琴川一真の願いⅣ
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「ケケケ。ソロソロカ?」
口をカタカタと言わせながら、アンティーク調の操り人形が不気味な笑みを浮かべていた。木の瞼を開けたり閉じたりしながら、濁った眼球で少年をじっと見つめていた。
少女は床に寝転がって、その人形を見上げていた。横に転がっている地球のボールを手にすると、思いっきりそれをぶつけた。
「イタッ。何ヲスル」
糸に吊るされた人形はその勢いで、大きくグラグラと揺れた。少女は寝転がったまま、無言でそれを蹴っ飛ばし始めた。
「イタタ。何ナンダヨ」
まるで勢いが付き過ぎたブランコのように、糸に吊るされた人形は揺れていた。それでも少女は人形を蹴っていくので、やがて、糸はこんがらがり、操り人形の手足を滅茶苦茶にした。それでもなお、少女は何も言わないまま、人形を蹴り上げていた。
「ナア、オ客人、何ガアッタ?」
傾いた丸頭が少年に声を掛けた。しかし、それが少年に向けられたものだと、彼が理解するのには時間がかかった。最初のうちは人形が声を発しているとは思わず、スピーカーの位置を探していたほどだった。
しかし、奇妙な操り人形が少年をじっと見つめていること、そして、声の発生源が人形であることに気が付いた。その声が人形の物であることに納得した彼は、やっと質問に答えた。
「いや、僕にも何が何だか」
「ソウカ。ナラ、取リ敢エズ、メリルヲ止メテクレナイカ?」
「メリル?」
「ソノ女ノ子ノ名前ダ」
操り人形は、左足の部分にすげ替わった右手で少女を指差した。
少女はいつの間にか、ボールを拾いなおし、それを抱えていた。その姿は、駄々をこねる子供そのものだった。
「えっと。この人形さんが嫌がっているようですし、やめてあげたらどうです?」
少女は人形を蹴飛ばすのを止めた。しかし、寝転がったままだった。
「何で、私が怒っているか分かる?」
「怒ッテイルノカ……?」
「私は怒っている」
再び、少女は人形にボールをぶつけると、げしげしと人形を蹴っ飛ばし始めた。
操り人形は困ったような表情をしていた。頭を掻こうとして手を伸ばしていたが、糸が絡まってそこまで届かず、更にこんがらがる事態に陥っていた。
「済マナイ。分カラナイ」
「エクスはいつだって、そうなんだ。自分のことばっかり。私のことなんてどうでもいいんだ」
人形の目は真っ直ぐ少年の方を向いていた。少年は何かを察し、大きく手を振った。
「僕は何もしてない」
「本当ニ、理由ガ分カラン……」
「もしかして、頭に落ちてきたことを、怒っているんじゃないですか」
少女は、いつの間にか拾いなおしていたボールで顔を隠すと、その後ろでこくこくと頷いていた。
「そうだ。私はそれで怒っている」
「済マナイ。当タッタ事ニ気ガ付イテイナカッタ。今後ハ、気ヲ付ケル」
「本当に?」
「本当ダ。メリルニハ、嘘ヲ付カナイ」
操り人形は、傾いた木の頭を動かして、ぺこりと礼をした。
「許してあげる。今回だけだよ」
「アリガトウ、メリル」
少女は人形の言葉を聞いて、体を起こした。そこへ、少年は手を指し伸ばした。
「ありがとうございます」
少女はその手を取ると、ゆっくりと立ち上がり、裾の埃を払った。
「あなたは優しい人ですね」
「そう?」
「ふふ。そうですよ。あなたは、きっと良い人」
くすりと、少女は微笑んだ。
「ソレデ、オお客人ノ願イ事ハ決マッタノカ?」
「まだ」
「オイ。何デ呼ンダ」
「呼びたくなったから」
少女は、操り人形の絡まった糸をほぐしていた。あらぬ方向に曲がった手足が元に戻されていく。それを操り人形は半ば目を閉じながら見ていた。
「俺ハ良イカラ、願イ事ヲダナ」
「はいはい」
二つ返事で軽くいなし、少女は操り人形の糸をほどき続けている。しかし、その視界の端では、ばっちり少年を捉えていた。
「先述の通り、死んでしまったあなたには、願いを叶える権利があります。やり残したことでも、してみたいことでも、何でもあなたの願いを叶えることができるのです」
「ソウダ。オ客人ノ願イハ何デモ叶エラレル」
「願いを叶えないというのも一つの選択です」
「ダガ、ソンナ事ヲスル奴ハ、アマリ見タコトガ無イガナ」
操り人形の頭を、少女はポンと叩いた。カクンという音がして、頭は元の位置に戻った。
「本当に何でも叶うの?」
「はい。神は全てにおいて平等ですから」
「ソウダ。神ハ全テニ於イテ平等ダカラナ」
人形と少女は、目を見合わせて笑った。
「じっくり考えてくださいね。願いは一人一つ限りです。それと、もう一つ。ここでの出来事は、生前の行いも、死後の世界にも、何ら関係がありません。その事も念頭に置いておくとよいでしょう」
「どういうこと?」
「たまに、これが試練ではないかと、深読みする人がいるのです。ここで願いの質を測り、それによって天国と地獄への振り分けが行われるのではないかと、ね。しかし、そんなことは致しません。それは神の下の平等に反しますから」
「つまり、どんな願い事をしても、良いってことか……」
少年は考え込んだ。しかし、ふと、ある疑問が立ち昇ってきた。
「あれ? ということは、この先に別の世界があるということ?」
「そうです。次の世界、すなわち、あなた方の言う所の、死後の世界があるのです。あいにく、私の管轄外ですので、そこに何があるかということはお答えできません。しかし、天国や地獄がないことは、先ほど言った通りです」
「なるほど」
再び、少年は考えた。何を願うべきであるのか、というただ一点についてを。
しかし、その結論は、最初から出ているようなものだった。彼が生前、最後にやり残したことを考えれば、自ずと願いは決まる。
「本当にどんなことでもいいの?」
「遠慮はいりません。どんな願いも、野望も、夢も、今はその手の中にあるのです。あなたは恐ろしい死を乗り越えた。それはどんな願いでも叶えるに値するのです」
「漠然と、こんな願い事が良いかなって、思っている。けれど、それでいいのかなって――――」
少年は躊躇いがちに口を開いた。
「でも、僕はやっぱり、人を殺してみたい。この手で、人を殺すという体験をしてみたいんだ。そんな願いでもいい?」
「はい。神は全てにおいて平等です。叶えられない願いなど、存在しません」
「だけど、それは誰かを殺すことになる。その人に恨まれはしないだろうか」
「その点についてはご心配なく。願いを叶えた暁には、可及的速やかに、あなたは死後の世界に送られます。そこは現世とも、この観測室とも異なる場所です。ここでの出来事が現世と関係ないように、死後の世界との関わりも一切ありません。恨みという感情を気にすることはありません」
「本当だね?」
「はい。嘘偽りはありません」
少女は、その柔らかな手で少年の手を握った。しっとりと湿って、温かい。
「何モ気ニスルコトハナイ。神ハ全テニ於イテ平等ダ。オ客人ノ願イニハ、最大限ノ配慮ガ為サレル」
「そうです。願いをきちんと叶えることこそ、私の使命ですから」
少女は胸を張った。人形もどことなく、胸を張っているように見えた。
「オ客人、願イハ、ソレデイイカ?」
「うん。僕は人を殺してみたい」
少女は手を離すと、操り人形の横に立った。目配せしながら、その様子を伺っていた。
「そろそろ始めようか」
「ソウダナ」
操り人形が頷いた。透明な糸がピンと張る。
「サアサア、オ客人、コチラニ」
操り人形が口を開ける。その言葉に導かれ、少年はその前に立った。
「願イ事ヲ言エ」
少女の目は真っ直ぐ少年を見つめていた。
「僕の願いは」
一瞬、言い淀んでから、少年は願いを告げた。
「人を殺してみたい」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。願イハ聞キ届ケラレタ。可及的速ヤカニソノ願イヲ実行スル!」
人形はけたたましい笑い声を挙げた。その声は、観測室の隅々まで響いていた。それは徐々に、天井の闇の中へと溶けていった。




