忍び寄る魔手
休日の昼下がり、今日はアミィと一緒に夕食の買い出しがてらのんびりとデートを楽しんでいた。そろそろ本格的に冬が近づいてきて、長袖でないと肌寒く感じるようになってきた。
ここのところは、あんなに世間を騒がせていたアンドロイドの暴走も嘘のように話を聞かなくなり、報じられるニュースも騒ぎの前と変わらない、アイドルのスキャンダルなんかや汚職なんかの差し障りの無い、ある意味平和なものばかりになっていた。
そんな状況なものだから、こうして安心してアミィとの公園での散歩を楽しむことが出来ている。これからも、こんな平和な日常が続くといいんだけどな。
「ご主人様、荷物を持っていただいてありがとうございます。今日は買いたいものが多くって助かりました」
「俺だって男なんだから、これくらいの甲斐性はないとな。あ、そういえば、そろそろアミィの冬物も買わないといけないな。今日だって、いつものメイド服だろ? やっぱり寒くないか?」
「いえ! 実は私達は寒いほうが調子がよいのですっ! ほら、私達はあくまで機械ですので、温度が低いほうが何かと都合がよいのですよ、ご主人様。ですから、冬服についてはあまりお気になさらなくても大丈夫ですよ!」
そう言って、アミィは笑顔をこっちに向けてガッツポーズをして見せる。普段よりちょっと空元気ぎみなこの感じ、多分アミィは冬服に掛かるお金を気にしているな。
前に服を買ってあげたときは正直結構無理したから、今回は遠慮しているんだろう。この際、遠慮なんてしなくてもいいのに。だって、アミィは俺の恋人なんだからさ。
「いやいや、前も言ったけど、俺だって恋人の可愛い冬姿を見たいんだ。だから、近々上から羽織るコートだけでも買いに行こうよ。そんな遠慮なんてしないでさ」
「いえ、私は遠慮なんて……」
「駄目だぞ、アミィ。もう遠慮なんてしないって約束したじゃないか。よし! 明日はアミィの冬物を買いに行こう! 明日の予定はこれで決まりだなっ!」
「そうですよね……解りました! これで明日も一緒にデートですね、ご主人様っ!」
こうして、二人で公園を歩いていると、どこかからなにやらいい匂いがしてきた。この匂いからは、冬の訪れを感じざるをえなかった。
「あっ! ご主人様、あれがこの前私が買ってきた焼き芋屋さんですよ!」
「ああ、そんなこともあったっけ。よし! それじゃあ今日は焼き立てを一緒に食べようか!」
「はいっ! それじゃあ、私、買ってきますから、ご主人様はベンチに座って待っていてください!」
そう言って、アミィは焼き芋屋の屋台に向けて駆けていく。俺はその間に、自販機であたたかいお茶でも買おうと、ベンチに荷物を置いて自販機がある方へと歩いていった。
そして、自販機にお金を入れようとしたとき、手が悴んでうっかり小銭を落としてしまった。しかも運が悪いことに、百円玉がコロコロと向こう側へと転がっていってしまった。
「おっと、いけないいけない……」
俺が百円玉を追っていくと、誰かがその百円玉をヒョイと拾い上げる。俺が顔を上げると、そこには、黒いジャンパーとジーパンを着た、大柄なアンドロイドが立っていた。髪を後ろで結んだ少し色黒の厳つい風貌、隆起した筋肉、俺は思わず驚いて後ずさってしまった。
「おいおい、兄ちゃん、そんなに驚かなくてもいいじゃんか。これ、兄ちゃんのだろ? ほれ!」
そう言って、大柄なアンドロイドが俺に向けて百円玉を放った。俺は何とか百円玉をキャッチして、大柄なアンドロイドにお礼を言った。
「あ、ありがとう……ございます」
「なに、これくらいでお礼を言われるこたあねえよ。こっちこそお節介だったな、それじゃあな、兄ちゃん」
そう言って、大柄なアンドロイドは後ろ手で手を振ってノシノシと歩いていく。なんだか、見た目と違って気さくそうなアンドロイドだったな。
俺は改めて自販機で二本の緑茶を買って、アミィが待つであろうベンチに向かって歩き出した。このアンドロイドとの出会い、これが俺達に振り掛かる危機の始まりだということを、俺はすぐに知ることになった。
…………
「やっぱり焼き芋は焼き立てだな~ いや、もちろんこの前一緒に食べた焼き芋も美味しかったけどさ」
「こうして並んで、寒空の下食べるあったかい焼き芋も、あのときとは違って美味しいです、やっとご主人様にも焼き立ての焼き芋を味わってもらえて、私、嬉しいです」
こうして二人で食べる焼き芋の味は、また格別なものだ。冬の公園で恋人と食べる焼き芋。全く、いい歳になってからこんな幸せがあることを知るなんて、これまでの人生、俺は大分損をしてきたもんだ。
俺達は焼き芋と緑茶をゆっくり味わい、家路へと付こうと歩き出す。すると、その帰りがけで、さっき出会った大柄なアンドロイドとすれ違う。俺はペコリと大柄なアンドロイドの方に会釈する。
「ご主人様、あの方、お知り合いですか?」
「いや、さっきドジって百円玉を落としたんだけど、それを拾ってくれたんだ」
「そうだったのですね。ちょっと怖そうな方でしたけど、良い方なのですね、あの方」
「アミィ、人は見掛けじゃないよ。もちろん、アンドロイドもね」
「そうでした! 私ってば、失礼なことを考えてしまいました……」
俺達はその場を立ち去りろうとした。しかし、後ろから俺達を呼び止める声がしてきた。
「あ~ ちょっと待ってくれないかい? 兄ちゃん。お嬢ちゃん」
「あ、はい、なんでしょうか?」
何だろう、あのアンドロイドの、さっきまでの気さくな雰囲気が少し薄れているような気がする。俺は少し警戒しながら後ろに振り返り、言葉を継いだ。
「先程はありがとうございました。それで、俺達に何か用ですか?」
「いや、俺が用があるのはそっちのお嬢ちゃんなんだよね。お嬢ちゃん、一応聞くけど、お嬢ちゃんは見た目的にメイドアンドロイドだよな?」
急に話を振られたアミィは、キョトンとして、大柄なアンドロイドからの質問に答えた。
「はい、私、MID型のメイドアンドロイドのアミィと申します」
「あ~ そうかい……MID型、ねぇ……」
大柄なアンドロイドは頭を掻きながら目を閉じ、なにやら面倒くさそうな仕草をしている。俺は異様なものを感じて、そのばを離れようとした。
「すみません、急ぎますので、これで失礼します。さ、行こう、アミィ」
「は、はい……」
俺がアミィの手を引き、その場から立ち去ろうとすると、大柄なアンドロイドがさっきまでの様子とは明らかに違う剣幕で俺達を呼び止める。
「待ちな、兄ちゃん。いや、兄ちゃんは帰っていいぜ。なあ、お嬢ちゃん、ちょっと俺と遊んでいかないかい? 時間は取らせねぇ、すぐに済むからよ」
「何を……言っているんだ?」
「あ~ 兄ちゃんには悪いけど、そのお嬢ちゃんをそのまま帰すわけにはいかないんだわ。俺の立場上」
俺はアミィの前に立ち塞がり、アミィを守るように大柄なアンドロイドとアミィの間に立った。すると、大柄なアンドロイドが俺に言った。
「兄ちゃん、俺もボスから止められてるから、あんまり怪我させたくないんだけど、俺の邪魔をするようならちょっくら痛いめに遭ってもらうぜ、悪いけどさ」
大柄なアンドロイドがゆっくりと俺達の方に歩み寄る。この威圧感、さっきまでの彼とは別人のようだ。俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。
「俺の仕事はな、『MID型のメイドアンドロイドの破壊』なんだ。だから、悪いけどお嬢ちゃんにはここで壊れてもらうよ」
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