柳岡悠の願いⅢ
話の区切りが良いところで切ると短くなることがあるのが難点
悠は再び目を開いた。だが、そこに広がっていたのは異世界でもなければ、悠の過ごしていた現世でもない。そこは少女と話をしていた観測室そのものだった。天井から吊るされているものは元通り。ついでに白髪の少女もそこにいたままだった。少女は申し訳なさそうな顔をして悠を見つめていた。
「あれ?」
「すみません。あれはただの演出なんですよ」
少女は包帯の巻かれた指を真上に向かって差した。ゆっくりと天井の暗闇に消えていく人形の足が、キラキラと輝いていた。
「とにかく、あなたの願いは聞き届けられました。これから、あなたを異世界に送り出す準備をします」
そう言って少女は先程まで踊っていたクジラのぬいぐるみを引っ張った。すると、赤い箱がすとんと落ちてきた。側面には可愛らしい猫のマーク、そしてRa226の文字が黒ペンキで書かれていた。
「これは?」
「この箱にはあなたの願いを実行するために必要なものが入っています。開けてみてください」
悠は箱を開いた。確かに、思い描いた通りの物が入っていた。
「これを持って行っていいの?」
「はい。それを持って、頑張ってくださいね」
少女は部屋の隅へ行き、レバーを引いた。ゴゴゴという音と振動がし始めた。
「足元に気を付けてください」
悠の目の前の床に円状の切れ込みが入った。その中心に一直線の亀裂が入り、円は二つに分かれた。大きな振動を立てながら、荘厳な大理石の扉がゆっくりと現れた。霧のようなモヤが扉の隙間から広がっていく。
「すごい! これが異世界への扉! ゲームみたいだ!」
悠は興奮していた。重低音を響かせながら、扉が開いていく。その先には、歪んだブラックホールのような異空間が広がっていた。
「この先の世界はあなたの思い描いた世界です。ここから先、私は干渉することができません。心を決めましたら、どうぞ中へ」
悠はゆっくりと扉に近付いた。心臓の鼓動が早い。息遣いも荒い。異世界は目の前だ。この先に異世界がある。悠が望んだ世界がすぐそこにあった。
一歩、二歩、と扉に近付いていく。ふと、悠は足を止めた。くるりと少女の方を向くと、悠は深々とお辞儀した。
「ありがとうございます、女神様。僕、頑張ります」
そう言い終わると、悠は扉の奥へと飛び込んだ。少女はその姿が消えるまで、手を振っていた。大理石の扉は悠が消えたと同時に閉まり、煙のように消えた。
柳岡悠は異世界へと旅立った。これから、彼の二度目の人生が始まる。