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放課後の約束

「寄り道しようよ」

美里のその一言に誘われ私は公園のベンチに座っていた。

美里と出会って1週間と少し経っていた。

美里に出会う前に比べ、私は随分と変わった気がする。

私は高校生というものに憧れていただけで、それ以外に何も望んでなどいなかった。

友達なんて出来ると思っていなかったし、必要だとも思っていなかった。

友達という概念があったかも危うい。

しかし、そんな私も今や美里がいない学校生活など想像できなくなっていた。

美里と出会って私は弱くなった、そう感じている。

別に一人で生きていけるとは思っていないし、一人でいる事が強いとは思ってはいない。

私はどうあがいても一人では生きていけないし、普通の人も多分そうだと思う。

ただ、今まで一人でやっていたことを一人でやらなくなった、というのは確実に私の弱点になりつつあった。

もし美里がいなくなったら、私は元通りになれるだろうか?

そもそも私の前からいなくならないだろうか?

そこだけがとても怖かった。

しかし、現実として彼女は今日も私の隣に座っているわけで、私にとってのカンフル剤になっていた。

そんな不安など知る由もなく、美里は隣で自動販売機で買ったジュースを飲んでいた。

よほど美味しいのか、それとも喉が渇いているのか、飲むたびに息を吐いていた。

公園では子供たちが楽しそうにボール遊びを行なっている。

パス、とかシュートの用語からサッカーをしているのだろう。

ボールが地面を転がる音も子供の声に混じって聞こえた。

「暇だなぁ」

美里の言う通り暇だった。

公園に寄り道してからというもの、ベンチに座っておしゃべりしかしていない。

私たちが公園に来て出来ることなど他に無いが、それでも暇を感じずにはいられなかった。

私は《そうだね》と返した。

「友達と寄り道なんてしたこと無いから何すればいいのかわからないなぁ」

美里の場合は耳が不自由だからクラスでの会話が聞こえない。

その点私はクラスメイトの話を聞くことで大体の流行や高校生というものを知ることが出来ていた。

芸能人とかは目が不自由だから識別出来ないが、今を生きる若者に噂されるのだ、さぞかし可愛く、カッコいいのだろう。

美里はそのような芸能人を見ることが出来て少し羨ましい。

とはいえ今は情報量からして私の方がナウいJKだ。

なんか言い回しが古臭い気がしたが、まぁいい。

そして残念なことに、そんなナウな私に言わせれば、女子高生が帰宅途中の寄り道で公園など選びはしない。

最近の流行はドーナッツとパンケーキだ。

インスタ映えとか何だかあるらしいが目が不自由なのでわからない。

見て嗜むものは私には理解できないのだ。

《寄り道だと普通はどっかのお店に入るんじゃないかな》

「普通は…か。…よし、ならいこう」

《どこに》

「適当に」

こりゃダメだ。

私の顔を察した美里は「どうしたの?」と不思議そうに尋ねる。

《それは無いよ》

《ドーナッツとかパンケーキとかがいいんじゃない?》

「じゃあ今度そこ行こう」

《いいよ》

そこで会話が途切れた。

ドーナッツとパンケーキどっちに行くのだろうか。

私的には食べやすいドーナッツの方がいいかもしれない。

でも視覚で考えるとパンケーキの方がいいのかもしれない。

目が不自由じゃない美里にとってはパンケーキの方がいいのかも。

まあ、美里と一緒ならどっちだっていっか。

《いつ行くの?》

「明日は?」

《いいよ》

急だな、とは思ったが、そんなことよりも明日もいつもより長くいられるということの方が嬉しかった。

会話が終わると2人の間に静寂が訪れた。

私も、おそらく美里も、公園で遊ぶ子供たちに注目した。

美里は目でその光景を見るのだろう。

目で見て音を想像するのだろうか。

私の場合はそうだ。

耳で聞いてその状況をイメージする。

喜んでいる声が聞こえたらゴールを決めてガッツポーズをする子どもを想像する。

誰かを呼ぶ声がすれば手を上げてボールを要求する子どもを想像する。

私たちは不自由なものを使えるもので補って生きている。

美里も同じかは分からないが、少なくとも私はこうして想像する時間が好きだ。

「ねぇ」

《なに》

「5月と言えば何?」

藪から棒に美里が問いを投げかけた。

私はなんでそんな話になるのか全く分からなかった。

美里の目にはそれに関連したものが写っているのかもしれない。

《どうしてそんなこと》

「もうすぐ4月も終わりだから。5月って何かあったかなって。公園に座ってるだけだとつまんないし話題提供みたいな?」

私は納得するとともに何か申し訳なさを感じていた。

美里に気を遣わせていることに罪悪感を感じたし、自分からももっと話題を提供した方が良いな、と心の底から思った。

《梅雨とか》

「それは6月じゃない?」

《結婚》

「それも6月。ジューンブライド」

《休日が1日もない》

「それも6月」

確かに5月は地味だった。

もし印象にない月をあげろと言われたら私は5月と10月をあげる。

少なくともこの2つの月に関しては私はなにもイベントを思い出すことができなかった。

1月は正月、2月は節分やバレンタイン、3月はひな祭り、4月は桜、6月は梅雨、7月8月は夏休み、9月は月見、11月は文化祭、12月はクリスマス。

目の不自由な私には楽しめそうにないイベントごともあるが、その分私はその時の空気を感じることができるから好きだ。

正月の新鮮な空気、バレンタインの甘いような張り詰めたような空気、月見の時の穏やかな空気。

どれにもそれぞれの味があって好きだ。

「5月ってゴールデンウィークか」

《そういえばあったね》

美里に言われて初めて思い出した。

ゴールデンウィークは人が溢れるので基本的には外に出られない。

出ようと思えば出られるのだが、怖いのであまり出たくなかった。

なのでゴールデンウィークに私がすることはといえば、家でぼーっとするか、掃除をするくらいしかないのである。

「由美ちゃんはゴールデンウィークとか何してるの?」

《何もしてないよ》

「一緒だ」

「そうだよね、家族とか友達でもいれば遊んだりとかできるんだけどね」

2人の間に奇妙な空気を感じた。

私は美里がそれを無意識に発言したのだとわかった。

おそらく美里は「あれ、私たち遊ぼうと思えば遊べるんじゃない?」なんて考えているのだと思う。

私もそう考えていた。

まぁ、私たちの間柄は友達なのか危ういが。

目と耳という間柄だとしたらそれは友達よりも、もしくは家族よりもすごい関係な気がした。

「私たちって、遊べるよね?」

《多分》

「じゃあ、遊ぼう!」

《何して遊ぶの》

「お泊まり会」

美里はふふ、と笑い声を漏らすと嬉々としてて答えた。

お泊まり会かぁ、いいなぁ。

イメージするだけで顔がほころんでしまう。

私たちの関係性はまだ浅いが故に曖昧だ。

だから色々なことを試してみたくなる。

一緒に遊んで、お泊まりして、勉強して、手を繋いだりして、もしかしてキスとかも?

そう考えた時、自分の体温が上がった気がした。

お互いの目と耳という関係は私にとって分からなかった。

美里は私の目として色々なことを手伝ってくれているが、私はなに1つ返せていない気がするからだ。

だとしたら私からみた美里との関係性は?

それを探るにも、深めるにも、ゴールデンウィークのお泊まり会は最適な気がした。

《いいね》

「でしょ?どっちの家でする?」

《私の家でもいい?》

「もちろん!逆に入ってもいいの?」

《うん》

ついでに手料理も食べさせてあげなきゃ。

正直な話、美里の家に行くのは怖かった。

別にそれは心理的な距離からではなく、ただ私が慣れていないからだった。

自分の家なら大体の距離感がわかるので部屋の移動が楽だからだ。

美里がうちに来たら何をしよう。

一緒に遊ぶ?

私たちができる遊びって何だろう、考えておかなくちゃ。

夜は一緒お話して夜更かしするのかな?

話題を考えておかなくちゃ。

「楽しみだなぁ」

《うん》

《楽しみ》

私は初めて印象的な5月を過ごす事になった。

次話投稿が遅くなり申し訳ありません。

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