2019年1月 第1週③
数日前にはあれほどいた人間が、今は一人も見当たらない。
街の命とも言える人々の騒めきが無い。
営みも、何もかもが無い。
――街が死んでいる。
建物の窓という窓が、真っ黒に塗りつぶされ――
それが不気味さを一層際立たせていた。
幸い、まだ敵の数は少ない。
色の失った街を、広場へ向けて一気に駆け抜けていく。
『……[グラシャ=ラボラス]。WoAが好きかい?』
――最中、そう[ダンタリオン]に声をかけられた。
『僕が思うに――キーパーソンは君たち二人だ。君たちが[ベアトリーチェ]を止めないといけない』
『なんだ? こんな時に』
『……WoAが好きかい?』
返事ではなく、質問を重ねる。
――自分の、答えを待っている。
…………
[ダンタリオン]にしては珍しいことだった。
彼は、一方的に何かを尋ねるような事はしない人だ。
『……大切なことなんだな?』
真剣に、上辺だけではない答えを望んでいる。
『――好きだ。絶対に失いたくない』
『よし、決まりだ。分かったね、二人とも』
二人とも――[シトリー]と[括木]のことだろう。
『君たちを広場へと届けるのが、僕たちに課せられた役割だ。途中で息切れさせるなんて言語道断。消耗は最小限で、絶対に届けてみせる』
『でもどうやって……』
こうやって話している間にも、例の黒い敵が湧き続けている。
抜け道なんてものがない限り、いつかは強行突破しか方法は無くなるだろう。
『大丈夫。こっちには――WoA中で一番の“目”が付いてる』
『丁度いいタイミング! ちゃんと捕捉できてるからねぇ』
『[シトリー]……』
『ちょっと、通話を繋ぎなおすけど……いいかな?』
『構わない。――[ダンタリオン]、すまないな』
『……いいさ、僕も十分に楽しかった』
そして――
[ダンタリオン]、[シトリー]、[括木]が通話から落ち――
今度は別グループからの通話に呼び出される。
もちろん、グループの先には三人が。
『広場まで、最短ルートで誘導するからねぇ。しっかり動いてよ!』
――――
『そこ左に入って! 敵は湧いてるけど、一番薄いから!』
[シトリー]のナビによって、迷うことなく路地へと入っていく。
『……[ダンタリオン]さん。来ました』
『こんな所じゃ逃げ場もないからね。あとは[シトリー]の仕事だし、僕も全力で時間を稼ぐよ』
『……? どういうこと?』
[バアル=ゼブル]たちがいるだろ?
[ダンタリオン]が戦闘に参加する必要は――
――!
『お前ら……まさか広場にいないのか?』
『確実に送り届けるには、こっちの方が都合がいいからね』
『どこにいるのか教えろ! 今すぐそっちに向かうから、なんとかして――』
『『いいから!』』
[シトリー]と[括木]が同時に声を荒げる。
『[ダンタリオン]さんが、「絶対に届ける」って言ったんです。覚悟はできてますから』
『ボクたちの勝利条件は“生き残ること”じゃないからねぇ。流石にその意味が分からないほど、馬鹿じゃないでしょ?』
自分達の期待に応えてみせろと――
二人はそう言った。
――――
『今いる通りを真っ直ぐ!』
『真っ直ぐって――』
通り抜ける隙間もないぐらいに、敵によって埋め尽くされている。
『大丈夫。そこならまだ届くから』
『届く――?』
どういうことが尋ねようとしたところで――
大量の砲撃が飛んでくる。
それは、前方を塞ぐ敵達を薙ぎ払って行った。
「これは――」
見たことが、ある。知っている。
≪AdonaiMelek≫――【サンダルフォン】の《奥義》だ。
『ほら、道が開いただろ。早く進めよ』
通話に入ってきたのは――
これまで何度も戦ったことのある【サンダルフォン】――[admiral]だった。
『途中で偶然出くわしてね』
『なんで……』
そうだとしても――なんでここで助けてくれる?
『なんで? なんでもクソもないだろ。どうせサービスが終わるんだったら、アイテムなんて残してても意味がないし、最後に大暴れしてやろうってだけさ』
『そうじゃなくて……! 俺のこと嫌ってたんじゃ……』
だから度々粘着してきてたんじゃないのか?
目の敵にして、立ち塞がってきたんじゃないのか?
『――おっ』
……お?
『――お前のファンだったからに決まってるだろ! 分かれよ!』
『――!」
その叫びは――
決して、敵に向けられるものでは無かった。
嫉妬ではなく、羨望。
好敵手であろうとした少年の叫びだった。
『一ファンとして、最後の場所まで送ってやるって言ってんだよ! このままじゃ、もう戦えなくなるんだろ!?』
メッセージが送られてくる。文面は空白。
大量の課金アイテムが添付されていた。
『……余ったら、絶対に返せよ』
『あぁ……。何もかも元通りになった時は、必ず』
その返事を聞いて、[admiral]がVCから落ちた。
――――
『叢雲……! 最期までありがとう……!』
『括木……!?』
叢雲が、落ちた――
いよいよもって、限界が近づいているということだった。
括木が、真剣な声で告げる。
まるで、これが今生の別れかのような――
『僕も――[ケルベロス]さんのファンでした。こうして……、最期の時まで手助けできたことを嬉しく思います』
『……待って。リタイアだなんて嘘だよね……?』
『[ダンタリオン]さんも、[シトリー]さんも……ありがとうございました』
その言葉を最後に――
[括木]がVCから落ちる。
[admidal]の時とは違う――リタイアによるものだった。
――ミシッ。
『……括木くん――!』
[ケルベロス]の悲痛な叫びが響く。
辛い。苦しい……!
『……≪AdonaiMelek≫の時に場所は分かっただろうけど。……助けに来なくていいから』
[シトリー]の言った通り、自分は確かに確認した。
砲弾が――鐘楼の方から飛んできていたことを。
『年越しの時は、ここに上ったんだっけ? 良い眺めだよねぇ。……今はどこもまっ黒だけど』
『敵の湧きが少ないのは――ここが[ベアトリーチェ]にとって、思い出の場所だからなのかな』
今、ピンチに陥っているのはそっちのはずなのに――
それでも二人は淡々と会話している。
『あとは玉ちゃんがいれば、ちゃんと辿りつけるでしょ』
『さて、ここまでみたいだね。僕ももう限界だ』
恐らく、[adomiral]も既にリタイアしているのだろう。
『[シトリー]。彼らはちゃんと言いたいことを言ったけど……。君はどうするんだい?』
『…………』
[ダンタリオン]の質問に、[シトリー]は答えない。
そんな様子に何を思ったのか、小さくため息を吐いた。
『ふぅ……。[ケルベロス]、僕もこれで通話を落ちるから、君も少しの間だけ――』
『……うん』
そう言って、VCから落ちる二人。
自分と[シトリー]だけが残される。
――ミシリ。
…………
『[シトリー]……今までゴメン。謝らせて欲しい』
『何言ってんのさ、グラたん。謝るようなことをされた覚えもないんだけど?』
きっと――
今がその時なんだろうと思う。
最後の最後まで、何から何まで。
[ダンタリオン]によってお膳立てされていた。
『これまでずっと、一緒に行動してて。それがいつの間にか当たり前になってて――』
『…………』
…………
『今だって、こうやって助けてもらっている』
『……まぁ、[ダンタリオン]からお願いされちゃったからねぇ』
こんな状況になってもまだ――
[シトリー]の調子は変わらない。
そのことが、どうしようもなく不安を駆り立てる。
抑えようとしても、声が大きくなってしまう。
『こんな無茶するキャラじゃないだろうが、お前! ――今死ぬと、完全にリタイアなんだぞ……!?』
それでも、[シトリー]は淡々としている。
前のように、カッとして返すようなことは無かった。
『……別にさ、WoAが無くなってさ。……他のゲームに行けばいいじゃん? と、というわけで……たとえ失敗したとしてもさ。ボクは怒ったりしないから――』
『そんなのは嫌なんだよ……! お前がいるWoAじゃないと! 年越しでも、夏でも、冬でも――イベントには、お前も一緒じゃないと!』
『――ッ!』
[シトリー]が息を呑む声が聞こえる。
何か言おうとしている。
そう分かっていても――
内側から、言葉が溢れだす。
ここで言っておかないと……、絶対に後悔する。
『“もしいなくなったら”なんてこと、一度も考えたこと無かった……! だからこの一ヶ月、ずっとどこか調子が狂った感じで――』
『私だって――!!』
遮る様に[シトリー]が叫ぶ。
今まで抑えていたものを吐き出すかのような一言。
『え――』
“私”……?
声も今までとは違うものに変わっていた。
いや、これまで中性的だとは思っていたけどそんな――
そこで音声が途切れる。
[シトリー]のリタイア――
…………!
『[シトリー]……! おいっ!!』
呼びかけても返事は帰ってこない。
VCは完全に切断されていた。
――ミシリと。
自分の中の何かが――
『あああああああああああああああああ!!』
拉げる音がした。




