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観測室のメリル  作者: 伊和春賀
転生と価値
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青葉勇太の願いⅣ

 ゆっくりと閉じていく大理石の門に手を振りながら、少女はニヤッと笑っていた。


「やっぱり、持ち出した」


 散乱する装備品は、そのほとんどが出された時のままだった。どれもが、きっと、異世界の常識を覆すような品には違いない。だが、少女はそれに目をくれず、天井に向かって叫んだ。


「見ているんだろう、エクス」


 するすると、半透明の糸に吊るされた操り人形が垂れさがってきた。


「バレタカ」

「ステータスシートとかいう封筒を、私に持たせたのは、お前だな」

「気付イテイタカ」

「でも、あれは一体、何さ? どんな意味があるの?」

「意味ハ無イ。デモ、アイツハ、満足シテイタダロ?」

「確かにそうだ」


 操り人形は、部屋中に散らばる装備品を眺めていた。


「ソレデ、コノ有様ハ何ダ?」

「お客人が取り出したものだよ。後で片付ける」


 少女は足元に落ちていた黄金の鎧を蹴っ飛ばした。それは、他の道具を巻き込んで、観測室の壁に当たった。


「しょうもないものばっかり。想像力の限界かな」

「カナリ、若カッタシナ」

「それに、罪を自覚してはいなかったね」


 少女はくるっと一回転した。すると乾いていたはずの服が再び濡れ、ぴったりと少女の肌にくっついた。


「言ワナカッタナ」

「人聞きの悪い。聞かれなかっただけ」


 少女は狐のように笑いながら、星飾りを引っ張った。古びた手帳が落ち、空中でそれを掴む。パラパラとめくられる手帳は、紙の欠片を落としていく。


「青葉勇太は溺れ死んだ。その理由を、彼はきっと、どこかで思い出すんだろうね」

「ソレハ、異世界デカ?」

「そうだね。きっと、彼が追い詰められた時、思い出すよ。彼が現世で生きているうちに、一人の人間を追い詰めたように」


 少女はあるページで、指を止めていた。そこに書かれていることを、人形は覗き見ていた。


「ナルホド。恐ロシイ事ダ」

「彼の罪深さは、いつまでも変わらない。そして、彼は欲深さも。そう。あの箱を持ちだしてしまったように」


 少女は濡れた髪を絞っていた。水たまりは、黄金色に輝く道具を黒ずんだものにさせていく。


「結局、持チ出サセタノカ」

「うん。あからさまに興味津々だったよ。てっきり、Ra226を持ち出したいって、言い出すと思ったけれど、これはこれで、結果オーライかな」

「メリルカラ言エバ、良カッタノデハ?」

「エクスは分かってないなあ。彼が、自分で選んだからこそ意味があるんでしょ?」


 少女はにやっと笑った。


「Ra226ハタダノ、欲望ヲ映シ出ス鏡ダ」

「そう、放射性同位体の名前を冠する、名前通りの劇薬。人をじわりと苦しめ、気付かないうちに滅ぼしていく」


 少女は濡れた手で、再びクジラのぬいぐるみを引っ張った。すると、箱がすとんと落ちてきた。側面には可愛らしい猫のマーク、そしてRa226という文字が黒ペンキで、雑に書かれていた。その箱の色は、青葉勇太が持ち去った箱と同じ、赤色だった。


「これに何が入っているかは、開けてみるまで分からない。開けて初めて、何が出てくるか分かる仕掛け――、か」

「アノオ方ハ、奇妙ナ物ヲ作ルヨナ」

「そうだね。だからこそ、面白くなるんだよ」


 少女は赤い箱の蓋を取り外し、勢いよく蹴っ飛ばした。その直線上にあった品々が箱に飲み込まれ、消えていく。


「トコロデ、今回ノオ客人ハ、ドンナ未来ヲ?」

「あー、それは……」


 少女は古びた手帳を読んだ。しかし、途中で飽きたのか、それを放り出した。


「やっぱり、知るのはよそう」

「何故ダ?」

「結末を想像する方が楽しそうだから、かな」


 手帳は、床を転がりまわる箱の中に吸い込まれていった。


「ねえ、エクス」

「何ダ?」


 少女は突然、腹を抱えて笑い出した。


「何ガ可笑シインダ?」

「いやあ、だってさ」


 目元の涙粒をふき取りながら、少女は答える。


「異世界の人間は、あの箱の方がよっぽど価値があるって、いつ気が付くんだろうね。彼の価値なんて、あれに比べれば、無いにも等しいからさ」

「確カニナ。適正SSSダッテ、タダノ飾リダ」

「あんなの、誰だってそうなるんだよ。無いはずの実力を、どこまで勘違いして生きるのかな」

「正ニ、虎ノ威ヲ借ル狐」

「いやあ、楽しみだね。あの箱にしか価値がないと分かるのは、彼が先か、それとも、異世界の人間が先か。想像するだけで面白い」


 赤い箱は、なおも転がり続け、何もかもを飲み込んでいく。剣も杖も鎧もローブも指輪もオーブもポーションも、全てが消えていく。


「新たな歴史が刻まれる」


 少女は閉じた大理石の扉を見ながら、静かに呟いた。その色はまだ、白かった。だが、その端には赤い染みが付いていた。

 箱はそれをも飲み込んだ。


今回の話はここまで。次回からは、また別のお話。

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