ゴメンなさい!!
「ジュリお姉ちゃん」
進に名前を呼ばれたオレには、もう進しか目に入っていなかった。何事かとこっちをみる周囲の人だかり、オレの豹変ぶりに驚く進の両親、全てがもう目に入らない。
音だってそうだ。周囲の喧騒、空港内を流れるアナウンス、オレの耳にはもう聞こえない。
オレの耳は、進の声だけを捉えて、他の雑音は完全にシャットアウトされる。
まるで世界にオレと進の二人だけになったような錯覚さえした。そして、進はオレに、決意に満ちた口調で、語りかけ始めた。
「ぼく、ジュリお姉ちゃんと一緒には、行けないよ。ゴメンね、もう決めたんだ。ぼくだって、本当はジュリお姉ちゃんと、ずっと一緒にいたいよ。でも、ぼくのわがままで、お父さんとお母さんを困らせるのも、嫌なんだ」
解らない、お前の両親は、今までずっとお前をないがしろにしてきたんだぞ! どうしてお前はそうやって自分一人で我慢しようとするんだ!
「だから、ぼく、考えたんだ。どうすればみんなが一番幸せになるのかなって。そしたら、ぼくが勇気を出して、ジュリお姉ちゃんとお別れするのが一番だって、思うようになったんだ」
違う! オレはそんなことは微塵たりとも望んじゃいない! オレはただ、進とずっと一緒にいたいだけなんだよ!
「ジュリお姉ちゃん、ぼく、強くなったよ。もう、ぼくはジュリお姉ちゃんがいなくても一人でやっていけるから。だから、何も心配しないで、ぼくを送り出してほしいな。ぼくからの最後のお願い、聞いてくれるよね? ジュリお姉ちゃん」
そんなこと言わないでくれ! オレには進が必要なんだ! 進は強くなった、進の言う通り、これからは進一人でやっていけるだろう。
でも、オレはダメだ。進がいない暮らしなんて、オレには耐えられない。それに、オレは進がオレのことを覚えていてくれるか心配で堪らないんだ。
進は優しい子だ、オレのことを忘れないでいてくれることくらいは解ってる。それでも、オレは不安で堪らない。
もしかしたら、進の中からオレが消えてしまうかもしれない。考えただけで背筋が凍る。それだけは嫌だ! 嫌だ! 絶対に嫌だ!!
気づいたら、オレは進をきつく、きつく抱き締めながら、叫んでいた。もう周囲の目も何もあったもんじゃない、オレにはそんなことを考える余裕はなかった。
「嫌だ!! そのお願いは聞けねぇ!! オレは、進のことを心配しているんじゃねぇんだ!! オレのためだ!! オレには進が必要なんだよ!! だから、『お姉ちゃんがいなくても』なんて言わないでくれ!! 頼む!! 頼むから、オレを見捨てないでくれ!! オレをお前のお姉ちゃんでいさせてくれよ……進……!」
「ジュリお姉ちゃん……」
そして、オレは進を解放して、進の両親に向き直る。そして、床に手をついて、頭を床にこすりつけ、人目をはばからずに叫んだ。
「旦那様!! 奥方様!! お願いです!! 先ほどまでの無礼は謝ります!! ですから、どうか、オレを進と一緒にいさせてください!! どんなことがあっても、進を立派な大人にすると約束しますから!! だから、お願いします!! お願いします!! お願い……します……!」
おいおい、恫喝の次は泣き落としか? 全く、情けないったらありゃしねぇ。しかも、こんな説得力の欠片もない願い、聞き入れられるわけがない。
それでも、オレにはこれくらいしかできない。気の聞いた言い回しができるほどオレは出来ちゃいない。
それに、これは全てオレの本心だ。これでダメなら、いよいよオレはもうどうにかなってしまう。
「ジュリ、顔をあげて? もう、解ったから」
「え……?」
頭上からかけられた声に、オレが顔をあげると、目の前に進の母親の顔があった。その顔は、さっきまでの驚いた表情ではなく、穏やかなものだった。
「ジュリ、貴方がどれだけ進のことを考えていて、進のことがどれだけ好きかは、よく解ったわ。ゴメンなさいね、こんなことをさせてしまって。私達、貴方に謝らなくちゃならないわ」
「おい、桃子、こいつは……」
「典明さん、もういいじゃないですか、そんなことは。今まで、私達が進のことを寂しくさせていたのは、本当のことじゃないですか。そして、その傍には、ずっとジュリがいてくれた。それだけでしょう?」
「しかしだな……」
「それに、これから先、新しい土地で新しい家政婦を雇うより、安心して進を預けられるジュリに、進を任せるたほうが、私はいいと思います。典明さんだって、進をこれ以上悲しませたくないでしょう?」
「……」
進の父親は押し黙る。そして、進の母親が進を呼んだ。
「進、こっちにいらっしゃい」
進は母親の元に駆け寄る。そして、進の母親が進を撫でながら、話し始めた。
「進、もう、我慢しなくていいのよ? 本当は進も、ジュリと一緒にいたいんでしょう? 私だって進の母親だから、それくらいは解るわ」
「お母……さん?」
「今まで寂しい思いをさせて、ゴメンなさいね? 私達、両親失格よね。でもね? これだけは忘れないで? お父さんも、お母さんも、どんなに離れていても、どれだけ時間が経っても、進のこと、誰よりも、愛しているから。だから、進は、ジュリの傍にいてあげて?」
「お母さん……! お父さん……!」
今の今まで気丈に振る舞っていた進の顔が、みるみるうちに涙で染まる。そして、進はめいっぱい泣きながら、母親に抱きつく。
「ゴメンなさい!! ぼく、お父さんのことも、お母さんのことも大好き!! でも、ぼく、やっぱりジュリお姉ちゃんと一緒がいい!! わがまま言ってゴメンなさい!! お母さん!!」
「いいのよ、進。進は、進がしたいようにしてくれるのが、お父さんもお母さんも一番嬉しいから。それでいいのよ、進は、そのままで、行きなさい」
「お母さん……! ありがとう……!」
進と桃子さんは、しばらく泣きながら抱き合っていた。そして、時間はもう搭乗手続きの締切へと差し掛かっていた。
前回と今回のお話にて、ジュリの主人の命令に背いている描写については、ウイルスの感染により、ロボット工学三原則の第二条が無視されていることに起因します。
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