カグラさんです!
俺とアミィは、俺達の荷物を持ったカグラさんの後ろに付いていく。
俺達は遠慮したものの、カグラさんが半ば無理矢理荷物を持っていってしまったものだから、何だか申し訳ない気持ちになってしまう。
旅館の中は、外観とは違いとても綺麗に手入れがされていて、古いながらも時代の流れを感じさせる、趣のある内装だった。
辺りを漂う木の香りと、カグラさんの体から発せられるお香のような香りが、俺達を優しく包む。
更に、ガラス張りの冊子から見える中庭には、木々の紅葉と枯山水が望まれる。ちょっと失礼な話だけど、外観からは想像できないほどの美しさだ。
「こちらが、本日お泊まり戴く『双燕の間』でございます。こちら、当旅館が誇る最高のお部屋なのですよ? それでは、どうぞ」
カグラさんが荷物を一旦床に置き、部屋の襖を開けると、俺達の目の前に荘厳な景色が飛び込んでくる。
十六畳ほどの部屋の真ん中には、漆塗りの長方形のテーブルが置かれ、蒔絵が施された座椅子が二脚据え付けられている。
部屋の奥には、外の絶景を望むことができる一面のガラス窓があり、そこからは温泉街が遠目に見ることができた。
ほのかに香る畳の匂い、原木そのままを組み合わせたような柱や梁、柔らかい光が降り注ぐ障子張りの照明、きらびやかな絵が施された襖、その全てが俺達を虜にした。
「これは……」
「ふわぁ……」
俺もアミィも口をポカンと開けて部屋の前にたたずむ。そんな俺達に、カグラさんが遠慮ぎみに語りかけてきた。
「響様、アミィ様、どうぞ部屋にお入りになってくださいな。中まで荷物をお運びしますので、ささ、どうぞ」
カグラさんの声に、俺達はハッと我に帰る。
「いえ! ここまで運んでもらえたら十分ですよ! ありがとうございました!」
「あ! ご主人様! 荷物は私が持ちますよ!」
「いや、こんなにたくさんの荷物は、アミィには持たせられないよ。いいからいいから、俺に任せな!」
「はい……それでは……ありがとうございます、ご主人様」
俺は慌てて荷物を拾い上げ、部屋の中に入る。それに続いて、アミィもパタパタと部屋の中に入った。そして、荷物を置いた俺は、改めてカグラさんに向き直る。
「改めまして、当旅館『神楽』へ御越しいただき、ありがとうございます。何もないところではこざいますが、何かありましたら、こちらのベルを押して、何なりと私にお申し付けください」
そう言って、カグラさんが俺にボタンのついた電子ベルを手渡した。俺は、少し気になったことがあって、カグラさんに尋ねてみた。
「あの、カグラさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何でございましょうか、響様」
「えっと……この旅館は、他の従業員の人っていないんですか? この部屋に来るまでに誰ともすれ違わなかったので、気になって」
そう、玄関からこの部屋まで来る間に、旅館の中に人の気配は全くしなかった。案内所によると、曰く付きの旅館だという話だったから、どうしても気になってしまう。
この質問に、カグラさんは目を伏せ、少し困ったような顔で答えた。
「えぇ……実を言いますと、現在、当旅館は私と板長の二人で切り盛りしておりますもので、他の従業員はいないのですよ。最近はなかなかお泊まりの方も減ってしまいまして、やむなくこのような状況に……」
質問に答えたカグラさんは、ハッとして、俺に話を続けた。
「あぁ、申し訳ございません、お客様にこのような話をしてしまいまして。今の話は忘れてくださいな、幸い、今お泊まりのお客様は貴殿方以外にはおりませんので、手が足りないということはございません。どうか、ごゆっくり、当旅館をお楽しみくださいませ」
そして、少し伏し目がちで、カグラさんは俺達に旅館に泊まる上での説明を続ける。
「当旅館には、他の旅館のように多くの施設があるわけではございませんが、自慢の露天風呂と、板長が腕を奮ってお作りします料理の数々で、お客様にご満足していただけるよう誠心誠意努めますので、どうか、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
そう言って、改めてカグラさんは俺達に頭を下げる。普段聞きなれないカグラさんの流麗な口調に、俺もアミィも恐縮してしまった。
「はい、それでは、しばらく宜しくお願いします」
「宜しくお願いしますね! カグラさん! あっ、それと……」
アミィが何だか遠慮したようにカグラさんをチラチラと見る。その視線に気づいたカグラさんが、アミィに笑いかけながら話しかける。
「あら、何か、聞きたいことがありましたでしょうか、アミィ様」
「あのぉ……その『アミィ様』という呼び方が、ちょっと気になってしまって……申し訳ないのですか……」
アミィはそう言って、少し居心地が悪そうに指をいじる。それを見たカグラさんは、察したようにアミィに答えた。
「本当は、お客様にこのような呼び方をするのは心苦しいのですが……それでは『アミィちゃん』と呼ばせてもらいましょうか。それで宜しいですか? 響様」
「それはいいんですけど……できれば、俺のことも『響さん』くらいの感じで呼んでもらえたらありがたいんですけど」
俺の言葉を聞いたカグラさんは、少し笑いながら俺に答える。その顔は、俺達が旅館に来たときより大分柔らかい感じになっていた。
「解りました、響さん。それでは、あまり堅苦しいしゃべり方をするのはよしましょうか! 私もそちらのほうが話しやすいですし。それで宜しいですか? お二人とも」
カグラさんは、手をパチンと叩きながら俺達に笑いかけた。カグラさん、初めはビジネスライクな感じだったけど、今みたいに接してくれると、こっちとしてはとてもありがたい。
「はい! 是非、それでお願いします!」
「ありがとうございます! カグラさん!」
「はい、改めて、宜しくお願いしますね、響さん、アミィちゃん」
こうして、俺達の二泊三日の温泉旅行がスタートした。俺は、旅行が何とか形になって、心底安心しきっていた。
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