上達できない学校
「塾経営の立て直しですか?また、妙な案件を」
ゲーム会社の社長を務める弓長に舞い込んだ仕事。
「弓長くん、塾講師とか家庭教師もやっていたんでしょ?」
「大学時代の話ですよ?」
「ならできるんじゃない?社長ですし」
「テキトーですね。ただの肩書きですよ?」
現在、ファーストフードのように塾や家庭教師も、まずは名声と実績が物を言った。やはり、ちゃんとした指導マニュアルがあるとご家庭にとっては優しく、安心して送り出せるのだろう。
受験社会、学歴格差。そんなことが人生の縮図だと、思っていた子供もいるだろう。そう教える親もいるだろう。
”そうじゃない”とは宣言しないが、”それだけじゃないよ”って伝えてあげたいものだ。
「酉さん。私のやり方には口出しをしませんか?」
「ええ。別にしないわよ?」
「なら、まぁ良いですよ」
◇ ◇
勉強を教えるということは、数多くいる未来の種に水をやると思って欲しい。
案件に挙がった塾を見学していた弓長は、先生の真摯さと強弁さの勘違いにやや困っていた。
現場と経営の違いが早くも見えてしまった。
それからやはり、子供を集めるに当たって立地の悪さ。駅前ではないため、他所からより完全な地元の子を重視した塾を目指す必要がある。
ホームページを開設して、ネットから集めるにしても、地元以外の子はまず来る事は難しい。
今いる塾の生徒達の好評ぶりを学校に広めるのが良い。
近隣の学校をターゲットにし、ポスターやチラシの配布に切り替えていく。最大収入の上限が早く、支出を抑えていくのも良いだろう。
宣伝手段だけでは顧客の集客は増えない。実績にも影響する。弓長はいよいよ、講師達や経営陣を集めてアイデアを纏める。
「弓長晶です。塾の経営が上手くいってないと聞いて来てみれば、その通りですね」
容赦なく、他者を批難する。
まず弓長のメスが入ったのは講師陣。
「質問です。数学、国語、理科、社会、英語とあります。皆様が、この塾の生徒に教えるなら何から教えます?」
「なにからって……」
「数学とかか?」
「中学で始める英語は苦手な人がいますよね」
いきなりこれである。そこに生徒がいるような気持ちで、授業をする態度が良くないのだ。
「全員違います!答えは、学ぶことは楽しいと教えることです!ぶっちゃけ、科目なんて何でも良い!!」
「ええっ!?何その回答!?」
「だいたいですね、科目を教えるなんて講師として愚の骨頂です」
弓長の年上の人もいたことだろう。そんな中、科目に囚われず。その先を見据えた心作りを構築させようとすること。
「塾に通わせる、家庭教師を雇う、通信教育をやってみる。どれもこれは親が考える、強制的な勉強時間の差し込みです。ゲームばかりよりマシでしょうけど、子供にとってはたまったもんじゃないです!」
どんなに有名な塾や家庭教師がいるところを選んでも、有能な先生の数と無能な子供の数に差がある。
結果を残さなければ、講師としても親としても不安を抱く。これらの過程が子供の将来の、小さな一部分に入るわけだ。正義や悪の2通りではなく、喜怒哀楽の4通りではなく、無限の可能性と千変万化の心に入り込む確かな人材。
弓長もその1人。子供達には見えない、経営者という1人。
「大人になると、後悔してますでしょ?もっと学んでおけば、もっと色々なことをやっておけば……。時の進みごと、可能性が広がるというのに……大人は社会と身体に縛られ、動けなくなる。その時に活力を湧かせさせるのは子供時代の探求心ではないですか?」
とてもご丁寧に人生の大切さを語っている弓長がすぐさま、
「上達させなくて良いから、上達を楽しませる授業をするんだ」
人生をぶち壊すが如く、暴言を吐くのである。子供達が聞いたら卒倒しそうな、夢のない経営の話。その理由。
「顧客なくして、会社はできません。教育である以上、サービスの充実はもちろんですが。ご利用方針を徹底させるのです」
「ご、ご利用方針ですか?」
「そうです!どうせ、この塾は名門校を受ける生徒は少ない。むしろ、いなくて良いです!」
何言ってんの、この人……?と感じる。塾の名声を高めるため、有望な進学校に行ってほしいのかもしれない。
「馬鹿を更正する塾。そう決め付けて、顧客を集めるのです!頭を良くするための塾は必要ありません!学ぶ大切さと学ぶ楽しさを伝えるのです!!」
しかし、弓長は馬鹿を顧客として取り入れる方針を打ち出す。
◇ ◇
名門校と呼ばれるからこそ、そこにいる人は優れていると思われる。言われる。思っている。
その下を見れば、沢山いるからである。
弓長の経営戦略は社会的な意味合いを込めて、勉強に対して不安を抱く者だけでなく、普段の学校生活から不安を抱いたり、危険視されるような人々を募集し始めた。
「講師は大人です!大人だからこそ、顧客を選んで良いのですか?」
凡人を、秀才に変えるような人を名講師と言われるのだろう。しかし、そういった顧客を見込める場所でもなく、コネもない。
馬鹿を、凡人に変える。あまり大したことではないかもしれない。名講師と言われるとは思えないだろうが、生徒達の恩師にはなるだろう。講師冥利に尽きるのではないか?学園ドラマの多くは問題児の更正だろうから。
「ゲームでもしましょう」
勉強に固執したカリキュラムばかりではなく、しないというわけではないがここを夜の学校として、生徒達に生活して欲しいと作った。地元の学校は数箇所、それらの中学校、小学校。歳は10歳から15歳のメンバーで集められる学校。
授業は5教科に限らず、時には家庭科をやったり、美術をやったりと、フリーランスに行なわれる。時にはゲームをすることもあった。講師においても、様々な募集をかけた。塾講師という教員一歩前、二歩前の職種を体験できるような、柔軟な雇用システムの構築。またあるときは、少年・少女で犯罪を行なった人々の試験的な更正施設として、運営を試みた。
経営転換に借金を背負ったが、すぐに返済の見込みが立つなど。すこぶる外からの評判は良かった。
「学校では虐められていた子だったけれど、あそこの塾では虐めがなかったのよね」
「ウチの子が進んで勉強しているのを見たのは久しぶりです。数学が楽しいと聞いてビックリです」
「やっぱり楽しいってのが、子供達に良いんでしょうね」
「あんな口の利かない子だった。そこは変わらないけど、少し大人しくなって優しくなったわ」
義務で通う学校ではない。学びたい気持ち、やり直したいと思う気持ち。そういった思いを持つ子供達、親達を狙った戦略。ただの地元にある塾がやれるとは思えない。それなりのコネがあって行なえたこと。
「あんまり良い仕事じゃないですね」
「そうかしら?なにかしら?私に怒っているのかしら?なのかしら?」
弓長はこの塾経営の建て直しを依頼した酉を、警戒しながら見ていた。弓長の方が外様から見れば偉いのだが、社内のトップは彼女である。彼女からの協力も当然ある。
「子供の心理的な行動原理を研究するため。わざわざ、塾の建て直しなんて銘打つとは……」
「いいじゃない。所詮、使われる人間と使う人間が分かれた社会。分類には子供や大人まで、区別しなきゃいけないの?」
楽しい学校生活。非国営の学校を建てて、表向きは学力向上や学び姿勢の改善と正義のような謳い文句であるが、全ては彼女の掌。
「子供に悪い薬を打ってはしませんよね?」
「どうかしらね?私はしりまーせん!」
塾に入ったからといって、人がそう変わるわけではない。勉強ができるようになるわけではない。弓長が言ったように、子供にとっては勉強時間の差し込みなのである。それらで大きく改善されるかは子供次第。子供が変わらなければいけない。
「やり方は考えてくださいね」
「ふふふ、そうね。もうちょっと、気付かれない方法にするわ」
答えは知らない方が世のためだろう。少なくとも、まだ正気などという曖昧な境界にいる人間にとっては……