16話 令装紋
有無を言わさぬ雰囲気で父への謁見は終了となった。
この世界に来て色々あったが、まさか現実世界よりも早く婚約者ができそうになるとは誰が予想できただろうか。死刑宣告よりマシな人質宣告を告げられた俺の心境は、身の危険が少ないのは喜ぶべき点だが……なんとも言い難い虚しさを抱え、とぼとぼと城内を歩いていると後ろから声がかかった。
「おい、アシェリート。お前、またやらかしたな。父様も今回ばかりはお前に愛想を尽かしたんじゃないか?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、俺に絡んできたのは……次兄のダリル・シュバルツ・ハッシュトスタインだった。顔を見た瞬間にアシェリートとしての思い出が多少復活する。
彼は剣術に秀でてはいるが魔力がスタイン家にしては乏しく、それを気にしてる節がある。ようは色力の青に関する力が低いようで、そこをアシェリートは事あるごとに突いていたな。
「あぁ~兄様。ほんと、それな」
若者風に返してみると、ダリルはハトが豆鉄砲をくらったような顔つきになってしまった。やはり間抜けな顔をしても、父親が美丈夫なのでダリルも整っている。将来はイケメン確定の容貌に多少嫉妬をしえないが仕方ない。
こうやっていくつ仕方ないって、いろんなものを諦めてきたのかな俺は。
「おいおい、本当に戦で頭がどうかしちゃったのか? いつものお前なら、もっとこう……辛辣な感じで、返してくるだろうが」
「今はそういう気分じゃないんだよ、ダリル兄様」
「そ、そうか……だがしおらしくなったとしても、俺はお前のような愚弟は認めんぞ。特に『黄の冠位者』に関してだ」
それからダリルの小言が続いた。
『お前のようなクズが冠位者様の弟子だと? ありえないな』とか『さっさとブヒブヒ根を上げて、豚小屋にでもこもってしまえ』などなど。そういえば俺ってヒカリンの弟子になるんだよなぁ。
自分の身に降りかかった結婚と弟子入りという、二大ニュースを一人感慨深く噛み締めながら、ひとしきり12歳の兄の愚痴を聞き終える。その後、次に顔を出したのは18歳の長兄だった。
「アシェリート。ちょっといいかな?」
今回の件で俺が直接的に命令違反をしてしまった相手、ユリウスは柔和そうに微笑んできた。
多少、身体が強張ってしまうものの彼に関する記憶が蘇ると弛緩へと変わっていく。
ユリウスは女性のような顔つきだけど、文武両道でさらに剣術も魔法もお手の物。イケメンに全てを与えたもうた神に恨み事の一つも吐きたくなってしまうような人物だ。流れる銀糸の長髪を束ね、中性的な容姿はかなり他人の目を惹く事だろう。不思議な色香がある。
ちなみに次兄のダリルはユリウスが来た途端大人しくなり、キラキラと羨望と尊敬の眼差しを向けている。
人望の差が凄まじい。
「何でしょうか、ユリウス兄様」
ダリルには何となくタメ語だけど、この兄には敬語で話す。これもアシェリートの持つ記憶が多少なりとも関係しているのかもしれない。
ユリウスは高慢だったアシェリートが唯一、心を許している人物と言ってもいい。
「初陣、良く頑張ったね。えらいぞ」
その理由の一つがこれだ。
命令違反をしでかした弟を叱るどころか、ぽんぽんと頭をなでてくれる。
ユリウスは優しいのだ。単に甘いだけなのかもしれないけれど、とにかくアシェリートやダリルにとって兄であり母のような存在だったのだ。
「ユリウス兄様こそ、マスティスの軍勢を退けた手腕お見事でした。それなのに俺が余計な事をしてしまって……申し訳ありません」
「父上はああ言って激怒しているけど、みんな頭では理解してるさ。アシェリートだけのせいじゃない。アシェリートがマスティスの姫君に不敬を働いたって件は、相手にとってはただの言いがかりをつける良い口実でしかない。そろそろマスティスからちょっかいを出される頃合いだと踏んで、こっちも戦の準備をしてきたわけだからね」
神兄のフォローがやばい。
汚れきったおじさんの眼には、君のまっすぐな瞳が眩し過ぎる。
「まぁちょっと今回は予想外すぎる方向に飛んじゃって、正直我が国は苦境に立たされてるよ。その辺はしっかり反省するんだぞ?」
「はい。今後、軽率な行動は重々控えていく事を肝に銘じます」
「うん。婚約の件は、安心して欲しい。オーレンド相手でも父上とボクで『誓約の同盟紋』の内容は必ず対等なモノにしてみせるよ」
「『誓約の同盟紋』?」
聞き慣れない単語が出てきたので、思わず聞き返してしまう。
するとここぞとばかりに、隣で黙って話を聞いていた次兄のダリルが馬鹿にしたように口を挟んできた。
「アシェリートは『誓約の同盟紋』も知らないのかよ。勉強不足すぎるだろ」
と、ダリルは肩をすくめて呆れてしまう。
「こらこら、ダリル。その言い方は自分の弟に対してダメだぞ」
「だって兄上、こいつは俺達の弟なんかじゃない。似てるのは髪色ぐらいで、こんなだらしない肉付きの小豚なんて俺の弟じゃない」
「はぁ……アシェリート、『誓約の同盟紋』っていうのは、双方で結ぶ魔法契約だ」
「魔法契約……」
「そうだ。例えばアシェリートの近衛騎士がいるだろう?」
「クレアさんの事ですか」
「うん。あの近衛騎士とアシェリートは『誓約の同盟紋』の下位である『誓約の令装紋』を結んでいるだろう」
そう言えば、そうだな。
命令を利かせる紋章だかなんだかだったな。
「あれを発動した状態で、あの近衛騎士がアシェリートの命令に背けば、彼女の命は潰えるよね」
おおう。
そんな強制力のある紋章だったのか……。
「『誓約の令装紋』は主従関係にある者同士で結ぶのが多いけど、『誓約の同盟紋』は双方の立場が対等に近い者同士で結ぶものなんだ」
「そうなのですか」
「契約の細かい内容は父上とボク、それとオーレンドの要人と話し合って交わすだろうけど……すくなくとも婚約破棄なんて事態が軽々しく起きないように、契約の不履行時は両者の命が代償になる、って項目は欠かさないと思う」
それって、オーレンドの姫君と結婚しなかったら俺も相手も死ぬって事だよな。異世界婚、怖すぎる。
「は、はい……」
「オーレンドとの婚約が公になれば、マスティスも横暴な外交手段、戦争行為は控えるだろうし。人間同士で争っている場合でもないから、この件はなるべく早急に取り付ける予定だ。魔王の一柱が勇者に封印され、魔族の力が弱まってるとはいえ『青の領域』にもまだまだ魔族勢力は健在だからね」
そういえば、魔族、というかモンスターみたいのがこの世界にはいるんだったっけ。
「新たな魔王……魔王の力を受け継ぐ者、魔王の娘なんてのが出現したって噂も出てるから油断はできないよ。ボク達3人、兄弟の力を合わせてこのハッシュトスタインを守っていこうね」
「はい、兄上!」
「はい、兄様」
「それとアシェリートは『黄の冠位者』と師弟契約を結ぶだろう? その時にも『誓約の同盟紋』を使うから、僕らが立ち合うよ」
そう言い残し、颯爽と歩き去ってしまうユリウスと眺め……少しだけヒカリンの弟子になる事を不安に思った。
命令権がある内容になってしまえば、俺の命はヒカリンに握られてしまうだろう。
「『契約の同盟紋』か……」
こうして俺が兄弟と顔を合わせ、侍従に案内されて自室に戻ると何故かロリエルフの近衛騎士クレアだけが室内で待っていた。
裸で。
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