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出会い〜side本郷由美〜

自分のスマホのホームボタンを押すと「6:30です」と最悪の宣告をされた。

やってしまった。

私は入学早々寝坊をしてしまったのだ。

目覚まし時計が鳴ったような鳴らなかったような気がしているがそんなことを思い出している場合ではない。

私は急いで布団から飛び起きようとしたけれど自分は目が悪いので怪我をしてしまっては大変だ、と諦めることにした。

家の構造は頭に入っているので気持ち急ぎめにキッチンへと向かって朝食を作り始める。

朝食は目玉焼きだ。

盲目の人間が料理など出来ないと思われるかもしれないがそうではない。

上手いとは言えないが一応はできる。

ピーマンのような柔らかいものなら切らずともちぎれば良いし、人参のような硬い野菜でも慣れれば切れる。

火が通ったかだって箸で刺せばわかるし、肉が焼けたかは匂いでわかる。

目が見えない人は目が見えないなりに他の感覚をフル活用するのだ。

私はIHコンロに火をつけ、指で油に触れ、量を確認しながらフライパンに油を垂らした。

手をかざして暖かいところにたまごを割って焼き始める。

あとは感覚だ。

目玉焼きの場合大体3分。

スマホのSiriでタイマーをセットして3分待った。

出来上がったものを食べ終えると制服に着替える。

服の前後だってタグやファスナーを見れば目が見えなくてもわかる。

制服に着替えるとカバンと白杖をもって外に出る。

私の場合は仕方がないので勉強道具は筆記用具やお昼などを除いて全て置いて帰る。

外での私の頼りはこの白杖だ。

白杖の出す音によって障害物を判断する。

近くに壁があれば音が反響して聞こえるので、交差点などはこの音の反響具合でわかる。

車が来るかなどはエンジン音でわかる。

特になにも音がしなければ渡る、そんな風にしていつも登校している。

壁などはある程度近づけばわかるが、三角コーンや自転車などはどうしてもわからない。

白杖で触れてやっと認知できるのである。

自分の家から学校まではそう遠くはない。

普通の人がどのくらいかかるのかはわからないが、それでも私は登校に30分以上要する。

音が頼りの私は大抵家を7時には出る。

何故ならばそうしないと他の学生と登校時間が被ってしまって邪魔になったり、音が聞こえなかったりするからだ。

なので今日みたいな日はとても登校しづらい。

私は登校途中のコンビニに昼ごはんを買うために寄った。

「あら、今日は遅かったわね」

コンビニ店員の松坂さん。

いつも私の買うものを持ってきてくれる優しい人だ。

「寝坊しちゃった」

「あらあら、珍しい。でも急いじゃだめよ」

「わかってます」

「はい、いつもの」

梅とツナと昆布のおにぎりにお茶、これがいつものセット。

私は2つで十分なのだが、松坂さんが「治るものも治らないわよ」と冗談なのか本気なのかわからないことを言ってくるので仕方がない。

もしかしたらこれが松坂さんの商売方法なのかもしれない。

私はお財布から千円札を取り出して差し出した。

お札は千円札、五千円札、一万円札それぞれで大きさが違うし、端にあるシールのようなものの形も違うので目が見えなくても区別がつく。

お釣りを受け取り、商品をカバンに入れてもらうとコンビニを出た。

ちなみに松坂さんの計らいでおにぎりにそれぞれ別のシールが貼られているので食べたいものを食べることができる、ちょっと嬉しい。

コンビニを出ると小鳥が鳴く音が聞こえた。

いつもならこういう綺麗な音は立ち止まってしばらく堪能してから登校するのだが、今はそんな時間がないので鳥さんに別れを告げて歩き始めた。

少し歩くと木々が並んでいる並木道を通る。

長い黒茶色のものが何本も立っているのが薄っすら見えるし、見えなくても風で揺れる音が聞こえる。

これは自然特有の音なので好きだ。

その木々の先には白っぽい花が多分付いている。

この時期に咲くということは多分これが桜なんだろう。

目では味わうことができないので私は毎年、音と匂いで桜と思われるものを嗜む。

匂いといっても桜はあまり匂わない。

梅などの方がよほど香りは強い。

でも匂いが薄いというのもまた個性だと私は思う。

強くなければいけないとしたら多分私は生きてはいられないからだ。

すでにこの時間は他の生徒が多くいる時間なので白杖の音だけでなく生徒の声も混じる。

私は木々の揺れる音や匂いに注意を向けることが出来なかった。

「手を貸しましょうか?」

突然そんな大きな声がかけられた。

私は驚いて歩くのをやめて声のする方向を向いた。

声の方向や行き先からして私にかけられているのは間違いない。

その証拠として私の目の前で私と同じ制服を着ているであろう紺色の服を着た生徒が私の目の前で立ち止まっている。

こんなことは滅多にないので戸惑う。

なんで私に声をかけたんだろう?

なんでこんなに大きな声なんだろう?

色々な疑問が頭の中を駆け巡る。

私に構って仕舞えば遅刻になってしまう。

私も自分のことで精一杯で、相手に迷惑をかけるのも嫌なのであまり乗り気ではなかった。

もちろん、嫌ではなかった。

嬉しかった。

しかし、ここは相手のためにも、それに自分のためにも断るのが良いと思った。

私はおそらく白い髪?は失礼なので銀色の髪をした生徒に対して「私に構ってたら遅刻しちゃうよ」と返した。

彼女はしばらくそのまま立ち止まってなにも言わなかった。

もしかして厚意を断ったから怒っているのだろうか、と少し申し訳ない気持ちになった。

「ごめんね、私耳聞こえないの」

その言葉に初めは驚いたが、すごく納得がいった。

だからこの人は私に声をかけてくれたのか。

私と同じだから助けようとしたんだ、ととても安心した。

彼女は私の手を握り、「一緒に学校に行こう?」ともう一度誘ってくれた。

今度の私には迷いなんてなかった。

初めてなはずなのにとても安心できた。

私は頭を縦に振って応えた。

私は彼女の「一緒に学校に行こう?」の「う?」の部分が面白くて笑ってしまった。

そんな余裕が出来た。

疑問文特有の最後の上がりが面白かったのだ。

でも耳の聞こえない彼女が勇気を振り絞って話しかけてくれたのだから笑ってはいけないと思って程々にした。

この笑いは誘ってくれた嬉しさからくるものだ、きっと。

正直、補助としては不十分なところがあったが、ただ左手を握って側にいてくれてる。

それだけでとても幸せだったし温かかった。

登校途中に何度か隣の子に話しかけられた。

一年生?いつも1人で通ってるの?学校楽しい?目が見えないって大変?学校から家は近いの?遅刻だね?

それらの質問全てに「会話」というものを実感した。

出来るならばそれを彼女にも感じて欲しかったので出来る限り大振りで頷いた。

全部頷くと適当に会話をしていると思われないだろうか?

少し横に振る動作を入れた方がよかっただろうか?

そんな新しい幸せな悩みに悩まされながら登校をした。




校門に着くと「1組?」と聞かれた。

私は5組だったので、このまま首を横に振り続けるのは大変なので歩みを止めて右手で五本指を開いて見せた。

「5組か〜、隣だ」

隣というのは4組だろうか、6組だろうか。

しかしそれを確かめる方法が私たちの間にはまだなかった。

私は自分の目が見えないことを久し振りに憎んだ。

何組か、「せんのみさと」とはどういう漢字を書くのか、友達はいるのか。

聞きたいことは山ほどあったが聞けない。

私は目が見えないのでほとんどの漢字はわからないが、初めて出来た「安心できる人」の漢字くらいは覚えてみたい。

そんな夢、希望ばかり考えているうちに教室についてしまった。

一年生の教室が一階なことを初めて憎んだ。

私はその子とわかれ、教室に入った。

教室に入ると先生が心配と安堵のような声色で私に「大丈夫?」と聞いてきた。

小桜麻美(こざくらあさみ)先生。

私のことを支えてくれるとても優しい先生だ。

可愛い苗字だからきっと可愛いし優しいのだろう。

私は寝坊なんて理由で先生を心配させて申し訳ないと思ったが、正直に「寝坊しました、ごめんなさい」と謝った。

先生は「無事ならそれでよかった」と言って私の席に案内してくれて席に座った。

私がカバンから筆箱を取り出すと同時に聞き覚えのある声が教室中に広がった。

「寝坊しました!」

とても大きな声だった。

きっと彼女は声が聞こえないから声の調節がきかないのかもしれない。

クラスでは笑いが起きていた。

私も笑っていた。

声の方向からして6組だ。

また彼女のことを知れた。

嬉しくて笑ったのだ。

他の人とは違う理由で笑みをこぼした。




放課後、また彼女に会えるかな?とかすかに期待しながら先生に配布プリントをしまってもらっていた。

どうせ読めやしないのだが、配ることに意味があるらしい。

自分でしまえるのだが、優しい先生がいつも手伝ってくれている。

「ひさしぶり」

懐かしい声がしてそちらを振り向いた。

私は嬉しくて手を振った。

先生も「ひさしぶり」という事と今日の「寝坊しました」のタイミングから察したのだろう、「本郷さんを送ってくれてありがとう」と声をかけていた。

案の定、隣の彼女は何を言っているのかわからないというように黙っているので私が先生の体を叩いて事情を説明した。

すると先生は紙に書いてせんのさんに見せていた。

せんのさんは満更でもなさそうに「どういたしまして」と返していた。

先生は私に「気をつけながら帰るのよ。送ってあげたいのだけれど会議があるから」と告げてカバンを渡してくれた。

私はそんなこと気にしなかった。

だってきっと彼女がいてくれるから。

先生が去った後私は椅子に座っていた。

今は帰る生徒が多いので音が頼りの私には帰るに帰れない。

それをどう彼女に説明しよう。

紙に書こうにも目が見えないので書けない。

言葉で言おうにも彼女には聞こえない。

すると彼女から声がかかった。

「帰らないの?」

私はその言葉にただ頷くしか出来なかった。

私は彼女に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

私はただ理由が述べられないという事を理解してもらうしかないと祈ることしかできない。

話したいのに話せない。

自分の無力感が痛切に感じられた。

「連絡先交換しよう」

その響きが光に感じた。

きっと普通の友達であればこうやって知り合っていく。

それは交友関係の常道であり、同時に私たちのメディアになるものだ。

彼女が打った文字を私は音声で理解できる。

それに気づいた、気づかせてくれたことが私の先までの闇を取り払った。

私は嬉々としてスマホを取り出して開いた。

「15:47分です」というスマホの時刻通知を聞き流した。

今の私にとって大事なのは時刻を知ることよりも彼女を知ることだ。

私が彼女と連絡先を交換すると早速彼女からメッセージがきた。

《よろしくね》

これで私の言葉をせんのさんに伝えられる。

今の気持ちを言葉にするのは不可能だ。

だから私は正直に今思っている事を彼女に伝えることにした。

それはきっと彼女も思っている事だから、理解し合えることだから。

私はスマホを通じて彼女に向けてこう話しかけた。

《これで話せるね》

彼女からの返信には少し時間があった。

私の言葉をどう受け取ったのか、期待と不安が混じってドキドキしていた。

しばらくしてから《そうだねびっくり》と返ってきた時には安堵できた。

安堵からか、私はせんのさんの言葉を聞けるから文字に起こす必要がないのに、と考える余裕ができた。

《どうして帰らないの?》

これはどう返せばいいのだろうか、と一瞬悩んだ。

帰宅する生徒の声があるから、というのは簡単だけど、そう言ってしまえば帰り道に彼女と話すことが出来なくなってしまうかもしれない。

今の私にとって大事なのは命よりも目の前の幸せだった。

しかし、彼女に対して嘘をつくことだけは出来ないと考え付くと《音が聞こえないから》と素直に返した。

それを彼女は《ごめんなさい》と返してきた。

私は誤解している彼女にそうではないことを伝えるために《大丈夫》《話しかけてくれて嬉しかった》と表情とともに彼女に返した。

幸い彼女は目が見えるのでこれで伝わる。

私は彼女と微妙な空気になりたくなかったのでさっき気づいたことに話題を変えた。

《あとさ》

《せんのさんは文字打たなくても私聞こえるよ》

《話すの上手》

誰が笑おうと、声が大きかろうと、彼女の声は私に安心を届ける。

むしろ大きければ大きいほど私にとっては良いのだ。

きっと自分の声については彼女が気にしているのだろう。

だから私が教えてあげなくちゃ。

あなたの声は素敵だよって。

人を元気にさせる魔法が使える声だって。

せんのさんは「そっかあ」とおどけた様子で答えた。

「やっぱり帰ろうよ、私が本郷さんの目になるから」

彼女がどうして帰りたがるのか、何となくわかる気がした。

彼女にとって必要なのが音ではなく色なのであれば、夜になると彼女はとても不安なのだと思う。

私を連れて帰るとなればそれほど時間はかかってしまう。

きっとせんのさんに迷惑がかかってしまう。

でもそれでいいのだと思う。

だって私は、

《なら私はあなたの耳になる》

からね。

迷惑になるかもしれないけど、同時にあなたの役に立てるから。

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