2019年1月 第1週⑥
『……帰ろう。[ベアトリーチェ]』
今回の騒動の中心となった彼女が――
うつむいている顔を上げ、こちらを見る。
悪魔長の時はまっ黒だった背中の羽も――
今では、白と黒の斑になっており、暴走したときの光の奔流を思い出させた。
『…………』
『――はぁ……』
そこから動く様子がないので、向かい合うようにして自分も座る。
小さい子と話す時は、まず目線の高さを合わせる。
[ケルベロス]がよくやっていたことだ。
『……ここから、自分の見たかった景色は見えたか?』
言葉を発さず、ブンブンと首を横に振る。
その勢いで、涙が左右に飛んだ。
…………
しばらく落ち着くのを待っていると――
[ベアトリーチェ]が口を開く。
『……気が付いたらここにいて――』
周りには誰もいなくて。
『空もどんどん黒くなっていって――』
街もいつの間にか黒に染まって。
『怖くなって――』
『それで――ずっとここで泣いていたのか?』
そう尋ねると、[ベアトリーチェ]は縦に首を振った。
……仕方もないのだろう。
分からないことだらけで、一人で取り残されて。
――2時間程度。
[ベアトリーチェ]が暴走を始めて――
ここに自分が辿りつくまでにかかった時間だ。
たったそれだけの時間に、色々なことがあった。
天使である――本来なら敵である[adomiral]までが。
自分ここまで連れていくために犠牲になってくれた。
[adomiral]だけではない。
広場にも沢山の天使たちがいた。
直接、話してはいないけど――
それでも一丸となって送り出してくれた。
それに――[ЯU㏍∀]さんも。
あれだけ敵として戦ってきたけれど――
最後には悪魔陣営に戻ってきてくれた。
リタイアする寸前まで恰好良い人だった。
あの人が師匠で……本当に良かった。
[シトリー]は……。
最後の最後まで驚かせてくれた。
自分を常に支えてくれた、かけがえのない仲間だ。
話したい事は山のようにある。
そのために――ここまで来たんだ。
[ケルベロス]――[o葵o]だって。
なんだかんだで最後まで付いてきて。
あれが[ベアトリーチェ]の世話役を買って出なかったら。
きっと、この結末まで辿りつけなかっただろう。
『なんで、あの時――ドアが閉まったんだ?』
『……怒られると思ったから』
『誰も怒らないさ』
[ベアトリーチェ]が、悪意を持って行ったわけではないことを皆知っている。
誰一人として、彼女を責めるようなことを言う者はいなかった。
『この状態は、止めることができるのか?』
『……GM権限で、エリア属性を変更すれば』
できなければ、何のためにここまで来たんだという話になってしまう。
というか、“ぶっ殺されてしまう”。
……それは流石に嫌だった。
『……いけるか?』
『……まだ慣れないけど。……やってみる』
そう言って立ち上がり、目を瞑ると――
“印”をアイテムに付与したときと同じ、淡い水色の光が[ベアトリーチェ]を包んだ。
――――
光が収まり、[ベアトリーチェ]が目を開ける。
どうやら、エリア属性の変更が終わったらしい。
『これで――終わりだな』
地面を覆い尽くしていた敵は消えていないが――
窓を塞いでいた黒い何かが、徐々に収まっていた。
『ああ。あとは――頑張って元の状態に戻してみる』
『……大丈夫なのか?』
いつの間にか、[ベアトリーチェ]の息が上がっている。
初めの方にしゃがんでいたのも、暴走の時の負担が出ていたのだろう。
『運営のみんなも手伝ってくれるだろうけど――それでも、これは我がやらねばならないことだ』
再び、身体が光り始めた。
今度は――徐々に空が元の明るさを取り戻していく。
歯を食いしばる[ベアトリーチェ]。
『……自分がしてしまったことの償いは、自分でできるようになりたい』
何もかもが早すぎた。
ただ――運が悪かっただけ。
それでも、これは自分のしたことだと。
そのケジメはしっかり付けると。
頑張っている彼女に――
自分は何ができるのだろうか。
『いつか……何でも一人でできるようになるまで――』
これはゲームの世界で。いつかは終わりがくるもので。
永遠に一緒にいられるわけじゃないけど。
『それまでは、自分達も付いててやる』
できる限り手を貸してやるのが、大人の務めってやつだろう。
『あぁ! まずはこれが我の第一歩だ!』
[ベアトリーチェ]が、GMとして――
全ワールドのプレイヤーに向けて告げる。
現在、生存している数少ないプレイヤー達に向けて。
『みんな済まなかった! あと五分で、緊急メンテナンスを行う! 街の中での制限も解除したから、それまでに各自ログアウトをしてほしい!』
強制的にログアウトさせるのも、能力的に負担がかかるらしい。
『何かできることは――』
…………!
たしか、自分もワールドメッセージ用のメガホンが――
「もう大丈夫だ! WoAは、きっと元通りになるから! 信じて待っていてほしい!」
この言葉で、ログアウトを促せれば――
[ベアトリーチェ]の負担も軽減できるのではないだろうか。
『……ん?』
――クイックイッと、服を引っ張られる。
『……声が届くようにした。[グラシャ=ラボラス]の言葉を、みんなに届けてくれ』
『……分かった。ありがとうな』
これまでにリタイアした仲間たちに向けて――
『お前たちが一人でも欠けてたら! 自分は、ここまで来れなかった!』
広場に残っている皆に向けて――
『最高の仲間がいて! 最高の敵がいて!』
今も戦っている[ケルベロス]たちに向けて――
『そんなお前らに――! この世界じゃないと、出会えなかった!』
沢山の約束を交わして。
沢山の想いを重ねて。
そうやって一年間、俺たちが紡いできた世界だ。
『みんなありがとう!』
何よりも代えがたく。
何よりも輝いていた世界だ。
『また――メンテナンスが明けたら会おう』
…………
自分のメッセージは、ちゃんと届いたらしい。
フレンドリストのメンバーが、次々とログアウト状態になる。
『次に会えるのが、いつになるかわからないけど……』
『あぁ――』
待つさ。いくらでも。
皆が、この世界を望んでいる。
いつの間にか日の光が――
自分達のいる尖塔へと差し込んでいた。
…………
『[グラシャ=ラボラス]……』
『……ん?』
怯えたように声をかけてくる。
まだ何かあるのだろうか。
できる限りのことはしてやろうと、耳を傾けていたのだが――
『これは……“くろれきし”か……?』
…………
『……ぶふっ』
あまりにも突拍子もない質問だったので――
思わず吹き出してしまった。
『何がおかしいんだっ!?』
『黒歴史ってのはな――』
『みんなで、“あれも良い思い出だった”って笑うためにあるんだ』
――――
最後に、『また会おう』と再会の言葉を交わして。
自分もWoAからログアウトした。
ゲームのランチャー起動のページには――
『深刻なバグのため、長期メンテナンス中』と表示されている。
終了予定は――未定となっていた。
「絶対……帰ってくるさ」
その為に、みんなで戦ってきたんだ。
待ち続けよう。
また、仲間たちに会えるその日を信じて。




