お傍に置いてくれますか?
アミィが公園で俺を助けてくれた日から数日が経った。取り敢えず、今日まで俺のところに警察からの連絡はない。チンピラ連中が警察に追放しなかったのか、それとも門前払いされたのか。
確かに、あの見るからにガラの悪い連中が、『アンドロイドと喧嘩してボコボコにされました』なんて訴えても信じてもらえるかは怪しいところだ。
そういった意味ではありがたい話ではあるけど、このままアミィを放っておくわけにはいかない。そうでなくても、アミィが他のメイドアンドロイドとはなにかが違うのはほぼ確実なんだから。
そんなわけで、俺とアミィは、高天崎市で一番規模が大きい総合病院へとやって来た。人間とアンドロイドの患者が行き交う院内で、俺はアミィを担当の係員に預け、診察室の前の長椅子に腰かけて天井を仰ぎながらしばらくボーッとしていた。
「本当に、何もなければいいんだけどな」
いや、ここまで来て何もないわけはないんだけど、口にしないと不安で押し潰されそうになるもんだからつい口走ってしまった。いや、俺よりアミィの方が何倍も不安なはずだ、俺は主人として毅然としてないと。
しばらくすると、自動ドアか開く音と共に部屋の中から係員が出てきた。その様子はあくまで事務的、俺の不安は加速する。俺は診察室の中に案内され、そこで担当の整備士から絶望的な説明を受ける。
専門的な用語が多くて半分くらいしか理解できなかったけど、アミィへのカウンセリングと電子頭脳の解析の結果、『電子頭脳の一部に原因不明のバグが発生しており、修復は困難だ』という結論との説明を受けた。
そして、その解決策は、俺が一番恐れていたものだった。それは、『電子頭脳の初期化』。原因不明のバグならひとまず初期化してしまおうという、いかにも解りやすい処置だ。
この処置に対しては、異論はない。というより、俺から異論を挟む余地がないと言った方が正しいかもしれない。それでも、俺には到底受け入れられない話だ。今日のところは処置は保留することにした。
そんな俺の決断に、整備士は了解しつつ、『初期化は早ければ早いほど、持ち主もアンドロイドも傷つかずにすむ』といった忠告した。確かに、理屈はそうなんだろう。
それでも、俺はアミィと約束したんだ。『絶対にアミィを見捨てない』って。俺が胸を張って診察室から出ると、そこにはきれいにクリーニングされたアミィが待っていた。
「お疲れ様でした。先生からの説明はどうでしたか? ご主人様」
アミィは俺のもとに駆け寄って、こちらの様子を上目遣いで伺う。その目からは、なんだか俺からの良い答えを待ちわびているような気持ちが伝わってくる。そして、そんなアミィに俺はこう答えた。
「大丈夫、しばらく通院すれば良くなるってさ。慌てなくていいから、ゆっくり治していこう、アミィ!」
俺は無理やり作り笑いを浮かべながら、アミィに嘘をついた。そこまでしてでも、アミィが今後の心配することだけは避けたかった。もちろん、こんな嘘はその場凌ぎでしかない。
それでも、俺にはアミィの初期化なんて受け入れられない。今はとにかく、セカンドオピニオンでもなんでも手を尽くして、アミィがアミィのままで居られるようにしてあげないと。
「そうでしたか…… それならよかったですっ! ご主人様には本当にご迷惑をお掛けします」
俺からの言葉を聞いたアミィの表情は、いくぶんか安心したようにも見えたけど、いつもの笑顔からしたら程遠かった。というより、アミィに嘘をついた後ろめたさが俺の目を曇らせているのかもしれないな。
「それじゃあ、帰ろうか、アミィ」
「はいっ、ご主人様」
こうして、アミィの診察を終えた俺達は、寄り道することなく、そのまま家路についた。これでアミィも安心してくれたらいいけど、根本的にはなにも解決していないんだよな。
もし他の病院に行くなら、どうやってアミィを納得させようか。先の見通しはまったく立たないけど、今はとにかくアミィに元気になってもらうことを第一に考えよう。
………
俺達は会話少なで部屋に戻り、帰り際に買った弁当を食べ終え、俺は明日の仕事に向けて早めに休もうとした。しかし、アミィがベッドへ向かおうとする俺を呼び止める。
「ご主人様、お休みの前に、少しよろしいでしょうか」
「な、何だい? アミィ。そんなに改まって」
アミィの顔には、いつもの笑顔はない。ただ無表情で俺を見つめている。俺はそのただならぬ気配に背筋を正して、アミィに向き合う。そして、アミィは、俺にこう言った。
「ご主人様、ご主人様は、私に嘘をついてますよね?」
ギクリとした。こんなにストレートに指摘されてしまったら、どうしたって反応してしまうよ。いや、それでも、俺はアミィの約束を守ると決めたんだ、そのためなら、嘘だってなんだってつくさ!
「いや、嘘なんてついてないって! ゆっくり病院に通えば良くなる、大丈夫、アミィはなにも心配しなくていいんだよ」
そんな俺の答えを聞いたアミィは、目をキョロキョロと泳がせたかと思えば唇を噛み締めたり、果ては、目に涙を貯め始めた。そして、その青い目から、ポロポロと、ポロポロと、涙を落としながら、震えた声を搾り出し始めた。
「ご主人様はお気付きじゃないかもしれませんが、今のご主人様のお顔はとても苦しそうにされています。ご主人様が私のために無理をされているのは解ってます。私、そんな優しいご主人様が大好きです。だから、私、ご主人様に嘘をつかせてしまっているのが辛いです、ご主人様にそんなお顔をさせてしまっているのが、辛いです」
そう言いながら、アミィは両手で顔を覆い、膝から床に崩れ落ち、俺の脛に頭をコツンと当てながら言葉をつむぐ。
「ワガママ言ってごめんなさい。ご主人様にこんなこと言っちゃダメなのは解っています。それでも、私は、ご主人様に無理して嘘をついて欲しくないです、お願いします、お願いします……」
駄目だ、ここまで言われたら隠せない、隠せる訳がない。俺は観念して、今日、整備士に説明された内容をアミィに包み隠さず伝えた。それを聞いたアミィは、顔を上げて、涙目のままニッコリと笑いながら、俺の方を真っ直ぐ見て言った。その笑顔は、俺の目を捕らえて離さなかった。
「はいっ! それでこそ私のご主人様ですっ! こんなに優しいご主人様と一緒に居られて、私は本当に幸せですっ!」
そして、メイド服の袖で涙を拭いながら、アミィは更に言葉を続ける。過剰なまでの明るさが、俺の胸を刺す。
「大丈夫ですよ、ご主人様っ! ちょっとリフレッシュして、ご主人様の元にまた戻ってくるだけですからっ! 本来あるべき私に戻るだけ、私はいつまでもいつまでも、貴方に遣えるメイドのアミィですっ!」
違う、そんなわけないじゃないか。俺にとってのアミィは、今、俺の目の前に居るアミィだけだ。ドジじゃないアミィなんて、そんなのアミィじゃない!
アミィの顔には、今までで一番の、とびっきりの笑顔を浮かべていた。俺を悲しませないように、気張って、無理して。そんなアミィのいじらしい姿を見た俺の自制心は、限界だった。
「アミィ!!」
俺はアミィを抱き締める。そして、俺は恥も外聞もなく泣き叫びながらアミィを抱き締める手に力を込めた。
「そんなの嫌だ! 君じゃないとダメなんだ! お願いだから、俺の傍からいなくなるなんて言わないでくれよぉ……」
そうだ、アミィはもう俺の家族だ、もう二度と家族を失ってたまるものか!俺の叫びに、アミィの目からも涙が伝う。やっぱりアミィは我慢していたんだ。
「でも、私、またおかしくなっちゃうかもしれないんですよ? ご主人様にご迷惑をお掛けするかもしれないんですよ? それでも、よいのですか?」
「そんなことどうでもいいっ! いや、苦労を掛け合うのが家族だろ!? 俺だってアミィがいないと辛いんだよ! だから、俺もアミィに頼るから、アミィも俺に頼ってくれよ!」
ああ、もう無茶苦茶だ。俺は本格的におかしくなってしまっているのかもしれない。それでも、アミィがいなくなるのだけは、耐えられないよ。
そんな俺の言葉に、アミィはアミィなりに言葉を選び、俺の気持ちに答えてくれる。
「いえ、私はあくまでご主人様のメイドです。それはこれから先も変わることはありません。ありませんが、ご主人様にそう言ってもらえる私は、たぶん、世界一幸せなメイドアンドロイドなのでしょうね」
俺はアミィの言葉に何度も頷いた。アミィはアンドロイド、アミィが感じているこの気持ちは、プログラムされた作り物、そんなことは解っている。それでも、俺は失うことが恐い、恐いんだ。
「それでもいいよ。だから、二人でお互いに迷惑かけたり、苦労したり、楽しく過ごしたりしような、アミィ」
「はい、ご主人様。これからもよろしくお願いしますね」
こうして、俺とアミィは二人で、今、目の前に立ちはだかる問題を乗り越えていく決心を固めた。まずは、アミィの置かれている状況を明確にしていかなくっちゃな。
そのためには、とにかく情報を手に入れるために自分達の足で歩くしかない。なに、情報収集の手段は山ほどあるんだ。まずは手当たり次第、どんな無謀な手段であってもチャレンジしてみようじゃないか。
前回のお話で、アミィは人間を傷付けててしまった訳ですが、その原因については今後のお話にて理由が明かされます。
かなり後の話になるので、今は「ロボット工学三原則に反しているじゃないか」といった意見もあられるかとは思いますが、今は平にご容赦ください、私なりに納得していただける理由を用意しております。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
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