20話 涙を拭くおっさん
「ユーチューバーが持つスキルはね、本当に様々なものが多いわ」
ヒカリンは魔法とスキルは違うと言う。
「【魔法】は詠唱で世界の理に干渉するの。そして自分の魔力を消費して事象を発動させる。つまり詠唱の台詞を知っていて、魔法に見合う魔力があれば誰でも使えるわ」
なるほど、魔力はゲームでいうところのMPってやつだか。
「ステータスにある色力っていうのは何ですか?」
「色力はその魔法に対応した威力のことね。例えば火属性の魔法を行使するなら、詠唱してから魔力を消費。そして赤の色力が高ければ高いほど、その魔法の威力も上がるわ」
なるほど、魔法系統と合致する色力が高ければ、同じ魔法でも色力の高い方がより強力な規模の魔法を放てると。
「魔法によって色力があいまいなものもあるわ。例えば陽属性の魔法なんかは赤と黄の二色混合だったり、風だったら紫と緑、なんて感じね?」
なるほど、複雑な魔法ほど複数の色力が関係してゆくのか。
「詠唱と魔力、そして色力が必要なのが魔法。そして、それに囚われず発動できるのがスキルよ」
そう聞くと、スキルはかなり強力なように思える。
「スキルは一日に使用できる回数が決まっている回数制限型や、一度使ったら再び発動するのに一定の時間が必要になるクールタイム型、永続に効果を持ち続ける常時型、あとは魔力やら体力を消費して発動する、消費型もあるわ」
なるほど、無尽蔵に発動できるわけではなく、なにかしらの条件や代償があるわけだ。
俺の『自己創造の化身』だったら現実での苦痛と願いによって開花する。
『体力増強Lv1』はおそらく常時型。
『俊足』は体力を削る消費型。
『転移』は魔力を使う消費型。
リスナー達と繋がれる生配信スキル、『幻想界への架け橋』はクールタイム型か。
『ユーチューボ界の闇』にいる人間を眺め、現実の人物がうっすらと見える『真を見る心眼』は……わからないな。
「何かわからなかったことはある?」
「ええと、特にはありません。気になる点ならあります」
「ふぅん? 何かしら?」
「さっきヒカリンさんがやっていた瞬間移動? みたいなスキルってユーチューバーの間で流行ってる感じですか?」
「そんなわけないじゃない。この大天才な私だからできるスキルよ」
「えっ」
うん?
これは予想外かもしれない。
「なによ?」
「ええと、ボクにもあります。同じようなスキルが」
「それ、ま?」
「ま……? ま、とは……魔法の略ですか?」
聞き返すと、ヒカリンは数泊開けて再び質問を繰り返す。
「ええと、それってほんと?」
「はい」
彼女から詳しく聞けば、ヒカリンの瞬間移動は設置型というものらしい。特定の場所に転移する座標を設置したら、そこに転移できるというもの。座標の再設定はできるものの時間がかかるので、現時点ではこの自宅にしか移動できないとのこと。あとは元の場所に戻るという選択肢のみ。つまり、スタイン城の中庭だ。
二つの移動点が必ず指定されている。
それに対して、俺のは自分の思う場所、目に映る範囲内で瞬間移動ができる。魔力が増えれば、もしかしたら自分の記憶している遠方にも移動できるかもしれないとヒカリンは言った。
「おじさん、それってかなり強力なスキルだよ? 自由に転移場所を指定できるとか、チートすぎ!」
「あははは……」
「でもよかったぁ、私の弟子が瞬間移動持ちとか便利だよ!」
俺の能力を絶賛するヒカリンに、続けて俺は『自己創造の化身』について説明をする。
現実での苦しみを味わい、それに関連して願った事象がスキルとして習得できると。
「ま?」
ヒカリンはさらなる驚愕と興奮を以って俺に問いつめてくる。
「おじさん、どんどん自分をいじめぬいてね」
「いやいや……そう簡単に自分で意識して絶望を味わうとか、難しいです」
「命がかかってるんだから、日雇いのやばそーな炭鉱作業とか? ブラック企業とかで? 色々と自分を追い詰めてきなさい!」
「えぇ……」
嫌がった反応をするが、自分で自分を追い詰める手段、過酷な環境に身を置くのには賛成だ。現実で命の危機に瀕する状況にみまわれるのは本末転倒だが、それ以下のことなら芽瑠のために何でもできる。
手段は選んでいれられない。
「ねぇおじさん。一つ気になったのだけど、現実の人物がうっすらと見える『真を見る心眼』だっけ?」
「あ、はい」
「スタイン城に戻ったら色んな人間を眺めてみない? 今のところ、よくわからない能力かもしれないけれど、いっぱい使えば理解できるかもよ?」
俺が頷くとヒカリンは笑みを浮かべる。
「そうと決まれば、まずはうちの庭でおじさんが習得したスキルを使って実戦形式で模擬戦してみよっか。早く、自分のスキルを使いこなすには対人戦が一番だからね?」
有無を言わさず外に出され、ヒカリンの容赦ない修行が始まった。
それから約4時間、動画配信が終了するまで全部のスキルを試し、全ての攻撃を完膚無きまでに叩き潰された俺は満身創痍になっていた。
視聴者のコメントは、『おっさんもっと頑張れー』とか『このゲーム画面だとヒカリンが一方的にぽちゃ少年を蹂躙していくようにしか見えん』だの『おっさんの下手プレイのオンパレード』といったものが多かった。
結論から言うと、ヒカリンは滅茶苦茶に強かった。ステータス差もあるのだろうけど、俺があの手この手でフェイントやスキルを組み合わせ、一撃を浴びせようとも、それらを先読みするかのように軽くいなしてしまう。
相当に対人戦の経験を積んでいるのだろう。
底知れぬヒカリンの強さを改めて認識させられた。
「そういえば、おじさん。妹さんはこっちに来てないの?」
修行と配信も一段落ついたことで、ヒカリンがサラッと尋ねてくる。
それに対し、俺はゆっくりと言葉を絞り出していく。
妹の芽瑠が現実で消えていたこと。
警察に捜索届けを出したこと。
「ま、まだ……決まったわけじゃないよ」
俺の話を聞いたヒカリンは、堅い笑顔を向けてくる。
まだ死んだと決まったわけではない、そう言う彼女だけれど、その口から『大丈夫』という軽い台詞は出てこなかった。
「楽観視はできないけれど……」
それからしばらくは重い沈黙が流れた。
ヒカリンが俺を励まそうとソワソワしているのは把握できたが、かけられる言葉がなかなか見つからないようだ。
あのヒカリンが、トップユーチューバーのヒカリンですらこんな態度になってしまうのだ。
それが俺にとっては絶望的で、芽瑠を救えない可能性が高いと嫌でも認識させられた。
そうなると心の内が悲しみに溢れてくる。
「わたし、おじさんの師匠だし……」
いつの間にか丸まっていた背中に、不意に温かみが生まれる。
それはヒカリンの回してくれた腕だ。
「わたし、おじさんの師匠だから……力になるからね?」
ぽんぽんと背を優しくなでられ、暗く冷たくなっていた気持ちに明かりが灯る。
「ははは……俺は、情けない……」
こんな風に一回りも歳の離れた少女に元気づけられるとは。
自分が有名なヒカリンに慰められる日が来るとは、つい先日まで想像だにしなかった。
そうだ。世の中、何が起こるかわからない。
そう思えば芽瑠だって、まだ助かるかもしれないじゃないか。
「ありがとう、ございます……」
湿っぽくなってる場合じゃない。
前へ……芽瑠に起きた真相を掴むために、前に進まないと。
俺はヒカリンには悟られぬよう、目についた水分を拭った。
ま? → マジ? ガチ? 本当? の略称
それ、ま? → それってほんと?