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【旧】アミィ  作者: ゴサク
一章 二人のアミィ
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お前ら全員ブッ潰す!

 日も落ちかけた公園を、俺とアミィはゆっくりと、なにをするわけでもなく、並んで歩く。俺の職場の話や、俺のところに来る前のアミィの話なんかをしながら、ゆっくりと。


 最後にこんな時間を過ごしたのは、いつぶりだろうか。朧気にしか思い出すことも出来ない、遠い昔の記憶。あの頃は、本当に幸せだったような気がするよ。


 俺の隣にいるのは、あの頃とは違う、小さなメイドアンドロイド。萌える夕日の光がアミィの青髪を照らしている。その光は、アミィのグラスファイバー製の髪に反射して、キラキラと乱反射する。


 そんな幻想的な光景に目を奪われた俺の意識は、ほんの一瞬だけどこかに飛んでいってしまった。でも、その意識は、最悪の形で引き戻されることになる。


 ベチャッ!


 話に夢中で、手に持っているかもほとんど意識していなかったソフトクリームが、なにかにぶつかり、柔らかくなったコーンがグニャリとひしゃげてしまっていることに気づいたときには遅かった。

 目の前には、あきらかに不機嫌そうに顔を歪ませながら、こっちを睨み付けている、痩せぎすな男が立っていた。


「あ! す、すみません! 俺の不注意でしたっ!」


 完全に我に返った俺は、慌てて頭を下げて謝る。しかし、どうも相手の様子がおかしい。俺のことを、すわった目で睨み付けてくる。

 運悪く、ガラの悪い連中の一人に当たってしまったようだ。俺の不注意とはいえ、これは面倒なことになりそうだ。


「おい、オッサンよお~っ さすがにボーッとし過ぎなんじゃねぇか!? あ~あ、こりゃひでぇや、この服、高かったんだけどな~」


 そんなやりとりをしているうちに仲間とおぼしき連中がこっちに寄ってきた。俺はとっさに、アミィに離れているよう指示する。

 さっきまでの状況の落差に慌てたのか、アミィは言われるままに俺から距離を取って、近くの茂みに隠れる。


「なになに? どうしたよ」


「いや、なんかオッサンが俺にぶつかってきてさ。俺の服にソフトクリームぶちまけてきたわけ」


「うわっ、こりゃもうダメだな~ 確か、結構いいブランドのやつだったよな? 弁償だな弁償」


 いや、ぶつけておいてだけど、これくらいなら洗えば落ちるだろ。これは明らかなタカリだ。それに、俺がオッサンとは心外だ。俺はまだ24だぞ、このガキンチョめ。


 ここは冷静に、こちらの非は認めつつ、なんとか穏便に話を収めよう。この際オッサン扱いされたことは無視だ。とにかく、アミィに心配をかけないように立ち回ろう。


「すみません。もちろんクリーニング代は出しますから、ここはこれで収めてもらえませんかね?」


 俺は財布から万札を取り出して、相手の出方を窺う。でも、かえってこれがよくなかった。あちらさんは、話を早く収めようとしているこっちの態度が気にくわなかったようだ。


「なんだよ! その態度は! ナメてんのかオッサン!」


「ヒッ!」


 痩せぎすの男の叫び声と同時に、短く甲高い悲鳴と共に、茂みがガサッと揺れた。そして、チンピラ連中の目が茂みに集中する。そこには、ガタガタと震えながらこっちを見ているアミィがいた。


「おっ! ちょうどいいじゃんか。あのメイドアンドロイド、オッサンのだろ? 売ればいい値段になるだろうから、それで勘弁してやるよ」


 冗談じゃない! そんな話があるか! 俺はとっさにアミィの方に向かおうとするチンピラの肩をつかむ。


「いい加減にしろよ、お前ら。確かにソフトクリームをぶつけたのは悪かったよ。でも、アミィは関係ないだろ、バカなこと言ってると、こっちも怒るぞ!」


 しまった、やってしまった。でも、このまま連中を行かせたら、アミィが拐われてしまう。それだけは避けないと!


「なんだ? オッサン。俺らとケンカでもしようってのか!? いいよ、それならオッサンボコって、メイドアンドロイドももらっていくだけだからよ!」


「ぐっ!」


 チンピラがそう言うのと同時に、腹に膝蹴りのいいのが入った。マズいな、このままいけば袋叩きの流れだ。そして、膝蹴りを皮切りに、俺に連中からの追撃が浴びせられる。

 俺は堪らす地に伏せ、亀の体勢になった。俺はどうでもいい、死にはしないだろ。ただ、アミィだけは、逃がさないと!


「アミィ! 俺は大丈夫だから、先に帰ってろっ!」


「イヤですっ! ご主人様を置いていけませんっ!」


「アミィ、これは『命令』だ! 先に部屋に帰って警察を呼んでくれ! 早く!」


 言ってしまった。ついに、俺はアミィに『命令』をしてしまった。今日まで俺はアミィに命令をしたことがなかった。無理矢理言うことを聞かせることはしたくなかったからだ。


 自分でも、変なことを言っているのは解ってる。それでも、傍で笑ってくれる少女に、命令なんてしたくなかった、したくなかったのに。


 ああ、せっかくアミィが笑ってくれたのに。これじゃまたアミィを泣かせてしまう。俺の不注意のせいで、アミィを泣かせてしまう。ゴメン、アミィ。


 俺は心の中でアミィに謝りながら、茂みの方のアミィに目をやった。でも、何だか、アミィの様子がおかしい。アミィは俺からの命令を無視して、その場に立ち尽くす。


 さっきまでの震えもなく、アミィはうつむいて、ピクリとも動かない。そして、まるで充電が切れたかのように立ち尽くしていたアミィの体が、ビクッと痙攣した。


 そして、アミィは顔をゆっくりとこちらに向ける。そして、アミィは、俺を足蹴にするチンピラ連中に向けて、今日まで一緒に過ごして、一度も聞いたこともない、大声で叫んだ。


「お前ら、恭平になにしてくれてんだああああああ!!」


 轟音と言っても差し支えないその叫びに、チンピラ連中も俺を足蹴にするのを止め、アミィの方を注視する。そして、アミィはチンピラ連中に向けて続けて言った。


「たかが服にソフトクリームがついたくらいで大騒ぎしやがって、終いにゃ誠意を示そうとした人間を寄ってたかって袋叩きだあ? お前らそれでもキンタマついてんのか! あ゛あっ!?」


 まさか、アミィがこんな言葉遣いをするなんて。普段のアミィからはまったく想像出来ない。でも、これは目の前で起きている現実。俺はそんなアミィを呆然としながら見ることしか出来なかった。


「しょうがねぇ、お前らのその腐りきった根性、俺が粉々に叩き潰してやる! 全員まとめてかかってきやがれっ!」


 アミィが普段の甘えるような声とは全く違う、凛としながらも怒りのこもった声で吼えた。そのアミィの顔には、今まで見たこともない険しい表情を浮かび、溢れんばかりの怒りを露にしている。


「へへっ、何言ってやがるこのガキンチョが。出来もしないこと言いやがって。それに、出来たとしてこの人数をお前みたいなガキンチョ一人でどうしようっていうんだよ」


 連中の一人の痩せぎすな男が下卑たにやけ顔を浮かべてアミィに歩み寄る。その男はアミィを馬鹿にするように、無防備で舌を出しながらゲラゲラ笑う。


「おいおい、絵に描いたような馬鹿面だな、お前。俺はな、お前らみたいな人数を傘に粋がっている馬鹿が大嫌いなんだよ。それとも、俺が本当になにも出来ないと高くくってやがるのか?」


 アミィは目の前まで迫った痩せぎすな男の目を睨み付け、ハッキリとした口調で切って落とす。そのアミィの態度に、痩せぎすな男は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら叫ぶ。


「何だと! ガキが! あんまり嘗めた態度をとってると……!」


「だからお前は馬鹿だって言ってんだよ」


 叫びを上げている最中の痩せぎすな男の土手っ腹に、アミィのボディーブローが否応なしに突き刺さる。その一撃に、痩せぎすな男は顔を赤から一気に青くして、口から吐瀉物を吐きながら膝から地面へと崩れ落ちる。


「なん……で……」


「ハッ、なんでもクソもあるかよ。舐めた態度で馬鹿がノコノコと寄ってきたから、ぶん殴った、それだけさ」


 そして、アミィは呆れたような顔で残りの連中の前に向き合う。アミィから放たれた強烈な一撃に、連中は口を開けて呆けている。


「いくらお前らが馬鹿の集まりでも、これで今お前らが置かれた状況は解っただろ? だが、もう遅いよ。お前らは俺の目の前でやっちゃいけないことをやったんだ、相応の報いは受けてもらうぜ」


 アミィは連中に向けて怒りを露にして凄む。次の瞬間、アミィは勢いよく地面を蹴った。

 足元の石畳が割れんばかりの踏み切り。真っ直ぐに連中へ向かっていくアミィからは風を切る音が笛のように鳴る。

 その動きは、アミィのいつものフラフラと危なっかしい足取りとは違う、真っ直ぐで確かなものだった。


「ほら、なに呆けてやがる、隙だらけじゃないか。ま、いいさ、それじゃあ遠慮無く、お前のそのだらしなく開いた口、閉じさせてもらうぜ!」


 アミィは連中の一人の懐に潜り込んでニヤリと笑みを浮かべる。そして、次の瞬間、アミィの体が沈み、飛び上がったアミィの右拳がスキンヘッドの男の顎を捉えていた。


「クリーンヒット! こりゃしばらく立てねぇだろうな」


 アミィの言葉通り、スキンベッドの男は一言も発することもなく、その場で酔っ払ったかのようにフラフラとよろめき、その場で大の字に倒れた。


「な、何だこのガキ! よくも俺達のダチ公を!」


「お前、まだ口を動かしてる余裕があるのか? まったく、馬鹿にされたもんだ」


「うおっ!?」


 アミィの声で、アミィがすぐ近くまで来ていることに、スキンヘッドの男が倒れてから気づいたひょろ長い男が、アミィに向けて細長い腕を振り上げ、無造作に振り下ろす。


「お前こそ何だこの三下が、そんなもんが俺に当たるわけないだろうが、やる気あんのか? ま、そんなんだからお前らはこれから俺にブチのめされるんだけどな!」


 アミィはひょろ長い男から振り下ろされる拳をひょいとかわし、地面を思い切り蹴り、ひょろ長い男の顔面近くまで飛び上がった。


「よお、馬鹿野郎、気分はどうだい? まあ、すぐに最悪な気分になるんだが、お前らが蒔いた種だ。責任持って、しっかり刈り取ってくれ」


 アミィは重力に任せて、ひょろ長い男の足元へと落ちていく。その間に、アミィから素早く、正確に両拳から連打が放たれる。眉間、人中、喉、鳩尾、腹、その正中線上にアミィの拳が吸い込まれた。


「ぐがあああっ!」


 アミィの連打をノーガードで受けたひょろ長い男は、痛みに耐えかねたのか、地面に体を投げうち、ゴロゴロと転がりながら悶え苦しんでいる。


 これで残ったのはガタイのいい男がただ一人。ガタイのいい男は目の前で起きている信じがたい光景に、歯をカチカチと鳴らしながら困惑している。


「何なんだよ! 何なんだよ! アンドロイドのくせに! お前は一体何なんだよおお!」


 ガタイのいい男が咆哮を上げて、アミィを睨み付ける。肩で息をして、荒い鼻息を上げ、脂汗を浮かべながら。

 その様子を、アミィは嘲笑を浮かべながら見ている。そして、アミィは少し苛立ったような口調でガタイのいい男に答える。


「だから、何度も言わせるなよ、お前らこそなんだってな。いいからお前も大人しくお仲間の後を追え」


「黙れぇぇ!!」


 ガタイのいい男がアミィの挑発に乗って猛然と突進してきた。地響きがするような突進は、ものの数秒でアミィの目の前まで迫る。

 

「学ばねぇなぁ、やっぱりお前らは正真正銘の馬鹿の集まりだよ」


 アミィはその突進を事も無げにかわし、がら空きになった男の脇腹にフックを繰り出す。しかし、その拳は決定打にはならず、ほぼダメージも無さそうだった。


「おっと、こりゃあ参ったな。まぁ、一人くらいは俺を楽しませてくれないとな」


 アミィは一旦その場から離れ、おどけたような様子でガタイのいい男に向き直る。


「へへ、所詮はガキのペチペチパンチ、俺には効かねえ、効かねぇよ! さぁ、どうしてくれようか、まずは捕まえて裸にでもひん剥くか!」


 確かに、今までの相手は不意を突くか急所への一撃でのノックアウト。正面をきってのぶつかり合いではこれだけの体重差は埋める術は無いだろう。


「アミィ……ダメだ……逃げろ……」


 しかし、アミィはガタイのいい男を見据えながら不敵に笑う。その笑みに恐れは微塵も感じられない、むしろ楽しそうですらある。


「へぇ、試してみるかい、ダルマちゃん。いいぜ、もし俺を捕まえられたら裸踊りでも何でもしてやろうじゃないか、まぁ、出来たらの話だけど、な」


 アミィは人差し指をチョイチョイと動かしてガタイのいい男を誘う。そんなアミィの解りやすい挑発に、ガタイのいい男の怒りは怒髪天を衝いた。


「ほざけぇ!! このクソガキがあ!!」


 男が再び猛然と突進する。その勢いはさながらサイのようだ。怒りに任せたその突進は、さっきのものより明らかに勢いがある。ヤバイ! これは避けられない!


 しかしアミィは怯まない、真っ直ぐに相手を見据えている。その視線は、ガタイのいい男のただ一点に集中している。

 そしてアミィは左拳を振りかぶり、ガタイのいい男を迎撃するよう、その場で構える。その目には、ただならぬ闘志がみなぎっていた。


 俺が地に這いつくばりながらアミィの方を見ていると、ギリギリと金属を擦り合わせるような音が聞こえてきた。

 その音はどうやらアミィが振りかぶっている左腕から聞こえてきているみたいだった。


 まるで弓を引くように、アミィの腕が小刻みに震えている。そして、アミィの目の前までガタイのいい男が迫った次の瞬間、アミィから勢いよく拳が放たれる。


「終わりだ、喰らいな、ダルマちゃん」


 アミィが放った渾身の左ストレートがガタイのいい男の鳩尾を捉える。まるでアミィの腕が伸びたかのような錯覚さえする矢のような左ストレート。その一撃の衝撃を支えるアミィの足元の石畳に、大きな亀裂が走った。


「があっ……!」


 ガタイのいい男はアミィの一撃を受けて、その場に大の字に倒れ込んだ。体重差をものともしないアミィの強烈な一撃、俺はただその威力に驚愕するばかりだった。

 そして、この場に静寂が訪れた。この場で二本足で立っているのはアミィただ一人。アミィは背中越しに俺の名前を呼んだ。


「大丈夫かい? 恭平」


「あ、あぁ……」


 俺には何が起きているか解らなかった。俺を呼ぶその声は確かにアミィの声だけど、いつもよりトーンが低い。それだけでアミィはまるで別人のように見えた。


「安心しな、これからは、何かあったら俺が恭平を守ってやるからよ」


 アミィが俺に優しく語りかけながら、ゆっくりとこちらを振り向く。こちらを見据えるアミィの深いブルーの瞳は、いつもより少し切れ目で口には自信に満ちた笑みを浮かべていた。


 これが俺と『二人目』のアミィとの出会いだった。これで俺は本当の意味でアミィの本当の姿を知ることになった。


 いつもの控えめなアミィと、今の自信に満ちたアミィ。これが俺のメイドさん、アミィの本当の姿。しかし、このときの俺は、ただ目の前のアミィを呆然と眺めることしかできないでいた。

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