嫌!
「大丈夫? 夏樹ちゃん」
「うん、大丈夫だよ。マリンちゃんは大丈夫だよね?」
「うん、私も平気だよ。ちょっとびっくりしちゃったけどね」
私達は出演者のアンドロイドが暴れだしたのを見て、とっさに舞台裏の機材の後ろに身を潜めた。
いきなりの出来事に、私達には何が起きたか解らなかった。
「私達、逃げ遅れちゃったみたいだね。他の皆は大丈夫かな……」
「しょうがないよ、いきなりだったし。でも、舞台裏には私達出演者以外はほとんど人はいなかったから、きっと大丈夫だよ」
私とマリンちゃんは、二人身を寄せ合いながら小声で話す。もしかしたら、まだ暴れているアンドロイドがいるかもしれない。
「それにしても、こんな事になっちゃうなんてね。ニュースではあまり心配ないって言っていたけど、そんなことなかったみたいだね……」
私が聞いた話では、あくまでウイルスに感染しているアンドロイドはごくわずかで、感染力もそこまで高くないって言ってたんだけどな。
「私以外のアンドロイドのみんなが変になっちゃって、私もあんな風になっちゃうのかな? やっぱり私、何だか怖くなってきちゃった……」
マリンちゃんは頭を抱えながら、小刻みに震えだした。
そうだよね、怖いよね、マリンちゃん。いきなりアンドロイドが暴れだすなんて、考えもしなかったよね。
「大丈夫、大丈夫だから。何かあっても、私がマリンちゃんを守ってあげるから、安心していいからね?」
「私だって、夏樹ちゃんのお姉ちゃんだもん! 夏樹ちゃんに何かあったら私が守ってあげるよ!」
私とマリンちゃんは、お互いを抱きしめながら励まし合った。よし、これなら大丈夫。後は何とかここから脱出するだけだ!
「アァァ!」
私は機材の隙間から、薄暗い舞台裏の様子をうかがう。舞台裏では、一体のミュージシャン型アンドロイドがギターを振り回しているようだ。
どうやらアンドロイドは私達を探しているみたい。やっぱり隠れるのが遅かったのかな。
「お願い……お願いだから、どこか別の場所に行って……」
私達はアンドロイドがどこかに行くまでやり過ごすことにした。しかし、いつまで待ってもアンドロイドがどこかにいく気配は無い。
それどころか、アンドロイドはどんどんこちらへ迫ってきているようだった。
やがて、アンドロイドは私達の隠れている機材と目と鼻の先程の距離まで近づいてきた。
「ウォアア!」
アンドロイドのギターが機材を凪ぎ払い、機材が弾き飛ばされて私達の姿が晒される。マズい! 見つかった! もうここで震えてはいられない!
「逃げるよ! マリンちゃん!」
「うん! 夏樹ちゃん!」
仕方ない、私達は一か八かステージの方まで走った。幸いアンドロイドの足はそこまで速くない。これなら大丈夫! 逃げ切れる!
「!!」
私は足に何か抵抗を感じて、やがて私の体が前のめりに倒れる。
どうやら、地面に這うコードに足を取られたようだ。しかも、そのコードは私の足に絡み付いてしまっていた。
「マリンちゃん! 私は大丈夫だから! マリンちゃんは誰か助けを呼びに行って!」
これから助けを呼びに行ったって、間に合うはずはない。それでも、こうでも言わないとマリンちゃんまで巻き込まれてしまう。
「そんな事出来ないよ! 待ってて! 私がコードをほどいてあげるから!」
やっぱり、マリンちゃんは私を放っていくような娘じゃない。それでも、この状況ではどうしようもない。私はマリンちゃんを逃がすために叫んだ。
「ダメ! それじゃあマリンちゃんも巻き込まれる! いいから! 早く行って!」
「でも……」
「オアァァ!」
「!」
私が後ろを振り向くと、追い付いてきたアンドロイドがギターを振り上げ、私に向かって飛びかかってきていた。
「っ!」
私はとっさに目を閉じた。私のことはいいから、マリンちゃん、逃げて!
アンドロイドが飛びかかってくるまでの時間を、私は頭を押さえ、恐怖と共に待つことしかできなかった。
…………
目の前で夏樹ちゃんに向かってギターが振り下ろされる。私には何も出来ない、見ていることしか出来ない。何だか時間の流れがスローに感じる。
ああ。
夏樹ちゃん。
嘘。
ダメ。
止めて。
夏樹ちゃん。
死んじゃう。
そんなの嫌。
絶対に嫌。
嫌!
嫌!!
嫌!!!
「嫌ぁぁぁぁぁぁあ!!!」
私はただ、感情の赴くまま、叫んだ。すると、轟音と共に私の目の前からアンドロイドが消えた。
「え……?」
私にも何が起きたか解らなかった。足元には夏樹ちゃんが横たわっている。
ふと顔を上げると、さっき夏樹ちゃんに襲いかかってきたアンドロイドが壁にめり込んでいた。
私は夏樹ちゃんに駆け寄って、必死に体を揺らした。夏樹ちゃんの体はグッタリとしていて、目を閉じたまま動かない。
「夏樹……ちゃん! 夏樹ちゃ……!」
おかしいな、声が上手く出ない。どうやら、夏樹ちゃんは気絶しているようだ。私はもう何が何だかわからなくなってしまっていた。
「誰か! 誰か……いません……か!?」
私は上手く出ない声で、何とか助けを呼び続けた。私が夏樹ちゃんのために今出来ることは、それだけしかなかった。
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