19話 おっさん、女子高生の自宅に行く
長らく更新が滞ってしまい申し訳ありません。
お待たせしました。
『女性を信用してはならない』
よく親父がそう語っていたが、そうぼやく親父の表情はどこか幸せそうだった。そんなことを思い出しながら、俺は命の恩人でもあるヒカリンの後をついてゆく。城内を颯爽と歩き、俺の前をいく彼女の姿は凛々しい。
果たして、この美少女は信頼に値する人物なのか、と親父に問われれば俺は迷いも無く首を縦に振るだろう。
それはスタインの人々も同様なようで、今のブタ王子より遥かに信頼されているようだ。城内を彼女と歩けば、城主の息子である俺よりもヒカリンに注目がいき、みな彼女に敬意を示す様に無言で頭を垂れては挨拶をする。
さすがは『黄の冠位者』様だ。
スキル発現について、一番身近に相談できるのは彼女において他は無い。
日本を代表するユーチューバーであり、信用できる相手として俺が目覚めた能力についてすぐに知らせれば、彼女は『早めに能力を使いこなすために色々と教えないとね』と言って、俺をどこぞに案内してくれるようだ。
つまりはこれから特訓をするのか? 師匠と弟子という関係性から、修行のようなものをつけてくれるのだろうと予測して、彼女の後をついていく。
「眩暈がするかもだけど、少しだから――『無限の音寵』――」
ヒカリンは城の中庭に着くと、俺の手を取ってはスキル発動の事前報告をしてきた。
「一次元譜な祈り歌――機関に祈り、帰館を祈り、帰還を祈れ」
彼女のスキルが発動したと同時に、視界がぐわんと揺れる。
周囲の景色が大渦に呑まれたかのようにグルグルと回り、気付けば緑豊かな森の中だ。
「こっちでの我が家です。ここなら、誰にも邪魔されずお話ができるかと思って移動しちゃった」
「おぉ……すごい。しかも一瞬で……」
「設置型の瞬間移動かな? 危なくなったら回避ってね」
目の前には素敵なツリーハウスがある。
太く、大きな樹木をくりぬいて作ったのか、窓や扉がいくつかある。しっかりと葉が生い茂り、木漏れ日が眩しい。頭上高くから鳥たちのささやかな鳴き声が聞こえ、とってもファンシーな家だなと感動してしまう。
「スタイン城には戻れるのですか?」
「うんうん。移動した地点に戻るか、ここに移動するかの二択しかできないけど凄いでしょ? 好きな場所を選べないーってのが難点だけどさ」
「は、はぁ……」
ヒカリンも瞬間移動が使えるなら、俺のスキル『転移』も大したものではないかもしれない。
「それにしても素敵な家ですね」
「ふっふーん。丹精込めて作りましたから」
自慢げに手を腰に当てて鼻を高くするヒカリン。枝からリスみたいな小動物がもふもふと数匹降りて来て、ヒカリンの帰りを喜ぶように肩に乗ってはジャレ始める姿に、俺のすさんだ心が癒される。
これはぜひともリスナーのみんなに見せてやりたい
現実でもヒカリンは自分の引っ越し動画などをあげていたが、こっちの世界での家はとってもファンタジーだ。
と、なるとまずは撮影許可が必要か。
「あの、これから魔法とかスキルについて説明してくれるのでしたら、リスナーも交えてもいいでしょうか?」
「んー……」
ヒカリンはこの世界を配信するのに関して肯定的ではなかったはず。理由は他のユーチューバーに俺の手の内を明かしてしまう可能性があるからと言っていたな。
でも俺としては、例えリスナーがゲーム実況をしていると勘違いしていてもリスナー達のアドバイスは頼もしい。彼ら彼女らがこの世界の基本を理解してないと、彼らのコメントもずれた内容になってしまって参考にできない。
「天…そっか。他のユーチューバーに、オジサンには私がついたって知れば、変なちょっかいも出せないかな? うん、ちょうどいいかも?」
「ありがとうございます」
こうしてスマホを宙に放り、俺は生配信を始める。
脳内で『どうも、兄のおっさんです』と唱えれば、数人がすぐにコメントを入れてくれた。
『待ってたぞー!』
『今回も妹のメルちゃんはいないの?』
『おっさん兄貴だけかー』
『つまりは配信時間が深夜枠になったのであるな』
『今日も楽しみにしてました!』
『このゲームのタイトルなんての? 調べてみたけど、どこにも売ってないんだが』
『あれ!? またヒカリンと一緒にいるな!』
それから一分もしないうちに閲覧者数が200人以上に、色々なコメントや質問が投げかけられてくる。
とりあえず、俺は真実を淡々と述べてゆく。
〈これはゲームじゃない。ヒカリンが昨日喋っていた内容は全て事実だ。あと、妹のメルだが……〉
唇を噛み締め、一拍置いて鉛のように重い言葉を絞り出す。
〈し、死んだかもしれない……目が覚めて起きたら現実で消えていた〉
これにリスナーの反応は様々だった。
『とんでも設定きたwwww』
『このままあの設定で続けるのか、面白いな』
『演出わかってんねー』
『妹のメルちゃん出ないなら見るのやめるよ』
『妹とか元からいなくて、頭のおかしいオッサンじゃん』
『何コイツ、痛いww』
という疑心的、否定的な意見もあれば
『今までオッサン兄貴が適当な嘘を言ったことないであるな』
『フリーターの痛いおっさんだとか、自分のプライベートとか普通に喋ってたしね』
『じゃあ真実なのか?』
『いや、でも信じられないだろ』
『事実だったら怖すぎ』
『釣り動画? みたいのはおっさん兄貴はアップした事ないし』
『シスコンでこんな酷い嘘つかなくないか?』
『おっさん兄貴、唇から血が出てる……』
『冷静になりましょう、こんなにリアルなゲームがありますか?』
と肯定的なコメントをくれるのは、俺達を応援してくれていた古参のリスナーさん達だ。
俺はみんなが様々な意見をぶつけあい、それらが終息するの待ち続ける。
その間ヒカリンは、俺が生配始めの挨拶やら状況説明をしていると察してくれ、黙って横に立ってくれていた。
『事実か嘘かは別にしてさ、四時間しか生配信できないんだろ』
『前回は四時間きっかりで終わったであるな……』
『下手な憶測を言い合うより、俺達はおっさん兄貴の実況を見に来たんだ』
『時間は無駄にできないですよね』
『おっさん沈黙しちゃったし』
5分程してから、流れるコメントがようやく落ち着いた。俺はタイミングを見計らって再び、リスナーたちに語りかける。
〈信じる信じないは、お前ら次第だ〉
だけど、と続ける。
〈俺にはお前らの知識とか判断力とか必要で……ネトゲもさ、一人より二人、二人よりみんなの方が楽しいだろ? それとは、だいぶ違うけど……俺一人よりお前らと考える方が、この世界を乗り切れると思うんだ……〉
そして言葉を紡ごうとすれば、またもやコメントの嵐。
『おっさんのガチ語り始まったwww』
『新規は黙れ』
ちゃかし勢と応援勢がぶつかり合うなか、俺は自分の気持ちをまっすぐに伝える。
〈お前らの力が必要だ。メルがどうなったのか、この世界の真実を探るためにも……どうか、どうか力を貸して、見守ってくれ〉
そう言い終えると、コメントの流れが嘘のように停止した。
そうして数秒後――
『設定だろうが演出だろうが、俺はメルちゃん復活のために力を貸すぜ!』
『おもしろそうですし、どうなるかも気になりますしね』
『痛いショタ好きおっさんが、この先どんなプレイを見せてくれるか楽しみ』
どうやら概ねのリスナーは俺のこれからを見守るスタンスになってくれたようだ。
〈それで今は【ユーチューボ界の闇】の方のヒカリン家に招待されたところだ。多分、ここでこの世界の魔法とかスキルの説明をしてくれるんだと思う〉
これまでの経緯を簡易的に説明し、みんなの反応を待つ。
「ねぇ、おじさん。みんなの反応はどうなの?」
「成り金っぽくなくて、素敵な家だそうです」
みんなは現実のヒカリン家紹介動画を見たことがあるようだ。一番多いコメントは、ツリーハウスなヒカリン家の方が好感を持てる、素敵という感想だったのでご本人様に伝えてみた。
「成り金……!? うぅぅ、だって仕方ないじゃない……インテリアとか好きだし、紹介したくなっちゃったの!」
たしか俺が高校生の時も、一人暮らしには憧れていた。ヒカリンの場合はそれが実現できる財力があって、この若さでインテリアや自分の部屋を自由にコーディネートできる。彼女ぐらいの年頃ならオシャレ空間を作れるなら、そりゃあ自慢の一つもしたくなるな。
「それに……ちょっと自分のセンスに自信がなくて……リスナーのみんなの反応も見たかったっていうか……そっかぁ、成り金かぁ…………」
ちょっと凹んだヒカリンに連れられて、俺はツリーハウス内をお邪魔する。
「え!? 何ですかここ!?」
入って驚愕したのは俺だけでなくリスナー達もビックリしている。
「んん、色々と凝ってるでしょ?」
外観はファンタジーだけど内装は全然ファンタジーじゃない……これがヒカリン家の実態だった。ツリーハウスの中は、床一面が高級感あふれる白大理石で、現代日本の高級マンションみたいな施設がたくさん散りばめられている。というか現実のヒカリン家と似ている。台所に水道もばっちり完備、テレビみたいな物体もある。
「足元がぽかぽかしますけど……」
「床暖房も作ったの!」
「器用か!」
器用ってレベルを軽く超越してるけど、つっこまずにはいられない。
「幸い私は黄の色力が高いから電気を生みだすことができてね……って、そろそろ魔法やスキルの説明をするべきかな?」
「お願いします」
「あ、そういえばおじさんのチャンネルってなんて名前? 『おじさん ゲーム実況』って検索しても出て来こなかったんだけど」
そりゃぁ大手じゃないからな。この間の異世界生配信とヒカリンコラボというネームバリューでチャンネル登録者が1万6000人に爆増したとはいえ、まだまだ大手と比べたら小さなもんだ。
「【ネカマおじさんとJC妹のゲーム実況部屋】です」
「……ふ、ふーん。兄妹でゲーム実況してるの?」
「年の離れた妹と、してます」
「ぷんぷん。戻ったら検索してみるね。妹さんはこっちに来てないの?」
「それについては……俺から後で報告があります」
リスナーには言ったけど、まだヒカリンに正面から聞くのは躊躇われた。
彼女がもし……芽瑠は死んだと断定したら、俺は冷静ではいられなくなるだろう。せめて、この生配信が終わってから言い出そうと決める。
「わかったわ。では魔法の色力や、ユーチューバーが固有に持つスキルについて説明する前に……」
ヒカリンは人差し指を一本立てて、これから話すのは重要な内容だと示す。
「この異世界のユーチューバーを、大まかに分類すると四種の勢力に分かれているのを説明するわ」
こうしてヒカリンは『ユーチューボの闇』に囚われたユーチューバー達の勢力図を語り始めた。
「一つ目は、人族重視と見る勢力。魔族や魔物なら、駆除対象とみなす傾向が強いわ。これは東方の都市国家群の守護者【勇者マホ太】を中心に担ぎ、築き上げられたグループね」
マホ太はこの異世界で生きる人々と接していくうちに、深い情が湧いてしまったようだ。だから人族を脅かす魔族や魔物はできる限り駆逐しようと動き、活動している模様。
俺もこの考えには納得できる。というのも、やっぱり命を脅かす危険性があるものは排除しておきたいというのが本音だ。異世界の生物と現実世界の人間が繋がり、片方が死ねば片方が消える。その事実は残酷だけど、誰と誰が繋がっているかわからない以上、目の前の異世界人を優先するのは人として当然の帰結だと思う。
ちなみに『ユーチューボの闇』に存在するユーチューバーは、現実と容姿が同じ『神精の異端者』が圧倒的に多いそうだ。まぁ人間のまま、ここにいるわけだしな。
「次に魔族寄り、異形種寄りの思想を持つ者たちね。こちらは強力な魔人の長、魔導王が治める魔導国家アスタリスクの魔造錬金工房の最高所長、【まじめしょちょー】が中心となっている勢力ね」
こちらのグループは俺と同じく『神精の取り換え子』が多いようだ。というのも彼ら自身、こちらの世界では魔獣や魔人、魔物として生を受けてしまった人達を多い。自分たちと種を同じくする勢力に、身を固めるのも頷ける。俺のように人族のまま、異世界の住人と精神や記憶が入れ替わるのは珍しく、だいたいは人族以外の種族となっているようだ。
「そして三つ目が私を含める中立派。人族や魔族の双方が敵対するような、争いの目を事前に摘むために暗躍する派閥よ」
ヒカリンは胸を張って自分が所属するグループの思想を紹介した。
「もちろん、人族同士や魔族同士の争いの調停役を担ったりする時もあるわ」
この世界での死者が少なく済めば、現実世界での失踪者も減少すると力説。しかし争いをなくす、なんてのはそう簡単にいかない。この世界では綺麗事では片付けられない、双方に譲れないものが多々あるので難航しがちだと言う。
命の懸っている事案がいくつもあるわけで……俺だって魔族のために、命の恩人であるロリエルフのクレアさんを犠牲にしろと言われて、『はいわかりました』とは頷けない。
「そして四つ目が自由派よ。世界の命運とか犠牲とかにはあまり縛られない人達ね」
身近な人達の命さえ保証されればいいと、この世界を自由に行動している様子だ。
「筆頭者を上げるなら、【黄金聖教の伝導師アカル】や【賭博王シバ教師】、【仮面の堕天使ラファエラ】なんかが強力な人達ね」
ここまでヒカリンの話を耳にし、俺は委縮しそうになってしまう。なにせ、みなが一度は聞いた事のある有名ユーチューバーばかりで、チャンネル登録者の規模は100万人を優に超えている人物ばかりだからだ。
だけれど悔しい気持ちを噛み締め、消息を絶った芽瑠を思えば……力を得るために、早くチャンネル登録者を増やさなければと思う。
「いろんな思惑で動いている人達がいるけど、だいたいはこんな感じ。自分のスキルを強化したり、行使する際にはこういった人達がいるって把握しておくといいわ」
魔物だとか、人間だとか、実はそんなのどうでもいいと思っている。
ただ、妹の芽瑠を消したこの世界が許せない。
俺にとって重要なのは、芽瑠を消した奴への報復を手助けする立ち位置にいるかどうかだ。
「はい、わかりました」
彼女の説明を受け、煮えくりかえる憎悪を胸に秘めたまま俺は頷いた。
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