ご友人です!
さて。今日もいつものように、もはやルーチンワークと化したデスクワークが始まる。見飽きたオフィスにはずらっと机が並び、皆黙々とキーボードを叩いている。そして、これもまたいつものように同僚が俺に話しかけてくる。
「ようっ! な~にニヤニヤしてやがるんだ? 恭平さんよっ!」
「何だ、やかましいぞ、昌也。人にちょっかい出す暇があったら手を動かせ手を」
「まぁ、そう言うなって。それにしても、昨日だったんだろ? 念願のメイドさんがやって来たのは。そりゃあニヤケもするだろうよ」
実際、端から見たらにやけてたのかもしれない。理由は昌也の言う通り、こうして全く面白味もない仕事をいい気分でこなせるのは、部屋に戻れば、アミィが待っているからに他ならない。
「それに、しっかり腕にもそれ付けてきてるじゃんかよ。誰が見たって恭平の機嫌がいい理由なんで一発で解るって!」
「ん、ああ、これな」
ああ、そういえばそうか。俺は、自分の右腕へと目をやった。このちょっと大きめのスマートウォッチは、アミィと一緒に同梱されてたバイタル管理用の端末。相互に位置が解る機能や非常時の通話なんかも出来る代物だ。
これを着けていると、いつでもアミィと繋がっている気がして、なんだか嬉しくなってしまう。そして、そんな俺に向かって、更に昌也が畳み掛けてくる。
「あのさ、そういえば、恭平は何型にしたんだっけ?」
そしてこの楽しそうな顔よ。本当にこの男はこんな話が好きで困る。
「前にも言っただろうが、0796型だって。つっても、型番だけじゃあどんなもんなのか解らないだろ」
俺の答えを聞いた昌也は、指を弾きながらなにやらカタカタとキーボードを叩き始める。周りの視線が痛いから、いい加減仕事に戻って欲しいんだけどな。
「0796型だな! どれどれ、どんな感じなのかカタログで検索してと…… あ~、やっぱりこんな感じか。恭平は昔からロリコンの気があるのは知ってたから、意外性もなにもあったもんじゃないな!」
「うるせぇ! 自分の理想を盛り込んでなにが悪いってんだ!」
「まあまあ、そう開き直るなよ。悪かった悪かった!」
もはや俺は自分がロリコン扱いされようがどうでもよくなってしまっていた。こんなんだからメイドアンドロイドに走った側面も無いでもない。
「お前だって、あんな超がつくほど性格がキツそうなデザインのメイドアンドロイドにしたじゃないか! 人の趣味をどうこう言えた立場か、このドMめ」
「いや、ドMじゃねぇし。どうせならしっかりした性格の方がいいだけだし。うん」
嘘つけ! お前がドMなのはもはや周知の事実だ! そんなんだから彼女も出来ないんだ! まぁ、俺が言えた口でもないのも事実なんだけど。俺も昌也も二十半ば、お互い彼女くらいいてもいいんだけどな。
いかん、少し真面目に自分の境遇を客観視していたらなんだか悲しくなってきたぞ。俺はそんな悲しい現実を頭の中から振り払うべく話題を切り替える。
「なあ、昌也、真面目な話になるんだが、俺達の給料だとお前の場合ローンキツくないか? その、例の話は抜きにしても、さ」
俺からの問いに、昌也は一瞬だけ体を硬直させる。しかし、それはほんの一瞬の話だ。次の瞬間には、さっきまでの昌也に戻っていた。
「ああ、今日は今日とて仕事三昧、昼飯はあんぱんと牛乳だぜ。全く、俺も馬鹿なことしたと思ってるよ」
「よくやったよ、お前も。まあ、帰ったら愛しのメイドに癒してもらえよ」
ちなみに、MID型のメイドアンドロイドは型番の数字が大きいほど値段が高い傾向にある。昌也のところの4000番台にもなれば下手をしたら4桁の諭吉が飛ぶレベルだ。
俺は比較的安価な3桁で妥協したわけだけど、それでも新車が買えるくらいは楽に飛ぶんだけどな。
俺も一度昌也のメイドを見たことあるけど、確かに値段相応の気品があった。だけど、型番が大きくなるほど気難しく、融通の聞かない性格だっていう話もあるから、昌也に御しきれているのかは解らないけど。
「あ、そういえばさ、こんな話知ってっか?」
俺がパソコンの方に目を戻そうとすると、飽きずに昌也が話しかけてくる。いいから仕事をしろ、仕事を。でもまあ、あまり静かすぎても眠くなるから、BGM程度には聞いてやるか。
「今度は何だ? せめて少しは興味を引く話をしてくれよ」
「いや、俺も聞き齧った程度なんだけどさ。最近なんか流行ってるらしいウイルスって聞いたことあるか?」
ほう、年中面倒事は周囲に任せて遊び呆けているような男らしからぬ話題が口から飛び出したぞ。面白そうだから聞いてやろうじゃないか。
「ウイルス? ウイルスっていったら、大分前に流行った、風邪みたいな奴か? もうマスク生活は勘弁なんだけどな」
「いや、違う違う。そっちじゃなくて、コンピューターウイルスの方。なんでも、アンドロイドに感染する奴らしくてさ、感染したら、なんか挙動がおかしくなるんだってよ」
このご時世、コンピューターウイルスとは珍しい。アンドロイドを含む、電子媒体には、内外部からの侵略に備えて抗体が定期的に自動更新されるはずなんだけど。
しかも、電子抗体の更新頻度も鬼のように多いからウイルスに感染したって事例なんかここ数年聞いたこともない。
それこそ、直接体内に抗体を打ち込む必要がある人間なんかより、よっぽどアンドロイドの方が病気に強いってもんだ。
「ま、そんな話を聞いたところで、俺達に出来ることなんて無いんだろうけど、万が一ってことはあるだろうから、知っておいて損はないよな」
人間であれアンドロイドであれ、病と抗体はいつだっていたちごっこだ。違いは相手が生物かプログラムかくらいしかないんだよな。昌也の言う通り、俺達に出来るのは注意喚起くらいしか出来ないんだよな。
俺がそんなことを考えながらしていると、俺の背後から殺気を感じた。俺の目の前では、昌也がヘラヘラと笑う。状況を概ね察した俺は、恐る恐る後ろを振り向く。
「精が出るじゃあないか~ 響、関」
ヤベェ! 課長だ! この課長、この会社では知らぬものはいないほどの手練れ。巻き舌な独特の話し方が耳に残る、今時珍しい熱血気質漢だ。
「諸君、今は~、な~んの時間かな?」
「やだなあ、そりゃあもうお仕事ですよ、お仕事。お賃金を稼がないと毎日あんパンと牛乳で飢えをしのがないとなので!」
「そうそう、俺も大きな買い物しちゃったんで、稼がないとおまんまの食い上げですよ」
「宜しい、解っているようだな。若気の至りというには三、四年ほど遅いっ! 解っているならぁ、真面目に手を動かせぃ!」
「「スミマセンでした!!」」
今の俺たちには、鬼の課長の方がコンピューターウイルスより何倍も驚異だ。下手したら容赦ない物理攻撃が飛んでくる。俺たちは不本意にも仕事に戻るハメになった。さあ、今日も一日、張り切っていきましょうかね。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
もし気に入って頂けたら、感想、評価、ブックマーク等宜しくお願い致します!