7話 おっさん、大物ユーチューバーの力を見る
「おっさん? おじさんなんだ?」
阿鼻叫喚、地獄絵図、まるで女子高生ユーチューバーとはそぐわない景色を背に、ヒカリンは快活に笑っていた。
「ふぅん。中身はおじさんって事ね。それなら、新調律者は『神精の入れ替わり子』っと」
彼女の発した言葉からは、どうやら正確にこちらの状況を理解している節があった。その証拠に呻き苦しむ兵士たちを完全にスルーし、彼女は俺だけをじっくりと見回してくるのだ。まるで同胞意識でもあるかのように。
「なんだよ、あの少女は……」
「あんな攻撃を簡単に防げるって、『冠位者』ぐらいしか聞いた事ないぞ?」
「こんな所で、彼の有名な『七原色の賢人』の一人にお目にかかれるとは……」
そんな唐突に現れた彼女に、俺の周囲にいた兵士たちは囁き始める。
「炎を防ぐって事は、青か赤の『冠位者』か」
「いや、でも……金髪だぞ?」
「じゃ、じゃあ、『黄の冠位者』なのか?」
「だとしたら先代『黄の冠位者』、『逆鱗の轟黄』グルシオ・グリオヘルム・ロンフォードを下したっていう……」
「『終末を呼ぶ黄昏』……ヒカリ・ネフミか?」
「若いな……」
まるで神が降臨したとでも言うかのように、兵士たちは崇拝の眼差しでヒカリンを凝視している。
口にしている内容が非常に気になるのだが、いつまでもそんな悠長な構えはしていられない。
炎の雲が晴れたその先に、あの化け物がヒカリンによって攻撃を防がれたと気付き、再び口をこちらに向け出したのだ。
「ぷんぷん、うるさいのがいるなぁ。言うまでもないけど、私の邪魔をするって事は大天才を敵に回すって事。こんなのじゃ、ゆっくりお話できないから……『無限の音寵』……」
彼女の肩が、二房の髪が揺れる。
「『三次元譜な事象変革』――『動く賭、吐く度、トマ止ッ♪』」
リズム良く、ヒカリンの口からは謎な文言が飛び交っていく。
そんなふざけた台詞を吐いている場合ではないと思って、あの化け物を見れば……今にも火を吐きだそうとしていた化け物は動きをピタリと止め、口から大量の紅い、炎ではなく……なんだ、アレは。丸い果実?
トマトっぽいものをたくさん吐き出しながら硬直していた。
「ぇ……」
こちらは死の淵という状況だと思っていたのに、化け物の滑稽な姿を見せられた身としてなんとも困ってしまうファンシーな図柄に戸惑ってしまう。
「おじさん、今のがスキル。で次に見せるのが、色力を使った『魔法』だから」
彼女はまるで俺に教鞭をふるうようにサッと説明を施してくれる。
「天挺の構え――遠雷を尊び、雷龍の始祖たる栄冠を其方、此方、彼方に授けん」
今度はファンタジー脳を刺激するような台詞を朗々と紡ぎだすヒカリン。もう本当に何が起きてて、何をしたいのか不明だ。
しかも、急速に辺りが暗くなっていくので不安も募る。
「値わぬ者には光の塔を、死を以って試練とす――」
だけども次の瞬間に起きた事象は、彼女が何をしたかったのか簡単に理解させられた。
「『百雷一糸の光臨』」
それは神が降臨したと見まがう程に眩しかった。
いつの間にか上空には暗雲が立ち込めており、世界を覆う黒い闇から幾筋もの光が走っていた。まるで何十匹もの龍が天空を這いずりまわるように稲が踊り、それらは集束していった。そして、一つの円柱となって化け物へ垂直に降り注いだ。いや、あれは落ちたのだ。
轟音が鳴り響き、数瞬後には立っていられない程の余波が俺達に尻持ちをつかせる。
化け物がもたらした時の絶望とは別種の、歓喜に溢れたどよめきがそこかしこから上がって来る。
「一瞬であの化け物を消し炭に変えたぞ……」
「さすが『終焉を呼ぶ黄昏』……」
「俺達の絶望に……終止符を打ってくれた」
「た、助かったぞおおおお!」
「……あれが『黄の冠位者』か」
畏怖と尊敬。
ヒカリンは異世界でも強く、有名な人物だった。
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