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放課後の甘いひととき

放課後、私は由美を連れてドーナッツを食べに来ていた。

店は大通り沿いにあるため、由美が人や物とぶつからないようにいつも以上に注意した。

私が調べたドーナッツ屋「ミスド」は学校から近く、また、帰り道を少しだけ外れたところにあったので最適だった。

その外装はお菓子の家のようで、とても甘そうだった。

中に入るとイチゴやチョコや砂糖などの混ざった甘ったるい香りがしてファンシーな感じに満たされていた。

由美は目が不自由だからこのお洒落な内装を見ることが出来ないのだ。

私は注文の列に並んで待つついでに由美にこの店について教えてあげる事にした。

「すごいよここ、お菓子の家みたい」

《お菓子の家か》

《見てみたいな》

その言葉は私に重く突き刺さった。

見せてあげたいのは勿論だが、私にはどうすることもできない。

私は医者でもなければ神様でもない。

ただ普通の人とは少し違う特別なだけの私には彼女の願望を叶える術はない。

もし神様がいなくて、由美ちゃんがこうなることが運命だというのなら、運命は漫画で読むほど輝かしく、甘いものではないのかもしれない。

誰かの恋心をつなぐだけの運命なんてただの都合の良い理由付けだ。

だから私は運命なんて信じない。

私と由美ちゃんが出会えたこと、これは運命ではなく、私たちが選んだことなのだ。

同じ高校を選んだのは運命ではなく、私たち自身。

話しかけると決めて、仲良くし続けると決めたのも私たち。

目が不自由でも、耳が不自由でも、生きると決めたのは私たち。

この世の全ての出来事は自分で決めたからそうなるのだ。

私の耳が不自由になったのもそうだ。

《ごめんね》

《別に深い意味はないから》

「大丈夫。それに私なら由美ちゃんの気持ち、少しはわかってあげられるから」

私が黙ってしまったことを申し訳なく思った由美ちゃんの表情はとても落ち着きがなかったけれど、私の言葉でその緊張も解けたようだった。

由美ちゃんはきっと何に対しても優しい。

私の場合は困っている人の気持ちがわかるので助けてあげよう、となるが、由美ちゃんはそうじゃない。

由美ちゃんの場合は自分が困っているから相手にその困惑を与えないようにしよう、と考えているのだ。

私の親切が相手に押し付けるものだとするのなら、由美ちゃんの親切は相手を推し量るものだ。

それ故に由美ちゃんは不器用なのだ。

「そんなことよりさ、何食べるか決めようよ」

《うん》

こんな場所でこんなことを考えるのは明らかに邪念だった、そう反省すると私はガラスに囲まれたドーナッツたちを見た。

どのドーナッツにも満遍なくデコレーティングがされていた。

チョコレートでコーティングされたもの、生クリームを挟んだもの、イチゴ味のもの、ただドーナッツシュガーをまぶしただけのもの。

たくさん種類がありすぎて由美ちゃんに説明するだけで秒針が何周かしてしまいそうだ。

「どういうのが食べたい?」

《チョコかな》

「チョコね。後は?」

《2つも食べるの?》

「そうやって人を食い過ぎにする」

《そうじゃなくて》

《私はお昼ご飯しっかり食べちゃったから》

「冗談だよ」

《心臓に悪いよ》

「大丈夫、私デブだから」

《そうなの?》

「冗談だよ」

由美ちゃんは私の方を向いてムクーッという擬音が適切そうな表情を見せた。

目が不自由なのにこんないろいろな声が飛び交うところでよく私の場所が分かるな。

まあでも、こういううるさい場所でも自分に関連するものなら識別できるんだよね、人間って。

こういうのって確かカクテルパーティー効果っていうんだっけ。

私は耳が聞こえないからどれくらいうるさいのか分からないし、この効果が本当に働くのか分からないけれど、由美ちゃんのクラスで由美ちゃんをすぐに見つけられるのと似ているのかな。

「せっかく来たからね」

《じゃあ私も》

「太るよ?」




私たちはそれぞれのドーナッツを手に入れ、席に座った。

私はシンプルな特に生クリームのドーナッツと季節限定の桜味のドーナッツを、由美ちゃんはチョコとイチゴ味のドーナッツを買った。

「どっちから食べる?」

《チョコから食べようかな》

私はチョコドーナッツを手に取り、由美ちゃんの手が汚れないように紙ナプキンで包んでから渡した。

《ありがとう》

《「いただきます」》

私は生クリームのドーナッツを一口食べた。

ドーナッツ自体は柔らかく、すぐにかみ切ることができた。

おそらく生クリームが外にあふれ出ないようにするためだろうが、その柔らかいドーナッツと生クリームの相性は抜群だった。

固いとどうしてもドーナッツ自体を咀嚼しているうちに生クリームは溶けてしまう。

しかし、このように柔らかいとドーナッツの食感と生クリームの甘さを同時に味わうことができた。

生クリームもドーナッツも甘すぎず、とても食べやすい。

甘いもの自体久しぶりに食べたからか、それとも由美ちゃんと放課後に寄り道できたからなのか、食事というものがいつも以上に心躍っていた。

「おいしいね」

《甘くておいしい》

由美の口にも合うようで、とても幸せそうに食べていた。

友達と帰りに寄り道、自分がこれをする日が来るとは思っていなかった。

だからこういったことについて私はまだまだ勉強不足だ。

私が普段読む小説では男女の色恋ものでこういったものがイベント化されていたり、友人と来てるにしてもさも当たり前のように物語が展開していくため参考にならない。

かといって、昨日ネットで調べてみても答えは見つからなかった。

きっと世の人はこんなことで悩んだりはしないのだろう。

その証拠としてどのテーブルに座っている人も口が絶えず動いている。

でも私たちは当たり前ではないのだ。

《甘いものってよく食べるの?》

「あまり食べないかな。由美ちゃんは?」

《私は全く食べないかな》

「甘いもの嫌いだった?ごめんね」

《そういうわけじゃないの》

《普段食べる機会がないから》

私が話題に悩んでいると由美ちゃんが話題を提供してくれた。

そっか、簡単なことだったのか。

私たちは友達なのだからどっちが話題を提供しても良いのだ。

それに友達なのだから場所によって干渉はされない。

いついかなる場所でどんな話をしても良いのだ。

ならもし由美ちゃんが恋人だったらどんな話をするのだろうか。

可愛いドーナッツだねー、由美ちゃんの方が可愛いよー、やだもうー、なんて話すのかな。

いや、これはないな。

「チョコもおいしい?」

《うん》

《食べてみる?》

「じゃあ私のと交換ね」

私は自分のドーナッツを差し出して由美のドーナッツを受け取った。

私は由美のチョコドーナッツを一口食べた。

私のと違い、由美のドーナッツは揚げられていてサクサクで、噛むたびにしみこんだ油が口の中に広まった。

ドーナッツというよりは揚げパンに近い食感のものの上にはチョコレートが満遍なく塗られている。

そのチョコレートに甘みがあり、揚げパンではなくドーナッツであることを教えられた。

由美ちゃんの方を見るとまだ食べてはおらず、ドーナッツをじっと見つめていた。

その顔は少し赤くなっていて、食べるのをためらっているようにも見えた。

私の食べかけがいやなわけじゃないよね、そうなら交換なんてしないはずだし。

だとしたら恥ずかしいのか、可愛いな由美ちゃんは。

由美ちゃんもやっと心に決めたようでドーナッツを一口食べた。

とてもおいしかったからか先ほどよりも一回り大きく目を開いて味わっていた。

こういう交換をしていると友達なんだなと実感が湧く。

物語ではよくみる光景でも私にはかなえられないものだと心のどこかで思っていた。

だから今日この光景をみれたということがうれしかった。

この光景を由美ちゃんには見れないとしても、思い出に残ってくれるといいな。




私たちはお互いにドーナッツを食べ終え、本格的に会話に本腰を入れ始めた。

「ゴールデンウィークどうする?」

美里がいつもより声に元気を込めて聞いてきた。

楽しみにしてくれているのだろうか、私は楽しみにしているからそうであるとうれしい。

《前に私の料理食べたいって言ってたよね》

《その日で良ければ作ってあげる》

「いいの?楽しみ」

私は目が不自由だから美里がどんな表情かは分からないけれど、楽しみにしてくれているなら私も腕によりをかけて作らないと。

いつもは美里に手伝ってもらっているけれど、自分だって1人でできるんだよ、ということを見せてあげたい。

かといって「じゃあ今度からは全部1人でできるね」なんて言われるのは勘弁なのだが。

自分でも裏腹で矛盾していることに気づいてはいるが、説明ができない。

何で自慢したいのか、なんで依存したいのか、その答えを知りたかったが、知るにはまだまだ人付き合いの経験値が足りていなかった。

「人の家に泊まるのなんて初めてかも」

《私も家に人が泊まるのは初めてかな》

「でも私病院に泊まったことはあるから実際は2回目かな?」

《それ入院じゃん》

私も失明したばかりの頃はさせられたな。

というか私の場合は気付いたら目の前がぼやけてたし、病院にいたんだよね。

「病院って嫌い」

《私も嫌いだよ》

目が不自由な私にとって周りを感じ取るのは匂いだったり、音だったり、気配でだ。

だから病院のあの独特な匂いだったり、気配というのはなんだか落ち着かなくて若干の恐怖を感じる。

《でもこういうお店は好きだよ》

「楽しかった?」

《うんでもね》

《私美里と一緒ならどこだって楽しめるよ》

言ってから恥ずかしさがこみ上げてきた。

日本人は恥ずかしがり屋らしいけれどその通りだと実感した。

考えもせずに出た言葉だから紛れもない本心なのだけれど、考えてみれば顔の温度が上がる。

いや、きっと本心だから余計に恥ずかしいのだ。

美里は黙っている。

黙られるのが一番困る。

どうせなら「恥ずかしい~」とかいって殺してくれれば良かったのに。

これはもはや告白なんじゃないだろうか、こんな言葉を聞かされて迷惑に思っていないだろうか。

「一緒ならどこだっていい」なんて言葉ドラマでしか聞いたことがない。

「なら、一緒に病院に行こう」

《それはちょっと》

「どこだっていいって言ったじゃん」

《それは屁理屈》

どうやらそこまで深く考えられなかったようで良かった。

あえて取り上げなかっただけかもしれないが、とにかく触れられずに済んだということが私を私であり続けることを可能にした。

「もう数日でゴールデンウィークだね」

《うん》

「楽しみだな、ゴールデンウィーク」

《すごく楽しみ》

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