まったりタイム
夕飯を食べ終えた私たちはお風呂に入っていた。
ちなみに私が夕飯で作ったのはオムライスである。
由美ちゃんは箸よりもスプーンで食べる方がいいだろうという私の粋な計らいであったが、昼の焼きそばを普通に箸で食べていたので粋というより無駄な計らいになった。
まあ、おいしいといってくれたのでプラマイゼロである。
由美ちゃんの作った焼きそばは味が偏っていることなどなく、少し野菜がいびつな形をしているだけでとてもおいしかった。
誰かと一緒にお風呂に入るのは修学旅行以来だ。
中学校の修学旅行で行った京都では様々な古き良き建築物を見ることができた。
鹿苑寺金閣、慈照寺銀閣、清水寺、平等院鳳凰堂、天竜寺、龍安寺石庭。
それぞれにそれぞれの良さがあっていい。
金閣で誰もが想像するのは全部が金で作られたあの建物だろう。
だがそれだけではない。
陸舟の松と呼ばれる松がある。
金閣で松なんて、と侮ることなかれ。
この松はなんと足利義満本人が育てていた盆栽なのである。
私の中での足利義満は金儲けのためなら何でもするようなイメージなので、それほど良い印象はないが、これだけの歴史があるものだとどうしても気圧されてしまう。
銀閣についてはいまいちぱっとしないイメージがあるだろう。
「足利義満の金閣を真似ようとしたが、結局は財政難で銀を貼ることができなかった」というのはあまりにも有名な話である。
基本的に鎌倉幕府の失敗点から学んで作られた室町幕府であるが、戦国大名の出現を機に一気に衰退していく。
自らの後継者問題が単独相続をはじめとした時の趨勢とからまり大混乱を起こした応仁の乱。
これらすべてが足利義政の代に起きており、可哀想ではあるが、自業自得ともいえる人である。
そんな足利義政は銀閣の完成前に死んでいるため、私には残念な人に見えてならない。
そんな歴史的背景を踏まえながら見てみるだけで趣がまして見えた。
由美ちゃんもここら辺の中学に通っていたようなので、おそらく修学旅行は京都だろう。
由美ちゃん目が不自由だけど楽しめたのかな。
さすがに修学旅行の時のお風呂に比べれば狭いが、2人で入るには十分すぎる広さだ。
お風呂に入る前、由美ちゃんは脱ぐのをためらっていたけれど、私がさっさとお風呂に入ると由美ちゃんも腹をくくったようでその後に続いて入ってきた。
ちなみに胸は確実に由美ちゃんの方が大きい。
知ってたけどね、服の上から見ても差は歴然だったし。
入ってきたばかりの由美ちゃんはまだ湯船につかっていないにもかかわらず、顔が赤かった。
別に変なことをするわけじゃないのだからそんなに緊張する必要ないのに。
自分の体にそんなに自信がないのだろうか。
由美ちゃんですら発育を気にして恥ずかしがってしまうのであれば、きっと私は生きていることを後悔しなければならないだろう。
発育が悪いくせに生きててすいませんでした。
2人同時に体は洗えないので、私が先にお湯に浸かることになった。
「体洗ってあげようか?」と聞くと《恥ずかしいから大丈夫》とお断りされてしまった。
いや、この言い方だと私が断られて残念がっていると思われてしまう。
決して私は由美ちゃんの体に触りたいのではない、厚意だよ厚意。
……正直ちょっと触ってみたいかも、由美ちゃんの髪とか綺麗だし、それにまな板ではない胸囲にも興味があった。
まあ、髪くらいだったら別にお風呂じゃなくても触れるか。
いや、胸は触れないじゃん!駄目じゃん!触らないと!
私は自分が貧乳故に湧き出た煩悩を消すため、お湯に頭ごと浸かった。
落ち着こう。
そもそもお風呂だからって胸を触っていい理由にはなり得ないじゃないか。
そうだ、その通りだ。
だから胸を触ってもいい理由について考え……バシンッ
私は自分の頬をたたいてやっと我に返った。
《どうしたの》
大きな音に驚いた由美ちゃんが心配をしてくれたようだ。
わざわざ体を洗っている手を止めて聞いてきたのだ。
私は由美ちゃんのその厚意が胸に突き刺さって本当のことがいえなかった。
「虫がいてね」
《にしては大きな音だった気がしたけど》
「しつこい虫でねー」
体を交互に洗い終え、湯船につかっていた。
すでにお風呂に入って結構な時間がたっているのでかなりの湯気が風呂中を舞っていた。
由美ちゃんのお風呂はとても広く、両足を伸ばしてもまだまだ余裕があった。
どう見てもこんなお風呂はお金がなくては設置できないがそれを聞いてはいけない気がする。
今日私が失言したときは笑顔で「大丈夫だよ」と言っていたが、その笑顔が逆に怖いというか。
あの笑顔に裏腹な気持ちは読み取れなかったが、事が事なだけに慎重に運ぶべきなのだと思う。
私にだって由美ちゃんに言わないで隠している過去だったり何だったりいろいろある。
話すべきなのかもしれないがタイミングが分からない。
とにかく今は楽しいお泊まり会だ。
私の秘密を話すのは今ではない、よって由美ちゃんの過去の話も今すべきことではない。
お互い無言の状態が続いていた。
こんな広いお風呂に入っているのだからその気持ちよさに浸っていたくなるのもわかる。
いつものうちのお風呂では足を折りたたまなければいけない。
その不自由から解放された私は今や全身を羽毛布団で包まれているような感覚だった。
だがいい加減ただ浸かっているだけにも飽きてきた。
いくら羽毛布団でも友達がいる中で黙ったっきりではつまらない。
私は自分の手を由美ちゃんの脇腹にあててくすぐった。
由美ちゃんがどんな声を出したのかは分からないが、ビクッと体を震わせて脇腹を隠したので効いたのだろう。
私の中で何かに目覚めた気がした。
《くすぐったい》
だろうね、反応的に。
ちなみに、なんでお風呂なのに会話ができるのかと思うかもしれない。
それは私がこうなるかもと見込んであらかじめ「お風呂でもスマホがいじれる神道具(100円)」を用意しておいたのだ。
由美ちゃんにこれを自慢げに見せびらかしたら、「お風呂で話せるのはすごくうれしいけど、はじめから一緒に入る気満々なのは変態っぽい」と言われた。
正論だ。
「気持ちいいね」
《そうだね》
「いつもこんなお風呂に入れるなんてうらやましい限りだよ」
《別にこんなお風呂で良ければいつでも》
「くすぐりも?」
《それは勘弁して》
私たちはお風呂から上がった。
《アイスあるよ》
美里はその言葉にすぐに反応した。
まるでご飯を与えられる犬のように私が冷蔵庫からアイスを取り出すのをそばで見守っている。
「ハーゲンダッツだ!高いやつ」
《そうだよ》
今日この日のために用意していたのは美里だけじゃない。
私だって何かできればと用意しておいたのだ。
まあ、美里の用意したものはちょっと変態ぽかったけど、主に発想が。
松坂さんにおいしいアイスをお願いしたらハーゲンダッツを入れられた。
美里曰く高いらしいが、だとしたら松坂さんの経営戦略にうまく乗せられてしまった。
「チョコミントと抹茶か」
《どっちでもいいよ》
「なら私チョコミント」
私は自分の手に残された抹茶味のアイスを持って、テーブルの前に腰を下ろした。
美里にカップを開けてもらい、スプーンですくって口の中に入れた。
まだ溶けてはおらず、ひんやりとした感触だけが口内に広がったが、体温ですぐに溶けたアイスは抹茶の香りを放ち、やがてはそのやんわりとした苦みまで届けた。
抹茶味のものは食べたことがなかったが、和風な感じでなおかつ大人な味だった。
アイスはしばらく食べていなかったので久しぶりな感覚に襲われた。
まだ夏ではなく、アイスを食べる季節ではないが、この季節に食べるアイスも、それはそれでありだ。
「風流」というほど上品には感じないし、そもそも風流を理解できるほど感受性豊かではないが、抹茶味のアイスを食べて雰囲気だけ大人な私はそう例えたかった。
うん、風流風流。
どこら辺がといわれれば、季節感がないところとかね。
美里の方もチョコミント味のアイスを堪能しているようで、「うんまー」「これこれー」とこちらに味が伝わらない感想を述べていた。
「テレビつけるね」
美里はそう言うとテレビをつけた。
[家電製品ならホンマル電気~♪]
CMを片耳で聴きながら私はアイスに集中した。
大人だからテレビには惹かれないのだ、大人だからね。
「テレビなんてあるんだね、今更だけど」
《広い家に一人で住んでても寂しいからね》
「あー、なるほどねー」
美里の方はテレビに集中しているのか、アイスに集中しているのか、私の返事に対して曖昧に返した。
《そういえば、テレビ見れるの?》
「最近のは字幕出せるから」
なるほどねー、最近は生きやすくなったねー。
私もアイスに集中しているので適当な感想だ。
思いのほかこのアイスがおいしいのである。
高いだけあっておいしい、松坂さんありがとう。
「でもアニメはみないなー。なんとなくむかつくから」
《なんで》
「私は自分の声が聞こえないから」
その気持ちは分からなくもなかった。
私だって、自分の不得意分野を仕事としているのはあまりいい気はしない。
人にもよるのだろうけれど、私もまたそうだ。
「歌番組とか私を殺すためにあるよね」
私は愛想笑いしかできなかった。
その愛想笑いも美里には聞こえないと知っていたけれど、見えているからきっとなんとか伝わる。
私は逆に歌番組ばかり見ていたのでそうすることしかできなかった。
だって目が不自由なんだもん、歌ぐらいしか平等に価値が分かるものないんだもん。
「由美ちゃんは音楽って聴く?」
《うん》
「好きな歌手とかいるの?」
《UCHU NO HAJIMARI》
「へえ、以外。どこが好きなの」
私は口内の抹茶時のアイスを飲み込んでから口を開いた。
《まずは歌詞。俗っぽさを捨てて自分たちの思いを一番に訴えているのがこの人たちのいいところ。ただそれだけじゃなくってこの人たちはファンと一体化して盛り上がれるようにテンポが速くてキャッチーな歌詞の曲を作っているところもファンを大事にしているのが見えてとてもいい。このグループが日の光を浴びるきっかけになった「スターダストパーティ」。この曲の一番いいところはメロディとコードが全く違うってことなの。メロディは明るくて希望に満ちあふれているのに、そのコードはすごく切ないの。例えるならメロディは笑顔の女の子の写真なの。きれいなお花を抱えていて背景は蒼い空。その空の蒼さのおかげで白いワンピースが余計に際立っている、そんな写真。でも、その写真が飾られているのは墓前。コードはとても無慈悲でその女の子の笑顔を悲痛な過去にしているの。でも考えてみて、たとえ矛盾するような写真と風景でも、それは1つの光景でしょ。現実的にあり得ないようなものでもなじんでいる光景なの。この曲も一緒。メロディとコードが矛盾しているようと音楽として破綻していないの》
「はえー、すごいんだね」
《でしょ》
「最近の音声認識システムってこんなにも優秀なんだ」
ガツン
私はテーブルに頭をぶつけた。
いや、悪いけどね、音声認識システムのことを考えないで熱弁していた私が悪いんだけどね、もう少しくらい興味を持ってくれてもいいのに。
熱弁をしたのに軽くあしらわれたとか、このグループの良さが伝わらなかったとかいろいろな理由で美里のことを怒ったけど、耳が不自由だから仕方ないかと結局諦めた。
そうだよねー、このグループのよさは私にしか分からないよねー。
2人ともアイスを食べ終え、会話とテレビに集中し始めた。
とはいえ会話に割く注意は3割程度であり、ほとんどはテレビに集中していた。
私の場合は両方を同時進行はできないので、美里が何かしゃべったときに気付けるように程度しか集中していない。
テレビでやっているのはクイズ番組だ。
私には到底分かるような問題ではなかったので、芸能人たちのボケを期待してみていた。
こういう過ごし方も悪くないと思った。
私たちが一緒にいるときはいつもおしゃべりしかしてこなかったし、それしかできなかったのだが、話さないでお互いが同じものに集中するというのも良いものだ。
わかりやすいように例えるなら、友達とするテスト勉強みたいな。
したことはないけれど、感覚としては一緒だと思う。
「そういえばさ、佳子ちゃんいるじゃん?」
佳子ちゃん、と一度脳内で復唱してから美里の担任の先生の大神先生のことかと納得した。
声の跳ね返り方からしてテレビに目を向けられたまま話されたものだと理解した。
私は全意識を会話に注ぎ込んで次に続く言葉を待った。
「恋人いるらしいよ」
《そうなんだ》
「そうなんだって、もっとなんかないの」
《なんかって》
どうやら美里は私の反応がお気に召さなかったようである。
ならもっと驚きを込めた感じで言えばいいのに。
「ねえ聞いて!隣のクラスの香乃ちゃん、先輩と付き合ってるんだって!」とか言われたら「ウソ!?キャースゴイー」とオーバーリアクションで返したのに。
ちなみにこれはうちのクラスでの会話の完全コピーである。
うちって女子校だったような……
まあ、そんなの関係ないよね、恋愛は男女じゃなくたっていいんだし。
最近はそういうのに寛容だから、私だって受け入れられるから。
「もっと、お茶を吹きこぼしたりとか」
お茶飲んでないけどね。
《誰と付き合ってるの》
「知らない。教えてくれない」
教え子に対してのろけ話をするのは恥ずかしいのだろう、もしくは見栄を張ったのか。
美里にはいるのかな、恋人とか。
もし私以外にも手をつなぐ人が美里にいたとしたら、私には見せない顔を見せるのだろうか。
そもそも私の前ではどんな顔をしているのだろうか。
「由美ちゃんはそういう人いないの?」
《私は全然》
「意外だな。こんなに可愛いのに」
ゴホッ
お茶は飲んでいないけれどむせた。
体中の体温が上がっていくのが分かった。
最近の私は美里ちゃんに対する沸点が異様に低い。
沸点と言っても決してそれは怒りを表すのではなく、私の体温のことをいう。
最近の私は美里のふとしたあざとい言葉ですら平常心を保てない。
「そういえばここってさ」
《なに》
「パソコンないんだ」
《ないね》
「まあ、画面見えないもんね」
それもそうだが、タイピングができないという理由もある。
ちなみに目が不自由な人でもパソコンを打てるようにFとJのところにポチが用意されている。
しかしこれを実際に使いこなせるかと言えばノーだ。
そもそもの話私のようにほぼ先天的に目が不自由な人間にとっていくら基準としてポチがもうけられていようと他のボタンの位置を把握することは無理だし、覚えられない。
それに端にあるボタンとか絶対に打ち間違えるし。
なのでパソコンを打てない私には必要のないものなのだ。
「パソコンないとか埼玉じゃん」
《埼玉を何だと思ってるの》
いくら埼玉でもパソコンくらい普及してるでしょ、馬鹿にしすぎだ。
「いやいや、埼玉とかなにもないよ。ご当地キティちゃんですら埼玉の魅力にきづけないんだから」
確かにそうだけどね、他の都道府県は名産品とか観光地がキティちゃんに選ばれてるのに対して、埼玉のご当地キティちゃんって玉の上にサイが乗ってるだけでただのダジャレだけどね。
埼玉にもいろいろあるじゃん、せんべいとか。
そんなこんなで話し込んでいるうちに時刻は11時を過ぎていた。
明日百合展に行って、さらに百合を学んできます。