キッカさんです!
目の前にいるのは確かに昌也のメイド。名前は確か、キッカだったか。
前に見たのはほんの一瞬チラッと見ただけだったけど、じっくり見るとやっぱりキレイだな。
駅前の喧騒と、野次馬のザワザワとした声のなか、左手に箒を携えたキッカさんと、興奮で体を震わせるアンドロイドが対峙する。
野次馬に見守られる二人は、夕日を受けて長い影を作っている。
キッカさんは涼しげな顔で目の前のアンドロイドを見据えている。
すると、アンドロイドが目をカッと見開いて、キッカさんに向かってハンマーを振り上げた。
「ウガァ!」
アンドロイドのハンマーが勢いよくキッカさん目掛けて振り下ろされる。
大気を切り裂きながら唸りを上げるハンマー、こんなもの食らったら大抵のアンドロイドは一撃でバラバラになるだろう。
それでも、キッカさんの涼しげな表情は全く変わらない。その顔は、まるで目の前に何もないかのよう落ち着いている。
キッカさんの目の前までハンマーが迫ったとき、キッカさんは素早く右手で箒の頭を掴み、口が開いた。
そして、キッカさんはアンドロイドに向かって、艶やかでありながら鋭い声を発する。
「疾風!」
キッカさんの声と共に、アンドロイドの持つハンマーの頭が消えた。
そして、そのハンマーの頭はクルクルと空中で回転し、重々しい鈍い音と共に地面にめり込んだ。
「?」
柄だけになったハンマーに目をやりながら、アンドロイドが困惑している。
俺にも、あまりに一瞬の出来事過ぎて何が起こったか解らなかった。
キッカさんはその場から動かず、ただ静かにアンドロイドを見据えている。
アンドロイドがハンマーを振り下ろした瞬間、かろうじて俺の目にはキッカさんとアンドロイドの間に何かが光ったようにも見えた。
しかし、キッカさんの手には箒が握られているだけで、何か光るようなものはどこにも見当たらない。
「オォ!」
アンドロイドは残ったハンマーの柄を振り回し、石畳を砕きながらキッカさんへと突進する。
柄だけでもこのスピードなら十分な威力だ。ハンマーの柄は鋭い風切り音を上げながらキッカさんの頭上へと迫る。
「全く、馬鹿の一つ覚えもいいところですね。まぁ、いいでしょう、それならば、これならどうでしょうか」
それでもキッカさんの表情は依然涼しいまま。しかし、その眼光は確実にアンドロイドを捉えている。
そして、キッカさんは再び箒の頭を握り、腰だめに構えて、アンドロイドに更なる追撃を加える。
「水月!」
今度は何とか俺にも解った。
風を切る音と共に、箒の柄から煌めく何かが抜かれた。
そして、まばたきの間の一瞬で何かが横凪ぎに振られる。
間違いない、あれは、刀だ。
アンドロイドがハンマーの柄を握っていられるギリギリの位置を、夕日に煌めく刀が通り抜ける。
それが確認できた次の瞬間には、刀は箒の中に収まり、その衝撃で箒から金属同士をぶつけたような甲高い音がした。
「ウォォ……」
手の中で僅かになった柄を握りしめたアンドロイドの手から力が抜け、柄がカランと乾いた音を立てて石畳の上に落ちる。
それほどまでに、アンドロイドにはキッカさんの刀の冴えが衝撃的だったようだ。
「さて、頃合いですかね。それでは、さっさと終わらせましょうか」
その隙を逃さず、キッカさんはスカートを翻しながら、滑るようにアンドロイドの懐に入る。
その手際と足さばきは、昔、テレビで見た往年の刀の達人を思わせた。
「穿天」
最後は刀を抜かずに、箒の柄でアンドロイドの顎下に一突き。その突きを受けたアンドロイドからは、鈍い衝撃音がした。
アンドロイドへ攻撃を加えるキッカさんの動きは常に最小限、その流麗さはもはや芸術性さえ感じるレベルだった。
「オ……ゴァァ……ァ……」
アンドロイドは大きくのけぞり、その場に崩れ落ちた。
アンドロイドがハンマーを振り上げてから倒れるまで3分強。いや、もっと短かかったかもしれない。
野次馬は一様に呆然としている。それもそうだ。俺もその一人だ。それ程までに、俺の目の前の光景は日常離れしていた。
「後の処理は誰かが何とかしてくれるでしょう。さて、無駄な時間を使いました。これは少し急いで帰らないといけませんかね……」
事を終えたキッカさんは、そのまま元来た道を戻って行く。
その足取りはあくまで整然としていて、今しがた大立回りをしたとは到底思えなかった。
それからしばらくして、野次馬から通報を受けた警察がやって来た。警官達は、目の前に広がるよく解らない現場の状況に、一様に困惑している。
それを機に、その場の空気が弛緩し、周囲の人混みはいつもの駅前へと溶けて行く。そんな中、俺はポケットから携帯を取り出して、昌也を呼び出した。
「あ、もしもし? 昌也? 今大丈夫か?」
『あぁ、仕事が一段落ついたから、丁度帰ろうとしていたところだけど、どうした?』
「昌也、今すぐ駅前に来い、出来れば急いでな」
『何で? 何かあったのか?』
「いいから、訳は会ってから話す」
『お、おぅ、解った、それじゃあすぐ行くから待っててくれや』
「解った、それじゃあ、切るぞ」
電話を終えてからも、俺は人混みが散ってもその場から動かなかった。というより、俺はさっきの光景が目に焼き付いて動くことが出来ないでいた。
…………
「来たぞ~」
「あぁ、こっちこっち」
昌也が手を振りながらこちらにやってくる。何も知らない昌也のその足取りは軽いものだった。
「待たせたな、何事だ? 恭平」
「いや、ちょっと、確認したいことがあってな。悪いんだけど、取り敢えず、キッカさんを呼んでくれないか?」
「へ? キッカ? 何で? 何かあったのか?」
「それは後で説明するから、頼むよ、昌也」
「何だかよくわからんけど、ただ事じゃなさそうだな……」
昌也は携帯を取り出して、キッカさんを呼び出した。
電話越しなのに終始ペコペコと頭を下げている昌也を見て、俺は何とも言えない悲哀を感じてしまった。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
もし気に入って頂けたら、感想、評価、ブックマーク等宜しくお願い致します!





