重なる逢瀬
俺達が部屋に戻る頃には、もう外は暗くなっていた。外で食事を済ませた俺達は、リビングで静かな時を過ごす。
「ご主人様、今日は、一緒に連れていってくれてありがとうございました。私、ますますお二人のことが……ご主人様?」
アミィが俺を見つめながら首をかしげる。その顔は何だか意外なものを見るようだった。
「どうした? アミィ」
「いえ、ご主人様、何だか難しそうな顔をされていたので、何かお悩みでもあるのかなと思いまして……」
「あ、いや、別に何でもないよ、何でも」
「そうですか? それならよいのですが……」
しまった、顔に出ていたか。実際のところ、俺は悩んでいた。今日、夏樹ちゃんのことを振りきれなかったこと。そして、今後どうやって夏樹ちゃんとコンタクトをとるかということ。
現実問題、夏樹ちゃんは多忙を極めるアイドルだ。そう何度も会うチャンスを作ることは出来ないだろう。
今日決めきれなかったことは致命的と言えるだろう。それを招いたのは俺の煮え切らない思考、弁解の余地はない。
どうする、俺にはもうなにも思い付かないぞ。そんなことを考えていると、携帯に一通のメールが届いた。
そのメールは夏樹ちゃんからのものだった。内容を確認した俺は、思わず心のなかでガッツポーズをしていた。
『今日は誘って下さり、ありがとうございました。昨日の今日で申し訳ないのですが、響さん、五日後の19時に、高天崎駅前で会えませんか? 時間が取れたので、また食事でもご一緒出来たらと思いまして。どうでしょうか? お返事待ってます』
降って湧いたチャンス、俺は心底夏樹ちゃんに感謝していた。これで夏樹ちゃんと話が出来る。そう、夏樹ちゃんを袖にするきっかけが作れるかもしれない。
俺はこの提案に飛び付いた。この時、俺はこの誘いの不自然さなんて微塵も感じていなかった。
俺の感覚は完全に麻痺してしまっていた。ただ夏樹ちゃんに会えることに得体の知れない、何に対するものか自分でもよく解らない喜びを感じていた。
…………
五日後の19時。俺は仕事帰りの格好のまま、高天崎駅前で夏樹ちゃんを待つ。すると、十分もしないうちに夏樹ちゃんが待ち合わせ場所にやって来た。
「お待たせしました! 響さん!」
「いや、俺も今来たところだよ。ゴメンね、こんな格好で」
「いえ、私だってこんな格好ですから。何だか、響さんのスーツ姿、新鮮です!」
夏樹ちゃんはダブルデートと同じようにバッチリ変装をしていた。これなら並んで歩いても問題ない……のかな?
傍目から見たら援助交際を疑われそうな絵面な気がしてきた。そんな心配をよそに、夏樹ちゃんは俺の腕に手を回す。
「それじゃあ、どこかで食事でもしましょうか!」
「そうだね、でも俺、そんなに稼ぎないからあんまりいいものは奢ってあげられないよ?」
「いえ、私だってそんなつもりありませんよ! さぁ、行きましょう響さん、時間もあまりないので、急ぎましょう!」
「ちょっと、夏樹ちゃん、引っ張らないでよ。解った、解ったから!」
こうして俺達は食事を共にした。それからも、夏樹ちゃんからメールで誘いがあり、それに俺が仕事帰りに応じる形で、食事を共にする。そんな関係が続いた。
夏樹ちゃんに話を切り出せないまま、ズルズルと、ズルズルと。その頻度は回数を追うごとに間隔を縮めていった。
サラリーマンとアイドルの奇妙な逢瀬、俺はこの非現実的な状況に飲み込まれていった。
そのとき俺は気付いていなかった。いや、わざと気付かないふりをしていた。こうして夏樹ちゃんと会う間、俺の隣に、アミィは姿は、一度も、無かった。
………
「ただいま~」
「お帰りなさいませ! ご主人様! 今日も残業お疲れさまでした!」
「あぁ、アミィ。今日も昌也がやらかしてね。ゴメンな、最近遅くなってばっかりで」
「いえ! ご主人様の帰りを待つのもメイドのお仕事ですから! それでは、お食事は、今日も、済ませて来られたのですね?」
「うん、今日はもう疲れたから、やることやったらもう休むよ。アミィは先に休んでいていいからな」
「解りました……それでは、お先に休ませて戴きます。お休みなさいませ、ご主人様」
アミィには悪いけど、夏樹ちゃんと会っていることは隠して、残業をしていると嘘をついていた。
アミィを傷付けたくない、それだけはしたくなかったんだ。俺は仕事と夏樹ちゃんとの逢瀬の疲れを癒すべく、風呂へと向かった。
…………
俺は風呂を済ませて、洗濯にとりかかった。最近はアミィと俺で当番制で家事を行っている。
アミィも初めて来た時よりは家事も出来るようになったけど、今でも洗濯の時には洗剤の量もおぼつかないし、洗濯機の操作も怪しい。
俺は洗濯かごの中の洗濯物を取り出した。すると、俺は洗濯かごの中にあるべきものが無いことに気づく。
「あれ? どこ行ったかな……もしかして、入れ忘れたかな?」
俺はスーツのポケットを探る。
「無いな……もしかして、落としたかな? 結構愛着あったんだけどな……まぁ、もう古かったし、しょうがないか」
それは、俺が入社したときに両親から貰ったハンドタオル。何だかんだでずっと使っていた、俺の相棒と言ってもいいくらいのもの。
まぁ、いつまでも未練がましく家族の影を追うなってことかな。俺は洗濯を済ませ、明日に向けての英気を養うため、ベッドへと潜り込んだ。
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