帰れ!!!
天気は快晴、これなら飛行機も問題なく飛ぶことができるだろう。俺とアミィは、進君の家の前までやって来た。
いよいよ、進君との別れの日が来た。見送りに来たのは俺とアミィだけ。他の皆には進君が海外に行ってしまうことはあえて話していない。
キッカさんやメリーさんなんかは寂しがるかもしれないけど、あんまり大人数で見送ると、進君が泣いてしまうと思ったからだ。
どうせなら、進君には笑顔で旅立ってほしい。皆には俺からちゃんと話しておかないとな。
「やあ、進君、俺達だけで悪いけど、見送りに来たよ。元気にしてたかな?」
「うん、今日は来てくれてありがとう、恭平お兄ちゃん、アミィお姉ちゃん」
進君の顔は、初めて出会ったときより大人びて見えた。何がここまで進君を変えたのか、結局俺には解らなかったな。
「進くん、次に帰ってきたときは、また一緒に遊びに行こうね。お姉さん、ずっと待ってるから」
「うん、また遊びに行こうね、アミィお姉ちゃん」
俺達が進君と会話をしていると、進君の家から三人の影が見えた。一人はジュリさん、後の二人は……どうやら進君の両親みたいだ。
「どうも、私、片瀬 典明と申します。こっちが家内の……」
「初めまして、片瀬 桃子と申します。進が色々とお世話になったようで……」
進君の両親が俺達に自己紹介をする。進君の父親は、年はそこまでいっていなさそうだけど、いかにも厳格そうな見た目をしている。対して、母親の方はとても柔和そうで、親しみやすい見た目だ。
「初めまして、響 恭平と申します。こっちはうちのメイドのアミィです」
「は、初めまして! 私、アミィと申します!」
俺達もそれぞれ進君の両親に自己紹介をする。よくよく考えたら、出会った日が別れの日になるってのも妙な感じだな。
「あぁ、君がアミィちゃんか。進とジュリから話は聞いているよ、うちの進にとてもよくしてくれたんだってね。進の奴、旅行中も君のことをとても嬉しそうに話すものだから、一度会ってみたいと思っていたんだ」
「そ、そうなのですか!?」
「あぁ、『ぼくに、もう一人お姉ちゃんが出来たみたい』と言っていたよ。ここまで進がなつくのはジュリ以来だ。本当に、ありがとう。恭平さんも、今日まで進によくして戴き、感謝します」
典明さんが俺とアミィに深々と頭を下げる。俺にならともかく、アミィにまで頭を下げるなんて、進君の父親は、物凄く人が出来ているんだな。
「いえ、俺達はただ、偶然遊園地で知り合って、それから仲良くさせてもらっただけですし……」
「わ、私も、進くんと一緒に過ごせて楽しかったですよ!」
俺達は二人とも頭を下げられた経験なんて無いもんだから、妙に慌ててしまう。そして、いよいよ進君が旅立つときがやって来た。
「それじゃあ、ジュリ、留守中の家の管理は任せたぞ」
ジュリさんの顔には、いつもの元気な笑顔はなかった。ただ、事務的に、機械的に、典明さんに返事をする。
「解りました、旦那様。屋敷の管理はお任せください。それでは、行ってらっしゃいませ。私、旦那様のお帰りを、お待ちしております」
そういって、ジュリさんは典明さんと桃子さんに頭を下げる。その顔は、能面のように無表情で、寒気すら覚えるほど不自然だった。違う、こんなのジュリさんじゃない! おかしい、何が起こっているんだ!
「進、最後に、みんなにお別れの挨拶は?」
桃子さんが進君に別れの挨拶をするよう促す。そして、進君は、俺達に、最後の挨拶をする。
「恭平お兄ちゃん、アミィお姉ちゃん、そして、ジュリお姉ちゃん、今日までぼくと一緒にいてくれてありがとう。他のみんなにも、よろしくね。それじゃあ、ぼくは行くよ。バイバイ」
俺達も、進君に別れの挨拶をする。やっぱり誰であろうと別れは辛い、何だか泣けてくる。それでも、進君は最後まで泣くことはなかった。
「あぁ、あっちに行っても元気でね、進君」
「落ち着いたら、連絡ちょうだいね、進くん」
そして、最後にジュリさんが進君に別れの挨拶をする。さっきまでの表情に、わずかな笑みを浮かべて。
「あぁ、元気でな、進」
それだけ? それだけでいいのか? いいのかよ! ジュリさん! そんな俺の気持ちとは裏腹に、進君は車へと乗り込んでしまった。
そして、程なくして、進君を乗せた車は遠くまで行ってしまう。俺達は、車が見えなくなるまで進君を乗せた車を見送った。
「行ってしまったな……進君」
「はい……何だか私、胸に穴が開いたみたいです」
本当に、アミィも人間らしいことを言うようになったもんだ。俺はふと、ジュリさんの方を見る。その顔は、見るに耐えないほど、涙で染まっていた。
「なぁ……恭平……オレ……何でこんなに泣いてるのかな……昨日、泣かずに見送るって決めたのによ……オレ、解らねぇんだ……解らねぇんだよ……」
「ジュリさん……やっぱり、進君のこと……」
「言うな! 言うんじゃねぇ! これでいいんだ! これでいいんだよ!!」
絶叫するジュリさんを見て、アミィが言った。恐らくは、今、ジュリさんに一番言ってはいけないことを。
「ジュリさん、本当に、これでよいのですか?」
その言葉を聞いたジュリさんの感情が爆発した。激しく、苛烈に、哀しく、痛々しく。
「うるせぇ!! いいも何もあるか!! こうするしかなかったんだよ!! オレに何ができるってんだ!! 言ってみろ!! アミィ!!」
「ジュリさん……」
「帰れっ!! 二人とも!! 帰れ!! 帰れ!!! 帰れ……よ……! 頼む……帰ってくれよ……! もう、放っておいてくれ……!」
ジュリさんはその場に膝を折って崩れ落ちた。とてもじゃないが、もう俺達にかけられる言葉は無かった。
「帰ろう、アミィ」
「でも……」
「今は、俺達に出来ることは無いよ。後は、ジュリさんに任せよう」
「解りました……ご主人様」
俺とアミィは進君の家の前を後にした。その背後からは、ジュリさんのすすり泣く嗚咽が聞こえ続けた。
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