絡忘れるなよ! 私だって、進のことが心配で堪らないんだ! 絶対だぞ! 忘れたら、ただじゃおかないからな!」
「あぁ、もちろんだ。それじゃあな、典明さん、桃子さん」
「お父さん、お母さん。ぼく、お姉ちゃんと一緒なら、何があっても大丈夫だから、あんまり心配しなくていいからね。それじゃあ、いってらっしゃい」
オレ達は二人に別れを告げ、二人は搭乗口へと入っていった。その背中をオレと進、二人並んで、二人が見えなくなるまで、見送った。
そして、二人が見えなくなり、オレと進がポツンと取り残される。やっぱり、別れって奴はどうあれ寂しいもんだよな。
「それじゃあ、進、オレ達は……帰……ろう……か……」
「ジュリお姉ちゃん?」
畜生、急に来やがった。今の今まで保ってきた意識が急速に離れていく。オレは、進を家まで送り届けなきゃならねぇんだ、ボーッとなんかしていられねぇんだよ。
「大丈夫だ……大丈夫だから……オレに……付いて……きな……す……す……む……」
「ジュリお姉ちゃん!?」
ダメだ、意識が遠のく。あれだけ無理したんだ、当然と言えば当然か。オレが倒れている間、進がさらわれたりしたら、オレはもう消えるしかねぇかな。
後先考えずに行動したオレの責任だ、それでも、後悔だけはしていない。本当に、ゴメンな。勝手なお姉ちゃんを許してくれ、進……
…………
次にオレが目覚めたのはベッドの上だった。白い天井と照明が、オレの意識を少しずつハッキリさせる。どうやら、オレは医務室かどこかに運ばれたらしいな。そして、オレの横から、聞きなれた声がした。
「大丈夫!? ジュリさん」
「あれ、恭平……それに、アミィも……」
「ジュリさん! よかったです、あんな格好をしていたので、私、心配しましたよ」
格好? そういえば、桃子さんも同じことを言っていたな。オレは、ベッドから出て、改めて自分の格好を見てみた。
「!!」
こりゃひでぇ! 服が所々焦げてやがる! 冷静になって見たら、この格好で歩き回るのはちょっとヤバかったな。
「いや! そんなことより、何でお前らがここにいるんだ!?」
「それなんだけどね、二時間前くらいに、進君に連絡を貰ったんだ、『ジュリお姉ちゃんが倒れた』って。それですっ飛んで駆けつけたんだ。いや、最初聞いたときは何事かと思ったよ」
「そうなのか……これについては完全にオレが悪かったんだけどな……本当に、お前らには世話をかけっぱなしだよな、ありがとう、恭平、アミィ」
「いえ、お気になさらずに。私達も、あれからジュリさんのことが気になって、ご主人様と二人揃ってそわそわしていたところだったんですよ」
「そうだったのか……!! そうだ!! 進は!? 進はどこだ!?」
オレは慌てて周囲を見回す。すると、長椅子の上で眠る進の姿が飛び込んできた。
「よかった……進……無事だったんだな……ゴメンな、進。心配したよな、いきなり倒れちまって。本当に、お姉ちゃんの我が儘で進を振り回して、ゴメン、進……」
オレはヨロヨロと進の元に向かい、椅子に座り、膝に進の頭を乗せる。
「もう大丈夫、オレには進さえいれば、他には何もいらない。お前のお姉ちゃんでさえいられれば、オレは何だってできる。だからこれからも、オレと一緒にいてくれよ、進」
そんなオレの声に反応してか、進がゆっくりと目を開ける。そして、進は眠そうな目をしながら、オレの方を見つめる。
「お姉……ちゃん?」
「あぁ、お姉ちゃんだぞ。進の、お姉ちゃんだ。これから、進に何があっても、ずっと、ずっと、お前のお姉ちゃんだからな……!」
オレの目から、止めどなく涙が溢れる。そして、その涙は進の頬を伝い、椅子に幾つもの染みを作る。
「だから、進も、これからもずっと、オレのことを、お姉ちゃんって呼んでくれ……! オレはそれだけで幸せなんだ……!」
そうだ、本当に、それだけでいいんだ。進だって、これから成長して、思春期を迎えて、オレを煙たがることもあるだろう。それでも、オレは進のお姉ちゃんであることを諦めるつもりはない。
それがオレの存在意義。オレは進の幸せのためなら今すぐにでも消えていい。でも、やっぱり進が大人になるまではそれはできないかな。
進の両親とも約束したし。だから、今はただ、進の側で、進の成長を見守ろう。進が道を踏み外さないように、進に誰かの道を踏み外させないように。
「うん、ジュリお姉ちゃん。これからも、ジュリお姉ちゃんは、ぼくのお姉ちゃん。これから色んなわがまま言っちゃうかもしれないけど、ぼくと一緒にいてね?」
「それはオレも同じさ……! これからも、ずっと一緒にいてくれ、進……!」
オレは、進に膝枕をしたまま、しばらく泣き続けた。恭平とアミィには悪いけど、もう少し、このままでいさせてくれよ。
…………
俺とアミィは、ジュリさんと進君と一緒に、空港で夕食をとる。並んで笑い合いながら座る二人は、これまで以上に幸せそうだ。
ジュリさんの話によると、ジュリさんと進君は、これからも一緒にいられるらしい。
どうやって進君の両親を説得したかは解らないけど、俺としては、二人が一緒にいられるようになって、本当によかったと思う。
これからも変わらず、進君とジュリさんでたくさんの思い出を作ってほしいな。あわよくば、アミィも一緒に、何ならキッカさんやメリーさんも一緒だともっといい。
「ご主人様、本当に、進くんとジュリさんが一緒にいられるようになってよかったですね」
「あぁ、これからも、進君達と一緒に遊びに行こうな、アミィ」
何だかんだでこれで元の鞘、すべては丸く収まった。俺の頭の中の片隅には、もう一人のアミィの存在がちらついてはいたけど、今は進君とジュリさんが一緒にいられるようになったことを素直に喜ぼう。
俺達は、変わらないものの大切さに思いを馳せながら、食事を楽しんだ。そして、食事を済ませた俺達は、四人で空港を後にした。
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