柳岡悠の願いⅣ
「行っちゃった……」
少女がしみじみとそう言っていると、ガラガラと音を立てて、操り人形が天井から降りてきた。
「終ワッタノカ?」
「終わったよ」
少女は急にくるっと回ると、嬉しそうな顔をして振り返った。
「私、女神様って言われた! 女神様だって!」
「良カッタナ」
「いやあ、私が女神かあ。彼、見る目があるね」
少女はにやついていた。そんな少女に操り人形は茶々を入れる。
「ソンナ女神様ノ写真集ヲ作ッタヨ。読ム?」
「作るな。というか、えっ、そんなに写真あるの?」
「沢山、撮ッタヨ。写真集ヲ作レル位ニハ」
「いったいどれだけ隠し撮りしてるのよ……。てか、そうだ、この写真! いつ撮ったの⁉」
少女はぐしゃぐしゃに丸めた例の写真を、そのまま操り人形に見せつけた。
「撮ラレタクナイナラ、ソンナコトヲシナケレバ良インダヨ」
「はあ? 何それ⁉ 撮る方が悪いに決まってんじゃん! 変態! 変態! 変態!」
少女が「変態!」と言い終わらないうちに操り人形は自身の糸を引っ張った。新たな写真がひらひらと舞い落ちる。それを取った少女の顔はたちまち真っ赤になった。
「変態ハ、メリルノ方ダロ。ソレダッテ――――」
その言葉が終わらないうちに、赤面した少女の拳が操り人形に炸裂した。操り人形はバラバラになって部屋中に散らばった。頭だけが辛うじて、糸に繋がっていた。
「痛イナア」
「バカ! バカ! バカ!」
「馬鹿ッテ言ウナ、変態」
「私は変態じゃない! 断じて違う! 私は変態なんかじゃない! お前が変態なんだ!」
「ソウナノカ。知ラナカッタナア」
アンティークの木製頭が棒読みでそう言うと同時に、それは六回ほど回転して傾いた。それは少女が殴ったからだと、木製頭は気付いていた。同じく木製の目玉の回転が落ち着いた頃、操り人形は少女に尋ねた。
「トコロデ、今回ノオ客人ハ、コレカラドンナ人生ヲ?」
「ふん!」
少女はぷんぷんと怒りながらも、手にしている古い手帳を読んだ。柳岡悠の項目には新たな一節が記されていた。
「悪くないね。結構、面白いよ」
「ソウカ」
「異世界生活か。そういうのも悪くないのかもね。特に、こんな変態がいない世界はとっても良いだろうね」
少女は皮肉を込める。操り人形はそれに気付いていないふりをして続けた。
「此処コソ異世界ダロ。メリルハ既ニ異世界ノ住人ダ」
「確かに、そうかも」
少女は笑った。笑いながら、壊れた人形を天井裏に投げ込んだ。「優シク扱エ」という声を無視し、手あたり次第に投げ込んだ。
すっきりと片付いた観測室を眺めて、少女は寝そべった。頭上には無数の星飾りがぶら下がっている。その隙間に、ウサギ、ウシ、クジラなどのお気に入りのぬいぐるみや、地球や月を模したボールが吊り下がっている。ちゃんとした形に戻った操り人形も、既に吊るされていた。
少女は祈るように、純白の包帯を巻いた右手と、何も巻いていない左手の指を絡ませた。観測室の天井は遠く、暗闇は無限に続いている。その奥に少女は思いを馳せる。絡ませた指を胸の前に置くと、小さく息を吸い、そして、瞼を閉じた。
「今日は疲れたな」
夜が少女の下に訪れた。少女の小さな欠伸は夜に溶けていく。
「おやすみなさい」
この話はこれで終わり。次回からは、また別のお話。