大きく
フェリちゃ…途切れた。下に飛ばされた…かな。まずいね。
リリは、ユーディに連絡し終えると、猫たちに向かって言った。「みんなー、私ちょっと出かけてくるから。お留守番しててねー」
私がジャンプできる一番下ってどこだろ?…あ、ポンタ。
「リリさん!?」庭先に腰かけていたポンタの飼い主は、突然現れたリリに、驚きの声をあげた。膝の上で眠っていたポンタも顔を上げ、寝ぼけた顔でリリを見た。
「突然ごめんなさい。ポンタ、起こしてごめんね。ちょっと急いでて、また、後で来ます!」リリはそう言うと、高速で飛び出して行った。ポンタのお母さんは呆気にとられてリリが飛んで行くのを見送ったが、リリの姿は一瞬で見えなくなった。
「ポンタ、リリさん、すごいね。ものすごいスピードで飛んでったよ」ポンタのお母さんは目をまるくしながらそう言いつつ、ポンタの背中を撫でた。ポンタは何事もなかったかのように、また顔を埋めて丸くなった。
「いたっ」「いてっ」プリエとフェリスは跳び上がるように立ち上がった。
さっきまで座っていた気持ちの良いふわふわ猫の毛風マットが、石ころがゴロゴロと転がっている地面に変わっていた。
「また中途半端な…戻るなら一気に戻ってよ」フェリスは思わずプリエに向かってそう言った。見ると、更にしっぽが濃くなっている。
「だって…」フェリス、かわいそう…
僕への同情心?…「プリエ…ありがとう」
プリエは不思議そうにフェリスを見た。
とにかく、今は、この状況をどうするか考えないと…雰囲気からして、ここ、やばそう。かなり暗い。リリとも繋がらない。ユーディに連絡してくれてるとは思うけど、ユーディも優が眠ってないと来られない場所だ。来られるならすぐに来てくれるはず。ここ、どれくらい下なんだろう…プリエが最初にいた場所とそう変わらない…ほんの少し上、くらいかな。またあのグレーのやつらが来てもおかしくない感じだ…あいつら、プリエの事、まだ狙ってるかな…
フェリスがそう考えていると、プリエがフェリスの腕を握って体を寄せてき た。「フェリス、ここ…何か怖い」
「そうだ。プリエ、かぼちゃの家、思い浮かべて、ジャンプ」そう言ってフェリスはプリエの背中に腕を回した。
「え?」
「早く。あの馬車の家、思い浮かべて。あそこへ行くって念じて」
プリエがうなずいて言われた通りにすると、フェリスが消えた。が、一瞬で戻った。
プリエはフェリスの腕にしがみついて、肩に顔を押し付けた。「やだ、一人にしないでよ。約束したのに」途中から声が震えていて泣き出したのがわかる。
「仕方ないだろ…ごめん」泣かれるとなぁ…ダメだ、あそこにも戻れないんだ。こうなったらもう、早く戻って貰うしか…「プリエ、お願い。向こうへ戻るって強く思って」
「でも、だって、どうやれば良いのかわかんない」プリエが首を左右に振ってそう言うと、頭の上から、ちびニャのウーという唸り声が聞こえてきた。「ちびニャ?…どうしたの?怒ってる?」プリエは不安気にか細い声でそう言いつつ、フェリスを見た。
フェリスはちびニャが両耳を向けて唸っている方を目を細めて見つめた。
何も見えない…けど、この方向に何か居るんだ。ちびニャには聞こえるんだ。あいつら、あのグレーな奴らが居るのか?あいつら、きっと飛べないから、ユーディみたいにプリエを抱いて飛べれば良いのに…けど、僕には出来ない。あいつらが追いかけて来られない場所まで走って逃げるしか…
ちびニャは低い声でウーと唸り続けている。
「ちびニャ…どうして怒ってるの?」不安そうにフェリスにしがみつくプリエの手に力が入った。
「何か居るんだ。プリエ、走って。逃げるよ」
フェリスはプリエの手を取って走り出した。プリエはフェリスの手をぎゅっと握って走った。すぐにちびニャの唸り声が止んだ。
「まだ走れる?」フェリスが振り返ってそう聞くと、プリエはうなずいた。
しばらくそのまま走っていると、ちびニャがまた唸り始めた。さっきとは違う方に向かって唸っている。その方向からかすかな声が聞こえた。
「居た」「あそこだ」
2人が走りながら声のした方に目をやると、3人のグレーな人影がこちらへ向かって来るのが見えた。
結構近い…フェリスは唇を噛みしめてプリエの手を引いた。プリエはフェリスの手を握りしめて必死に走った。
ちびニャが小さな体で毛を逆立て、『シャー』『フー』と威嚇の声を出し始めた。
ダメだ。追いつかれる。どうしよう
フェリスがそう思った瞬間、ちびニャがプリエの頭の上から飛び降りた。
「ちびニャ!」プリエは立ち止まって後ろを向いた。フェリスも止まって後ろを振り返った。
子猫のちびニャの姿はみるみる大きくなり、白い成猫の姿で地面に降りたった。
2人は目を見開いて固まった。
ちびニャはプリエを守るように、3人との間に立った。背中を丸め尻尾を立て、真っ白な全身の毛を逆立てて、頭を低くし、牙をむきだし、ウーと低いうなり声を発して相手を睨みつけている。完全な威嚇の態勢だ。その、今にも飛びかかって襲いかかりそうな迫力に、グレーな3人は立ち止まった。
「猫?」「牙むいてるぞ」「猫1匹くらい、なんてことない」
そう言って相手が少し動くと、大きなちびニャは『シャー!』と叫んだ。
3人は一瞬立ち止まったが、恐る恐る間を詰めて前進して来た。
ちびニャは瞬きもせずにじっと相手を睨み続けながら『シャー!』『フー!』と威嚇の声を張り上げた。相手が迫ってきても後ろに下がる様子はみじんも見せない。
「プリエ、今のうちに逃げよう」フェリスはプリエの手をひいた。
「やだ、ちびニャを置いていけない」プリエは押留めるようにフェリスの手を強く握りしめた。
ちびニャが先頭の男に飛びかかった。
「いてっ、こいつひっかきやがった」
ちびニャは回転して着地し、何の躊躇もなく、すぐにまた飛びかかって行った。
プリエは息をのんで見守る事しかできずにいた。
ちびニャは高くジャンプし、顔を目がけて飛びかかって行った。
「咬みついた!こいつ、くそっ、猫のくせに」とっさに顔をかばい腕に咬みつかれた男は、ちびニャを振り落とそうと必死になって腕を振り回している。
「プリエ、行こう。ちびニャは大丈夫だ」フェリスはプリエの手を強くひいた。
「ダメ!絶対ダメ!」プリエはちびニャの方を向いて動こうとしない。
ちびニャは咬みついたまま体を激しく振られながらも、するどい爪を立てた。「いてっー、くそっ、なんとかしてくれー」
ちびニャは爪をたてて抵抗しつつも他の男たちに体を掴まれ、地面にたたきつけられ、ぐったりとなった。
「ちびニャー!」プリエが悲鳴のような声で叫んだ。
「プリエ、ちびニャは大丈夫だから」
「嘘、あんなにぐったりしてる、動かない、ちびニャ! フェリス、ちびニャが…」プリエはフェリスの肩に顔を埋めた。
「プリエ、頼むよ、逃げなきゃ」フェリスは焦りながらも、プリエを落ち着かせようと背中をさすった。
「嫌!ちびニャが ちびニャが うわーん」プリエは顔を埋めたまま、耐え切れずに小さな子供のように声を上げて泣き出した。
グレーな3人はちびニャが動かないのがわかると、痛そうに腕や手を押さえたりしながらも2人の方へ向かってきた。
「ダメだって、プリエ、頼むから、逃げよう」
「ちびニャー ひっ」プリエは泣き叫びながら首を横に振った。
ダメだ、プリエは動いてくれない。ユーディはまだ来れない?ユーディ…そうだ銀の月…
えっ?フェリス?
フェリスは消えたかと思うと、銀の月のレプリカを手に一瞬で戻ってきた。
「もう!フェリス、フェリス、ひっ 離れないって言ったのに」プリエはフェリスの体にきつくしがみついて泣きじゃくった。
「ああ、もう、今それどころじゃないから。ゴメンって」フェリスはプリエにしがみつかれたまま、なんとか体を回転させてグレーな奴らの方を向き、レプリカを構えた。背中からプリエの嗚咽する声が聞こえる。
3人はレプリカを見て動きを止め、何やら話し始めた。
「刈り取りの鎌か?」「まさか」「ユーディじゃない」「けど、金髪じゃないのか?」「偽物に決まってる」「けど、あんな青白く光る鎌…」「子供だろ?あんな大きな鎌、まともに扱えるわけがない」
3人の会話が漏れ聞こえてくる。
やっぱり僕が持ってたってダメか…
フェリスはしがみついて泣きじゃくっているプリエをチラっと見て、唇を噛みしめた。
くそっ…どうすれば…どうすればプリエを守れる?僕一人じゃ絶対にあいつらに敵わない…あいつらに連れていかれたらプリエが…守りたいのに…僕にもっと力があったら…
へっ、フェリス?
プリエはしがみついたまま顔を上げ、目を見開いたままひっひっと嗚咽した。しがみついている背中が大きくなり、同じ高さにあったフェリスの頭が頭一つ分くらい高い位置にある。プリエの体はフェリスの陰に隠れたようになっていた。
「なんだ?」「変身した?」「やっぱり金髪なんじゃないか?」「もしかして本当に上の者か?」
グレーな者たちはザワザワと動揺し始めた。
なんだ?あいつら、急にどうしたんだろ?ユーディ、来てくれた?
フェリスはチラッと周囲を確認したがユーディの姿はない。
何かわかんないけど、やっぱりレプリカ効果?
フェリスは銀の月のレプリカを前に突き出してみた。
3人は少し後ろに体を反らした。
あいつら、絶対ビビってる。もしかしてこのまま脅せばなんとかなる?げっ。何か、増えた…
グレーな者たちが2人増えて5人になった。後から来た者が眩しそうな仕草をしている。
ん?あ、あいつらには、この場所、少し眩しいのか。やっぱり無理して上がって来てるんだ…だったら、光だ、何か光を作ればきっと目くらましになる?いや、もともと眩しいなら意味ない?…そうだ、何か頑丈な囲いを作って籠城してしまえば…ユーディはいつか来てくれるはずだから…それくらいなら僕にも作れる。
フェリスがそう思い至ったその時、目の前が淡く光り、三日月型の大鎌を持った鎧姿のユーディが現れた。
「ユーディ」フェリスはほっとした表情を浮かべた。
ユーディはフェリスを見て、明らかに驚いた顔をした。が、すぐにグレーな者たちの方を向いた。青い炎のようなその姿で、青白く光る『天翔ける銀の月』を大きく弧を描いて構え、赤を秘めた青の目でするどく睨みつけた。
「うわっあれは間違いなく本物だ」「ユーディだ」「刈り取りの鎌だ」「やっぱりあの娘、ユーディが守ってる」「絶対無理だ」
グレーな者たちは怯えた様子で口ぐちにそう言うと、歪んだ表情を浮かべて、次々に消えて行った。
プリエは、一目散にちびニャの所へ走って行った。
「良かった…」フェリスは一気に力が抜け、レプリカを両手で握ったまま支えにするように、へなへなっとその場に座り込んだ。
プリエは、ぐったりと横たわる大人のちびニャを膝をついて覗きこんだ。膝に石ころが当たるのも全く気にならない。「ちびニャ」プリエはちびニャをそっと抱きあげた。「ちびニャ…動かない…ひっ…あーん」プリエはちびニャを胸に抱きしめて、抑えきれずに、また声を上げて泣いた。
「プリエ、その子を置いて。あるべき場所へ送るから」ユーディの声に、プリエが涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、青白く光る大鎌を構えてユーディが立っていた。
「何、嫌 ひっ」プリエは声を詰まらせながら、動かないちびニャを守るように抱きかかえた。
「大丈夫。その子のあるべき場所はリリそのものだから。リリの所へ送る。さあ、プリエ、その子を置いて」
プリエは嗚咽しながら、ちびニャをそっと地面に置いた。ユーディが、ちびニャの体に大鎌を向けた。ぐったりとして横たわるちびニャの白い体に、美しく輝く大鎌の刃先が軽く当たると、一瞬でちびニャは消えた。
「ちびニャ…」プリエはちびニャの消えた地面を見つめながら、ひっひっと嗚咽の声を漏らした。




