2019年1月 第1週②
『……!? 誰も……いない……』
天使たちも、[ベアトリーチェ]も――
[ケルベロス]もいない。
VCは、いつの間にか切断されていた。
さっきまでの阿鼻叫喚が、まるで嘘だったかのような静寂。
一切の音が消えていた。
風も吹いておらず、木々のざわめきも聞こえない。
時間が止まっている――
そう錯覚しそうなほど静かだった。
気持ちが悪い。嫌な予感がする。
――いつだっただろうか。
[ベアトリーチェ]の参入によって、この世界が変わっていく不安を――
水面に映る像と、波紋に例えたことがあった。
――寒気が止まない。
これだけで終わるはずがない。
そんな自分の予想に応えるように――
あの時の例えに準えるように――
再び世界は変化していく。
――『どぷんっ』と。
そんな音が聞こえてきそうなエフェクトで、空の一部が歪んだ。
歪み、歪み、歪み――
限界が訪れたところで――空が破れる。
そしてその破れた場所から、浸食する黒――
それは帯状に。ゆるやかに空を食い尽くしていく。
あの時[ベアトリーチェ]の身体から溢れ出していたものと同じ――?
『何が起きてんだよおい――』
こんなイベントなど見たことがない。
これから何が起きるかも分からない。
分からないことだらけだ。
突然の状況に混乱している。
――が、一つだけ間違いないことがある。
これのきっかけは[ベアトリーチェ]だ。
「――グラたん! 今どこ!?」
[ケルベロス]からのメッセージ。
すぐさまVCが繋がれる。
自分のいる場所――
さっきまでいた街が、大きな城が遠くに見える。
丁度いい目印があったおかげで、だいたいの距離と方角が掴めた。
『――街の外に飛ばされた。場所は――』
街二つ分――
大分離れた場所まで飛ばされていた。
『今すぐ合流しよう。場所はあの街でいいな?』
『待って! 私もそんなに離れてないから――』
――――
真反対の方向に飛ばされてないのが幸いした。
街へと向かう途中のポイントで、うまく[ケルベロス]と合流する。
その頃にはもう――
空の半分が、例の帯によって黒く塗りつぶされていた。
『絶対変だよこれ……』
夜空とは程遠い、完全なる黒。
その中に、星々の瞬きなどは一切存在してない。
――?
『……ん。メッセージが――』
『私も。[ダンタリオン]かな……』
メッセージを開くと――
送り主は[バアル=ゼブル]となっている。
「全員、今すぐVCを飛ばすので繋ぐこと」
書かれている通りに、間髪入れず飛んできた。
急いでそっちへと繋ぐ。
参加しているメンバーは――
[バアル=ゼブル]、[パイモン]、[ベレト]。
[ベリアル]、[ダンタリオン]、[アスモデウス]。
そして――[シトリー]。
『思った以上に少ないな』
[バアル=ゼブル]が発言する。
男性の、良く通る声だった。
『三が日って、微妙な時期だもんねぇ』
メンバーは自分と[ケルベロス]を入れても、十三人中九人。
『[括木]クンも呼んでいいかな?』
『[ハルファス]と[マルファス]も、ログインしている様だから呼ぶぞ』
――――
数秒もしないうちに、[括木]、[マルファス]、[ハルファス]――
それと[パイモン]に呼ばれた[藍玉]もVC参加してきた。
『[ハルファス]。[マルファス]はどうした?』
『いきなり飛ばされて、離れ離れになって……今、別行動中。いきなり知らない敵が現れて、それどころじゃないって』
どうやら、全員が同じような状況に陥っているらしい。
そして気になったのは――
『……“知らない敵”?』
“知らない敵”という、具体的ではない言い方に――
[ベリト]も同じことを考えたらしい。
『こんなの見たことがないって。形はいろいろあるけど、色がまっ黒』
『……テクスチャーの貼り忘れか?』
“色がまっ黒”。
頭上で侵食を続けているあれと――
なにか関係があるように思えて、空を見上げる。
すでに半分以上が、黒に染まっていた。
『訳が分からない……』
今までに起きたことのない事態に、全員が戸惑っていた。
――[バアル=ゼブル]と[ダンタリオン]を除いた全員が。
『まずは状況を把握したい。どうなっている、何があった?』
『簡潔に言うと――[ベアトリーチェ]が暴走した』
暴走――内にある何かが抑えきれずに溢れ出ていた。
そして、それは――今もワールドを侵食し続けている。
『今日のお昼に、ベアトちゃんが出かけたまま帰ってこなくなって――』
『二人で現界まで探しに来た時には、既に襲われている状況だった』
『[ベアトリーチェ]自体にダメージは?』
『無い。元々そうなる様に設定されているらしい』
あの戦火の中でも、傷一つ付いていなかった。
表の、見える部分には、傷一つ。
『ダメージを受けてないのに暴走したんです?』
『目の前でグラたんが敵の《奥義》を受けて……。いきなり叫び出したと思ったら、身体から光が――』
『身近な人が傷つくのを見て、強いショックを受けたんだろうね……』
運営NPC、成長途中のAI。
そして、感情も持ち合わせている。
笑ったり、泣いたり――
この一か月間、嫌というほど傍で見てきた。
『……それで?』
『気が付くと、街からだいぶ離れた場所に飛ばされていた』
それがここまでに起きた話――
『肝心の[ベアトリーチェ]はどこにいるんだ?』
『例の広場には?』
『私がもうすぐ着きますけど――“目”には入って来ないです』
【シトリー】第二位、[藍玉]。
……どこかに隠れていたとしても、彼女の能力ならば見つけることができる。
その彼女がそう言うのなら、間違いないだろう。
『あれまで姿をくらませたんじゃ、八方塞がりだぞ』
『どこか心当たりは――』
…………
『……お城は?』
[ケルベロス]が思い出したかのように、ポツリと呟く。
確かに、今度来たときに行きたいとは言っていたが……。
『……考えられるのは、そこしかないな』
メンバーに年末のイベントの事を話していると――
『あ――』
[ハルファス]が突然、声を上げる。
[マルファス]の方に動きがあったらしい。
『……弟がやられたっぽい。強さは普通のモンスターと一緒だけど、とにかく数が多いって』
……周りに味方がいなかったのか。
[マルファス]のように非戦闘系だと、単純に数で押されただけでも厳しいだろう。
倒してメリットがあるわけでもない。
真正面から戦わず、逃げることを選択するべきか?
『すぐに生き返ったら、通話に入るように言うから――え?』
『なんだよ!? どうなってんだよォ!!』
『!?』
『[ハルファス]!?』
突然、悲鳴に似た声が上がる。
中学生ぐらいの――男の子の声が。
――[ハルファス]の方から。
『ゴメンなさい、ちょっと弟の声が』
『あぁ……』
――たしか、この姉弟は同じ部屋からログインしていたと言っていた。
『なに! どうしたの?』
どうやら、向こうで[マルファス]と話しているらしい。
かすかにだが、その声も聞こえている。
『……え? ロビーに戻らずにログアウトしたって……』
…………
『ログインは? キャラクター選択にも進めない?』
『……え?』
…………
『……どうしよう』
その声は、裏で聞こえている弟のものと同様に――涙交じりとなっていた。
『弟がログインできなくなったって……』
『……全部のエリアで同じことが起きているって、wikiに書き込みがあったよ』
『今死んだら復帰不可ってこと?』
ダンジョンおよび、地獄・天国・現界でHPがゼロになった場合――
一定の時間経過後にロビーへと戻されるのだが、それが起きないらしい。
『つまり――』
『全エリアでのアルマゲドン化……?』
ログアウトしたら最後《・・・・・》、ログインできない。
『落ち着けよ。ただのバグだろ? すぐにメンテが入るって……』
バグが見つかって、メンテナンスが終わるまで暫くの間ログインできない。
そんなことは、ネトゲをいくつもやっていればざらにある事だ。
ただ――こんな異常事態になっていても、運営が動く気配がない。
ここまで大規模な変化が起きていても強制ログアウトが起きない。通知すらない。
『……入るよな?』
このまま、素直にログアウトしてもいいのか……?
『WoA……無くなったりしないよね? ねぇ!?』
不安に駆られた[ケルベロス]が、必死に尋ねてくる。
そんなことを聞かれても、その答えを持っている奴は一人もいない。
…………
『……僕は[ベアトリーチェ]に接触した方がいいと思う』
「どうせなら、やるだけのことはやってみよう」と。
これまで得た情報から、[ダンタリオン]はそう答えた。
『このままじゃ、絶対に良くない結果になる』
『……全員、早く合流した方がいい。例の敵がここにも湧き始めた』
『今何人がそこにいるんだ?』
[マルファス]のように対処しきれなくなったら、本末転倒である。
ここで[バアル=ゼブル]たちがリタイアするなど考えられないが――
あまりにも分からない事が多すぎた。
『今、自分達も広場に到着した。道中で何度か奴等と戦闘をしてな』
『途中にいた悪魔と天使もいるから、広場にいるのは二十人ほどです』
『[シトリー]さんと[ダンタリオン]さんと――あと[括木]さんがまだですけど、そっちは大丈夫なんですか!?』
『僕ら三人も、もう街に入ってる。一緒に行動してるよ。』
……着々とメンバーは集まっていた。
脱落してしまわないよう、協力するために。
そして、今この瞬間――
『やっと着いた! 街の入口!』
自分達二人も最後の舞台へと上がる。
入口から見える、大きな城。
その中でも一際高い尖塔に、[ベアトリーチェ]はいる。
いつの間にか空は――
完全に黒に塗りつぶされていた。




