心臓の鼓動
俺が布団に入ってから一時間ほど経っただろうか。思った通り眠れない、いつもなら布団に入ってすぐに眠くなるのに。
やっぱり、さっきのアミィの妙な態度が気になる。
そんなことを考えながら俺は寝返りを打つ。
うっすらとカーテンの向こうから差し込む月明かりがぼんやりと目の前を照らす。
すると、俺の背後から何か気配を感じた。そして、急に俺の背中にじんわりと熱を帯びた何かが触れる。
その熱は次第に面積を増して、やがて俺の体温と同化した。
「申し訳ありません、ご主人様。急にこのようなことをして」
背後からはアミィの声。俺の背中越しに感じるのはシャンプーの香りと柔らかで少し湿り気を帯びた何か。
間違いない、俺の背後に何も着ていないアミィがいる。
「ご主人様、起きていらっしゃいますよね? もし宜しければ、そのまま私の話を聞いて戴けませんか?」
まさかのアミィからの不意討ち、俺は声を出したくても出せなかった。それほどまでにこの状況は予想外で、完全に俺は面食らってしまった。
やがてアミィの手が俺の前で交差し、その手にギュっと力を込めた。
「ご主人様、先程は私のことを恋人と言って戴きありがとうございました。私、その言葉をずっと待っていたんだと思います。でも、いざ言われると何だかおかしな気分になってしまって……」
そう言って、アミィはその手に更に力を込めた。
「私、今日までご主人様によくして戴いて、何かお返しができないか、ずっと、ずっと、考えてきました。でも、私には何もありません、何も持っていません……」
心なしか、アミィの声が震えているようにも聞こえた。
そして、アミィは俺の背中に顔を擦り付けながら続けた。
「本来であれば、何も持っていない私がご主人様に捧げられるのは私だけ。ですが、私はアンドロイドです。私にはご主人様に身体を捧げることすら出来ません……」
そんな、アミィがそんなことを考えていたなんて。おかしい、アンドロイドのアミィがそんなことを言うなんて。アミィ、君は。
俺はこの状況とアミィの発言に、ただただ混乱するばかりだった。俺の背中に何か暖かい液体がじわりと広がるのが解る。
「ですから、せめて、せめて、こうして私の身体を感じて戴くことでご主人様に恩返しをしたいと思いました。どうですか? ご主人様。私の気持ち、感じてくれていますか?」
この空気、これまで俺が感じて来なかった異質なものだ。奥手な俺はこんな空気になりそうになると反射的に逃げてきたからな。
実際に肌で感じると、何とも居心地がいい。これが愛する相手と肌を重ねるということなのだろうか。
俺は黙ってアミィにされるがまま、ただ固まってしまっていた。
「本来ならば、面と向かって、真正面からご主人様を抱き締めたかったのですよ? でも、そんなことをしたら私、体が熱くなって、どうにかなってしまいそうで……」
いや、もしそんなことをされたらどうにかなるのは俺の方が早いだろう。
もしかしたら、欲望のままアミィを傷物にしていたかもしれない。でも、アミィはアンドロイドだ、それだけはしてはいけないんだ。
「ご主人様、私、ご主人様の心臓の音、好きですよ。穏やかで、暖かくって、柔らかくって。私、ず~っとこうしていたいです……」
そう言って、アミィは顔を傾け、俺の背中に耳を当てる。
アミィに抱き締められた直後は俺の心臓はバクバクしっぱなしだったけど、今はもうアミィの暖かさに当てられて、いつもの調子に戻っていた。
「私はアンドロイドなので心臓はありませんが、もし私にも心臓があったなら、たぶん破裂しそうなほどドキドキしていると思います。私も、ご主人様に私の心臓の音、聞いてもらいたかった……」
アミィの口ぶりは何だか悲しそうで、俺にはアミィに掛けることが出来る言葉を持ち合わせていなかった。
アミィはしきりに『自分はアンドロイドだ』ということを残念そうに語る。
止めてくれ、止めてくれアミィ。アミィがそんなこと言ったら、俺の決心がにぶってしまうじゃないか。
いや、俺はもう揺れちゃいけないんだ。もし揺れてしまえば、アミィに、夏樹ちゃんに、俺自身に申し訳が立たない。
「申し訳ありません、ご主人様。このようなことを言ってもどうにもならないことは解っています。ですが、今日だけは、私が思ったままにご主人様への気持ちを伝えたくって。本当に、申し訳ありません」
そう言って、アミィはただ俺を抱き締め続けた。その声からは震えは消え、少し眠そうな声に変わっていた。
「ご主人様……今日は……このまま……ご主人様が眠るまで……抱き締めていても……いいですかぁ……?」
そのアミィの声に、俺はようやく返事をすることが出来た。アミィに抱き締められてから初めて発するその声は、何だか少しうわずったような情けない響きをしていた。
「ああ、いいとも。今日はゆっくり、そのまま、おやすみ、アミィ」
「ありがとう……ございます……ご主人様ぁ……それでは……お休みなさいませ……」
多分、このまま行けば俺が眠るよりアミィの充電が切れるのが早いだろう。
何だかんだで昨日と今日でそれなりに歩き回ったからな。それでも、今日はアミィの言う通りにしてあげよう。
明日起きたら帰りの時間まで充電してあげればひとまずは大丈夫だろう。俺はアミィに抱き締められたまま、眠りに付いた。
背中に感じるのはアミィの暖かさ、これなら気持ちよく眠れそうだ。
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