2018年12月 第3週
『どうだ!? 凄いだろう!』
図書館に入って一番に飛んできたのは――
嬉しそうな[ベアトリーチェ]の声。
『おっとと――』
『怪我をしないようにね』
急いで椅子から降りて駆け寄ってくる。
一刻も早くこの喜びを伝えたかったと言わんばかりの勢いである。
なぜ、こんなに上機嫌なのかというと――
『あぁ……』
『良かったじゃない! これで現界に行けるね』
[ベアトリーチェ]の現界行きが、決まったのだった。
――――
それを見つけたのは、昨日の夜のこと。
あれから数日も経たず――
公式サイトにて運営の告知が出たのだ。
専用ページに、でかでかと。
“年末年越しイベント! 現界の一時非戦闘エリア化!”の文字があった。
『そんなまさか……』
……思わず声が出てしまっていた。
年越しイベントを現界で行うにあたっての、地獄や天国と同様の非戦闘エリア化。
すなわち、天使と悪魔が出会ったところで、戦闘行為は一切禁止。
『“何とかする”って言っても早すぎるだろ――』
――どこからどう見ても、[ベアトリーチェ]のためのものだった。
――――
『ありがとう! 今から年末が楽しみだ!』
『戦闘行為自体の禁止なら、ベアトちゃんも安心だねー』
[ベアトリーチェ]の話によると――
ゆくゆくは、移動型の非戦闘エリアも用意されるらしい。
『どちらかと言えば、ステータスの強化が行われるものかと思っていたんだが……』
それこそ、襲ってきた敵に脅威を感じないぐらいに。
……それだと[ベアトリーチェ]の精神面に影響が出ると判断したのだろうか。
『八頭身ボンキュッボン?』
『なんで外見が変わる必要がある?』
それに、ボンキュッボンって表現古くないか。
自分よりも一世代上でも、使っているか怪しい表現だった。
『それもなかなかに良い案だな!』
『おい!』
[ベアトリーチェ]が乗ってきた。
そんなマスコット嫌だぞ俺は。
『そういえば、年末のイベントについては出ていたけど……。クリスマスについてはどうなるんだい?』
『クリスマス――がどんなイベントなのかは知らないが……』
クリスマスは知らないのに、ボンキュッボンは知ってるのか。
どうなってんだ運営。
『地獄で過ごすことになる、ということだけは聞いたぞ』
特別なアイテムなどの配布はないらしい。
イベント面で不公平な要素を出すわけにはいかないのだろう。
普段通り、地獄の街を回っていてくれというわけである。
『あとは……ユキが見られるらしいな!』
『そうなのか? そいつは初耳だ』
去年の十二月はまだβテスト中で、そんなイベントなど無かった。
今回は、そういったシステム周りのアップデートに力を入れているらしい。
『クリスマス……』
[ケルベロス]がポツリとつぶやく。
『[シトリー]も一緒ならいいのにね』
恨みがましそうな声だった。
一応、[ケルベロス]に対しては普通に接しているらしく。
ぽつぽつとだが、メッセージのやり取りもしているらしい。
しかし、いざ喧嘩についての話題になると――
はぐらかされてしまうようで。
“モヤモヤというか、煮え切らない感じが嫌だ”
というのを、思いっきりにぶつけてくる。
そんなことを言われても、と思う。
こちらだって、精いっぱいのことはしているつもりだ。
『……一応、メッセージは送ったぞ』
……もちろん、反応は無し。
普段からそんな感じなので、あまり深刻には考えてないのだが――
彼女はそう思わないらしい。
『そこはもうちょっと熱い感じで!』
『熱い感じってなんだよ!』
急に出たスポ根発言に戸惑いを隠せない。
『「俺が悪かった! 許してくれ! 俺の親友はお前だけなんだ!」みたいな?』
『……無茶言うな』
親友って……。
そんなことを言った日には、鼻で笑われるのがオチだろう。
『え? 急に何言ってんの?』という怪訝そうな声が脳内で再生される。
[シトリー]なら間違いなく、そう言ってくるに違いない。
最悪、SSで保存され、永遠にネタにされかねない。
面と向かえば、何か言葉も出てくるのだろうとは言うものの――
もともと神出鬼没な[シトリー]である。
街を巡っている時にばったり、なんてことは一度も無かった。
『こんなことを聞くのは憚られるんだけど……』
[ダンタリオン]が言葉を濁すなんて滅多にない。
本気でこちらを傷つけないよう、気を遣っている証拠だった。
『[シトリー]に避けられてるんじゃないかい?』
『…………』
自分も薄々感じていたことなだけに、冗談だと笑い飛ばすこともできない。
《目》があるだけに、偶然会わなかったとも考え難かった。
――【シトリー】第一位の名前は伊達ではない。
一緒に行動していただけに、その能力の高さは痛いほどよく分かっていた。
索敵能力だけを見るならば、WoA内で右に出る者はいないだろう。
『……[グラシャ=ラボラス]は嫌われているのか?』
『いや、まさか……』
幼い故か、容赦のない問いかけだった。
いまさら嫌うも何も――
『あいつとは半年以上も一緒にプレイしてるんだぞ?』
『そう言えば、私に会った時はもう知り合いだったんだっけ。いつから?』
いつからと言えば、自分が[グラシャ=ラボラス]になった時だから――
『……三月の頭ぐらいからだ』
それから約九か月。
こうして見ると、思った以上に長い。
『私と二週間しか変わらないじゃない!』
『僕も[シトリー]と同じかな。≪地獄の宮殿≫での集まりの時だね』
『確かに、直接会ったのはその時か』
結局、ここにいる面子とは長い付き合いだった。
『[ダンタリオン]は、[グラシャ=ラボラス]と喧嘩したことがあるのか?』
『僕は――誰かと喧嘩したことなんて一度もないよ』
[ダンタリオン]は終始柔らかいイメージがある。
喧嘩以前に、声を荒げたことすら一度も見たことが無い。
『長い時間一緒にいたら喧嘩するわけじゃないのか……。[ケルベロス]は?』
『一度大喧嘩したっけ。私が初めたばかりの時に』
『あ゛ー……』
呻くことしかできない。
本音を言えば、叫びだしてでも遮りたい話題だった。
四月の半ば――〈今日のわんこ同盟〉の話だ。
一ヶ月レベル上げに付き合ったからって保護者面して――
『思いっきり決闘で叩きのめされちゃってねー』
更には、上から目線で諭していたなんて。
他人がしているところを見ても十分恥ずかしいのに――
それをしているのが、自分なのだからどうしようもない。
もし過去に戻れるのならば、全力で止めている事案だ。
『[グラシャ=ラボラス]にとっては黒歴史なんだね』
『くろれきし?』
『恥ずかしい思い出ってことさ』
横で[ダンタリオン]と[ベアトリーチェ]が好き勝手なことを言っていた。
精神的な何かがガリガリと削られてゆく。
『喧嘩をしたから恥ずかしいのか?』
『か……勘弁してくれ……』
それを聞くのか?
[ベアトリーチェ]の無垢な問いかけに、惨めな気分になる。
『……もしかして今、顔真っ赤?』
『はぁ!? 何言ってんだ!?』
――図星だった。顔から火が出そうだった。間違いなく赤面していた。
絶賛、机に突っ伏している最中である。
……こいつ、エスパーかよ。
『とりあえず。ちゃんと[シトリー]と話さないと』
『……分かってるさ。このままじゃいけないことぐらい……』
そう言って、メニュー画面を開いたのだが――
『……ん?』
気が付けば、[シトリー]は既にログアウト状態となっていた。
『さっきまでログインしてたのに――』
『もう年末の準備で忙しいのかな……』
流石にこのままじゃ拙いだろう。
そう重い腰を上げた時に限って、上手くいかない。
[ケルベロス]の言ったように、忙しいからなのか――
その後数日経っても、[シトリー]がログインしてくることはなかった。




