一話目
この世にはかつて、“吸血鬼”が存在したという。
人間の生き血を吸い、青白い死体を量産した、吸血鬼というものが。
“それ”は未だ存在する。
人間達の騒がしい影に隠れ、ひっそりとその生命を繋ぎとめながら…。
また、いつ“それ”が現れ人間を恐怖に陥れるのか。
そんな不安を拭いきれず、人間は“それ”に対抗すべくものを作り出した。
その名は“教会”
というのも、もう昔の話。
吸血鬼が人間を襲い皆殺しにするかも──など、不可能。
1人襲うだけで少なくとも10人の“教会”がやってくるとなれば、誰も血を吸うことなどしない。
ただ、吸血鬼は血を吸わなければ死にはしないが衰弱はする。
だから、例え現代に残っている吸血鬼がいたとしてもとてつもなく弱いし、数だって物凄く少ないのだからそんな心配はする必要が無いのだ。
そもそも、吸血鬼は必ず人間を襲う、そんなおかしな方程式を信じる方がどうかしてる。自らと同じ姿形をした人間をなぜ襲わなければいけないのだろう。
まあ、そんな事をのたまっても“教会”の連中にとってはどうでもいいらしい。
あいつらにとって重要なのは、吸血鬼を殺すこと。
ターゲットである吸血鬼が何か言ったところで聞く必要などない。
そんな思考回路をしているのだろう、全くもって酷いものだ。
ここまでの話で検討がついているだろうが、私は吸血鬼である。絶滅寸前の。
そんでもって、そんな絶滅寸前の可哀想な吸血鬼を追いかけ回す“教会”の連中に追われてる真っ最中である。
「っ!来んじゃねえ!」
「はっ、吸血鬼の癖に惨めな姿だな。かつての王者様は何処へ行った?」
「るっさいわ!そんなもん知るか!てか、それ何時の話だよ!?」
追ってくる“教会”は計15人。吸血鬼なんてもう何処にもいないだろうに、なんでこいつらはまだ結成されたままで人数もいるんだろう…はぁ。
それに多分アイツの言葉によるとまだまだ増えるっぽいし…。
そもそもの間違いは久し振りに戻ってみるかぁ、なんて馬鹿な事を考えたことだった。
夜の9時。万が一に備えて、公園で“結界”を展開させて、戻ったのだ。
私の本当の姿は白銀の長髪に血よりも紅い目。
この姿はとても美しいとは思うのだが、もしもこの姿のまま街を彷徨いたりしたら速攻で“教会”の連中にばれる。
だから、普段はこの国の一般的な容姿、黒髪黒目で過ごしているのである。
そして、その姿に戻った瞬間。
「わぁお。ホントにいたのか。」
“結界”を貼ってあるはずの公園内に、時代遅れな白いショートローブを纏った奴が唐突に現れた。
そいつは藍色の髪を持ち、藍色の目をもっていた。
「なんで────“教会”が」
「はぁ?なんでってそりゃあ、反応があったからだっつーの。ここ二十年ぐらいは吸血鬼の反応なんて見つかんなかったから、今頃本部は大騒ぎだぜー?」
「…反応…?」
「ははっ、可哀想になぁ。せっかく隠れてたのにそんな事するから見つかっちゃったぜ?ま、俺的には態々ごくろーさん。って感じだけどな。」
「っ…ちっ!」
私は思わず舌打ちをする。恐らく反応とは、私が使った“結界”の魔術行使時に漏れた魔力だろう。それが解るようになっている何かが“教会”には安置されていて、そのせいでバレた…と。
やらかした。
ニヤニヤ笑う藍色のアイツから咄嗟に距離を取る。
最悪な事に、今の私の服装も時代遅れのゴシック衣装。昔の気分に戻りたいと着替えたのが失敗だった。この服装ではどこかに隠れてもすぐに見つかる。
とりあえず近くの民家の屋根に飛び、迎撃の魔術を組む。
“教会”の連中はとにかく粘着質なので、逃げ切らないと大変な事になる。
「へぇ?逃げるんだ?…逃げれるとでも?」
慌てる私を嘲笑うようにして、同じ様に屋根に登ってきたアイツは藍色の魔力を纏い、私に“聖剣”を向ける。
“聖剣”は小さいが、あれがもし身体に刺されば数時間は動けなくなる。昔の人間達が吸血鬼の弱点である“太陽”と“聖水”と“十字架”を組み合わせてそれを作った。
その“聖剣”の効果は抜群すぎる。身体に少しでもかすればその傷跡は間違いなく毒に侵されたようになるし、刺されば意識を失う。もし心臓に刺されば、間違いなく動けぬ身となるだろう。心臓に突き刺したままにすれば吸血鬼はいつか死ぬ。
そんな“聖剣”を目にして、私の身は竦んだ。が、そんな事は意に介さないとばかりにアイツは跳んできた。
そして、そこから追いかけっこが始まり、その途中でどんどんと鬼の数は増えていった。
それが、ここまでの経過である。
「ほらほらー。さっさと降参しちゃいなよー。」
アイツは軽く言葉を投げてくるが、そんな事したら大変な事になることぐらいは目に見えている。
私を追いかけ回す“教会”の連中は、他人の住宅の上だろうとお構い無しに魔術をぶつけてくる。私はそれに防衛するので精一杯だ。
──ぐらり。
突然住宅が傾いたように感じた。
が、しかしそれは違った。
「うっわ、このタイミングで地震かよ!?」
私は地震に気を取られ、足が一瞬とはいえ止まった“教会”の連中を横目に、商店街の喧騒の中に突っ込んで行った。
「ちぇーっ。吸血鬼狩りは失敗かぁ。まっ、この街にいるって事は分かったから、とりあえず検問敷くか!」
藍色のアイツは、そんな事を言っていたらしい。
因みに喧騒に飛び込んだ私は、すぐさまコートを着て、近くのトイレに駆け込み、髪の色とか目の色とかを戻して、フードを被って外にでた。
そして、その後は平和に家に帰ったという。
──明日に起こる最悪な出来事など知る由もなく。