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出会い〜side千野美里〜

いつもと変わらない朝だった。

まくらに潜ませておいたスマホのバイヴレーションで目を覚まし、朝食を済ませ身支度をし、学校へ行く準備を完了する。

鍵を閉め、ちゃんとかかっているか確認するために一度ドアを引き、開かないことを確認して家を出た。

高校生になって2週間、自分の着ている制服や通学路に未だに慣れない。

着ているシャツのタグがチクチクする。

私は白線の内側を歩きながら学校へと向かう。

通学路にはいくつもの魅力がある。

住宅街に植えられた花、ペンキの剥がれた公園の遊具、アスファルト脇に生えた雑草、川で泳ぐ魚、それぞれにそれぞれの魅力がある。

昨日通ったはずの薄ピンク色の桜道は今日見ても新鮮であり綺麗だった。

風に吹かれて揺れる桜の木は花びらを撒きながらその美貌を見せびらかしている。

美貌とはいえすでに四月も中頃なので桜の花びらも気持ち少なく感じる。

私は何度も踏まれ、少し茶色く染まってしまっている花びらの絨毯の上を入学式の時にひかれていたレッドカーペットを思い出しながら歩いた。

茶色くなってしまったこの絨毯を普通の人はどう思うだろうか。

茶色く心変わりした桜の花びらに美しさなどないだろうか。

私はそうは思わない。

春にしか見れないこの色のアスファルトというだけで貴重だし、茶色だって立派に色だ。

通学路なだけあって他の生徒も大勢歩いている。

しかしその生徒たちはこんな桜には目もくれず、各々友人との話に花を咲かせている、桜だけに。

一体どんな話をしているのだろうか。

他愛もない話をするくらいなら間も無く散ってしまうこの桜を見ている方が有意義に私には思えてしまう。

あちらこちらの桜をきょろきょろと見ていると、ふと1人の学生に焦点があった。

白杖を使いながら歩道を歩いている生徒がいるのである。

その光景は私に桜を見ることも歩くことも忘れさせた。

私は彼女をただ眺めていた。

目の前もわからないだろう彼女は白杖ひとつに、カバンが邪魔にならないように背負い、前を確かめながら歩いていた。

彼女の歩く速度はとてもゆっくりで、流石に言い過ぎかもしれないが「うさぎとかめ」のかめさんのようにゆっくりだった。

かめという表現が、懸命に学校に向かい続ける彼女の様子に私はとてもしっくりきた。

このままでは確実に彼女は遅刻してしまう。

いや、たとえ私が助けたとしても間に合うことは多分ない。

でも大変そう。

だから助けよう。

私という人間は耳が聞こえないが故にそうある。

普通の人からしたらおかしな話かもしれない。

歩けているのだから、目が見えるのだからと見て見ぬ振りをするのがおそらく普通で、手を差し伸べるのはごく一部。

でもそれが私。

私は車が来ないのを確認して反対側の歩道に駆け寄った。

「手を貸しましょうか?」

盲目の彼女はビクッと体を震わせながらこちらを向いた。

私の日本語何かおかしくはないだろうか、この発音であってるだろうか、声は大きすぎないだろうか、小さすぎないだろうか?

昔言葉を習った頃の記憶のみで話しているのでわからないし、それらがあっているか確かめる術が今の私にはない。

彼女の瞳はとても綺麗で、盲目にはとても見えなかった。

一応彼女はこちらを向いているものの、私を認識できているのかもわからない。

もしかしたら母親譲りのこのクリーム色の髪も桜の花びらに同化してわからないかもしれないし、そもそも真っ暗なのかもしれない。

「◯△◇☆*」

盲目の彼女が私に対して何か喋っているようだが、残念ながら私には聞こえない。

だからとりあえず表情を読んだ。

聴覚の働かない私にとって1番頼りになるのは視覚である。

その私の観察眼は彼女の表情から驚きを読み取った。

しかし、いくら観察しても残念ながら彼女の言っている事はわからない。

「ごめんね、私耳聞こえないの」

私がこう口にすると彼女はさっきとは違った驚きを見せながらも少し安堵の表情も見せている気がした。

ここで止まっていても仕方がないのでとりあえず私は彼女の手を握ってこう呟いた。

「一緒に学校に行こう?」

彼女は一旦固まった後ニコッと笑い、少し置いてから大きく頷いた。

そして私たちは手を繋ぎながら学校へとゆっくりと着実に歩んでいった。

私は段差など彼女にとって危険そうなものを事前に知らせるなどをして支えた。

さっきまでは美しく思えた桜の木の根っこですら今は恐怖の対象にしか見えなかった。

折角誰かと一緒にいるのに会話が出来ないのではつまらないので、YESかNOで答えられるようなDo〜やAre〜で始まる疑問文を彼女に対していくつか投げかけた。

一年生?いつも1人で通ってるの?学校楽しい?目が見えないって大変?学校から家は近いの?遅刻だね?

そんな問いに対して彼女はひとつひとつ丁寧に頷いて答えてくれた。

ちなみに返ってきた答えは全てYESだった。

とても大きく頷くので変な子だな、と思ったが目が見えないから度合いがわからないのだろうということで落ち着いた。

親御さんはいないの?とは聞けなかった。

一人で通学しているところから何となく私と同じな気がしたから。

普段なにかと世話をかけがちな私であるが、今日この日においては目の悪い彼女の為になっているということから、優越感と言ったら聞こえは悪いが、何か人の役に立てている気がして悪くなかった。

それ以上に「同じ」という親近感が湧いた。

こんなに親近感の湧く相手なのに名前すら聞けない。

耳が聞こえないのは不便だな、と久し振りに思い出した。

だからせめて自分だけでも名乗っておこう。

「私は千野美里(せんのみさと)よろしくね」

隣の彼女はまた頭を縦に振ってYESで答えてくれた。




1時間目が始まって10分ほどたったところで私たちは学校にたどり着いた。

彼女は5組らしいのでその教室まで案内していった。

私もそうだが、彼女が普通のクラスに、もしくは高校に所属しているということはきっと彼女もまた普通でありたいという事なのだろう。

彼女が教室に入るのを見送ると私は自分のクラスである6組に向かった。

私は教室のドアを開けた。

油を注していないからかとても重いその扉は私が開けたことで大きな音を立てたかもしれない。

その理由としてかクラス中の視線が私に集まった。

先生は私を廊下に呼び出して授業を一旦止めた。

先生の名前は大神佳子(おおみわよしこ)

耳の聞こえない私のためにひらがなでルビを振ってくれるような優しい先生だ。

手話ができない先生は紙に用件を書いて私に差し出した。

「どうして遅れたの?何かあったの?大丈夫?」

きっと先生は心配してわざわざ授業を止めてくれたのだ。

先生優しいな、と思いながら私は「寝坊しました」と答えた。

きっとここで彼女のことを言えば怒られる事は無いのだろうけれど、それを理由にするのは私が許せなかった。

先生はそれを聞いて一旦教室を見てまた私に視線を戻した。

その真意は私にはわからなかった。

先生が抜けてクラスが騒がしくなったのか、先生を呼ぶ声がしたのか、はたまた私の声が大きすぎたのか。

しかし、やはり私にそれを確認するすべはなかった。

先生はまた紙にただ一言「了解」とだけ書いて私を笑顔でクラスに入れた。




放課後、先生の何かしらの言葉が発されると同時に一斉に生徒が立ち上がり各々の活動に入った。

あるものは部活動へ、またあるものは家へ、もしかしたらまたあるものは寄り道もあるかもしれない。

そして私も久し振りに買い物以外の予定を得ていた。

もちろん彼女である。

私はカバンに荷物を詰め、忘れ物がないことを確認してから教室を出て5組へ向かった。

5組にはまだ数名の生徒が残っており、それぞれが笑顔で会話をしていた。

私の目当ての彼女は担任の先生にカバンに荷物を詰めてもらっているところだった。

私は彼女のもとに歩み寄って「ひさしぶり」と声をかけた。

彼女はこちらに気がつくと微笑みながら手を振ってこたえてくれた。

「%&〆#☆」

担任の先生が私に対して何か喋っているようだが、私には何を言っているのか分からない。

先生の表情は別に怒っているわけでもなくただ笑顔だった。

おそらく感謝か何かを述べられているのだと思う。

私が耳が聞こえないということを説明しようとすると彼女が先生の腰あたりを触ってまた何かを喋った。

それを聞いた先生は教卓に紙を取りに行き、何かを書いて私に見せてくれた。

その紙にはとても可愛いらしい文字で「今日は本郷さんを助けてくれてありがとう」と書かれていた。

私は「どういたしまして」と返した。

先生は私たちに何かを告げるとカバンを彼女に私て教室を出て行った。

帰りも1人なんだな、と思うとなおさら一緒に帰ろうという思いが強くなった。

しかし、彼女は椅子から立ち上がろうとしない。

もしかして先生に待てと言われているのだろうか。

「帰らないの?」

彼女は縦に首をふった。

どうして?とは聞けなかった。

聞いてもその返事をしたり、理解する術が無かった。

だから私は自分のスマホを取り出してまた彼女に告げた。

「連絡先交換しよう」

彼女はまた笑って自分のスマホをポケットから取り出した。

ホーム画面が開き、そのままスラスラと操作し始めた。

目が見えないのによく出来るなぁ、と一人感心した。

私も自分のスマホを操作してお互いの連絡先を交換した。

私は一言よろしくねと打って彼女に送った。

すると彼女は少し考えた後にスマホに対して話しかけ、私にメッセージが返してきた。

《これで話せるね》

その一言は私にとってとても温かかった。

私は彼女に対して微笑みかけた。

しかし彼女が目が見えないことを思い出して《そうだね!》と返した。

《どうして帰らないの?》

彼女はまた少し考えた後に《音が聞こえないから》と返した。

私は罪悪感に襲われた。

私は当たり前なことに気づいていなかったのだ。

視覚が使えない彼女にとって聴覚が一番の頼りのはずだ。

白杖だってそのためにある。

それを彼女の助けをする時に色々と話しかけてしまって彼女を不安にさせてしまっていたのだ。

私は《ごめんなさい》と素直に謝った。

それに対して彼女は《大丈夫》《話しかけてくれて嬉しかった》と微笑みながら返してくれた。

さらに彼女から言葉が送られてきた。

《あとさ》

《せんのさんは文字打たなくても私聞こえるよ》

《話すの上手》

私は「そっかあ」と後ろに手を当てながら文字通り照れた。

照れた理由は色々あったけれど悪い気持ちはなかった。

「やっぱり帰ろうよ、私が本郷さんの目になるから」

別に早く帰りたいというわけではないが遅くなってしまうと私が大変なのだ。

そもそも耳が聞こえないのに視界まで悪くなってしまうとかなり怖い。

彼女と一緒に帰るということも考えるとやはり早く帰っておきたい。

彼女が私の意図を理解したとは思えないが、「なら私はあなたの耳になる」と返してくれたので一緒に帰ることにした。

今まで生きてきた中で色んな励ましの言葉をかけられたが、この言葉が一番嬉しかった。

私はその嬉しさを隠すことなく表情に表した。

でもきっとその表情は彼女には届かない。

それにこの気持ちを言葉に表すことは出来なかった。

やっぱり不便だ。

ちなみに彼女の頬は赤く染まっていた。

おそらくさっきの言葉がお互いに効いたのだ。

私は彼女の手を握って先導した。

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