空中飛行
急に抱きあげられ、プリエは驚いてユーディを見た。ユーディの繊細さを感じる精悍な顔が、赤を秘めた青の目が、至近距離にある。
うわっ、こんな素敵な人にお姫様だっこされてる…夢みたい!もしかして、夢かな?違うよね?すごく実感あるし…
フェリスは呆れた顔をした。
「飛べないだろ?こうして飛ぶしかない」ユーディは赤を秘めた青の目でプリエを見た。
ユーディの目、近くで見るとなんか引き込まれそう…
「プリエ?」ユーディは少し首を傾げた。
「あ」プリエは首を小刻みに上下に揺らした。「はい。むしろ、してください!」
ユーディは、フッと笑って浮かび上がった。
うわっ 浮いてる!?すごい!「お、重くないですか?」
「大丈夫。行くよ、フェリス」ユーディは宙を進み始めた。
フェリスも浮かび上がって宙を進んだ。
「これくらいのスピード?」ユーディがフェリスに確認した。
「もう少し速くても大丈夫」
ユーディはフェリスにうなずいて見せ、スピードをあげた。
フェリスもスピードアップしてユーディと並んで宙を進んだ。
「うわー 気持ち良いー」結構スピードでてる どんどん地面が遠くなっていってる、飛ぶってすごい!気分爽快ー 鳥になった気分ー ん?けど、あれ?真上に行くんじゃないんだ?
「上って言っても物理的な上じゃないよ、自然につながってる」フェリスはプリエの心の声に答えた。
「けど、さっき、頭の上に穴が開いたからてっきり」
「あれは、僕にも行けない場所にプリエが居たから、無理やりこじ開けたの」
「へえ」なんか良くわかんないけど、ま、良いや。それより今はこの夢みたいな状況を堪能したいー。
フェリスはまた呆れた顔をした。
「首に手まわしても良いですか?」プリエはかなり遠慮がちにユーディに聞いてみた。
「良いけど、鎌の刃先には触れないように気をつけて。飛ばされるよ」ユーディのサラサラの銀青色の髪が、風を受けてキラキラと光りを反射している。髪が帯びている色味が紫だけではないのが良くわかる。
「はい?」飛ばされる?鎌? とりあえず、まずはお言葉に甘えて…
プリエはユーディの首に手をまわしながら、ユーディの背中にある三日月型の大鎌を見た。全体が光を帯びて青白く光っている。刃先は特に、見たこともない複雑な美しい色に輝いている。
「ユーディもかっこいいけど、この鎌もすごくきれい…」
「フッ、ありがとう。そうだね。『天翔ける銀の月』。この鎌の名前だ」
「名前もきれい」
「だね」ユーディは満足そうに微笑んだ。
うわー。今のユーディ、たまらなく素敵ー。
フェリスは思わず鼻を鳴らした。
「けど、鎌で脅しただけで逃げてったってすごいです」
「『天翔ける銀の月』もユーディもこっちでは有名だから。特にあーゆー下層のやつらの間では広まってるんじゃない?昔、あれで、刈り取られたってやつも多いだろうし」フェリスが横から口をはさんだ。
そうなんだ…有名なんだ…「だったら、この鎌、貸してください」プリエはすぐそこにあるユーディの赤を秘めた青い目を見た。
ユーディもフェリスもあからさまにぎょっとした顔をした。
「もし、あいつらが来たら、この鎌で脅して、ダメならザクッってしちゃえば良いんですよね?」
「貸すわけにはいかない。この鎌は私のパートナーだから」ユーディが苦笑しながら言った。
「そもそも、ユーディにしか扱えないから」フェリスは呆れた顔をしている。「特別な鎌なんだよ。最下層のものたちをザクザク刈り取っているから、刈り取りの鎌って呼ばれてるけど、鎌の刃先に触れたものを本来あるべき場所に移す。そういう力のある鎌なんだ」
「移す?鎌で刈られて死ぬわけじゃないんだ?」
「あー、こっちではあっちの世界で言う”死”ってのはないから。そもそも肉体がないのに、どうやって死ぬんだよ」
ん?なんか言い方がちょっと腹立つけど、そう言われたらそっか。「本来あるべき場所?って?」プリエはフェリスをチラっと見た。
「こっちは階層世界っていうかね、境界線があるとか、上下ってわけじゃないんだけど、同じような人たちが近い場所で暮らしてる。自然と引き寄せられてそうなる。それがその人のあるべき場所。大抵の人は本来あるべき場所で普通に暮らしてるんだけど。悪いヤツ…レベル低い奴らの中には、まれに、違う場所にうまく紛れ込んだりしてるのがいるらしい。そーゆー奴らを刈り取るための特別な鎌」
「んー、不法侵入者を強制送還させる?みたいな?」
「あ、そうそう、そんなイメージ。さっきのあのグレーのだって、無理やりこじ開けてあがってきてたんだから、鎌で刈り取られたら一瞬で消えて、あるべき場所に戻ってたはずだよ」
「じゃあ、脅してないで、手っ取り早くザクッってしちゃっても良かったんだ?」
ユーディは苦笑いした。「できれば刈りたくはない。気持ちの良いことではない。特に人の形をしているとね」
そう…なんだ…「ん?刈られても死なないなら、あのグレーのも別に逃げる必要ないような…」プリエは少し首を傾げた。
「刈られる方も気持ちの良いことではない。鎌で切り裂かれることには違いないから。プリエだって、例え死なないとわかっていたとしても、鎌でザクッってされるのは嫌だろう?」ユーディは諭すように言った。
「うん…嫌…怖い…かな」
「そういう事だ。だから逃げた。暴力的な者たちが集まっている場所では刺す刺されるが日常だから、そういう場所の者ならばそれも慣れているかもしれないが、あの者たちは違う」
「そんな場所があるんですか?」プリエは顔をしかめた。
「あるよ」フェリスが口をはさんだ。「似たようなのが集まるってそういう事。文句ばっかり言ってるとそういう人たちばかりの場所に行く事になるし、嘘つきだと嘘つきばかりの場所に行く。見栄っ張りだと見栄っ張りばかりの場所とかね」
「え…嫌かも」
「嫌だね。お人よしならお人よしばかりの場所に行くし、やさしければやさしい人ばかりの場所にいく」
それは悪くないかな。
「実際はもっと複雑だけど、とにかく、良くも悪くも似たような人たちが集まる。こっちはそうなってるんだ。向こうは、色んな人たちがごちゃ混ぜになってるけどね」
ん?ああ、確かに。
「話、ちょっと逸れちゃったけど、プリエも鎌に触れるとプリエのあるべき場所に飛ばされるから気を付けてってこと」
「あたしのあるべき場所?って?」
「今のプリエの本来の場所はもっと下層だよ。飛ばされたらもう助けにいけないからね。僕もユーディも」フェリスは脅しを込めてそう言った。
「へっ…そう…なんだ」とにかく、鎌に触れなきゃ問題なし。よね? けど、ホントに気持ち良いなー。ユーディにお姫様抱っこされて空中飛行だなんて、もう、最高!生きてて良かったー
フェリスはプリエに白い目を向けた。
「さて、さっきの質問に戻ろうか」ユーディが淡々と話し始めた。「あのグレーな者たちは、あれは、向こうで自殺した者たち。プリエを自分たちのところに取り込もうとしてる」
え?自殺?あたしを取り込む?
「生は不滅。プリエの意識は永遠に消えない。自殺にも色々あるけど、あれは逃げで自殺した者たち。辛いから、苦しいから、それから逃れようとして自殺する。けど、それは肉体を絶つだけのこと。永遠の生は残る。結局苦しみも続く。逃げても無駄。自分自身で乗り越えるしかない。肉体がなくなってもそれすらも理解できずに、辛いままだからと何度も自殺を繰り返している者も居る。さっきのグレーの者たちは、自分が苦しみから抜け出せないのなら、他人も同じ目に、この苦しみに引きずり込んでやろうという自殺者の中でもたちの悪い部類。プリエを狙っている」ユーディは淡々と説明した。
「どうして、あたしを狙うの?」
「プリエの中に同じ要素があるから」そう言ってユーディはプリエの目をみつめた。
え?同じ要素?何?
「自殺」フェリスがポツリと言った。
「え?あたし、自殺なんてしてない!」プリエはあわてて否定した。
「あの時、階段から落ちかけた時、お母さんの手、取らなかっただろ?取ろうと思えば取れたのにわざと取らなかった。このまま落ちた方が良いのかもって思ったよね?」フェリスは唇をかみしめた。
あ…。「そんなこと…ない」プリエは目を伏せた。
「僕は君の守護者だよ。向こうでもずっと付いてた。全部わかってる。嘘ついたって無駄」フェリスは強い調子で言った。
「けど、あたし、自殺なんて考えてもなかった…」プリエは目を泳がせている。
「それでも、自殺に近いんだよ。だから、あいつらは、このままプリエの肉体を死なせて、プリエに同じ苦しみを味あわせてやろうってしてる。そのために僕たち…守護者たちから引き離してしまおうとしているんだ」
「苦しみって?」
「他人の肉体でも、自分の肉体でも、絶ってしまうのは罪。その責任は取らないといけないんだ。苦しみっていう形で責任をとることになる。楽になりたくて自殺をする、でも、それって結局逃げだから、もっとつらい目にあうことになる」
「具体的には、どんな?」
フェリスは返事に詰まった。
「先ほどから聞いているとフェリスの知識はなかなか素晴らしいと思うが、具体的にどんな苦しみかと言われると人それぞれとしか言いようがない。フェリスも答えられないだろう」
フェリスは嬉しそうな顔でユーディを見た。ユーディはフェリスを見て口の端をあげ、話を続けた。
「プリエ、生は、例外なく向上を求めるものだ。けど、こちらでは向上し難い。あちらでの肉体を持っての生活は、生き抜きさえすればほぼ間違いなく向上につながる。うまくすれば格段のステップアップに繋がる。その絶好のチャンスを絶つのは重大な罪。それに見合った償いをすることになる。それほどの償い…どんなに辛いことだろう…もちろん、自殺者であっても、反省して償って地道に上がっていく者たちも居る。だけど、辛いことであるには違いない」
「辛いから、楽になりたいと思って死んだら、もっと辛いのがもっと長く続くってこと。向こうで這いつくばってでも生き抜いた方が数段楽ってこと」フェリスは得意気に言った。
「あたし別に辛いとかってわけじゃ…」
「だったらなおさらだよ。プリエ、向こうへ戻りなよ」フェリスは小さく溜息をついた。
「戻るって…どうやって?」
「だよね…」フェリスはプリエの消えかけの銀の紐に目をやった。
「あたしのしっぽが何?」
「そんなに薄くちゃね…戻れないよね…戻ってくれないと僕も困るんだけどな…」フェリスはボソボソとつぶやいた。
「あ、フェリス、受け取って」ユーディが突然プリエをフェリスの方へ差し出した。
「へっ?何?受け取る?」
フェリスが手を出す前にユーディが消えた。
えっ!ユーディ?!落ちる!
フェリスは自由落下を始めたプリエを抱きとめた。が、そのまま真下に数メートル下降した。
「わっ、ちょっと。ささえてよ?!」
フェリスはなんとか持ちこたえてゆるゆると空中を進みだした。
「間に合った」フェリスはほっとした顔をした。
「もう!落ちるかと思った。ホント、頼りないんだから」
フェリスは一瞬、ムッとした表情をのぞかせた。「とりあえず、行くよ」そう言うとそのまま空中を進んだ。「僕の首に手まわして」
「やだ」
「もう…じゃあ、せめてもうちょっと寄ってくれないかな」
「なんでよ。そんなにひっつきたい?」
「別に。その方が楽なだけだよ」フェリスは溜息交じりで言った。
「ユーディはそんな事言わなかった」
「ユーディみたいに楽にこれやってると思わないでよ。僕は、ひ弱なインテリボーイなんだからね」
「プッ 何それ?ぴったりくるけど」
「リリがね、そう言うんだ」
「リリって誰?」
「こっちでの僕の育ての親。リリの所へ向かってるから、すぐに会えるよ」
「ふーん」プリエはフェリスの首に手をまわした。「仕方ないからこうしてあげる。ひ弱なインテリボーイだもんね」
「どーも」
「ユーディは?どうして消えちゃったの?」
「優が目覚めたんだよ。ユーディだけだと、こんな場所には居られないから」
「優…ユーディが守護してる?」
「そう。向こうで生活してる娘。ユーディ自身はこっちの住人。けど、ユーディだけだとレベルが高すぎてこんな場所には入れない。優と一緒になる事で、ここに入れてたんだ」
「一緒になる?合体?みたいな?」
「そんな感じ。優があっちへ戻ったからユーディは自動的にふさわしい場所へ戻された」
「ふーん。守護してるって…あ、じゃあ、あたしとフェリスも、合体?みたいな事できるの?」
「え?そんなの無理だよ」
「どうして?」
「どうしてって、普通は無理だから。ユーディのが特殊ケース」
「ふーん 大丈夫?重い?」すごくゆっくりだし、下がってきてるよね?
「んー 重いって言うか、僕、最初から出来る限りでささえてるだけだし。そもそも僕にプリエ抱いて飛ぶなんて出来ると思う?」
「へっ、もういい。降ろして」
「歩くよりは楽だよ。このまま行けるところまで行こ」
「けど、落とされたら嫌だから、早く降ろして」
「けど、落ちても別に平気だよ」
「え?もー不安感半端ないの!早く降ろせ」プリエはフェリスのやわらかい金髪を引っ張った。
「いてっ、わかったよ」僕だってこれ楽じゃないんだけど…下降してても行けるとこまで行ってやろうって思ってたのにさ。
フェリスは不満顔のまま地面に下りてプリエを降ろした。
「じゃあ、歩くよ」
「方向わかってるの?」
「あっち」フェリスは指で示した。「あーもう面倒だな。一人だったらすぐ戻れるのに」フェリスはボソボソとつぶやいて歩き始めた。
「何ぶつぶつ言ってるのー」
「なんでもないよ。ちゃんと付いてきてよ」
見た目はかわいい爽やか金髪少年のくせにさ、頼りないし、なんかちょっと腹立つんだよね…けど、ついていくしかないか…
フェリスは小さく溜息をついた。
考えてる事わかるって言ってんのにさ…「僕さ、一応、プリエをひっぱりあげて助けたよね?」フェリスは振り向きながらそう言って、足を止めた。
「え?まぁ…けど、結局ユーディが助けてくれたんじゃない」
フェリスは口をへの字に曲げたが何も言わずに再び歩きだした。
プリエに感謝されないのなんて慣れてるけど、なんかさ…姿が見えてるこっちでも同じなのか…
フェリスは大きな溜息をついた。