アミィの失敗
「ふぅ~ 今日も一日やりきったか。お疲れお疲れっと」
日も大分傾いた18時。窓から差し込む夕日が一日の終わりを告げる。俺は仕事を終えて、帰り支度を済ませ家路につく。
街は仕事帰りのサラリーマンや買い物中の主婦らで溢れ帰っている。俺もその一部として、人混みに揉まれながら喧騒に身を泳がす。
いつもなら適当に外食で済ますところだけど、今の俺には帰りを待っているメイドさんがいる。かわいいメイドさんが夕飯作って待って……ないんだったな。
当初の計画では、アミィに夕食を作ってもらうつもりだったけど、冷蔵庫の中もほぼ空で、アミィが作った朝食の違和感もあったから、今日のところは出来合いの弁当で済ませよう。
「さ~て、取り敢えず、いつもの店で弁当でも買って帰るかなっと」
俺は行きつけの弁当屋で適当に弁当を見繕い店を出た。今日の日替わりメニューはしょうが焼き弁当。この店は盛りがいいから金欠には非常にありがたい。
さて、弁当が冷めないうちにさっさと帰るかな。俺は弁当の入ったビニール袋を手に、早足で家路についた。
…………
「アミィ、帰ったぞ~」
俺は部屋のドアを明け、玄関へと足を踏み入れる。すると、まず違和感を感じたのは、やたら強い石鹸のような香り。それに気づいた直後、部屋の奥から慌ただしい足音がした。
足音がする方に顔をあげると、うろたえた様子で浴室からアミィが飛び出し、俺の顔を確認するや否や、アミィの顔が猛スピードで迫ってくる。いきなりの展開に、俺は思わず声をあげてしまった。
「ご~主~人~様あああ~」
「ぬぉあっ!?」
俺が帰宅するやいなや、アミィが俺の体目掛けて抱きついてくる。まさかの熱烈な歓迎、期待していたお出迎えとは違ったけどこれはこれでいいものだ。
しかし、アミィの様子が朝とはまったく違う。なにをこんなにうろたえているのか。ふと、アミィの体に目をやると、メイド服が少し濡れているようだった。それに、泡のようなものが所々に付着している。
「落ち着いて、何かあったの? アミィ」
俺は取り敢えずアミィを落ち着かせてからアミィに問いかける、そして、俺の胸から顔を離して、アミィは浴室の方を見ながら答える。
「えっと、それが……」
俺がアミィを抱えたまま浴室の方を見ると、浴室の扉から大量の泡が溢れだし、床の隅々まで泡だらけになっていた。こんなマンガみたいな状況は生まれて初めてだ。
「あの、お洗濯をしようとしたら、こんなことになっちゃって」
アミィは今にも泣き出しそうで、宝石のようなまん丸おめめに涙を貯めている。このままずっとアミィのことを見ていたいけどそうもいかない。俺はアミィを抱えたまま、洗濯機がある洗面所へと向かった。
…………
「うわあ」
洗濯機からは、モッコモコの泡がそびえ立っていた。ふと洗濯機の横に目をやると、洗剤のパッケージが転がっていて、洗剤のパッケージを拾い上げてみると、想定していた重量より遥かに軽い。昨日まではもっと中身は入っていたはずだけど、まさか。
「まさか、これ、全部入れたの? アミィ」
「はい、入れちゃいました……」
ああ、そりゃそうなるだろうな。キャップ一杯で適量なのに、おそらく、アミィが入れた量だとその十倍はいってるだろう。アミィは顔を伏せて、両手の人差し指をからませながら俺に返事をする。
「洗剤を入れる前に、分量とか見なかったの?」
「いえ、ちゃんと見たんですけど、お洋服が汚れてて、擦っても汚れが落ちなくって、これじゃ足りないかなって思って、気付いたら……」
その汚れた服について、アミィに確認してみるとなんとまあ、単純にシャツのプリントだったというオチだった。
そのことを知ったアミィは、うつむいたまま、黙ってしまった。その姿は、何だか見ているこっちまで気分が沈んでしまう。
「やれやれ。まあ、やっちゃったものは仕方ないな。それじゃあ、俺も手伝うから、一緒に片付けよっか」
「はい……本当に、申し訳ありませんでした……」
「いいって。アミィは俺の服をキレイにしてくれようとしたんだから。全然怒ってなんかないからさ」
仕事帰りにこれはちょっと堪えるけど、しょうがないな。俺とアミィは、小一時間ほどかけて洗濯機と床に広がった泡の処理を行った。その間も、アミィの表情は晴れることはなく、小さく、小さく、謝罪の言葉を呟き続けていた。
…………
「さて、取り敢えずこんなもんかな。濡れちゃマズイところまでは泡も行ってなかったから、ひとまずは大丈夫だろ」
夜も更けて、現在21時。片付けに追われて食事をする暇もなかったので、腹はペコペコだ。まあ、日が変わる前に片付いてよかったということにしておこう。
「それじゃあ、遅くなったけど、夕食にしようか。アミィもお腹すいただろ?」
俺とアミィはリビングに戻り、俺はビニール袋からしょうが焼き弁当を二つ取り出した。それを見たアミィは、俺と弁当を交互に見ながらキョトンとしている。そして、アミィは不思議そうな顔で、俺に質問してきた。
「あの、その、お弁当、なんで、私の分も、あるんですか?」
「あ」
ああ、そうだった。アミィはアンドロイドだから、食事は必要はないんだったな。俺はついうっかり、弁当を二つ買ってしまったようだ。
でも、アミィの話では、食べることそのものは出来るわけだから、どうせなら一人で食べるより二人で食べた方がいいに決まってる。
俺は冷えてしまった弁当を持ってキッチンへ向かい、電子レンジで二つの弁当を温め、テーブルについているアミィの真正面の椅子に座る。
「いや~ うっかりしてたよ。でも、アミィは食べ物が食べられないわけじゃないんだろ? どうせなら一緒に食べようよ、俺一人じゃ食べきれないし」
そんな俺の提案を聞いたアミィは、嬉しそうに、俺の方に手を伸ばそうとした。でも、その手は、弁当を受け取る寸前で止まった。そして、アミィは俺から目を逸らしながら、言った。
「申し訳ありません。私、受け取れません。勝手に先走って、お仕事で疲れてるのに、こんな時間までご主人様に私の不始末の処理を手伝わせてしまって、こんな役立たずのメイドに、ご主人様からなにかをもらう資格なんて、無いですよ」
アミィの言っていることは、多分、正しい。身の回りの世話をするために存在するアンドロイドにあるまじき失態、本来なら、俺はアミィを許しちゃいけないんだとは思う。
それでも、俺は、目の前で自分を責めるアミィの姿は見たくないし、朝、俺を見送ってくれたときみたいに、目の前で可愛らしい笑顔を見せて欲しい。もう俺の側で泣いている女の子を、見たくない。
「そんなことないって。アミィが俺のためを思ってしてくれたことなんだから、それが結果的に悪い方向に転んだって、アミィのことを責めたりしないからさ。だから、一緒に食べようよ」
俺がアミィの頭を撫でながら、再びアミィに温まった弁当を差し出した。すると、アミィは俺の手から弁当を受け取ってくれた。そして、俺が弁当を食べ始めるのを待ってから、アミィも弁当を食べ始める。
もちろん、アミィが笑顔で弁当を食べることはなかったけれど、こうして俺がアミィのことを考えていることが少しでも伝われば、今日はそれでいいよ。
それより、俺には心配なことがある。それは、現実的なアミィの家事能力の低さだ。お世辞にも料理が上手いとも言えないし、今日の失敗だって、よっぽど注意力が散漫じゃない限り、防げた失敗だと思う。
これからも同じようなことが起きるようであれば、俺も真剣にアミィのことを考えないといけないだろう。もちろん、アミィのことを見捨てたりするつもりはないけど、それも今後の経過次第だ。
だから、今は、このアミィの現状が一過性のものであることを祈りつつ、アミィのことを見守っていこうと思う。
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