5話 おっさん、戦略級の視聴者と共に駆ける★
『あれ? ってかさ、おっさんが最高司令官っぽくね?』
『あのロリ騎士が、おっさん兄貴に仕えてるって感じですよね』
『口調がかなり辛辣だけど、何かやらかした設定か?』
『地位だけは高いが、実際の指揮権はお付きの女児、副官あたりが持ってる感じであるな』
『良いとこのぼっちゃん設定あるあるか』
『命令できる立場ならさ、他の兵士使った方が生存率高くね?』
『上手く兵法を用いれば、それもまた然り』
俺がこの軍の最高司令官?
そんな馬鹿なと頭では否定できても、確かにあの女児騎士が必死になって俺みたいな子供を守る必要もないわけで、視聴者の予測は一理ある。
『少し気になったのですけど、おっさん兄貴さん。また視点を大きく引いてくれませんか? 戦場をもう一度、しっかり見たいのですけど』
死体の下にもぐっている俺だが、完全に安心とは言い難い。なので程良い上空地点で周囲をスマホで監視していたけど……少しの間ぐらい離しても平気か?
視聴者の要望に応じて、ぐーんとスマホの高度を上げてゆく。
『おっさん兄貴の味方って薄い蒼色の鎧とか、服を着てる連中だよな』
『うん? こう見ると、敵の数より2倍以上もいないか?』
『なるほど……敵の見事な戦略に翻弄されているようですね』
『まず中央前面、ここは歩兵同士のぶつかり合いが拮抗している状態であるな。そのまま流れて右辺と左辺にもその戦火が広がっているものの、こちらの方が数も勝っているので影響は微々たるもの。かと言って無視できるレベルのものでもない。そして本陣である中央後部は荒れている。敵の奇襲攻撃でも成功したのか。本来なら、軍が密集していると後方を強襲するなんて事は、よほど警戒度が低くないと不可能に近いのであるが……』
『抹茶さん解説おつです』
女騎士の『透明化』で接近していた魔導騎士による奇襲を受けた、という言葉が頭をよぎる。
おそらくその敵精鋭部隊のせいで、今の乱戦に至るのだろう。
『その後、指揮系統の乱れを突くようにして右辺より敵主力の槍部隊の突入ってところであるな。猛烈な突進で右辺を崩すも、今は勢いを失って味方の歩兵相手に不利な乱戦に持ちこまれている』
『つうと、左辺の味方の歩兵部隊がほとんど機能してないじゃないか』
『そうですね。せっかく数で圧倒的有利な立場にいるのに、全体を把握して指揮を的確に飛ばす本陣が混乱しているため、上手く動けていないのでしょう』
『ってことはアレか。今一番戦闘の激しい地点におっさん兄貴はもぐってるってわけかww』
『おそらくだが敵の策は一気に大将首を切り、指揮系統を乱して敗走させる算段だったのであろうな。数で劣った織田信長も桶狭間の戦いで、今川義元の本陣に強烈な奇襲攻撃を浴びせ、今川義元を討ち取って大軍を瓦解させたであるからな』
桶狭間の戦い……確か、織田軍3000に対し今川軍25000という尋常じゃない兵力差がありながら、奇襲戦法で織田が大勝利した戦いだったな。敵はさながら織田軍ってわけか。
〈本当に俺が所属する軍の数が多いのか?〉
『そうだね。おっさん兄貴の軍の方が敵の3倍近くいるよ』
『でも味方のみんなが状況を把握しきれてないから、その場しのぎで敵を対処してるって雰囲気だよね』
『攻められたから、とにかく反撃をする、か』
『押し込まれているのは確かだが、こちらの兵も戦意が低いわけではない』
『激戦区にあの女騎士、指揮官が猛威をふるってますから』
『代表が戦ってるなら、奇襲された本陣も勝手に退くわけにはいかないだろうしな』
『士気も良好で数でも勝ってるなら、やることはただ一つ。包囲殲滅?』
『であるな。正面から流れ込んできた敵兵力に、なんとなく対応している左辺の兵力を一旦引かせ、右辺と本陣へ割り振り、敵全体を挟みこむように包囲していくのだ』
『ぶっちゃけ左辺の兵士たち、前面は戦っちゃいるが中堅、後方は手持無沙汰で右往左往してるだけだぞ。機能してるとは言い難い状況だね』
『包囲した際、一番危ないのは伏兵による外部からの攻撃だが、この戦場以外で、敵兵力らしき者は……あの点だけであるな』
戦場の周囲に他の敵部隊はいないかどうかスマホで確かめる。
いた。しかし視聴者が言うように、点だ。わずか数十人規模の集団で、こちらを遠目に眺めているだけなのだ。
怪しいとは思いつつも、数千人規模の兵数を誇るこちらの敵ではない。
やれる事は視聴者が示してくれた。
だけど、下手に命令を出して敵の目に付く方が危険なのではないのか? このまま死体のフリをして、こんな馬鹿げた戦争が終わるのをただただ待っている方が安全なのでは?
〈そもそも、敵が狙ってる総大将ってもしかして〉
『おっさん兄貴だろうなー』
『ゲームならあるあるの設定だね。貴族の子弟か何かか』
『頑張って、軍を率いていきましょう!』
だよな……視聴者たちの声を聞いて、余計にこの場から動きたくなくなった。
『おっさん、どしたー?』
『動こうぜー』
『将が動かねば兵も動かぬ、であるな』
『このままじゃ負けもありえますよ』
敗北……。
もし仮に俺の所属する軍が負けたとしたら、この場の味方は撤退してしまう。俺はそれに付いていけるだろうか? 敗走する兵士には残党狩りがつきものだろうし……俺一人で生き残って、どこかに逃げ延びれたとして……広野を何日も彷徨い歩き、剣で人を斬り殺すような残虐な世界に何の後ろ盾もなく生きてゆけるだろうか。おそらく無理だ。
幸いにも俺はどうやら、こんなちびっこの身でありながら軍の上層部に位置しているらしい。つまり、この殺し合いを勝利に導きけば、それなりの後ろ盾がある場所に帰還できるという事だ。
正直、死体の下から這い出て、殺し合いに身を投じる兵士達に命令をするなんて怖すぎる。でも……俺がもし、こんな訳の分からない場所で死んでしまったら、芽瑠を一人にしてしまう。唯一の家族である俺が、こんな所で路頭に迷ってくたばるわけにはいかない……。
足の不自由な妹、色んな事を我慢して諦めてきた芽瑠。同年代が自由に遊びに行く様を窓の外から寂しそうに眺めていた芽瑠に、これ以上の寂しい思いは絶対にさせない。
「やるか……」
のしかかる湿った死体をどけ、重い腰を上げる。
べちゃつく血の不快感を無視して、深呼吸をする。
「落ち着け……焦るな……」
一人だったら絶対に冷静になれるはずもなかったが、俺には心強い視聴者がいる。彼らの存在が、恐怖に怯えた俺の心をなだめてくれる。しっかりと周囲を見渡せば、思ったよりも青い鎧を着込んだ兵士達の数が多い。視聴者たちの言う通りだ。
「最悪な気分だが、俺はまだ生きている……」
震える足腰を叱咤し、俺は戦場を再び犬の真似ごとで駆け抜ける。こびりつく死臭を振り払うように、剣と槍が交錯し、雄叫びがこだます中を決死の覚悟で移動していく。
目指すはあの権力や人望がありそうな女児騎士の元だ。
「アシェリート様!? そこにいたのですね! みなの者、全力でスタインのブタ王子を、アシェリート様をお守りするのだ! でないと戦後、ハッシュトスタイン皇に我々の首は刎ねられるぞ!」
赤ちゃんハイハイよろしくな俺を、すぐさま見つけてくれた女児騎士。周囲の兵を懸命に鼓舞して戦いながら、俺がどこかにいないか目を光らせてくれていたようだ。
そんな彼女の器用さに感謝していると、
「六皇貴族の息子様が何でこんな所に……」
「あいつが……ブタ王子か」
兵士たちが俺を見ながら囁やき合った。
さっきからブタ王子って……このキャラの、というか俺の評判ってけっこう悪いのか?
「とっくに俺達を見捨てて逃げたと思ってた……」
「あんな子共が逃げずに戦ってんだ、俺らが逃げるわけにはいかない」
女児騎士の周りを固める兵士達は、俺がこの場にいる事にかなりの驚きを示していた。口々に意外だと言い、なぜか死が闊歩する絶望色の戦場で笑顔を浮かべ合っている。
「あの、お姉さん」
「クレアですよ、アシェリート様。恐怖のあまりに、頭でもおかしくなってしまいましたか?」
もたもたしている場合ではないので、用件をさっさと言おう。
「あぁ、うん。ク、クレアさん、その俺って命令とか出せます?」
「何を今さら……貴方様が先日、私に『誓約の令装紋』を使用さえしなければ、この様な事態には陥っていなかったものを……」
何の事を言っているのかわからないし、今は言い争っている場合ではないと判断し、必要最低限の確認のみ行う。
「命令、出せますか?」
「はっ! 仰る通りでごさいます……しかしこの場の全指揮権は不肖、このクレアが貴方様の父君であらせられるハッシュトスタイン皇より賜っております。ご安心を、必ずやアシェリート様の初陣を勝利へと導きます!」
なるほど。
俺は本当にどこかの貴族のボンボンっぽいな。察するに、貴族の息子が箔付けするための絶対に勝てる見込みのある戦をしている、という感じだろうか。
それにしては色々と不備が目立つというか、そもそも騎馬隊ぐらい配置されるはずじゃないのか? 馬が物凄い貴重な世界なのかもしれないが、俺の兵士ってみんな剣と盾を持った歩兵だけなのだ。
おっと、そんな疑問はともかく、視聴者が言ってくれた戦術を伝えなければ。
「えーと……左辺の部隊を動かして欲しい」
「しかし、左辺の歩兵部隊は前面より攻撃を受けていると報告が入っておりました。その状況で兵をむやみに動かしては被害が甚大になる事も……この乱戦模様ですし、どの箇所に敵兵と味方兵がいるか把握できておりませんので、今はこの場を乗り切る事が先決かと、具申いたします」
んん。
それはそうかもだけど、俺は把握する手段があるから……どう説明すればいいかな。
「大丈夫。えっと、俺って敵と味方の位置が見えてて、えーっと魔法? で、なんとかわかるんです」
「なんと……嘘か誠か、到底私のような下賤な生まれの者には判断致しかねますが……」
ロリエルフ騎士は、まるで俺を信じていない様子だ。
「アシェリート様もついに、スキルにお目覚めになったのですね……ならば戦術など小難しい事をお考えになるより、その力をお使いになって敵をなぎ倒していく方が大切です。さすれば父君に武功を示すというアシェリート様の宿願も果たされますよ」
んん?
そもそもこの人って、本陣から離れてていいのか? どうにか踏みとどまって、軍全体の指揮をしないといけない立場なのに、どうしてこんな奮戦地帯にいるんだ。あ、俺が移動したせいか。口ぶりからして、俺の身の安全も任されているわけで……でもだったら、部下に任せるなりできるはずだけど……何か俺が、俺じゃないけどアシェリートがしでかした事になっているのは、この女児騎士の厳しい態度から容易に窺えるが……今は時間が惜しい。
「俺を信じて、左辺の部隊を前方と後方に二分して、敵を包囲するように攻撃を開始しろと伝えて欲しい。伝令役みたいな人はいないのですか?」
「アシェリート様がそこまで言われるのであれば……『誓約の令装紋』を使われるよりマシか……伝令兵はいるか!」
クレアさんは納得のいかない表情を浮かべたけれど、近くの伝令兵へ俺の命令内容をしっかりと伝えてくれた。
さぁ、後はまた死体の下に隠れてこの嵐が去るの待つのみだ。
だがしかし。
「さぁ、アシェリート様! 私と一緒に参りましょう! これ以上のわがま、問題行動は起こさないよう、父君に仰せつかった通り、私がしっかりと監督させていただきます」
物凄い握力で右腕を掴まれ、俺はクレアさんに引きずられるように戦場を駆け回った。と言っても、実際は監督という名の放置であった。ただ、クレアさんは無敵と言っていいぐらいの猛将らしく、襲い来る敵兵をばったばったと切り捨てていくので、下手に一人でいるより安全かもしれない。
周囲の兵士たちも俺を守るように立ち回ってくれ、なかなかに優秀だった。
「相手が魔導騎士でなければ、練度の低い雑兵など私の敵ではない!」
おおう。
よく見ればこの辺の敵兵は、最初に襲ってきた奴らより装備等が数段劣っている。
それにしてもクレアさん、強い。怖い。
『おっさん、これは軍略ゲーか何かなの?』
『だったら兵士達の気分を高揚させるようにしないと!』
『鼓舞するアクションとかないんですか!?』
『こんな乱戦の状況で指示もくそもあるのか?』
『状況? 何が状況だ。俺が状況を作る。byナポレオンであるな』
『抹茶さんww歴オタww』
視聴者は視聴者で盛り上がっている。
「うおっ!?」
こっちは必死になって敵の攻撃にビクビクしているというのに。
そうだ、視聴者の言う通り、もっと兵士達を鼓舞して俺を守らせれば敵兵も近付いてこれなくなるんじゃないか?
そうとわかれば、即断即決。
「戦況は苦しいか!? 何が戦況だ! 戦況は俺達が作るのだ!」
参考にしてみた。
『え、今コメントそのまんまの台詞だったよな』
『すごいな、発言も自由に入力できるゲームなのか。ますます何てタイトルのゲームなのか気になる』
〈もっと俺を守らせるような台詞はあったりしないか?〉
視聴者にもっと案をくれと脳内で囁く。
『おっさん、ダメ男すぎるwww』
『自分は戦わず、雑兵に守らせるなんて最高にクズすぎて最高だ』
『飴ですよ! やる気を出させるには勝利の後に見える楽しみ、報酬をチラつかせましょう!』
『我らの勝利は近い! 女と酒に酔えるのは勝者のみ。勇敢なる諸君に女は酔い、勝利の美酒に我らは酔うだろう! by抹茶であるな』
『抹茶さんwwwオリジナルきたww』
いいな、それ。
いただきだ。
「我らの勝利は目前だ! 女と酒に酔えるのは勝者のみ! 勇敢なる諸君に女は酔い、勝利の美酒に我らは酔いしるだろう!」
声を大にして再び、号令をかける。
すると周囲で戦闘をしている味方の兵士がざわめきながらも、奮い立ってくれるのが目に入った。
「スタインのブタ王子が自ら指揮を取ってるぞ!」
「あんな坊主はお飾りだろう。何ができるってんだ」
「でもなんだか、必死になってるじゃねぇか」
「あー……噂ほど悪い奴じゃないかもな!」
「俺らを使い捨てにする、クソったれなお貴族様じゃあないようだし!」
兵士達の士気が上がってゆく。
ふぅ、これで俺の安全も守られるだろう。
『おっさんwwクズプレイだが正解ww』
視聴者一同よりお褒めの言葉を頂く。
〈ありがとな、愛するファッキンクズども〉
視聴者たちの声が、今回も俺を救ってくれた。
図は『ぽよ茶』さまに描いて頂きました。
ありがとうございます。
ブックマーク、ポイント評価よろしくおねがいします。