リリ 2
「プリちゃ、ちびニャ、おはよー」リリが、王冠から出てきたプリエと頭に乗ってるちびニャに声をかけた。
「おはよう…うわっ、猫がいっぱい」プリエはあまりの猫の多さに目をまるくした。
「外が好きな子たちも戻ってるからね。着替える?どんなのが良いかな…」
「いい!これ気に入ってるから」プリエは速攻で拒否した。
「ははっ。じゃ、朝ごはん、作ってあげるね。飲み物、何が良い?」
「んー、コーラ」
「コーラ?コーラね…」リリは顎に人差し指を立てた。猫しっぽがゆらゆら揺れている。
猫たちがリリの周りをうろついてニャーニャーとリリに訴えて落ち着かない。
「ああ、みんな、ちょっと待ってねー」
ちびニャはプリエの体をつたって上手に下へ降りて、ごはんコールをしている猫たちに加わった。
「あ、猫の餌?」プリエは猫たちの様子を見て言った。
リリはプリエをチラっと見て、「先に座ってて」と言い、テーブルの方を見た。
見ると、フェリスが座っていた。
あれ?フェリス居たんだ?猫たちに気をとられて気付かなかった。
「おはよ」プリエはフェリスの前に座った。
「おはよ。僕、今、戻ったとこだから」
「え?ああ、どこか行ってたの?」
「図書館」
「ふーん」図書館通いが趣味なんだっけ。
リリがやって来て「はい、コーラ」と、コーラ入りのコップを出した。猫たちが半数くらいぞろぞろとリリに付いて回っている。
「と、餌ね」リリはそう言って、テーブルに朝食のプレートを出すと、猫たちを引き連れて広い場所へ行ってしまった。
プレートには、サラダに、ベーコンと目玉焼きの乗ったトーストが盛られている。美味しそうだ。
餌?
プリエは頭をひねった。
「餌って言われてどう思った?」フェリスはテーブルに肘をついてプリエを見ながら言った。
「え?ん…良い気はしない…かな」
「猫だって同じ。ってこと」
「あ」
「解説終わり。朝食、食べたら?」
「…いただきます」プリエは、フェリスをチラっと見て、食べ始めた。
「リリは猫も人も同じに考えてるから。僕も猫と同じように育てられた」
プリエはフェリスを見た。「不満なの?」
「え?全然。かけられるだけの愛情かけて育ててくれたってこと。今もだけど」フェリスは幸せそうな顔をした。
フェリスって、ホントにリリの事好きなんだ。
「リリ、あたしが『餌』って言ったから怒った?」
「え?まさか。リリはそんなことで怒らないよ。ああ見えて、かなり上の人だから」
「上?レベルが高いってこと?」
「そんな感じ。リリは、本当はここよりもっと上に行ける人だよ。ここもまぁ良い場所だけど。リリは自分の意思でここにとどまってる」
「どうして?」
「ここが猫たちと居られるぎりぎりの場所だから。ここより上には猫たちが付いていけない。リリにとってはみんな子供だから」
「猫も上とか下とかあるって事?」
「いや、猫たちは、上も下もない。繋がってる人が居る場所ならどこだって居られる。けど、ここより上は無理なんだ」
「そうなんだ」そう言って、プリエは猫たちにごはんを用意しているリリを見た。
「他、何か欲しいのある?ちゃあちゃん、キャベツ?もう、本当に草食男子だなー はい。キャベツ。煮干し置くよー はーいこっちね。 鰹節はー?はい。こっちー ささみー なんか他のが良いとかあったら言うんだよー 遠慮しなくてよいからね はい、かまぼこー 玉子焼きー 何?海苔?はい、海苔ー イカー 焼き鳥?はいよー焼き鳥いっちょ ぉぉ、鯛のお頭付きー ほらよっ ポンタ、生クリームは? そう。今日は要らないの。昨日たくさん食べたもんねー ちびニャは欲しいの?はい、生クリーム」
リリは猫たちと会話しながら、次から次へと食べ物を作り出している。
「あはっ。猫たち大騒ぎね。けど、猫も別に食べなくても良いんでしょ?」
「そうだけど、あの子たちは食べたがるよ。肉体が無いとかわかってないから。リリはさ、こっちでもそうだけど、向こうでも猫のために生きたような人だからね。一人で何匹もの猫を助けて、猫第一の生活をして…猫が居ないのなんて考えられないんだよ。猫耳と猫しっぽが何よりの証拠。きっとリリはあまりにも猫愛が強いからああなってる。それに、リリが上へ行ったら、リリと繋がってる猫たちは個体としての存在をなくす。それが何より嫌なんだと思う」
「個体として…ってどういう事?」
「ちびニャや、サビママとか、ちゃあとか消えちゃって、猫の集合意識に戻る」
「え…意識は永遠に消えないんじゃ…なかったっけ?」プリエは首を傾げた。
「人はね。動物は違う。人と繋がってるから個体を維持できてるんであって、その繋がりが切れると個体としてはなくなる。厳密には無くなるわけじゃないけど、集合意識に吸収される。繋がりを切ってしまう、そういう絶対的なラインみたいなのがここと上の間にある。酷いよね。どうしてそんなのがあるんだろ…」
あれ?フェリスの色が…リリのは良く見るけど、フェリスのは初めてかも。
「こっちでは、内面が外にでる。感情もね。色が変わって見えるのはそのせいだよ」
「え、あ、そうなんだ。リリの色が変わるなーって思ってたけど。気のせいかとも思ったけど、やっぱり変わってるよね?」
「うん。そもそも微妙な変化だったりするし、僕はそんなに感情的な方でもないから、わかりにくいかもね」
「今、変わったよ」
「うん…だってさ…なんで繋がり切る必要あるんだよ…調べたけど、答え、みつからなかった」
ああ、なんか、フェリスの色、すごくくすんじゃってる。これ、きっと元気ないって事なのかな?
「そうだ。ユ-ディに聞いてみれば?色々知ってそうじゃない?」
プリエが僕を元気づけようとしてくれてる?いつぶりだろ…なんか、変な気分。
「聞いたよ。『生は向上を目指すものだから』だって」
「え?」プリエは首を傾げた。
「わかんないよね。僕もわからない。きっと、いつかわかるようになるって言われた」
いつかわかる?…今はわからないって事?「…繋がりが切れたらダメなの?」
「うん。そもそも、向こうで肉体が滅びた時、人と強い繋がりを持ってるから個体を維持できてるんだから、それが切れてしまったら個体を維持できなくなる」
「元から繋がり持ってない子は?」
「すぐに集合意識に戻る」
「ああ、そっか。ちょっとわかってきた」
「ここにいる猫たちは、人と強い繋がりを持っている子たち。虹の橋を渡った子たちなんだ。ここの壁に描かれてる虹、それなんだよ。人との繋がりの強い子たちだけが、虹を渡ってこちらへやってきて、個体を持ったまま存在できる。ホントは虹でも橋でもないんだけど、繋がってる人の思いが虹色になって現れて、それに包まれてやってくるから虹の橋を渡ってるみたいに見えるんだ」
「見たことあるの?」
「うん。リリが預かる子が来る時ね。すごくキレイだよ」
「へえー」プリエは壁の虹に目をやった。
「ユーディがリリに上に行かないの?って聞いてたけど、リリは行かないよ。けど、リリの下のラインは上がってきてるみたい」
フェリスの色、また少しくすんだ…。
「上がるって、どうして?」
「リリ自身は猫たちの世話とか、僕を育てるのもだけど、そういうので徐々に上がっていってる。下がるような事も特にしない。だから、リリの行ける下のラインが上がってきてるんだ。あ、その人のその時点のレベルに応じて、その人が行ける範囲って決まるから。もちろんその分、上の域は広がってるはずだけど、リリは猫が行けないここより上には興味ない。でも、いつかここも居られなくなる。いつか、ここより上に行くしかなくなる日が来る。猫たちと別れないといけなくなる」
「そんなの嫌。ちびニャとか居なくなるなんてヤダ」
「僕だって嫌だよ。考えたくもない。みんなずっと一緒なのに…家族みたいなものなのに」
「あ!昨日みたいに作っちゃえば?ダメなの?」これ、きっと名案!
「え?どういう意味?」
「だから、上に行ってちびニャとか消えちゃっても想像できれば作れるよね?リリ、すごいんだし」
「ああ…形としては作れるけど、それはちびニャじゃない。生が存在してないから。生は作れない」
「ん?よくわかんない」
「んーと、それはただ映像をみてるようなもの。何て言うか…ただのはりぼて。ちびニャじゃない」
「ああ…なんとなく…」ダメなんだ。
「まだまだ先の事だよ。プリエが向こうで寿命まっとうしてこっちへ来てからも、まだまだ先の話」
「え、なんだ、ホントにまだまだなんだ。良かった」プリエはホッとして笑顔になった。
「でも、だから、リリにとってどこまでも一緒に付いて行ける子供は僕だけなんだ。だから、僕は頑張ってリリに付いていけるようにしないと」
「え?じゃあ、リリが人を育てたのってフェリスだけ?」
「うん」
「どうして?」
「え?どうしてって…さあ?そんなのリリに聞いたことない」そう言われると、どうしてだろう?
プリエがフェリスの髪をじっと見つめた。
「何?また髪?」フェリスが少し呆れた風に言った。
「だって、見れば見るほど、あたしの理想の金髪してる。色も質感も。いいなぁ」
「プリエが昔から金髪に憧れてるの知ってるけどさ…どうしようもないし…染めるつもりなんだろ?」
「もう少し大きくなったらね。って、そんな事も知ってるの?」
「まあ」
「何も隠せないんだ。けど、染めて色は変えられてもそんな風にはならない。あたしの髪固いから。お母さんもそんな金髪なの。すごく似てる。あたし、どうしてお母さんの髪に似なかったんだろ」
「…プリエ、戻りなよ。お母さん、心配してるよ」
どうかな…
「心配してるよ」フェリスは少し強めの口調で言った。
「そんなの…フェリスにはわかんないでしょ」プリエは口を尖らせた。
フェリスは黙った。
「けど、フェリスって、色々よく知ってるよね」何か色々解説してくれるし、そう言えば、ユーディも褒めてたし。
「まあ…図書館通いが趣味のひ弱なインテリボーイだからね。知識は結構ある方だよ」
「あたしがそれくらい勉強好きだったら、うちのお母さん大喜びするよ。勉強しろってすごく言われるんだから」
フェリスは口の端をあげた。
「フェリスの事、ちょっと見直したかな」
フェリスは驚いてプリエを見た。
すると、プリエが付け足した。「頼りないけどね」
「もう、だからプリエは…」とフェリスが言いかけると、
「一言多い」と、プリエが先に言った。
2人は顔を見合わせて笑った。
今日のプリエは、随分やさしくなってる。『青の島』もどきが効いたのかな。こんな風に2人で笑いあうなんて新鮮…なんか嬉しいな。
「そういえば、プリエ、服、着替えないの?」
「これ、気に入ってるから」
「ふーん。せっかく色んなドレス着放題できるチャンスなのにさ」
「えっ。あ…そっか」そっちのが良いかも…
「ふっ。後で、リリに頼めば?きっと、かわいいの作ってくれるよ」
「うん、頼む」プリエは嬉しそうに言った。「でも、なんか、リリが上っていうの、良くわかるな。見た目コスプレイヤーみたいでおかしいし、猫言葉使ってるのとか、もふもふとか言ってるのも変だけど、リリといるとすごく楽しいもん」
あれ?もしかして、プリエ、自分が猫言葉使ってる自覚ないのかな?
「朝食もおいしい」プリエはそう言って、コーラを飲んで、変な顔をした。
「なんかこれ、見た目コーラだけど、味が…なんだろ?炭酸入ったリンゴジュースに近い?…リリ、やっぱり怒ってない?」プリエは怪訝な顔でフェリスを見た。
「プッ。怒ってないよ。リリ、きっとコーラの味忘れちゃったんだ」
リリの方を見ると、水の入った平たい大きな桶のようなものを5つ作り出していた。
「みんなー、お水置いたよー ふぅ。朝のひと仕事、終了ー」
「プリちゃ、猫じゃらし上手ね」リリがプリエを見ながらフェリスに話しかけた。「猫たちも大はしゃぎ。プリちゃも楽しそう」
プリエはピンク色のドレスに着替えて両手に猫じゃらしを持ち、嬉々として猫たちと遊んでいる。
「プリちゃ、猫と居ると純粋さとかやさしさとか増幅するっぽいね」
「そうみたい。『青の島』もどきも効いたのかな。今朝からちょっとやさしくなってる。なんか、やっとまともに話ができた感じ」
「爪なしパンチ、なかったんだ?」
「ふっ。まあね。ちょっと見直したとか言われた」
「へえ、良かったね」
「うん。リリのおかげ。だけど、こっちが楽しすぎたら、益々戻ろうとしないじゃないか」フェリスは少し拗ねたように言った。
「まあ良いじゃない。しっぽはあれ以上薄くはなってないみたいだし。向こうもしばらくは大丈夫でしょ?」
フェリスは黙っていた。
「何?お母さんの事が心配?」
「それは…プリエが戻れば解決する事だから…けど、どうやったら戻ってくれるんだろう」
「んーそうね。人として成長したいっていう強い向上心か、あっちに戻りたくなる理由がないとダメかもね。向上心はねぇ…今のプリちゃにはそう簡単には無理だろうし、確実に時間が足りないだろね」
「そんな事いわないでよ。戻ってもらわないと困る」
「じゃ、何か戻りたくなる理由があれば良いんじゃない?」
「戻りたくなる理由…お母さん?」フェリスはそう言って、リリを見た。
「さぁ?それは、守護者のフェリちゃが考えなー。図書館通いが趣味のインテリボーイなんだし、考えるの得意でしょ。私は猫専門だからね。人はフェリちゃしか育てたことないんだから」
「あ、そうだ、それ。リリ、どうして僕を育てたの?」
「え?何、急に。どうしてって…たまたまかな」
「へ?」
「ふふふっ。たまたま見かけちゃったから?なんだろ?フェリちゃ、なんか捨て猫みたいな目してたのよね。助けなきゃって思って、私が育てますって言っちゃった。あははー。ま、向こうではお外の猫も一瞬で情が湧いてつれて来ちゃうって人だったし、似たようなもんかなー」
「ふーん。捨て猫かぁ…そうかもね」あの時の僕は捨てられた気持ちだった。リリは敏感だからそれを感じ取ったんだ。
「ま、縁があったのよ。ほら、髪もこんなに猫っ毛だし。猫みたいー」リリは幸せそうにフェリスのやわらかい金髪を手でくしゃくしゃっとした。
フェリスも幸せそうな顔でリリにくしゃくしゃされていた。