歌姫の失恋
俺の言葉を聞いた夏樹ちゃんは、キスの体勢を解き、目を開けて放心している。
そして、しばらくして、夏樹ちゃんが震え声で俺に聞いた。
「アミィちゃんって……え……? それって、どういう……」
言ってしまった。俺は、自らアミィとの約束を破ってしまった。夏樹ちゃんは歯をカタカタと鳴らしながら俺の方を見る。
無理もない、アミィはアンドロイドだ。夏樹ちゃんの反応が正しい。それでも俺がアミィを愛しているのは事実、誤魔化しようもない。
「そのままの意味だよ、夏樹ちゃん。俺は、アミィのことを愛しているんだ。だから、ゴメン、夏樹ちゃんの気持ちには答えられない」
夏樹ちゃんは俺の言葉を聞き、やがて、絞り出すように俺に言った。その声は、俺に対する怒りと憎悪に満ちていた。
「騙してたんですね、私のこと。響さんが私をデートに誘った時から、ずっと」
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。俺はただ、夏樹ちゃんにデートを楽しんで欲しかっただけなんだ。
俺が煮え切らない態度をとっていたのは確かに悪かったけど、それだけは本当なんだ。
それでも、夏樹ちゃんからしたら俺の気持ちは知るよしもない。行き場を失った夏樹ちゃんの感情の暴走は止まらない。
夏樹ちゃんは俺に噛みつくように言葉を浴びせる。その顔は怒りと哀しみでグシャグシャに歪んでいた。
「酷い! 酷いよ、響さん! 何で? 何で私じゃダメなの!? アミィちゃんはアンドロイドじゃない! そんなのおかしいよ!」
「夏樹ちゃん、落ち着いて!」
「何よ! それなら何で私に期待させるようなことしたの!? せっかく頑張って! 頑張って! 響さんと会う時間作ったのに! どうして!? 私、解らないよ!」
やがて、夏樹ちゃんはベンチの上に手をついて、俯きながら啜り泣きはじめた。その顔からは怒りは消え失せ、ただただ哀しみにくれていた。
「好きだったのにぃ……酷い……あんまりだよぉ……響さん……」
「夏樹ちゃん……」
俺は夏樹ちゃんに手を差し伸べた。すると、夏樹ちゃんに再び怒りの火が点る。
「触らないで!」
俺の手が夏樹ちゃんの手に振り払われる。痛くはない。それでも、俺の手にはその感触がジワジワと残り続けた。
夏樹ちゃんは我に帰り、涙目で俺を見つめる。
「あ……ごめんなさい……私、何を……」
夏樹ちゃんはベンチから立ち上がり、後退りをしながら俺から距離を取る。
その顔は、夏樹ちゃん自身も感じたことがなかったであろう感情の渦に恐怖しているようだった。
そして、夏樹ちゃんはそのまま踵を返して公園を出ていった。夏樹ちゃんが最後に見せた振り向き様の表情はとても悲痛なものだった。
俺はただ一人公園のベンチの上で夏樹ちゃんを見送った。夏樹ちゃんを追うことはしなかった、俺にはその資格はない。
結局、俺は夏樹ちゃんを一番傷付ける形で振ってしまった。
期待させて、その気にさせて、最終的に他に好きな相手がいると告げる。これほど最悪の振り方もないもんだ。
夏樹ちゃんは俺をこれから一生涯、軽蔑し続けるだろう。自分が蒔いた種だ、俺にはこの結果を受け止める義務がある。
それでも、俺はこの結末に後悔はしていなかった。飾った言葉で誤魔化さずに、俺の心の奥底にあった本音で夏樹ちゃんの気持ちに答えることができたからだ。
俺はアミィが好きだ。その事実を正直に伝えることが出来たんだ。それだけは、誇っていいよな? アミィ。
…………
気づけば私は夢中で走り続けていた。息が上がる。普段はこんなんじゃ準備運動にもならないのに。
胸の奥からドロドロした嫌な気分が沸き上がってくる。つらいよ、苦しいよ、嫌だよ! 誰か助けてよ!!
好きだった、好きだったのに、何でこんなに嫌な気持ちになるの!? 今でもその気持ちは変わらないはずなのに! 何で!? 何でなの!?
アミィちゃんはアンドロイド、結婚も出来ない、エッチなことだって出来ない、子供だって作れない、解らない、解らないよ!
嫌だよ! 嫌いになりたくないよ! こんなの嫌! こんな気持ちになるくらいなら、響さんのことを忘れてしまいたいよ!
「きゃっ!」
舗装されていない山道に足をとられる。ぬかるんだ地面はわたしの体を泥で染め上げる。
それでも私は走った。もう止まれない。止まればまた私の気持ちがドロドロに捕まってしまう。
駅前まで戻った私を周囲の人が奇異の目で見る。それでも私は一心に走り続けた。そして、駅のホームまで辿り着いた私は、我に帰る。
ホームの窓ガラスに写った自分の姿にギョッとした。服は泥だらけ、手足は草でズタズタ、顔は涙でビショビショ。私はそんな見るに耐えない状態で、フラフラと家路についた。
…………
私は自宅があるマンションに帰ってきた。もう満足に動くことも出来ないほど疲れてしまった。
私は部屋の扉を開ける、するとマリンちゃんが私を出迎えてくれた。
「どうしたの!? 夏樹ちゃん、その格好!」
マリンちゃんを見た途端、私の目から涙が溢れだす。気づいたら、私はマリンちゃんの胸に飛び込んでいた。
「マリンちゃあ~~~ん!!!」
私はマリンちゃんの胸で泣いた。
どれだけ泣き続けたか解らなくなるくらい、私は、大声で、泣いた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
マリンちゃんは泥だらけで帰ってきた私を、理由も聞かずに、ただ抱き締めてくれた。
私の涙が枯れて、声もまともにでなくなる頃、私はマリンちゃんに今日、何かあったのかを、ゆっくりと話した。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
もし気に入って頂けたら、感想、評価、ブックマーク等宜しくお願い致します!





