2018年11月 第3週
『先月のアルマゲドンは、誰がどう動いたとしても負けていたと思うよ』
陽だまりに包まれた図書館。
円形のテーブルを囲んでいる中で――
[ダンタリオン]が言う。
『少なくとも、あの段階ではどうすることもできなかったと思う』
――あの段階では。
[カマエル]――[ЯU㏍∀]さんが乗り込んできて、戦線が崩れた段階では。
最初から[ЯU㏍∀]さんを警戒しようにも――
あの戦場ではそれもできない。
前線に穴を開けないように、全員が広く展開する必要があったから。
現に、自分ですら間に合わなかった。
『すいません、自分じゃ足止めにもならなくて――』
『出たよ。グラたんの若手いびり』
『いや、別にそういう意味じゃ――』
それに、仮にあそこで[ЯU㏍∀]さんを止められていたとしても。
一旦、戦線が崩れてしまった以上――
後から続いてくる天使たちに対抗することはできなかっただろう。
あっちを立てようとすれば、こちらが立たない。
[ダンタリオン]の言う通り、“どうすることもできない”戦いだった。
『単純に、[ダンタリオン]の意見を聞きたかっただけだ』
普段は反省会などはしないが――
今回は、なおさらアルマゲドンの結果が議題に上がることがなかったから。
自分としては、後悔が残ってしまった戦いだった。
“あの時、どうすれば良かったのか”の答えを聞きたかったのだ。
その答えも――
自分としてはどう受け止めるべきか分からないものだったけども。
端的に言えば、“詰んでいた”。
たった一人の駒に。女王によって詰まされていた。
『本当に、“参りました”としか言えない状況だったよ』
と言ってはいるが、その声音は穏やかなままで。
『どんな負け戦でも、大事な経験だから』とまで言っていた。
それでも――
負け戦ばかり、というのもごめんだ。
『やっぱり、[ЯU㏍∀]さんを野放しにしておくわけにはいかないか』
今回のような戦場でなければ、自陣の守りを固めるという方法もあるだろう。
――が、それでも攻め側とのバランスを取るのが難しい。
[ダンタリオン]が指示を出したところで――
全員が全員、それを聞いて動くわけでもないのが難しいところだ。
『これで危機感を持ってくれるといいんだけどねぇ』
『そうだな……』
自分も[シトリー]と同意見なのだが――
結局のところ、どう動こうが個人の自由。
それを咎めることはできない。
自分たちにできることといえば、流れを作ることだけ。
先陣をきって溝を掘り進め、流れを導いていくことだけだった。
それが中途半端であれば――
行き場を見失った流れはただ広がっていくだけ。
勢いも次第に弱くなり、いつかは止まってしまう。
流れをせき止める障害があれば、取り除く必要がある。
そして、その仕事をするのは――
自分しかいないだろう。
『次は――自分が足止めに行く』
『――駄目っ!』
『……ケロちゃん?』
『一人で行くのは駄目。その時は、私も行くから』
…………
『……バランスの問題ってのは分かってるよな? [ЯU㏍∀]さんを倒しに出るんじゃない。リタイア覚悟で“足止め”に行くって話だぞ?』
自分一人が捨て駒として犠牲になれば――
少なくともその間だけは、それ以上の被害が出るのを防ぐことができる。
元々のスペックからして段違い。勝ち目の無い相手だ。
それでも、自分なら。
この[グラシャ=ラボラス]なら、多少の足止めぐらいはできるだろう。
その為のスキル、回避能力重視の装備である。
『お前まで来たら、誰が他の奴と戦うんだ』
『でも……! そういうのは違うと思う……』
理屈では分かっているのだろうけど、納得がいかないのだろう。
『それじゃあ、どうすればいいんだ? お前が代わりに足止めしても、俺の能力じゃ他の主力を倒すことなんて出来ないぞ?』
『それは――』
『――はぁ……』
ため息の一つでも吐きたくなる。
感情論。
環状論。
こっちが駄目だといったところで――
他の方法の見つからない状態では、グルグルと回るだけ。
このままでは、答えが出ない事は分かりきっていた。
『……僕は、無理して[グラシャ=ラボラス]が犠牲になる必要もないと思うけどね』
『ケロちゃんもこの様子だし? ボクは、グラたん一人が無理しないと負けになるんだったら、そのまま負けてもいいと思うけどねぇ』
[ダンタリオン]と[シトリー]が[ケルベロス]の側に付いた。
……多数決ならば、この瞬間に自分の負けである。
結局、こっちが折れるパターンだった。
勝手にしろと、言うことはできても。
勝手にするとは言えない時点で、自分の負けだ。
『分かった。無理をするなら、ここにいる全員で、だ』
『――!』
『グラたんもケロちゃんも守りに専念って、博打だよねぇ』
この面子で[ЯU㏍∀]さんに勝てるかも怪しい。
何とか勝ったところで、周りが全滅していてもアウトだ。
そもそもの話――
[ЯU㏍∀]さんが突っ込んでこなければ無駄に終わってしまう。
『その分の穴埋めは[ダンタリオン]に任せる。……大丈夫だよな?』
『――もちろん。僕もそのつもりさ』
しかし、分の悪い賭けではないと思う。
今月のアルマゲドンに限れば、だが。
アルマゲドンに向け公開されたMAPの構造上――
主力同士がぶつかる可能性は大きかった。
――――
話題は変わって――
当然のように[ルシフェル]についての話になっていた。
『そろそろ、名前の方も決まる頃なんじゃない?』
先月の頭から始まっている、[ルシフェル]・[サタン]の名前の話。
随時応募を受け付けており、選考結果は今月のアルマゲドンの後に公表される。
採用されたプレイヤーに対しての賞品はないらしいが――
この盛り上がりようを見る限り、かなりの応募数だということが見て取れた。
『確か、wikiの方でもアンケートを取っているって言ってたな』
専用のページをわざわざ用意したらしい。
……流石に中の方は見てないけど。
『一つだけ、ダントツで票を集めてたねぇ』
『へぇ……』
相当数の利用者がいる場でダントツというのも珍しい。
続けて[ダンタリオン]が申し訳なさそうに言う。
『……僕が候補に挙げたものだったから、正直気まずい思いをしてるんだけど』
『あ、僕もその名前に票入れました』
『……組織票か?』
『そんな!? 純粋に、その名前がピッタリだと思ったから――』
思っていた以上に焦る[括木]。
いや、あんまり真に受けられても困るんだが……。
『まぁた、グラたんが若手を苛める』
『……冗談だよ。“また”ってなんだ』
[ダンタリオン]が管理しているんだし――
そんな自分に票が集まるような仕様にはしていないだろう。
『もちろん。案は誰でも出せるようにしてあるし、誰が出したかは僕にしか分からないようにしてるよ。不正をしていない、というのは皆に信じてもらうしかないけど……』
『まさか、疑ってるやつなんていないさ』
清廉潔白、正々堂々。
品行方正を体現しているような男である。
[ダンタリオン]ほど、不正と縁のない人物なんていないのではないだろうか。
味方である悪魔側だけでなく――
アルマゲドンで戦う天使側でさえも、疑う人間なんていないだろう。
『そもそも、組織票だとかそんなレベルじゃなかったもんねぇ』
『たぶん、私もその名前に票を入れたかも。選ぶとしたらそれしかなかったし』
『そこまでだったのか……』
[ダンタリオン]がわざわざ出したというのだから、もっともな名前なのだろう。
その[ルシフェル]の名前が何になったところで、特に問題はないけど……。
少し興味が湧いたので、尋ねてみる。
『で、その名前ってのは何だったんだ?』
『僕が出した名前はね――』
特にもったいぶる様子も見せず、[ダンタリオン]は言った。
多くの人の心を惹き付けた、その名前を。
そして、自分も聞かされた瞬間――
予想は全くしていなかったにも関わらず。
なぜか、『あぁ、やっぱり』という気持ちが湧いた。
なぜだろう。
ありきたりな、よく聞く名前なのに。
『ベアトリーチェ』
この時に限っては――
その響きが、妙に耳に残った。




