表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測室のメリル  作者: 伊和春賀
失われた青春
25/37

夏島華菜の願いⅢ

『氷川愛衣の願い』という話からずっと続いています。

ちょっと分かりにくいので、サブタイトルを変えようか悩み中です。

「あれは、八月の中頃だったかな。皆で海に行った次の週だった」

「皆というのは?」

「飯島と鈴木。それとメイ――――、ううん、氷川と、ハルカ―――、高橋。あと、あたしを含めた五人でね、海に行ったの。高校生活の思い出にって」

「なるほど。その人たちは、高校のクラスメートですか?」

「うん。氷川と高橋は私の友達――――、だった。飯島は氷川の彼氏……で、鈴木は飯島の親友。クラスでは、よくこの五人でつるんでいてね。まあ、他にも話す人はたくさんいたけれど、とにかく、この五人で海に行こうって話になったの」


 天井の星飾りを見ながら、カナは説明していた。記憶を整理し、当時のことを紡ぎ出していく。


「それは楽しかったのですか?」

「うん。楽しかった。良い思い出だった。バーベキューをしたり、花火をしたり、ね。でも、やっぱり、楽しかった時間は、そこまでだった」


 少女は首を傾げた。


「その時間まで? それからは疎遠になったのですか?」

「うん。だって、あんなことになるなんて、思っていなかったから」


 カナは(うつむ)いた。彼女の髪が、表情を覆い隠す。


「何があったのですか」

「飯島から連絡が来たの。話があるからって。何の話かって聞いてみたら、氷川にあげる誕生日プレゼントを考えていて、それを一緒に考えてくれないか、ということだった。もちろん、あたしは、協力することにした。メイが――――、氷川が何が好きかってことは、よく分かっていたから。でも――――」

「でも?」

「今、考えればおかしな話だったんだ。長い間、氷川と付き合っている飯島が、氷川の好みを知らないはずがないの。誕生日プレゼントだって、既に送ったことがあるはずだもの。でも、その時は、これっぽちも、そう思わなかったんだ。バカだよね……」


 カナは大きくため息をついた。垂れさがった前髪の隙間を、それは駆け抜けていった。


「すると、飯島という人物の目的は、他にあったということでしょうか」

「その通り。飯島は誕生日プレゼントを選ぼうとは思っていなかったのよ。本当の目的は、あたし。でも、その時は気付いていなかった。だから、あたしは飯島と約束して、氷川の誕生日プレゼントを探すことになったのよ」

「二人きりでですか?」

「そうよ。二人きり。だから、つまり、飯島にとってそれは――――」

「デート、ということですね」


 カナは頷いた。再び、ため息が漏れた。


「プレゼントを選んで、その終わりにファミレスに入った。食事をしながら、どうやってプレゼントを渡せばいいか、なんて話をしていたの。でも、飯島は急に話を切った。神妙そうな顔をしているから、どうしたの、って聞いたんだ。あたしは、てっきり氷川とうまくいっていないんだと思ったのよ。でも答えは違った」

「何を言い出したのですか?」

「『僕と付き合ってくれないか』だって。酷い話よね。あたしは聞き返した。『メイと付き合っているんじゃないの』って。そしたら、『これから別れる』だって。『じゃあ、今日選んだプレゼントは?』と聞けば、『お前と一緒に買い物がしたかっただけ』だとさ」

「うわあ。何ですか、それ」

「ただの浮気宣言よ。顔はカッコいいけれど、中身はクズだったみたい。確かに、魅力的な男だったけれど、氷川と既に付き合っている以上、彼と浮気なんてしたくなかった。氷川は私の友達だったし、それに――――」

「それに?」


 カナは椅子の上でひざを折り、それを抱えた。


「氷川はクラスのリーダーだった。逆らうわけにはいかないような、そんな地位を築いていた。彼女の一声で、クラス中の女子が動くの。彼女に逆らったりしたら、それこそクラスになんかいられない。今思えば、ただの独裁者よ」

「でも、それでクラスは回っていたのでしょう?」

「そうだね。あたしも含めて、氷川の下にいることで、何事も上手くいっていた。上手くいっていたんだ……」


 カナは折ったひざに、頭を乗せた。


「すみません。嫌なことを思い出させてしまったみたいで」

「いいの。これはもう、終わったことだから」


 少し、くぐもった声で、カナは話を続けていく。


「でも飯島は、とにかくあたしと付き合おうとした。今思えば、理由がよく分かる。あいつは水着姿のあたしを、じろじろと見つめていた。ただの下心よね。その気になれば、ヤれるとでも、思っていたんじゃないかな。メイって、そういうことはしなさそうだからね」

「でも、あなたがそのようなことを、するとは思えませんが……」

「男っていうのは、思ったより下心で動くのよ。可能性が少しでも高いなら、その方を選ぶ。ただ、それだけ」

「そういうものなんですか」

「男はね、ケダモノなの。どんなに大人しく見えたって、中身はただの獣。昔、付き合っていた彼氏とは、それが理由で分かれちゃった。どこかで、ぬいぐるみからペニスが生えてきた、なんて表現されていたけれど、まさに、その通りだと思うわ」

「ぬいぐるみにペニスですか。確かにそれは気持ち悪いですね」

「でも、飯島はそんなもんじゃない。ただのペニス」


 カナは足を床に戻した。そのはずみで、床に置いたペットボトルが倒れた。


「きっと、あなたに告白した後でも、飯島という男は、氷川という女と分かれなかったのでしょう?」

「当たり。その日は、『考えておいてほしい』と言われて、お開きになったけれど、氷川と飯島が分かれたなんて話は、ついに、聞くことはなかった。でも、飯島のアプローチは日に日に激しくなっていった」

「例えば、どのようなことですか」

「しつこく、変なメッセージを送って来るとか、電話してくるとか。何度、あたしが断っても、やめようとしなかった。ブロックしようかと考えたけれど、メイのことを考えると、それもできなかった。メイが何かを察して、それで悲しんだら嫌だったし。飯島と付き合えることになった時の、メイの嬉しそうな顔を、あたしは壊したくなかったの」

「メイという、その女性は、飯島の浮気性には気付いていなかったのですか?」

「うん。気付いていなかった。最後まで」

「最後まで?」

「そう。気付いていたかもしれないけれど、認めてはいない」


 カナは手と足を延ばした。頭上の星飾りの揺らぎは、次第に小さくなっていった。


「決定的だったのは、あの日。そう、メイの誕生日。飯島はどこにいたと思う?」

「その口ぶりだと、どちらの家でも無かったようですね」

「あたしの家に来たの。唖然(あぜん)としたよ。メイは彼氏と一緒に過ごすからって、自慢げにメールしていたのに、当の飯島の行動はそれよ? ホールケーキまで買っておいて、あたしの家に来たの。『やっぱり、お前じゃなきゃダメだ』って、何様のつもりよね。もちろん、すぐに追い返した。まあ、その後で、ちゃんと氷川の家に行ったみたいだけど」

「ああ、行ったには行ったんですね」

「飯島は、氷川を捨てるなんて、考えていなかったんじゃないかな。都合のいいように、したかっただけ。きっと。でも、学校が始まってから、飯島の氷川への態度が変わっていることには気が付いた。氷川は気付いてなかったかもしれないけれど」


 天井に吊り下がるぬいぐるみを見ながら、カナは話を続けていく。


「しばらくして、ある噂が学校中を駆け巡った。氷川と飯島が別れたっていう噂がね」

「二人は本当に、別れたのでしょうか」

「ううん。別れてなんていなかった。あたしと付き合いたいから別れるなんて言うのは、やっぱり、見え透いた嘘だったわけ。でも、飯島の変なメッセージは尽きなかった。どんな精神構造してるんだか……」

「でも、噂が立つなんて変ですね。だって、二人は別れていなかったんでしょう?」

「そう。だからこそ、恐ろしいのよ……。その後は――――」


 カナの動きが止まった。小さく震え、どこか一点を見つめている。少女はカナを抱き、背中を優しく撫で上げた。


「ありがとう」

「色々と思い出させてしまったかもしれませんね。でも、ここで吐き出してしまった方が楽になりますよ」

「うん」


 深呼吸をして、カナは心を落ち着かせた。それでも涙ぐんでいる声で、話を続けていく。


「次の日から、噂には尾ひれがついた。氷川の彼氏を、誰かが寝取ったから、二人は別れたって。それが、誰か。そんなの、すぐに特定されたよ。それは、あたし。一番、氷川の近くにいたから、ひがみの対象になった。たぶん、それだけ」

「その件に、氷川という女は関わっていたのですか?」


 カナは小さく首を振った。


「ううん。氷川はまだ、この件には関わっていなかった」

「まだ?」

「そう。まだ。この時は、ご機嫌取りを履き違えた、醜い奴らの暴走だっただけ」

「噂を勝手に考えた結果、その原因が偶然、飯島に言い寄られていた、あなたになってしまったわけですか」

「そういうこと。嫌な偶然よね……」


 大きなため息が、少女の横をすりぬけていく。


「それから、あたしの物が無くなるなんてことは、日常になった。教科書は破れているし、バッグが接着剤まみれだったこともあった。トイレに入れば、水を掛けられるし、体操着が泥まみれになっていることだってあった」

「いじめが始まったのですね」

「でも、誰もいじめなんて言わなかった。誰もが気付いていたけれど、無視していた。だって、女王に逆らった女に居場所なんてないはずだもの。その矛先が、いつ自分に向くかなんて、分かったもんじゃない」

「でもまだ、事実はそうではなかった。違いますか?」

「うん。この時はまだ、氷川は、あたしの味方だった。いじめている奴らから、あたしを救ってくれたのは、他でもない、氷川だった」


 カナは、そっと少女を離した。


「いじめを無くしてくれたことには、とても感謝した。でも、飯島があたしに詰め寄ってきているなんて、とても告白できるものではなかったの」

「確かに、それは無理ですね」

「でも、氷川の頭にはチラつくことがあった」

「誕生日に、彼氏が家に遅れてきたこと、ですかね」

「そう。薄々、飯島に女の影があることに気付いたの」


 大きくため息をつくカナを、少女は優しく見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ