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ある若者が動物園の檻の中で眠る動物を見てこういった。


なんたることか。

この動物には自由がない。

嚥下、排泄、睡眠、遊戯、全てが人間の監視対象だ。

檻に収容され、決められた世界を与えられ、決まった時間に食を与えられる。

これは自由なんかじゃない。

そこにあるのは制限のない不自由だ。

動物たちも泣いている、どうして僕たちの見る世界にはいつもどこかに鉄格子があるのか、どうして僕たちの惨めな姿を写真で取るのか、と。

動物たちを解放せよ。

空の下で自らの意思で行動させよ、それが自由である。

それが平等である。


またある若者はこういった。


何が自由か、何が恣意か、何が放縦か。

弱者を野に放てば待っているのは死である。

野生の世界など弱肉強食、死に囲まれた世界なのである。

弱者などそんな世界では淘汰される運命なのだ。

それが分かっているのか、分かっていてなおも求めるのか。

本当の自由などただの恐怖だ。

檻に囲われている動物は幸せだ、なぜならば自身に牙を向けるものから守ってくれるのだから。

弱者は守ってくれる強者に服従し、返報する。

檻の中での自由、若干の不自由が彼らにとっての真の幸福だ。


2つの意見は全く異なる。

おそらくあちらを正しいというものもいれば、こちらを正しいという人もいるだろう。

この論争に終わりはない。

どちらかが折れることもない。

しかし、この意見はどちらも見当違いなのだ。

なぜならば、この意見はどちらも「主張の代弁をしたつもり」の意見だからだ。

動物の気持ちを分かったつもりで主張しているだけの滑稽な話をしている道化師に過ぎない。

ペテン師と言い換えてもいい。

可笑しいだろう、笑えるだろう、何様なのだろうか。

馬鹿みたいな干渉をし、上滑りな意見を述べる。

愚者とはこのためにある言葉だろう。

もし動物が「僕たちは自由になりたい」といえば世論は傾くだろう。

だが現実として、動物はしゃべらない。

今日も吠えて、尻尾を振って、散歩に行くことを喜んで、客に囲まれて写真を撮られ、芸を覚えさせられて生きている。

結局は自己主張のできないものが弱者なのだ。

強者は自分の立場にあぐらをかいて、弱者に憐れみを与える。



弱者は今日も、強者の考える弱者を演じているのだ。









「じゃあ電気消すね」

さっきまでぼやけていた私の視界が完全に真っ暗になった。

こうなれば普通の人とみているものは変わらなくなる。

何も見えなくなるからこそ平等になるというのも皮肉な話だが、今更どうしようもない。

隣では電気を消してくれた美里が布団に潜り込んでいるのだろう、布が擦れる音がした。

私の家には客人用の布団は用意してない。

だって今までにだれも泊まったりしなかったからね!

そんな友達いなかったからね!

よって私と美里とで同じ布団で眠らなければならないのだが、お風呂に入るときに比べたら恥ずかしさは少なかった。

お風呂の時の美里は何かと変だった。

ジロジロ見られている気がしたし、自分の体を思いっきり叩いたりなどしていた。

美里も意外と恥ずかしかったのかな。

私は隣に美里がいることを感じながら今日1日を思い返した。

私の家の中探検から始まったお泊まり会であったが、過ぎてしまえばあっという間だった。

とても楽しくて、時間が過ぎるのが早く、休日というものを初めて実感した気がした。

昼食で作った焼きそばもいつも通りの出来で、味の偏りなく作れたので安心したし、何よりおいしいと言ってくれたことがうれしかった。

夕飯に美里が作ってくれたオムライスは独創的でとてもおいしかった。

半熟の卵に包まれたのはケチャップライスではなく、チキンライスであった。

そんなに変わらないじゃないか、と思うかもしれないが、決してそうではない。

美里のチキンライスにはカレーパウダーが使われており、ほのかにカレーの香りがした。

だからケチャップライスではなくチキンライスなのだ。

カレー風味のオムライス、これが意外と合うのだ。

自分で作る料理は美里がやった創意工夫など出来ないので普段食べたことのないカレー風味のオムライスは新鮮だった。

また食べたいな、気絶するほどおいしかった。

「まだ起きてる?」

《まだ布団に入って1分も経ってないよ》

「今日は楽しかったね」

《楽しかった》

「明日はどうする?」

《さすがに家でテレビをみてもね》

今日みたいな過ごし方も良いが、さすがに朝から2人でテレビを見て過ごすというのは老夫婦のようで何か違うと思う。

普通のカップルはお泊まりデートで翌日どう過ごすのだろうか。

それを知るにはやはり経験と相手がいなかった。

それに何かいかがわしい気がしたので考えたくなかった。

「じゃあ出かける?」

《どこに》

「ショッピングモールとかいいんじゃない?服とか買えるよ」

《いいねいこう》

本当は服はそんなにいらないんだけどな。

普段あまり外に出ない私にとってあまり服は必要ない。

私とて年頃の女の子として流行っているものに興味がないわけではない。

だがそれを楽しめる視覚がないのだ。

だから心のどこかで勝手に諦めた、私には無縁なのだと。

流行のワンピースだって、ダメージジーンズだって、私には理解することが出来ない。

……まあ、ダメージジーンズはたとえ目が見えたとしても理解できるか分からないけど。

「あー、でも混んでるか」

《この時期はどこも混んでるよ》

「まあ、そうだね~。ま、危ないけど何かあったら死ぬだけだし問題ないか」

大問題じゃん。

服を買いに行くつもりが、帰れなくなるなんてそんなのいやだよ私。

「大丈夫。死ぬ理由がミルフィーユみたいに重なり合ってて元々対策仕切れないから」

いやいやいやいや、ミルフィーユってそんな死因を書き連ねるのに使うものじゃないでしょ。

もっと甘いもののはずだよね。

明日行くの不安になってきたなあ。

会話に一段落ついて、お互いが無言になった。

私的にあの会話の終わりは不安しか残らないが、いつも通りでいいだろう。

人間はいつ死ぬかわからないし、ふとしたことで死ぬ。

昔流してたドラマで女優が「余命宣告されて良かった。それまでは生きられるんでしょ」と言っていたが、実際はそんなことはない。

余命というのは同じ病名だったり、条件の人間の生存期間の中央値で算出される。

余命3年ならば同じ条件の人間は半分が3年後には死んでいるのだ。

逆に言えば残り半分は生きているのだから余命宣告など当てにならない。

いつ死ぬかなんてどうあがいても分からないのだから、死ぬまで自分なりに楽しめばそれでいいのである。

遊んでばかりじゃダメだよ、なんて言葉は無視してしまおう。

世の中の人がみんな遊び人になったら世界は滅ぶけれど、実際問題自分自身はこの世界じゃちっぽけだ。

私1人だらけたところで何の迷惑でもない。

自分が生活できる程度に働いて遊びまくればいい。

ま、それが出来たら苦労しない、と怒られそうなものだが。

「ねえ由美ちゃん」

《なに》

私の名前を呼んだ後、しばらく美里は黙った。

私はただ無言で彼女の続ける言葉を待った。

「……どうして、目が不自由になったの」

それを聞いた私は重くなりかけていた瞼が一気に軽くなった。

私は驚いていた。

だが私は何に驚いているのだろう、それが分からない。

ただ単に聞かれたから?いきなりだったから?核心を突くものだったから?

いろいろ浮かぶがどれだか分からない。

それほど私は動揺していた。

さっきまでの平穏がウソみたいだった。

この質問は間違いなく私たちの関係を変化させる質問だ。

美里はどうしてこのタイミングでこんな話をしたのだろうか。

せっかく楽しいお泊まり会で終わりそうだったのに、と若干のいらだちも覚えた。

でも私はこの質問から逃げられない、逃げたら間違いなく私たちの関係は終わる。

《生まれつき目が悪くて》

《気付いたらこうなってた》

「そっか……。私はね、病気だったの」

《うん》

うんって何だ私。

「……いきなりこんな話してごめんね」

「こういう話をするなら邪魔が入らないところじゃなくちゃいけないし」

《うん》

「由美ちゃんてさ……目が不自由になったことどう思ってる?」

どうって……

目が見えなくなったこと自体は結果だ。

悔しいとも戻ってほしいとも思わない。

私を取り巻く世界はいつもぼやけていて、一寸先すらわからない、まさしく闇だ。

それが私にとっての当たり前で日常だ。

白杖なしには外を歩けなくて、点字がなければ文字も読めない。

そんな私を誰が必要としてくれるだろうか。

私がいなければ……そんなifの話を何度自分に投げかけ、苦しみながらも飲み込んできたか。

どう生きようとも、頑張って1人で暮らせるようになっても、それは普通の人にとっての当たり前なのだ。

私の努力など、雲の上に住む人にとっては、雲にたどり着こうと地上でジャンプしているような惨めな行為だ。

私はどうあがいても雲の上にはたどり着けない。

私はそんな弱い人間なのだ。

《私は弱いなって》

一拍おいてから美里は口を開いた。

きっと私の言葉を飲み込んでいたのだろう。

「それは、後悔から来るもの?」

《違うよ》

「私はそうは思わないよ。私はこうなった自分を弱いとは思わない」

美里はきっとそうなのだろう。

いつも私を振り回して、その姿はとてもまぶしくて、私の光だった。

美里は自分の立ち位置に納得していて、その上で自分なりに楽しんでいる。

でも、私は美里じゃない。

私は美里みたいにはいられない理由があるのだ。

誰だって分かる。

届きもしないものにどうして挑むのか、自分の身の丈にあった目標を目指すべきだと。

目が見えないなら点字を読め、絵画趣味は諦めろ。

耳が聞こえないなら補聴器をつけろ、ダメなら手話を覚えろ、音楽を聴くことは諦めろ。

その生き方は間違ってはいない、否定なんて出来ない。

なら私の生き方は間違っているの?

間違っていると明確に否定できる?

不可能に挑み続けることの何がいけないの?

点字を読む人間が絵本を子どもたちに読み聞かせようと思うことはいけないこと?

手話を使う人間が音楽に合わせて踊って笑顔を振りまきたいと思うことはいけないこと?

私だって誰かに認められたいんだ、自分が必要とされる存在になりたいんだ。

誰かに認められたいという気持ちは誰もが抱くことなのだ。

もしこの気持ちを、障がいを持っているから、不自由だからで諦めなければいけないなら、私たちは人間である必要はないし、そんなのは人としての生き方じゃない。

私たちは障がいや不自由どうこう以前に人なのだ。

《でも私は強くなりたいの》

「どうして?どうしてそんなに……」

価値観と生きてきた人生の違いだよ。

口には出さなかったけれど、心の中でそう答えた。

耳が不自由で自分の身の丈に合ったことで生きる美里と目が不自由で不可能を追い続ける私。

表面的には目と耳という違いしかないが、中まで見てみれば雲泥の差だ。

今の状況をみれば私が確実に泥だけどね。

「私たちは、どうやっても迷惑をかけちゃうんだよ」

《うん》

《でも役に立ちたいの》

「役に立ちたいって……」

美里はそこで黙った。

迷惑をかけてしまうのはわかる。

でも役に立ちたいという思いが私にはある。

私たちだって、誰かの役には立てると思うのだ。

私にとっての美里がそうであるように。

今の私にとって、美里はいなくてはならない存在だ。

ただ生きることしか出来なかった私に新しい光を見せてくれた美里。

なくてはならない……まさしく目だ。

なら私は美里の耳になれてる?

答えは分かりきっている。

なれているなら美里はさっき「私に必要」と言ってくれる。

私はただ美里に依存しているだけだ。

「目と耳という関係」なんて口だけ。

実際は美里が私の目なだけで私は何も出来ていない。

美里はすごいな、目標にもしていないのに私の目標をかなえるなんて。

「私だって思わないことはないよ。クラスのみんなが仲良くしているのに私だけその輪から外れてて。私はみんなと同じ土俵には立てないんだって」

私は黙って聞いていた。

美里が生きてきた中で感じたこと、苦しかったこと、それが今の話に詰まっていた。

それだけに説得力があった。

何も不自由でない人からされる慰めなど比較にならないような重さだ。

「人生がうまくいかないことだって知ってる。……私が唯一望んでいたものも、失ったから。そこから私は諦めたの。私は私に見合った生き方をしようって。」

私は美里に対して顔を向けないまま聞いていた。

一体どんな顔をしてこの話を聞けば良いのだろうか。

きっと失ったのは両親で、それをきっかけで美里は身の丈に合った生き方をするようになった。

立ち位置に納得したのじゃない、諦めたのだ。

美里はそのときに己の無力さを知って、どうしようもないと感じたのだ。

「この生き方は楽だよ。苦しい事なんてほとんどない。だからね……由美ちゃん。追い続けて、由美ちゃんの夢を」

私は美里の方を見た。

暗くて美里の表情は読めない。

元々読めないけどね。

どういうことかわからなかった。

どう考えても「だから」という順接につながらなかった。

私が美里を見たのは言葉で言わずとも「どうして?」と言いたかったからである。

「だって由美ちゃんなら分かるでしょ。私みたいな生き方の方が楽だって」

それを聞いた瞬間、私の胸を何かが貫いた。

でもそれは決して痛くなくて、むしろ暖かかった。

「私は由美ちゃんに私みたいになれなんて言わない。だって、人の意見を押しつけられるのって、自分を無理矢理染められることだもん。それじゃお説教じゃん」

美里の言葉がさっきよりも明るく聞こえた。

私の目から何かがあふれる感覚があった。

これが涙か、久しく忘れていた涙。


よかった……私の目、まだ死んでなかった。


まだ気持ちを表せる。

これはどんな涙?

分からない。

うれしい?悲しい?

どちらかといえばうれしい。

いつぶりだろう?

多分、子どもの時に転んで泣いて以来。

何で泣いてるの?

分からないってば。

泣きやめる?

無理。


美里は私を抱きしめて話を続けた。

「大丈夫だよ。私はずっと由美ちゃんの味方だから」

美里は私の頭をポンポンと母親のように叩いて慰めてくれた。

私は美里の背中に手を回して泣いた。

懐かしい感覚に身を委ね、泣き疲れて眠りについた。

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