2019年1月 第1週⑤
[バアル=ゼブル]たちに送り出されて、広場を出る。
目の前に伸びるのは、城へと続く一本道。
両脇に並ぶ建物群――その窓からは、例の黒い敵が湧き続けている。
道の全てがそれで埋まっていないのは――
広場にいた仲間たちのおかげだろう。
侵入不可エリアであっても、外側からの攻撃は届くようで。
遠距離攻撃によって、敵の進行を一時的に食い止めていた。
『でも……どうやって城まで行くの?』
集中砲火により、前方の敵を削っていくのが一番手っ取り早い。
――が、それでは自分たちまでダメージを受けてしまう。
『このまま行こう。……良い手がある』
――使わせてもらうぞ。
≪聖域の加護≫――
[admiral]から別れ際に受け取った、大量の課金アイテム。
『……どんだけ課金して溜めこんでたんだ?』
自分もその犠牲者の一人ではあるけれど……。
今となっては、ありがたいことこの上ない。
流石に、オークションなどで購入した分もあるだろうが――
それでも、三人で分けても十分な数があった。
――準備は万全。
城へと駆けだす。
アイテムの効果で無敵になった自分達を包み込むように――
味方の支援攻撃が飛んでくる。
≪AdonaiMelek≫レベルの殲滅力はない。討ち漏らしもある。
それでも――
自分達が通り抜けるには、十分すぎるほどのスペースが確保されていた。
『……俺たちができるのはここまでだ』
『あとは頼んだぞ! お前ら!』
進んでいくにつれ、段々と弾幕も薄くなってくる。
敵の数が増え――
受け取っていた≪聖域の加護≫も底を尽きた。
『……余ったら返せって言ってたのにね』
『あぁ……謝らないといけないな』
≪聖域の加護≫が無かったら、この段階で詰んでいたかもしれない。
[admiral]には、そう簡単には返しきれない程の恩ができた。
……少しずつにでも返していきたい。
全てが元通りになったら、必ず。
――――
城も、もう目と鼻の先――
視界からはみ出るほどの大きさになっていた。
あと少しの距離なのに、敵が障害となって上手く進めない。
『俺が前に出て――』
『邪魔だから下がってろ』
[ЯU㏍∀]さんが、高火力攻撃であたりを薙ぎ払う。
通常のモンスター程度ならば、紙切れに等しいのだろう。
それでも――
敵は続々と数を増やしていく。
『――キリがないな……!』
再びの爆炎――
しかし、先ほどのような広範囲攻撃ではない。
前方へと一直線に伸びる炎の槍だった。
再び道が開くが、さっきよりも幅が狭い。
あっという間に、敵によって埋まってしまうだろう。
そう思っていたのだが――
『……行くぞ、[ケルベロス]。お前は左側だ』
『え? ――っ! はい!』
二人で先に敵の中に突っ込む。
――――!?
『そんなことをしたら――』
「「≪This gate divides hope and despair≫」」
天へと伸びる一対の“門”。
左に[o葵o]が、右に[ЯU㏍∀]さんが――
それぞれ《奥義》を使用したのだった。
『あ――』
湧いてきた敵を遮断する、即席の通路が目の前に展開された。
効果は五分。範囲も限られている。
それでも確実に、自分達を城へと導いてくれた。
完全に抜けきり、城の敷地内へと突入する。
『目的の尖塔ってどうやって行くんだっけ』
『……このまま真っ直ぐ進めば、階段が見えてくる筈だ』
城の構造は、広場を出る前に[パイモン]から聞いた。
普段の状態で変わっていないのならば、真っ直ぐ進めば辿りつけると。
これまで走っていた間にも、地形に変更が加えられている様子は無かった。
――いけるさ。きっと。
このチームなら。
プレイヤーも人間もいない。
がらんどうになった城の中を、真っ直ぐに突き進んでいく。
城の所々には窓が設置されていたが――
外を景色を一望することはできない。
外から見た時と同じように、全て黒く塗りつぶされていた。
その光景が、酷く閉塞感を与える。
重い空気が纏わりつくかのように、沈黙が自分達を包んだ。
前方で、影が蠢く。
どうやら、ここでも敵が湧くのは変わらないらしい。
唯一の救いは、街中よりも窓の数が少ないということだろうか。
――だからと言って、安心はできなかった。
後ろからも敵は追ってきている。
そしてその速度は、徐々に上がっているように見えた。
『……いつまで続くんだ?』
『まだ、数分は……』
走りっぱなしになるだろう。
このままだと、追いつかれる可能性もある。
そうなった場合は、どうするべきだろうか。
多少の攻撃を受けても、構わず走り抜ける方がいいのか。
それとも――
『チッ――』
[ЯU㏍∀]さんが短く舌打ちをする。
『――え?』
そして足を止めたかと思うと――
背後から迫ってくる敵へ向けて攻撃を放つ。
『……お前ら、先行け。絶対に足を止めんじゃねぇぞ』
『[ЯU㏍∀]さん!?』
『なんで――』
言われた通り、足は止めない。
どんどん距離が離れていく。
『速度特化のお前らが、私に合わせてどうすんだ』
城に入ってから、戦闘を行わず進んでいた。
それによって、移動速度の差が出始めていたのは確かだったけど――
『それなら私も――!』
『止まるな!』
[ЯU㏍∀]さんが声を張り上げる。
[ケルベロス]が息を呑んだのが分かった。
『お前は[グラシャ=ラボラス]の速度に合わせた装備してんだろ。ギリギリまで一緒に行くのがお前の役割だ』
自分のできることを見誤るなと、そう言っていた。
『……分かりました』
その返事を聞いて安心したのか、ため息を吐いた後――
大きく息を吸う[ЯU㏍∀]さん。
――次は自分の番か。
『[グラシャ=ラボラス]!』
『――はい』
あの時の怒気は感じられないが――
それと同じぐらい、大きな声を張り上げる。
『ここまでしてやってんだ! 私だけじゃない、お前以外の全員が!』
咆哮――
誰よりも強く。格好良く。
自分の目標でもあった獣が吼える。
『全員が、お前に賭けてんだぞ!』
一言も聞き逃さないように。
決して忘れることのないように。
『――これで失敗したら、ぶっ殺すからな』
その言葉を最後に、VCから離脱する。
『…………』
『――! [ЯU㏍∀]さんっ!!』
最後まで好き勝手にモノを言う人だった。
「失敗しても怒らないから」
「失敗したらぶっ殺すからな」
真逆の意味のはずなのに――
それでも[シトリー]の言葉とダブって聞こえたのは何故だろう。
どちらも、とても暖かいのは何故だろう。
歯を食いしばりながら――
二人で駆け続けた。
――――
幾つもの階段を駆け上がって、幾つもの扉を抜けて。
もうすぐ、目的の場所へと辿り着こうかという段階で――
ギギギッという音が断続的に響き渡る。
『え!? グラたん、あれ――!」
前方の、廊下を仕切る扉が――
ゆっくりと閉まり始めていた。
『おい――!』
止めて欲しいんじゃなかったのかよ、[ベアトリーチェ]!
間には敵が湧いている。
隙間を縫って移動しても、攻撃をしながら突き進んでも――
間に合うかは微妙なところだった。
――どうする!?
どうすればいい!?
『………!』
…………
『……グラたんなら抜けられるよね! 先に行って!』
確かに敵をすり抜けられる自分の《奥義》と、移動速度を上げることのできる《月影迅》を使えば、優に潜り抜けられるだろう。
『だけど――!』
それで抜けられるのは自分だけ。
[ケルベロス]はここに取り残されてしまう――!
『早く!! このままだと二人とも進めなくなっちゃう!』
このゲームがβテストを開始して。
自分がキャラクターを作った時――
自動で選ばれたのがこの【グラシャ=ラボラス】だった。
――答えは最初から出ていた。
【グラシャ=ラボラス】で始めて、ここまで続けてきて――
これまでの全てが、この一瞬の為に用意されていた。
『[ЯU㏍∀]さんの言いつけ通り、ちゃんと動けたかな……?』
『――っ!』
「≪Pay with blood and life ≫」
――――
やはり、扉は締まり――
[ケルベロス]が何をしても開かないらしい。
――完全に分断されてしまった。
たった一人で、残りの道程を駆けてゆく。
後は――この螺旋階段を上るだけ。
『私が――、グラたんと喧嘩したあと――』
[ケルベロス]がポツリ、ポツリと、語り始める。
喧嘩の話。
恐らく四月の――
名前が[ケルベロス]ではなく、まだ[o葵o]と表示されていた頃の話。
『[シトリー]と[ЯU㏍∀]さんに、スコア稼ぎ手伝ってもらってたんだけど』
[ЯU㏍∀]さんが、天使陣営へと移るまでの二週間。
ほぼ付きっきりで、面倒を見てもらっていたようだ。
ある程度はランクが上がってたとはいえ――
あの僅かな期間で一位に上がっていたのは、そんな裏があったらしい。
五月は[シトリー]が多忙だったことも頷ける。
[ЯU㏍∀]さんが抜けた穴を、彼女一人で埋めていたためだ。
『――あぁ……』
螺旋階段の部分に窓はなく。
例の黒い敵はもう出てこない。
照明によって辛うじて照らされている中を進みながら――
短く返事をする。
『……[ЯU㏍∀]さん言ってたよ? グラたんと一緒に戦っている時はまあまあ楽しいって。次は敵として真剣勝負できたなら、どれだけ楽しいんだろうって――』
三人でそうやって話している光景を想像してしまった。
涙で――視界が滲む。
『[シトリー]は……、一緒に戦う方が断然楽しいって笑ってて――』
『――そうか……』
「≪This gate divides hope and despair≫」
[ケルベロス]が《奥義》を使う。
敵の数が多くなったため、一度体勢を整えるために。
五分間――リタイアまでの時間を稼ぐ最後の足掻き。
『私だって……。ううん、私だけじゃない。きっと、他のみんなだって――!』
『――俺だって……!』
全員が、同じことを思っている。
まだ続けていたいと思っている。
『こんなに突然に、終わりが来るなんて……嫌だよ……!』
悲鳴のような[ケルベロス]の叫び。
『グラたんが、誰よりもこのゲームが好きだってこと! 皆知ってるから――ここまで応援してくれたんだと思う』
『……後は任せろ。ここまで来たんだ、格好良く決めてみせるさ』
最後に『……信じてるから。頑張って』とだけ残して。
[ケルベロス]がVCから離脱する。
――最上部へと辿り着いた。
この場所だけは窓の黒塗りも無く、街の様子を一望できた。
しかし解放感なんてものは無く――
ただただ、空虚な空間が広がっているだけ。
『……迎えに来たぞ。[ベアトリーチェ]』
フロアの中心。
そこで――
[ベアトリーチェ]はしゃがみ込んでいた。




