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6話 おっさんと女子高生★


 兵士達の士気は上がってくれた。

 しかし、何故だろうか。

 さっきよりも敵が俺の周りに集中しているような気がする。



「アシェリート様! さすがです! やはりアシェリート様もこの初陣で興奮し、戦いに飢えた大馬鹿者なのですね!」


「どうしてそうなる!?」


「武術の心得もないのに、御自らご自身の位置を敵兵に喧伝してまで、兵士達を鼓舞するお姿。感服いたしましたよ?」

 

 クレアさんは間違いなく嫌味を言っているが、その内容は納得できるものだ。なるほど、俺の行いは敵に指揮官の位置を公言しているのと変わりなかったわけだ。

 兵士を指揮するには自身もそれなりの実力を兼ね備えてないと、即座に命を落としてしまうのが理解できた。今、こうして息をしていられるのはクレアさんのおかげなのだと痛感する。



 それから俺は大人しく幼女騎士の傍で、時に赤ちゃんハイハイ、時に死体の影に隠れ、埋もれ、付かず離れずの距離で死地を切り抜けていく。



「これでほぼ勝利は間違いないですね。敵勢もあらかた壊滅状態に追いやりましたし、あとは本陣を叩くのみです。どうやらアシェリート様のご指示が、今回は功を成したようです」


 清々しい笑みを携えて、クレアさんは額の汗をぬぐう。


「ぜぇーハァーぜッ……ほ、本陣?」


「ええ。アシェリート様と同じく、臆病にも前線の兵達を盾に隠れ、ずっと後方で待機していたあそこの輩ですよ」



 あぁ、あの三十人っぽっちの集団、例の点か。

 というか、俺達はいつの間にか最前線まで移動していたみたいだ。

 スマホを利用しての俯瞰風景も、混戦する戦場で少しでも俺の生存率を上げるために、数メートル上空に留めて近辺の様子を映していた。そのため戦場全体で、俺達がどの辺にいるのかすっかり把握していなかった。


 だって仕方ないだろう。

 視界が二つと一つじゃ段違いで、二つあった方が敵の攻撃を事前に把握しやすいのだ。

 クレアさんの言う敵の本陣とやらは、視聴者たちと一度俯瞰風景で見た点部分の事だ。



 そいつらはじーっと遠目で戦闘の様子を(うかが)っていて、少し不気味な集団だった。しかし、あの人数じゃ数千人の規模を誇る俺達の軍に大した影響は与えられないと判断し、気にしてなかった。



「さぁ! 勇壮なるハッシュトスタインの兵達よ! あの忌まわしくも卑怯なマスティスの尖兵を粉々に叩き潰すぞ!」


 クレアさんが剣を掲げ、周囲の兵士達に突撃の合図を下す。勝ち戦の気配を悟った友軍の士気は最高潮に達したのか、地を揺るがしかねない程の勝鬨(かちどき)が戦場を埋め尽くす。


「「「おおおおおおおおおおお!」」」



 訳も分からずこんな所にいる俺ですら、その高揚感に当てられて「うおおおお」と年甲斐もなく叫んでしまっていた。


「あれ、あいつら何か召喚しようとしてないか?」



 だが、突撃をかまそうとしていたとある兵士のそんな呟きが、喧騒の中でぽつりと落とされたのを俺は聞き逃さなかった。

 若い兵士が見据えるその先は、件の30人前後の集団。

 見るからに敵の代表格がいるのだろうと察する。なぜなら身なりの良い、煌びやかなマントを付けた者ばかりがいるのだ。

 


「うん? この戦場で、鎧ではなくマント?」


 俺の疑問に口で答える代わりに、奴らは行動でもってソレを示した。

 幾何学模様の円形、四角形、五角形、六角形、あらゆる図式が様々な文字を帯びて幾重にも宙空でまばゆく光り出す。

 

 あれは……ゲームなんかで良く見る魔法陣のようだ。

 しかし、生で見るのは当然初めてで、距離があるにも拘わらずその輝きは、溜息が出るほどに美しかった。こちらの命を奪おうとした敵の主犯に思わずそんな感情を抱く程に、彼らの行いは神秘的に俺の瞳には映った。



「第四界位魔法……そんな馬鹿な、奴ら『炎爵位の魔導師』だと……」


 隣に立つクレアさんが(うめ)く。

 瞬間、世界が紅に包まれたかのように錯覚する。否、空に血のような奔流が幾筋も走り、ソレ(・・)禍々(まがまが)しい赤の揺らめきを全身に(まと)って上空より飛来した。



「……焔神イフリディド……大炎霊の召喚か……」



 それは物語に出てくる竜のような形をした生物だった。翼はなく四肢と尻尾があり、その身体は巨躯。こちらを睥睨する双眸は、まるで虫けらを眺めているかのようで、頭部から生えた二本のねじれた角が一層凶悪なイメージを根付かせる。


 見た者全てに畏怖の念を魂に強く打ち付ける。(とりで)と同程度の大きさを誇るそんな生物を前にして、俺はその迫力にうちのめされた。



「全軍! 撤退! すぐにてっ「ぎゃああああああああああああああ」

「うぐぁあああああああああああ」

「がぁああうあっ」

「ひっ、助けてくれっ」



 クレアさんの退避命令は悲鳴の波にかき消された。

 化け物が着地した瞬間、火山が噴火する勢いで火柱が何本も上がる。もちろん付近にいた兵士たちの命はないだろう。その化け物がじっとしているはずもなく、長大な右腕をふるい何十もの兵士が絶命する。さらに爆発的に炎が直線状に広がり、身体を焼かれ、吹き飛ばされ、崩れ落ちてうめき声を上げるだけの肉塊になり果てた者も数十はくだらなかった。



 たった一瞬で百人規模の死者を量産した化け物、あれは一体何なんだ?


 あれには何をしたって勝てるはずがない。

 生物としての格の差を感じ、絶対的な恐怖が全身を浸食していく。



「奴ら……自らの命と全魔力を触媒にして、焔神を一時的に使役していると言うのか……相当に優秀な魔導師部隊だったのだな……」


 地獄のような光景を目の当たりにしても、隣に立つ女児騎士の心は折れてはいなかった。クレアさんはあの化け物を召喚した者たちを見て、俺もそちらに視線を向ける。三十人程いた彼らは一人を除いて、立っている者がいなかった。



 あんな化け物を顕現させる代償は大きかったのだろう。

 だがその甲斐あって、俺達は抗いようのない絶望を目にしている。

 


『あれは……現実(こっち)の知識じゃ、どうにもならないな』


『予想できないチート級の存在、ファンタジーだねぇ』


『魔法とか、手の打ちようがないですね』


 視聴者(リスナー)たちの言葉が胸の奥にズプリと突き刺さる。それはあたかも凍てついた刀身が入り込んでくるようで、ひんやりと俺の身体を強張らせる。


 単なる戦術ではどうにも対処できない理不尽、それが魔法だった。




「はぁ……私達の命運もここまでですかね」


 クレアさんは大きな溜息をつき、ふと俺に柔らかく微笑んだ。

 この幼女には罵られてばかりだったが、彼女が本来は心優しい人物なのだと彷彿させる笑みだった。


「この戦で貴方の事を少しは見直しましたよ、アシェリート様」


 そう言って、彼女は俺の肩をそっと押した。まるで、あの凶悪な化け物から遠ざけるように。まだ若い少女が、見た目にそぐわぬ覚悟を以って俺に接している。彼女の決死の思いが、胸が痛くなるほどに伝わってきた。



「アシェリート様はお逃げください。わたしが一秒でも多く、貴方様が逃れる時間を稼いでみせます」



 この状況下で、このロリエルフ騎士は自分の命を(かえり)みず、ただただ俺の身だけを案じてくれていた。どうしてここまで、できるのか。

 俺は恐怖で硬直する事しかできないというのに……。



「どうして?」


 そんな事ができる?


「私は役職上、貴方様を守る近衛騎士なので。責務と責任は、一族の名にかけて果たすのです」


 にこりと涼しい笑顔を俺に送り……そして彼女は風のように飛び立った。決死の覚悟で一撃を浴びせようとするクレアさんの姿は遠のき、みるみる小石程度のサイズになっていく。そして化け物は無造作に左腕をふるい、小バエでも相手にするかのように、クレアさんを地面へと叩き落とした。



「あ……」


 

 そして、不意に化け物の頭がこちらを向く。

 鋭い牙の生えた(あぎと)がゆっくりと開かれ、口内の奥が真っ赤にうごめく炎に満たされた時、俺の人生は終わったと確信できた。


 視界いっぱいに紅蓮の光が広がっていく。



 あぁ、芽瑠(める)……ごめん。

 妹の笑顔が脳裏に浮かぶ。



 そして最後に――――



視聴者(リスナー)のお前ら、ここまでありが――〉












「『世界鼓動(ワールドビート)』を奏でるよ。『三次元譜な(トレス・)事象変革(ビエンファ)』」



 死を覚悟した俺の耳に届いたのは、どこかで聞いたような若い女性の声。



焼け死(ヤケシ)――火消し(ひケシ)ッ――回師(まわシ)ッ♪」



 独特のリズム調で、歌を唄うようにその美声は辺りに響き渡った。声の持ち主……彼女は突然、空から落ちて来たかと思ったら、あろうことか迫る豪火の眼前に立ちはだかった。

 あのままでは燃え死んでしまう!

 だが荒ぶる火炎は彼女を避け、まるで渦の壁でもあるかのように吸収され天へと舞い上がっていった。



「これが私の『無限の音寵(フリースタイル)』」


 救世主は火の竜巻を自在に操る指揮者の如き振舞いで、堂々と俺の方へと振り返った。



「この大天才が来たからには、もうだいじょーぶ。さーてさて、新調律者(ニューチューバー)は誰かな?」


 眼前まで迫っていた炎を、死を、いともたやすく終息させたのは金髪ツインテールの女の子だった。

 何をどうして、どうやって、と疑問が浮かび上がるよりも前に、俺は彼女を知っている事に何よりの衝撃を覚えた。



「ヒカリン、さん……?」



 その子は現役女子高校生にして、日本で最大規模のチャンネル登録者数を持つ超有名ユーチューバー、ヒカリンそのものだったのだ。

 


「キミだね、新調律者(ニューチューバー)は」


 周囲には火の粉がキラキラと舞い、紅蓮の煌びやかさと赤熱の幻想を(まと)ったヒカリンがこちらへ歩み寄って来る。

 その圧倒的な美少女っぷりを誇る彼女が、自身満々な笑みを浮かべて俺を見る。


 そして、手を差し延べてきた。


「ぷんぷん、ハロー、新調律者(ニューチューバー)

 

 綺麗な顔がニコッとはにかむ。

 が、こちらはまるで状況が掴めない。



挿絵(By みてみん)




 おっさんには完全にキャパオーバーな展開だよ。だけどそれは、俺だけではない。



『ヒカリンがいるぞ!?』


『おっさん、ヒカリンとコラボ実況!?』

『待て待て! ヒカリンが、え!? なんでゲームの中に登場してんの!?』


『これって有名ユーチューバーがNPCとして登場する系のゲームですか!?』

『そんなの聞いた事ないぞ!?』

『それにしたって、似過ぎじゃない? ガチのヒカリン!?』



 俺の動画チャンネルも炎上中で、でもこっちだってリアルで炎上、焼け死ぬとこだったのだ。どうしてこうなった、と質問したいのはこちらの方だ。




「ようこそ、『ユーチューボ界の闇』へ」



 彼女がなぜこんな所にいるのか不明だし、そもそも俺が何故こんな戦場にいるのか理解できてないわけで、ここがどこなのかも把握していない。


 しかし少なくとも、目の前のヒカリンは何か知っていそうな雰囲気がある。

 命を助けられた事よりも……視聴者(リスナー)以外で唯一、現実への繋がりが見えた事にほんの少しだけ安堵し、俺は彼女が差し出してくれた手を取った。



「……ど、どうも、おっさんです」



素敵なイラストを

お友達の佐藤賀月さまに描いて頂きました。

ありがとうございます。


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