2018年11月 第4週
「で、ベアトリーチェって誰?」
≪地獄の宮殿≫
ある程度の話合いが終わった後の、雑談でのこと。
[ダンタリオン]の話の途中――
wikiで票を集めた名前について、[プルソン]が尋ねた。
「……『神曲』の登場人物」
「地獄を巡り終わったダンテが、煉獄山の頂上で再開する女性の名前だよ」
ベアトリーチェ。
永遠の淑女。
愛の象徴。
ウェルギリウスに代わり、天国の案内を務める――
ダンテの魂を救う女性の名前だ。
「もし[ルシフェル]が男だったら、ダンテでも良かったかもねぇ」
「それも悪くないですね……。でも、やっぱり女の子で良かったです」
「あだ名はどうしようか。ビーチェ? ベアト?」
「ベアトはいろいろと間違えそうだけど……。ベレトとかベリトとか」
「……今更じゃない?」
完全にベアトリーチェで決まりの雰囲気だった。
「グラたんはどう思う?」
「普通にベアトでいいんじゃないか」
[ケルベロス]に話を振られたので、適当に返す。
『まだそれに決まったわけじゃないからな?』と水を差す度胸は持っていない。
……自分もあの後、wikiのアンケートのページを見に行ったが――
確かに『ベアトリーチェ』がダントツで票を獲得していた。
恐らく、それに比例した数で公式サイトの応募にも送られている。
そもそも《奥義》の名前も『神曲』から引用されている。
運営の方で、最初から候補に上げていてもおかしくはないだろう。
――――
「……いいですか? もう一つの議題のことなのですが」
全員が落ちついたのを確認して、進行役である[パイモン]が発言する。
「既にご存じかと思われますが。十二月はアルマゲドンが行われません」
「そういえばそうでしたね……」
議題は、先々週に公式サイトで発表されていた年末年始の予定の話へ。
流石に運営もそのあたりは休みたいらしい。
「そりゃあ、年末年始は誰だって忙しいからねぇ」
「スコアを稼ぐ絶好のチャンスだな」
…………
「……え?」
「……え?」
なにか聞き返すようなことがあったか?
「……みんな予定あるよね?」
「えぇ。いろいろ挨拶に回らないと……」
「……グラたんは?」
「……暇だけど」
…………
「うわぁ……」
『うわぁ……』ってなんだ。
軽蔑か? 侮蔑か?
「いや、だって。一人暮らしだし」
「一人暮らしだし?」
「……普通……だよな?」
一人暮らしなら。
だんだん自信が無くなってくる。
いや待て、仕事も確実に休みなんだぞ?
一日中ログインしていられるんだぞ?
「そこは実家に帰省するとかさぁ」
「ラッシュで混むのが分かっているのに?」
わざわざ疲れるために帰る方がどうかしている。
「駄目だこの人。早くなんとかしないと……」
……まさか[シトリー]に常識を説かれるなんて。
ここって、ネトゲ廃人の集まりだったよな?
「だよなぁ。分かるぞ、その気持ち」
「[ベリアル]……」
男性陣の中から、救いの声が。
「節目だからこそ、一人でゆっくり過ごしたいこともあるよな」
こんな四面楚歌の状況でも、仲間がいた。
この場にも、ごく少数だが確かにいた。
年末年始を一人で過ごしていたっていいじゃないか。
ネットの世界なら、どれだけ距離が離れていたって誰かと繋がることができる。
想いを共にした仲間たちと、楽しい時間を過ごすことができる。
そのために時代は進化したと言っても過言ではない。
俺たちは、この素晴らしい世界に生きている――
「ちなみに、俺はハワイに旅行に行くから」
「この裏切り者ォ!!」
――――
「…………」
「グラたん元気出しなよ……」
とてつもない格差がそこにあった。
実家に帰ったり、親戚の家に挨拶に行ったり、海外旅行に行ったり――
思っていた以上に、アクティブな奴等の集まりだった。
あれ? 廃人ってなんだったっけ……。
「とにかく――」
脱線していたところで、[パイモン]が話を戻す。
「今月のアルマゲドンが今年最後となります。各自、悔いの無いように」
「……少しいいか? 今月のアルマゲドンのことで」
丁度いいので、今のうちに話をしておくべきだろう。
「……何だ?」
「自分と[ケルベロス]は今回、完全に[カマエル]対策に回る」
先月のようなことにならないように、と。
図書館で話した内容を、そのまま伝える。
「……[ダンタリオン]は?」
「僕はそれでいいって返事したよ」
「……なら構わない。好きに動けばいい」
自分の動きが、一番戦場に影響を与えている。
それを自覚しているからこその『好きに動けばいい』だった。
[ダンタリオン]に確認を取ったのは、信頼の形なのだろう。
「それじゃあ、そろそろ解散?」
「ですね。皆さんお疲れ様でした」
各々が席を立つ。
「次は勝たないとだねー」
「頼むよー? グラたーん。私は[カマエル]見たら逃げるから」
「是非そうしてくれ。……そもそも、お前も自陣から出てこないだろ」
[アスモデウス]では一瞬で蒸発するのがオチだろう。
この場に集まっていたメンバーのうち――
何人がまともに渡り合えるのだろうか。
「ベアトリーチェ争奪戦だからねぇ。気合入れないと」
「争奪戦って……。元々そういうゲームなんだけどね」
[ダンタリオン]から冷静に突っ込みが入る。
天使と悪魔が[ルシフェル]・[サタン]を取り合うゲーム。
サービス開始から続く、WoAの根本であるシステム。
「あー……確かにそうなんだけど……」
「ボクたちにとって、そこまでメリットが無かったからねぇ」
……今回のアップデートでも大したメリットは無いんだが。
それでも――
戦う目的を忘れた古参プレイヤーが増え始めた今。
本来の目的を思い出させるという意味では――
正しいアップデートだったのかもしれない。




