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虹を渡る猫


 次の日、プリエが目を覚まし、ちびニャと王冠から出てくると、猫たちのごはんはもう終わっていた。プリエはちびニャと一緒に楽しく朝ごはんを食べ終え、ちびニャはプリエの頭に登って、毛繕いを始めていた。

「そう言えば、フェリスって、どこで寝てるの?」プリエはオレンジジュースを飲みながら聞いた。

「寝てないよ。寝なくて良いって言ったろ」フェリスは今日もプリエの前に座っている。

「へ?じゃあ、何してたの?」

「図書館行ってた」

「ホントに趣味なんだ。って夜中に図書館?」プリエは怪訝な顔でフェリスを見た。

「こっちはホントは夜も昼も無いんだよ。ここは猫の為に向こうと同じにしてあるだけで」

「そうなの?」

「うん。必要ないからね。寝ないとダメと思ってる人たちが居る場所には昼と夜があるけど」

「ふーん。あれ?リリは?」さっきまでウロウロしてたと思ったのに。

「んー」フェリスはソファーを見た。「マニュちゃんと…ぽーちゃんに毛繕いして貰ってる」

 フェリスの目線の先を見ると、ソファーに埋もれて寝転んでいるリリのうなじのあたりを、2匹の猫が一生懸命に舐めている。

 プリエは驚きの光景に目を丸くした。

 猫が人の毛繕いするとかあるの?あれって、リリ、もう…猫だし

「ククッ、リリ、半分猫だしね。猫の舌でザリザリして貰うのがすごく気持ち良いんだって。リリの至福の時間だからさ、そっとしておいてあげて」

「へぇ…ザリザリ、気持ち良いんだ」プリエはオレンジジュースを飲んだ。

「プリエは昨日一日、猫と遊んで終わっちゃったね」

「え?うん。すごく楽しかったけど?猫の名前も結構覚えたよ。ちびニャと一緒にプリンセスベットで眠るのも最高!ね、ちびニャ」プリエは頭の上のちびニャに声をかけた。ちびニャは頭の上でミャーとかわいい声で返事した。

「わかるけど…そろそろ戻る事考えてよ」フェリスはため息交じりに言った。

「んー、ドレス着放題、もうちょっとやりたいな。リリの作るドレス、どれもかわいいんだもん。ほら、見て」プリエは立ち上がって、嬉しそうにクルっと回ってみせた。黄色いドレスの裾がふわっと広がった。「ね、かわいいでしょ?」

 ホントだ、良く似合ってて、かわいいかも。

「まあ…リリはすごいからね」

「もう…」かわいいの一言くらい、嘘でも言ってくれたって良いじゃない。乙女心がわかってないな。

 へっ、そう言うもの…?フェリスはばつの悪い顔をした。

「けど、フェリスって、ほんとにリリ大好きっ子だよね」椅子に座ったプリエはニヤケた顔でフェリスを見つめた。

「えっ」な、なんだよ、その顔。なんか、慣れない…。

 フェリスは目を逸らし、少し赤くなった顔で言った。「ま、まあ…マザコンって言いたいんだろ」

「だってそうでしょ?」フェリスが赤くなってる。面白い。

 プリエはクスッと笑った。

 くそっ。からかわれてる?なんか…面倒。「あー、もう。そうだよ。そんな事より…戻ってもらわないと僕も困るんだけど」フェリスは誤魔化すように少し睨みを効かせた。

「どうしてフェリスが困るの?」

「どうしてって…」

「あたしが困るだけでしょ?あ、あたしを死なせたら、守護者のペナルティがあるとか?」

「そんなのないよ」

「だったら、別に良いじゃない。放っておいてよ」

「そうは行かないんだって」

 突然、猫が一匹、バタバタと走りだした。つられたように、他の猫も耳を後ろに倒して全速で走りだした。

「わ、すごい。速っ」プリエは驚いて走っている猫に目を向けた。

 見る間に6~7匹の猫たちが家の中をバタバタと駆け回っていた。

「運動会、始まったね」フェリスは平然とした様子で言った。

 疾走している猫のしっぽが膨れ上がって3倍くらいの太さになっている。

「しっぽ、太っ!アライグマみたい」プリエは興奮して猫たちの様子を眺めた。

 猫たちは、障害物を器用に飛び越えたり、避けたりしながらすごい速度で追いかけっこしている。

「猫ってすごいね。あのスピードであんなに器用にギリギリで避けてる」

 一匹が猛烈な勢いのまま中央の木を駆け登り、足を滑らせた。

「あっ!」プリエは思わず両手で顔を覆った。

 猫は片手の爪で木にぶら下がった状態になった。が、すぐに爪が外れた。枝に体がひっかかり、態勢を崩したまま下に落ち、着地に失敗してしまった。

 バタンという音が響いた。

「ひっ」プリエは手で顔を覆ったまま下を向いた。

「プリエ、大丈夫だよ」フェリスの落ち着いた声がした。

 プリエは少し手をずらして、泣きそうな顔でフェリスを見た。

「大丈夫だから」フェリスはそう言って微笑んだ。

 プリエがおそるおそる木の方を見ると、床に猫が一匹うずくまっていた。ソファーから飛び起きたリリが猫のそばまでやってきていて、猫に手をあて、やさしくささやいた。

「大丈夫。びっくりしたね。なんともないよ」

 猫は、すぐに、何事もなかったかのように立ち上がって走って行った。

 リリも平然とした様子でソファーに戻って行った。

 何?今の…どうなったの?

「ここの子達は何があっても傷つかない。もちろん死ぬ事もない。リリとの繋がりで保ってる子達だから、何かあったってリリさえ居れば大丈夫。猫自身はショック状態になってたけどね」フェリスはいつものようにプリエの心の声に答えた。

「そうなんだ」プリエは安心した表情でフェリスを見た。

「猫の運動能力ってホントにすごいから、こんな事めったに無いんだけど、びっくりさせちゃったね」

「え」もしかして、フェリスってやさしいのかな?

「多分…やさしいと思うけど」フェリスは真顔で答えた。

「は?そういう事、自分で言う?」

 へ…これもダメなのか…乙女心って難しいな…。フェリスは小さく溜息をついた。

「あ、けど、もし、外で何かあったら?」プリエが心配そうに聞いた。

「え?ああ、姿見ないなって思ったら、その子のところにジャンプして見に行けば大丈夫」

「ジャンプ…ってここに来た時の?」

「そう。行きたい人とか場所とかを思い浮かべて、行くって強く念じるとそこへ瞬間移動できる」

「あ、それでサビママ」

「猫たちだって、リリに会いたいって強く思えばリリの所へジャンプできる。たまにジャンプで戻ってくる事あるよ。理解はしてないけどね。猫たちの中で、意図的にジャンプできるのは多分サビママだけだよ。どうすればそうなるのかって、ちゃんと理解してやってる。言葉もほぼわかってるしね。だから、リリ、あの時、サビママに頼んだんだ」

「ふーん。ジャンプって便利」

「うん。けど、行けない場所には行けない」

「行けない場所?」

「昨日も言ったろ?上とか下とか言ってるけど、その人のその時点のレベルに応じて、その人が行ける範囲って決まってる。例えば行ける範囲より上の人に会いたいって思ってジャンプしようとしても無理。その人が自分の行ける範囲に下りてきてるならジャンプできる。あ、それでも、相手も自分を知ってないとダメだし拒否してたら無理。だから、自分の知らない人とか会いたくない人が突然現れるって絶対にない。ストーカーとか有り得ない」

「へー」

「会話も同じ。離れてても相手が自分の行ける範囲内に居れば会話できる。向こうで言うテレパシーみたいな感じ。でも、相手が拒否してると無理。電話の方が近いかな。相手が出てくれなきゃダメだから。多分、リリ、今誰かと話してるよ」

「え、そうなんだ」見ると、リリがソファーから立ち上がり嬉しそうな顔でこちらへ走って来た。

「花ちゃんが、来るって!」リリの猫耳と猫しっぽがピンッと立っている。

「花ちゃんって、前に戻っちゃった?あの?」フェリスが驚いた様子で聞き返した。

「そう!今、連絡がきた」リリはキラキラの大きな目でそう言うと、猫しっぽを立てて外へ走って行った。

「リリの預かる子が来るって。虹が出るんだ。見に行こう」フェリスも慌てて立ち上がった。

「虹?」

「プリエ、虹が見られるなんて、すごくラッキーだよ。ほら、早く」フェリスが珍しく興奮している。

 プリエがフェリスにつられて、外に走り出ると、猫を乗せたきれいな虹色の帯が空から伸びてきていた。

 すごく綺麗…けど、虹とは違う。虹よりずっと色が多いし、虹よりもっと色がはっきりしてる。それに、あれ自体が光ってる、色んな色の光…輝いてる。

「虹より綺麗」プリエは虹に見とれながら、つぶやいた。

「ホントに綺麗ね」そばで穏やかな表情で虹を見上げているリリが言った。「あれはただの虹じゃない。花ちゃんの飼い主さんの思いが現れたもの。いつもどれも綺麗だけど、同じ虹ってない。今日のは桜色が強いね、ふんわりと包み込むような温かさを感じる光。繊細でやさしい人なのかな」

 虹はキジ猫の花ちゃんを包んだままゆっくりとこちらへ伸びてきている。

 ふと気が付くと、付近は猫でいっぱいになっていた。みんな静かに虹を見つめている。

「わっ、猫がいっぱい」プリエは驚いて声をあげた。

「いつもそうよ。虹が現れると付近の子達が、いつの間にかみんな集まってくるの」リリは虹に包まれて降りてくる花ちゃんをじっとみつめていた。

「花ちゃん、2年程前に死んだ子なんだ」フェリスが口を開いた。「リリが預かる事になってた。あの時、虹に包まれて降りかけたんだけど、あの子、引き返したんだ」あの時のリリの嘆きよう…悲しくて泣きじゃくるリリを見たのは、あの一度きり。あの時のリリの姿が忘れられない。あんな辛そうなリリ、もう二度と見たくない。

「花ちゃんを亡くした飼い主さんの悲しみがすごくてね、花ちゃん心配でこっちへ来られなかったの。今まであっちでずっと飼い主さんについてた。あの子にとっては辛い事。こっちへ来た方が楽。それでも飼い主さんが心配でならなかったのよ。本当にこの子たちの事思うなら、ありがとうって笑って見送ってあげるのが一番良いんだけどね…。私も最初の時、辛くて悲しくて同じ事やっちゃったから…。やっとこの日が来た」リリは嬉しそうに微笑んだ。

「リリ、さっき、あの子の飼い主さんと話してたの?」プリエはリリを見た。

「ううん。飼い主さんの守護者。やっと声が届いたって、喜んでた」

 リリ、泣いてる?

「私、これ見るといつも涙がでるの。飼い主さんのこの子達への思いが愛情が虹から伝わってくる。自分と重なるのかな…私もまだまだね」そう言って、リリは涙を拭った。

 リリは虹に向けて笑顔で両手を広げた。花ちゃんは虹に包まれたまま躊躇する事なくリリの腕の中に降り立ち、リリは花ちゃんをしっかりと抱きしめた。花ちゃんを抱いたリリは満面の笑顔で虹に包まれていた。

 あなたがこっちに来るまで、花ちゃんは私が責任もって預かります。だから、安心して、しっかり向こうを生き抜いてください。

 リリは心の中でそう語った。

 スーっと虹が消えていった。

 集まった猫たちが静かにバラバラと帰って行く。

「こんにちは、花ちゃん。私、リリ。飼い主さん、もう大丈夫だね。花ちゃんも辛かったね。頑張ったね」

 花ちゃんは、黄緑色の瞳のかわいいキジ猫さんだ。名札を下げた桃色のリボンの首輪をしている。少し毛足が長いのか、首輪自体は埋もれてしまっているが、リボン型につけられた桃色のリボンだけが首の横からピョコンと見えてアクセントのようになっている。

「これからは、私と一緒にこっちで飼い主さんが来るまで待とうね。それまでここが花ちゃんのお家だからね」リリはやさしく話しかけている。

 その様子を見ながらフェリスが口を開いた。「花ちゃんすごいな。あの子、人にすごく慣れてるのかな。いきなり抱っこできるなんて珍しいし、すごく落ち着いてる」

 へえ、そうなんだ。

 プリエはリリと花ちゃんを見た。

「花ちゃん、すごくやわらかいね。良い毛並…あ、花ちゃんのお腹…すごくもふもふしてそう…。え!触って良い?ありがとー!花ちゃん良い子ねー」リリは花ちゃんを抱っこしたまま、お腹の毛を触って、目を細めた。「うわー、もっふもふ。 そう、花ちゃんのお母ちゃんも花ちゃんのお腹の毛好きなの、そうよねー花ちゃんのお腹最高だわー気持ち良いー もうちょっと触って良い?」

 ああ、リリが変になってる…

 プリエは苦笑いした。

「あの子、やっぱりすごい。いきなりお腹OKなんて。普通はドキドキしちゃってすぐに話せない事多いんだ。それに、わりと言葉わかってるのかな」フェリスは首を傾げた。

「え?リリって、猫と話できるんでしょ?」

「違うよ。猫たちの言ってる事がわかるだけだよ。リリ、普通に猫に話するから話してるって思うのもわかるけど…。んー、そう、僕がプリエの考えてる事がわかるようなもの。僕の考えてる事はわかんないだろ?それと同じ」

「あー、一方通行。ずるいよね」プリエは口を尖らせて、少しフェリスを睨んだ。

 へっ。そう来るのか…。ホント良くわかんないな…乙女って面倒。

「けど、サビママは言葉わかるんでしょ?」

「サビママが特別。他の子はそこまではわかってない。まあ、どの子もこっちの言ってる事を感覚的になんとなくは捉えてるけど。個体差はある。得意不得意。それと経験値。長くなればやっぱり理解はしていくよ。ユーディの言う(せい)は向上をめざすものってやつなのかな。けど、あの子、来て早々であれだけ通じてるって珍しい。きっとあの子の飼い主さん、普通に猫に話す人なんだろうね。リリみたいな人なのかな」フェリスは口の端をあげて、リリに目をやった。

「そう。その首輪、手作りなの、かわいいね。 ホント、花ちゃんのお母ちゃん器用だね。 そうなんだ。普通のだと埋もれちゃうから、リボンが見えるように作ってくれたの。かわいいねー。花ちゃんの毛色に良く映えるね。すごく似合ってるよ」花ちゃんは抱っこされたまま、瞬きしながらリリを見つめて、一生懸命何かを伝えているように見える。

 リリの言葉聞いてると、あの子が何言ってるのか想像できちゃうな。なんか一生懸命でかわいい。

 プリエは微笑んだ。

「あの子みたいに飼い主さんの自慢する子、多いんだよ。みんな本当に純粋に飼い主さんの事、大好きなんだ」フェリスも微笑んだ。

「ふーん。フェリスと同じだね。自慢するところ」プリエはフェリスを見た。

「え?」フェリスもプリエを見た。

「純粋に、リリの事、大好きなんだ」プリエはそう言って、ニヤケた顔でフェリスを見つめた。

 えっ…

 フェリスは赤くなった。

 くそっ、ホントに面倒だ。




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