お出掛け、楽しみです!
「どうしたもんかな~」
今日は今日とて代わり映えしないルーチンワーク、やることそのものはいつもと変わらない。だからって訳じゃないけど、俺は仕事中にも関わらず、アミィのことばかり考えていた。
アミィが来てから十日ほど経ったけど、アミィは結構な頻度で細かい失敗を繰り返している。とはいっても、その失敗の内容自体はかわいいもので、懸命に仕事をしようとして空回りしているような印象だ。
それよりも、俺としては、アミィの元気が日を追うごとになくなっていっていることの方が問題だ。毎朝の見送りのときの笑顔も心なしか曇って見える。やっぱり、失敗を気にしてるんだよな。
「何、どうしたよ? 恭平、そんな難しい顔して」
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、昌也が対面のデスクからこっちを覗き込みながら話しかけてきた。こいつの俺の感情の変化に対する反応の良さは何なんだろうな。
「いや、そんなに深刻な話じゃないんだけど、ちょっと気になってることがあってな」
あ、そうだ。一応、昌也はメイドアンドロイドの主人としては先輩な訳だから、昌也とメイドアンドロイドとの生活について、ちょっと聞いてみるか。
「なあ、昌也のメイドアンドロイドについて聞いてもいいか? えっと、そういえば、名前はなんていったっけ?」
「ああ、キッカさんな。たまに呼び捨てで呼んじゃうときもあるんだけど、さん付けで呼ばないと、キッカさんの機嫌が悪くなっちゃうんだよな~」
ああ、ある程度予想はしていたけど、やっぱりそんな感じの関係な訳だ。昌也は綺麗な女性に対しては異様に腰が低い。それはメイドアンドロイドとて例外じゃないってことね。
まあ、それはそれとしてだ。自分から聞いておいてなんだけど、この話題は脇に置いて、俺が昌也に聞きたいことを切り出した。
「その、キッカさんって、やっぱり家事全般出来たりするのか? そね、料理とか、掃除とか、洗濯とかさ」
俺からの質問を聞いた昌也は、目をパチパチとさせてから、『なに言ってるんだコイツ』と言わんばかりの表情をしながら答えた。
「そりゃそうだろ、そのためのメイドアンドロイドだろ? そりゃあ、性能面で多少の差はあるだろうけど、基本的な家事は出来ないと話にならんだろ」
やっぱり、そうなんだよな。俺は話の流れで、昌也に今日までのアミィの不可解な行動について話した。すると、昌也はあごに手を当てながら唸る。
「う~ん、その話だけでアミィちゃんがおかしいって決めつけるのもなんか違う気もするけど、そんなに心配なら、どっかで看てもらった方がいいかもな~」
確かに、昌也の意見は至極ごもっともだけど、何だか納得いかない気もする。何より、昌也の口からまともな意見が出るのがちょっと悔しい。
「それに、初期不良って可能性もあるだろ? どんなにアンドロイドが人間に近くても、あくまで機械は機械なんだからさ」
昌也はそう言うけれど、今日までアミィと過ごしてみて、アミィが機械だという実感が湧かないんだよな。それ程までに、メイドアンドロイドの性能は凄まじいものがある。
俺のイメージするアンドロイドと比べて、命令へのレスポンスも機敏で、特に、アミィがなにか失敗をしたあとの後ろめたい表情は、とてもじゃないけど人間にしか見えないんだ。
だから、あんまり『初期不良』って言い方もしたくない。アミィと過ごしてまだ少ししか経っていないけど、今日まで一緒に居たアミィのことを否定してるみたいな気持ちになってしまうから。
こんなにアミィに対して感情移入してしまっている、俺の方がおかしいのかな。俺、メイドアンドロイドの主人に向いてなかったのかな。
…………
なんだかモヤモヤとした気持ちのまま、俺は自分の部屋へと歩いていく。そうだ、今日もアミィに弁当を買って帰ろう。ここのところ、寂しい食事になってしまっいたから、今日こそ、とりとめもない会話をしながら楽しく食事をしたいよ。
「ただいま~」
部屋の前にたどり着き、玄関を開けると、出迎えてくれるはずのアミィの姿がない。それに、どうやら電灯もついていないようだ、何かあったのかな? 俺は急いで靴を脱ぎ、手探りで部屋へと入っていった。
「うぅ……ぐすっ……」
手探りで奥へ進むと、電灯がつけられていない薄暗い部屋の奥から、アミィのすすり泣く声が聞こえてきた。その声は、なんだか聞くだけで不安感を煽る。
「どうした! アミィ!」
俺は慌てて電灯のスイッチを入れ、アミィに駆け寄った。俺の方に振り返ったアミィのメイド服はびしょびしょに濡れていて、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「ごめ゛んなざい、ごめ゛んなざい……」
泣き顔のアミィの傍には、盛大にぶちまけられた花瓶の欠片が散乱し、茶色のカーペットがびっしょりと濡れ、黒く変色している。ガラスでできた花瓶の欠片は、結構鋭そうだった。
アンドロイドにだって触覚はあり、当然、痛覚もある、そこは人間と同じだ。見たところ、アミィに怪我はなさそうだけど、念のため、俺はアミィの安否を確認する。
「大丈夫か!? アミィ!」
「はい、私は大丈夫です。それより、花瓶とカーペットがあっ……」
「花瓶もカーペットもいいから! 落ち着いて、アミィ!」
俺は手で顔を押さえながら泣き止まないアミィをなんとか落ち着かせようと、出来る限り不安にさせないように優しくなだめる。それでも、アミィの痛々しい謝罪は続く。
「自分でも、どうしてこんなに失敗しちゃうのか解らないんです。頑張ろうとすればするほどうまくいかなくって。ご主人様の元に来る前まではこんなことなかったのに。本当なんです、本当なんです、信じてください……!」
もちろん、アミィが嘘をついているなんてまったく思ってないけど、それでも、アミィが一般的なメイドアンドロイドの仕事が出来ていないこともまた事実だ。
俺は目の前で泣いているアミィをどうすればいいのだろう。普通に考えれば、昌也の言う通り、どこか然るべき施設で看てもらうべきなんだろう。
でも、俺はそうしたくない。俺はアミィに、完璧な家事をして欲しいんじゃない。いや、もちろん出来るに越したことはないけど、それは二の次だ。
馬鹿らしいかもしれないけど、俺は、アミィに笑っていて欲しい。機械相手に、まったく、馬鹿馬鹿しいよな。それでも俺は、なんとかアミィに元気になってもらおうと手を尽くす。
「大丈夫だって! アミィも俺のところに来てからまだそんなに経ってないし、まだ環境に慣れてないだけさ! 俺、アミィが嘘ついてるなんて微塵も思ってないから!」
そうだ、アミィはまだ俺との生活に慣れてないんだ。そういえば、アミィはまだ俺の部屋から一歩も出ていないじゃないか! よし、この手で行こう!
「そうだ! 明日は休日だから、一緒にどこかに遊びに行こう! これから先、買い出しなんかもお願いするだろうから、俺がこの街を案内するよ!」
「え、あ、」
アミィは俺のいきなりの提案に目を見開いて驚いている。驚きついでに、なんとか泣き止んでくれたみたいだし、このままアミィに元気になってもらおう。
「そうだ! この近くに緑のきれいな公園があるんだ! 街を案内し終わったら、そこで一緒に散歩でもしよう! な! アミィ!」
俺の必死の提案に、アミィはなんだかオロオロしながらも、ちょっと遠慮気味な笑みを浮かべながら答えてくれた。
「はい、そうですね、お散歩、行きましょうっ! お気遣いありがとうございます! ご主人様!」
そうだ、俺はこの笑顔が見たかったからアミィを迎え入れたんだ。今はまだ無理して笑ってくれているんだろうけど、今はそれでもいい。これから一緒に過ごしていくうちに、初めて俺を見送ってくれたときみたいな笑顔を向けてくれるだろうから。
「そうと決まれば、今日はさっさと飯食って寝ようか!」
「はいっ!」
俺達は花瓶をさっさと片付けて、早々と弁当を平らげた。そして、程なくして俺は布団へと潜り込む。勢いで言ってしまったけど、これって、ちょっとしたデートってやつなのかな?
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